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あんだけやっといて落ち着けは無いと思うのだが、どうだろう? 如月さんは
コーヒーを一気に飲み干すと、落ち着いた声で一条主任に言った。
「コーヒー、もう一杯貰える?」
エアコンの音が小さく響き、それに合わせる様に、隅に置かれた加湿器が湯気を
噴出す。俺達は、持ち込まれた来客用イスに座り、主任は自ら、持って来た人数分
のコーヒーを皆に手渡していく。
主任から貰った二杯目のコーヒーに口を付けながら、如月さんは話を
切り出した。
「あたしが相手にしていた鎮めモノって、何か解る?」
いや、さっぱりですが。
「あのアパートの裏山で、戦中、古びて崩れた祠が見つかった。ただの祠なら
良かったんだけど、発見した人物が怪死した云々の騒ぎが起きて、神儀局の前身
部署が調査する事に成ったの。で、現地入りした能力者まで死亡。容易成らぬと
判断した当局が、式、遠見、その他あらゆる手段を使って正体を探った。方々
手を尽くして、大昔の虫食いだらけの記録書に、ほんの一文を発見した」
どんな内容だったんですか?
「大社から神代に御移り頂く、って書いてあったそうよ。それ以外、何の文献
も無し」
「それって、障りの有る神か何かを、其処に移したって事ですね?」
ふと、思い付いた様に問う上川へ、如月さんは頷きで答えた。
「そう。正確には祟り神の名残って感じだけど」
両手で持ったコーヒーを啜り、喉を潤す。
「祟り神も時代を経ると、祭られ意味を持たされる事で神格が変化するわ。で、
神として格が上がった貴きモノ、元祟り神は、どうしても矛盾を抱えるように
なる。元々備わっていた力の源で、最も濃い部分を、必ず切り離さねば成らなく
なるのよ」
力の源?
「恨み辛み、要は相手に対する怨念ね」
良い神に成る為に、悪い部分を捨てるって事ですか?
「そういった捉え方が解りやすいなら、それで良いわ」
「ぬぉっ、オラちょっとワクワクして来たぞっ!」
あー、ウン、そう言うと思ったよ鮎川君。
鮎川のおどけた口調に如月さんは一瞬微笑むも、直ぐ真顔に戻る。
「で、貴きモノに御成りあそばされた方が強大で有れば有るほど、その切り離され
た力の源も半端無い力を持っている事に成る。時代が古い奉り神に成れば成る程、
残った怨念の力は強力に働くわ。あたしが相手にしたのも、そんな存在」
で、それに教育? を施したんですよね?
「そう。やり場の無い怨念に振り回されている力に、方向性を与え、逐一道筋を
作って行ったの。要は、怨念を開放させる事について、ルールと場所を与えた
のね。後は、与えた場所でルールに従い『祓い』を成功させれば、OKって
事よ」
上川が思案げな顔をする。
「あの、そんなに強力な念を残した元祟り神って、す」
「待ってっ」「待てっ」 全く同じタイミングで、如月さんと一条主任が遮った。
「怨念たる存在について語る時に、名を与える行為をしてはいけないわ。存在の
質が変って、その名を持つ祟り神として、輪廻する事に成る」
謝る上川に、唇に人差し指をあてシーッのポーズをしながら、如月さんは笑う。
「仕込みは総て終わってるわ。後は、祓うだけ。仮に、祓いが失敗しそうに
なったとしてもこの辺りなら、貴き方の加護が有るから大丈夫っ」
まあ、あたしらの勝利じゃよ、ダハハハハッと言って、大笑いする如月さん。
つられて笑い始めた俺達に一条主任は微妙な表情を見せた。
「あー、如月さん。今、10月終り」
「は?」
「神無月。神が無い月です」
固まる如月さん。
「嘘おぉぉぉぉぉっ!!」
本当です。
「それは不味過ぎるわ。何でこんなタイミングで、あたしを復活させちゃった
のよぅ」
そんな事、俺に言われてもな。神様の力を借りれないのは、そんなにマズイん
ですか?
