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「つか昨今は普通にジャージ着て買い物するっすよ」「嘘をつけぃっ」
着替えるのを待って、受付に出掛ける旨連絡。既に連絡が入っていたのか
あっさりOKが出て、如月さんは十数年振りに、自分の足で表に立つ事と成った
のである。
「デケデェーンッデケデェッ♪ キサラギ、大地に立つっ」
あの、如月さん、時代を感じる発言内容もアレですが、何よりそういった
ネタは鮎川に悪影響を及ぼすんで、もう少し考えて発言して下さい。
後、ジャージで仁王立ちってのは、絵に成らないです。
「小姑がウルサイのぉ」
如月さんは一瞬不満げな顔をするが、直ぐに満面の笑みに変り、思いっきり
伸びをする。
「空が高い」
晴れ渡った空を見上げる。昼寸前の陽光を受け、少し眩しそうに目を細めた。
そういや、歩くだけでなく、総てが久しぶりなんだよな。
「風って、ちゃんと匂いがするんだね」
目を瞑り、ゆっくりと空気を吸い込む。総ての出来事が幸せそうな如月さんを
見ていると、こっちまでほんわかしてきちゃうな。幸せそうな顔のまま、小さく
鼻が動く。十数年感じる事が出来なかった感触を、五感で確かめて下さい。
「!?」
突然、如月さんの両目が見開かれる。訝しげな表情を浮べる俺達を無視して、
如月さんはダッシュで病院の外を目指す。何だ、何かヤバイもんにでも
憑り付かれたか? 「病院は色々棲んでるからね」上川、解ってたんなら何とか
しとけっ。
俺達も慌てて、如月さんの後を追う。門をくぐって直ぐの所で、憑り付かれた
如月さんを発見した。
病院の前の道路は歩道をかなり広めに取ってあり、端に寄せれば車を駐車
出来る。そんな車の前に如月さんは立ち尽くしていた。切羽詰った声を、車上の
人に投げ掛ける。
「おっちゃんっ、ホットドック一本っ! 大至急っ!!」
「あいよっ」
「おっちゃん、あちしも一本貰おうかっ」
「へいへいっ」
あー、素早いな鮎川。つうか如月さん、ホットドックの屋台目当てかよっ。
「病院食、ノーネ。出店屋台、イエスネ!」
変な外人言葉に成ってるよこの人。つか、体馴染んで無かったんじゃない
すか?
「うーん、馴染んだ。なじんだぞうぅ」
えっと、本当に憑り付かれてませんか、如月さん?
「今は濃い味に憑り付かれている」
あ、そうですか。それはさて置き如月さん、お金はどうするんです?
「抜かりは無いのじゃよ、ジェントルメン」
そう言うと、如月さんはえらくファンシーな財布取り出した。
「あの頃は結構、やり手祓い屋として活躍してたから、実弾がタンマリある
のだよ」
実弾? ああ、現金ですかって、うわっその御札一世代前のじゃない
ですか?
「は? 聖徳太子じゃ無いよ、新規発行のお札じゃん」
俺が自分の財布から千円札を出して見せる。
「うぞぉ、お医者さんが千円札の顔? 天下の文豪じゃなくなってるっ」
野口英世先生のご尊顔を、如月さんは驚愕して見入った。
「それだけでは無いのですよ、姐さんっ」
鮎川はジャンパーのポッケをごそごそして実用一辺倒な財布を取り出すと、
綺麗に畳んだ札を取りだ……って、二千円札じゃねーか。もちろん、如月の
姐さんは御存じ無い訳で。
「ぬおうっ二千円っ、知らない単位のお札っ!?」
思う様驚いていらっしゃる。むぅ、と顔をしかめジト目に成って言放った。
「偽モンじゃないの? コレッ」
「おうっ、おっちゃんも見た事ねーな、そんな札っ。はい、ホットドック二本
お待ちっ」
えっと、ホットドック屋の御主人というか大将、これ以上話をややこしく
する様な真似は勘弁してくれなさい。それと如月さん、俺の野口英世先生が
大将のトコに移籍したように見えるのは、気のせいですかね。
結局、皆でホットドックを堪能し(全員で六本食ったが、俺と上川は一本
しか食ってないぞ)その間に、この後どうするかを考えた。
買い物はこのまま続行。上川は例のエアガンと弾を準備しに、一旦帰宅。
装備を整え次第再合流。俺は、荷物持ちを仰せつかる。
「重要な任務だ、心してあたって欲しいっ」「ハイハイ、そうですか」
資金に付いては、俺達が一時的に立て替える事と成った。
古い札を大量に使っても問題無いが、ややこしい事に成る可能性は極力
避けるべきだ、という如月さんの提案による。……ちゃんと返ってくるよ、
な。
気さくなホットドック屋と別れ、俺達は如月さんの誘導で次の目的地に
向かった。向かったのだが。えっと、ココは何処ですかね、如月さん?