そう聞くと、如月さんは別人の様に真剣な顔をした。
「力借りれないのも大変だけど、一番問題なのは、肌に合う空家が怨念の直ぐ
近くに有るって事よ」
空家ですか?
「ええと、テツロウ、アンタの体から魂を分離させたと思いなさい」
はあ、良く解りませんが承りました。
「更に、魂を清い心とえっちな心に分離させて、清いテツロウとエロいテツロウ
略してエロロウに分けたと思いなさい」
言葉の意味に色々言いたい事は有りますが、まあ続けて下さい。
「清ロウは普段、体と合体してますが、年に一度、魂会議に出席する為、体を
空けねば成りません。あ、エロロウはエロいので、会議に参加しません。
ココまでもOK?」
あー、鮎川が要らん事思い付く前に、話を進めて下さい。
「さて、がら空きのボディが目の前に有ります。それに気付いたエロロウは、どう
するでしょうっ!?」
「ハイッ」「はいっまこっちゃんっ」ビシィッ(指差す音)。
「色々な意味で合体しますっ!」
「正解っ!」
いや、話の流れ的にそうかな、とは思ったんですが、そんな簡単に行くモン
ですか?
だって、神社には神主さんも居るだろうし、結界だって有るでしょう?
「自分自身、あるいは奉っている御神体に向かって反応する結界が有ると思う?」
おー、なるほど。意識を持たない怨念とはいえ、元は同じモノだから、セキュリ
ティに引っ掛からないって事か。
腕組みしながら、如月さんは話を続ける。つうか、そのポーズ色々とアレで
すよ。持ち上がったり何だり。その、胸が。
「仮に、祓いに失敗して逃げ出した怨念が神社に辿り着いたら、大変な事に
成るわ。直ぐに力を増幅し、元々祭られていた貴き方が放逐されかねない。そう
なったら、地域有数の祟り神社が誕生する事になるわ。一発勝負で決めないと」
鮎川も表情を引き締めた。
「うおっ、オラちょっとドキドキしてきたぞっ!」
ああ、色々な意味で俺もさ。
エアコンからそよぐ温風は全く変ってない筈なのに、部屋の空気が重く感じる
のは何故だろう。ショックの為、両手で頭を抱えて体育座りしちゃった如月さん
を前に、全員どう言葉を掛けて良いものやら、途方に暮れていた。
というか、俺も今初めて知ったが、神無月には、神様は出雲の神社へと本当に
集まってるらしい(一条主任曰く、だが)。それってその期間、祭られてる神が
居ない神社の御利益は、三割減とかに成らないのかね?
素朴な疑問はさて置き、目の前に置きっぱな超巨大祓いモノ問題をどうするか
に付いて、考えねば成らない。えっと、主任、鮎川とヒソヒソやってないで、
先達の知恵を見せて下さいよ。取りあえず、頭を抱えている如月さんにQ&A方式
で考えてもらいますから。
あの、時間をずらして神無月過ぎまで待つというのはどうでしょう?
「リスク高過ぎ。何か妙なモンと縁が有ったら、トンでもないモノになっちゃう」
取りあえず、「鎮めて」おくというのは?
「既に祓いモノと同じ道筋を付けちゃった以上、鎮めるのは無理」
有力祓い人を揃えて、戦は数だよ作戦っていうのは?
「神無月だからこそ、地域鎮守の貴き方がいらっしゃらないので、悪戯盛りな
モノがうずうずしてます。祓い鎮めに能力者は全国てんてこ舞いな状況だわ」
なんか、八方塞がりって感じだな。
「結局、どうするんですか?」
俺の問い掛けに、意を決した表情の如月さんがきっぱり言放つ。
「あたし達で、何とかするしか無いでしょうね」
おー、漫画のヒーローが、決戦前に言いそうな感じですね。といっても、戦力は
少ないですよ。能力者は上川と如月さん、それに主任だけなんじゃ。つか主任、
携帯に出てないで、何か考えて下さいよ。
「五人みんなで、力を合わせてガンバろうっ」
なんかナチュラルに俺含まれてますけど。いやいやいや、俺バイトだし。
一般人と変わり無いし。百歩譲って俺は兎も角、鮎川まで巻き込むのはどうか
と思いますよ、俺。
「そこは抜かりナッシングッ。むしろ、このメンバーなら何とか成る可能性が
有るわ」
なんか、抜かりまくりだと思うんだけどな、この人。本当に大丈夫なんで
しょうね?
「その為の筋道は作ってある。不沈艦に乗ったつもりでいなさいっ」
不沈艦と呼ばれた艦は、大抵沈んでると思うんだが、言わぬが華か?
突然、楽天的になった如月さんに、電話を終えた一条主任がそっけない声を
掛けた。
「あ、如月さん、アタシ仕事入って、このまま出雲にむかう事に成ったんで、後
宜しく」
それだけ言うと、一条主任は空になったマグカップを俺に押し付け、そそくさと
部屋を出て行く。「何か有ったらメールしろ。じゃあなっ」
えっと、RPG的に言うと、四人パーティに成ったって事で良いすかね?
あのー、如月さん、フリーズしてないで、再起動して貰えませんか。
「これが逆境かっ?」
うん、逆境だと思うよ、鮎川。後、如月さんは布団の中に現実逃避しない。
「これは夢、きっと夢だわっていうか夢って事にしようよ」
出来ません。
あー、ゲームで言うなら、頼りきっていたNPC(ノンプレイヤー
キャラクター)が、出先ダンジョンの強制イベントで突然パーティー抜け
ちゃって、洞窟の深層で途方に暮れている感じか?
実戦経験と祓い屋能力に長けた専門家、一条主任が居なくなり、現状俺達の
戦力は「前途有望な若手祓い屋」と「経験豊かな眠り姫(携帯脱出システム
有り)」と「不屈の意思を持ったムードメーカー」それに「初めて霊体験
しちゃった村人A」といった構成である。
俺が参謀なら撤退を進言するし、司令官なら転進を宣言するね。
如月さんはベッドの上に胡座をかき、腕組みしたままうんうん唸っている。
時折、コーヒーを所望されるので、その度に俺がお茶汲みをする破目に成った。
「今、に意味が有るんでしょ? で戦力分散も考えず、一条持ってって……」
何やら口に出してボソボソ言いいながら、考えをまとめようとしているようだ。
俺達がジッと見守っているのも気にせず、時折、しなやかな白い手を顎の下に
持っていって目を伏せる以外は腕組みのポーズを崩さない。
マグカップが空に成っているのに気付き、俺が四杯目のコーヒーを注ぎに
行こうかどうしようか悩み始めたその時、突然、如月さんが叫んだ。
「やっぱり、今動くのが正解な気がするっ」
それしか方法が無いですか。で、どう動きますか?
「買い物いこーぜっ!」
「行きますかっ!」
「何で買い物に行くんですかっ!」
うわー、輝かんばかりのイイ笑顔だよっ。てか鮎川、無条件に同意しないで
くれなさい。
「怨念はほっといて良いんですか?」
ちょっと、一条さんっぽく言ってみる。如月さんは心底傷付いた顔をした。
「テツロウ君はあたしに、こんな格好で出歩けっていうのっ」
何その恥らいムーブメント。その君付けがワザとらしいぞ。でも、言いたい事は
解りましたよ。確かに、パジャマ姿じゃ御祓いもへったくれも有りませんよね。
つか、外出着くらいどっかに無いんですか?
「うむ、それはそうかも」
そう言うと、如月さんはベッドの下や、隅に有った小さなタンスを調べる。
やや有って、
「おーっこれはっ」という声がタンスの前から聞こえた。
高く掲げられた如月さんの両手に、学生が授業で着るようなジャージが
握られていた。っていうか、絶対どっかの学校の指定ジャージだぞコレ。
他には無いんですかね、服の類?
「無いね。後はバスケットシューズが一足」
横から覗き込んだ鮎川が言う。如月さんはジャージの上下をしみじみと眺めて、
爽やかに言った。
「覚えてろ、一条ぉ」
取りあえず、城(病院)の外に出歩ける装備は手に入れた訳である。緊張感
薄れる船出だと、その時思ったね。
さて、その後は色々と大変だった。ジャージが嫌だとごねる如月さんを皆で
説得し、