「見て解らんか? 教えてやろう、ゲームソフト屋というのじゃよ」
うん、解らないというか解りたくない。満足げな表情で腕を組み、ゲーム
ソフト屋の前で仁王立ちするジャージ姿の如月さん。いや、道行く学生とか
凝視してますよ。買い物途中のおばちゃんは見て見ぬ振りしてますが。
つか、何故にゲームソフト屋? 服は? おべべは? あんだけ嫌がった
ジャージ姿を、華麗にチェンジするのが最優先目的ちゃうの?
「ばーかもんっ、最優先攻略目標は、薄っすい携帯ゲーム機、アレに
決まってんじゃん」
うわぁ、悪い顔。むっちゃ腹黒い顔してるよこの人。
「御代官様も、中々のモノで」
「解るか越後屋? そちも悪よのう」
にゃははははははっと路上で笑う二人の女。もう既にどこぞの
漫才コンビと変んないよ、この二人。
ひとしきり笑い終えた後、むっちりジャージは颯爽と店内に突入する。
突然現れた学生ジャージに驚く事無く、普通に「いらっしゃいませ」の声が
聞こえたのは、店員が姿を見てなかったからに違いない。
手狭な店内は、わざと雑多に、所狭しと各種ゲームソフト、本体が並べ
られている。
「ひょえーっ」
素直に驚きの声を上げた如月さんは、端から端に、隅々まで商品を見て
回った。
「ねー、○○○○(自主規制)は無いの?」
「ハード競争の荒波に負けちゃいました」
「これって、□□□□(やっぱり規制)なの?」
「えっと、二世代前の機体ですよ、それ」
「うそっ□と△がひっついたのぉっ」
「アッコとココもひっつきました」「ホントにっ」
あー、詳しい説明は、全部鮎川な。しっかし物知りだな、コイツは。
殆どのハード、ソフトに付いて、諳じてるんじゃないか?
如月さんは飽きるまでじっくり見て回る。最後に御執心の携帯ゲーム機の
前まで来ると俺を見てニッコリ笑った。
「さ、服買いに行こうか?」
は? いや、それ買いに来たんでしょ?
「おいおい、ボーイ達の懐具合なんて、おねいさんにはお見通しだぜっ。
今日は服だけで勘弁してやるから、有り難く思いなさいっ」
というか、何時の間に俺が手出しする事に成ったんですかね?
「もう、空気読めっ」
膨れっ面でそういうと、如月さんは先頭きって店を出て行く。その姿に店員の、
上ずった「有難うございましたぁ」が、重なった。ああ、ようやくあの
ジャージ姿を見たのだな。
しっかし、空気読めって、どういう事だよ。鮎川に尋ねてみるか。
「はあ、解んないの?」 ああ、解んないんだ。
「空気読めっ!」
そう言い捨てると、鮎川は同じく膨れっ面で如月さんの後を追う。俺、何か
悪い事言ったか? 上川。
「空気、読め?」
にこやかにキッパリと、上川にまで断言された。
軽快なBGMに乗って、店や商品の様々な宣伝がエンドレスで流れている。
あの、むっちりジャージ姿ともお別れか。と、思いながら、俺は総合
ショッピングモール(というには、規模が小さすぎるが)の中、手持ち無沙汰な
人間が一時を過ごすエスカレーター前のベンチに座り込んでいた。
女性の服選びに俺が付いて行っても、役に立たないばかりか、それこそ漫画や
アニメのちょっぴり恥ずかしくなる弄られシーン(下着売り場で云々とか、大胆
な衣装に赤面とか)を演出されるだけだ。特に、あの二人(言うまでも無い)と
一緒なら、確実に弄られるからな。
ちなみに、俺の財布は現在、ぱっつんジャージの後ろポケットに出張中である。
「おらおら、出すもん出さんかいっ」「英世の一人くらいは残して下さいよっ」
一人でも多く生き延びてくれ、財布の中の偉人達。
ホットのウーロン茶をちびちびやりつつ、携帯で暇を紛らわす。上川から、準備
完了のメールが入っていたので、今何処に居るかの返信メールを出しておいた。
「お待ちっ」「待たせたねっ」
と、異口同音な声が聞こえる。見上げると、如月さんはそれはもう、見事な
ジャージ姿を披露していたって、服買ってないんですか?
「買ったわよっ」
そういって、大量の紙袋やビニールの包みを見せる。なら、試着室でも使って
着替えさせて貰った方が良かったんじゃ。
「ぬふふふふ」「にゃははははは」うわー、嫌な笑い。
「ねーっ」と言って、笑い顔を見合わせる鮎川と如月さん。
「まぁ、あちしんちで着替えよう、という事で意見が一致したのだよ」
「そんな訳で、今からまこっちゃんちに移動しよーっ。ハイッ荷物っ」
ハイハイ。俺は大量の荷物を両手に抱え、足取り軽くエスカレーターに乗り込む
二人を追った。そうだ鮎川、移動するんだったら、上川にその旨メールして
やってくれ。今、こっちに向かってる筈なんだ。
「ほいほいっ」
鮎川はひょいっと携帯を開けると、手馴れた高速タッチで本文を作成して
いく。むぅ、俺の五倍は速いんじゃないか? 控えめに見積もって。如月さんも
感心ながら見ていた。
「うわっ、そんなちっこいボタンで、良く間違えずに打てるわねー。それに
しても、技術は日進月歩だわ。そんな小さい移動電話だらけに成るなんてっ」
「慣れっスよっ、姐さんだって、携帯持てばアッという間にこの位出来るように
成るですよっきっと」
「よおし、あたしも携帯買うぞ~」
妙に気合の入った如月さん。この人、基本的にメカ好きなのかね。つうか、
移動電話って言い方は、色々な意味で古過ぎじゃないかと思うんですが、
いかがでしょう?
ひょいっと下りエスカレーターから飛び降りながら、鮎川は言った。
「今日ちょちょいっとラスボス倒して、明日は携帯機種のチョイスに
行くですよっ」
「おうっ、今晩は購入機種検討会なっ!」と如月さん。
いや、なんつーか、もう少し緊張感持っても罰はあたらないと思うな、俺。
祓いの準備を整えた上川と近所のバス停で合流し、俺達は鮎川の家に
向かった。久々にお会いした鮎川のお母さんは再会を偉く喜んでくれ、コーヒーや
お茶菓子オンパレードで持てなしてくれる。
もちろんその間、あの頃は徹郎君やんちゃで云々と、『親族が集まると、必ず
過去の恥ずかしい出来事が昨日の様に語られる』理論が実証されていた訳で、
つまりは大変恥ずかしい一時を俺は過ごした。こういった場合、普段から面識の
ある上川の方が得だな。
鮎川と如月さんは(お母さんには一応、俺達の友人として紹介した)、別室で
着替え中である。つか、鮎川まで着替える必要は有ったのか?
鮎川のお母さんの昔話攻勢に、こうなったらもう如月さんの素性をばらして、
その説明で待ち時間をやり過ごそうか、と真剣に思い始めた頃、ようやく別室へ
続く扉が開いた。
「いくぜっ野郎共っ」
「待たせたなっ」
あー、どっちがどっちの台詞か、とか、もうどうでも良いね? お揃いの
スカートをはためかし、荷物抱えてズンズン出て行く二人+後を追う上川に、
俺は慌てて付いて行く事で精一杯と成った。
「お邪魔しました、おばさん」「ああっと、お邪魔しました」慌てておばさんに
頭を下げ、既に表に出ている鮎川と如月さんを追う。
「今度は皆で晩御飯食べにいらっしゃいねっ」
おばさんの暖かい言葉を背に、上川と肩を並べて表に出た。
既に日が傾き始め、気の早い月が顔を出している。吐く息が白く見え、気温が
下がり始めて居る事を感じさせた。通りを歩む四人の足音が微妙にシンクロし、
リズミカルなマーチを奏でる。さてどうしたもんやら、と思った矢先、如月さん
の堅い声に機先を制された。
「これから祓いにいく訳だけど、通常とはかなり違った祓いに成るわ。悪いけど
皆、あたしの指示に従って欲しいの」
「ガッテンッ」「……もちろんですよ」「了解です」それぞれの答え方をする。