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学生公務員と夢見る旅人  作者: 椎原将
1/22

-1ー

USBメモリが読み取り不良を起こし始めたんで、バックアップ代わりに一部表現を

修正してアップします(地デジ回りとか)。

長期熟成された文章をご笑読下さい(スマホの事を携帯、と書いてる段階でお察し)。

古の昔、第二回メ〇ミマガジンの一次通過した作品ゆえ、誤記は少ないと思いますが

何か有りましたら、お教え頂けるとこれ幸い。


一応、拙作「平坦へと至る道」の前日譚にあたる作品と成ります。


 セピアトーンの世界は、永遠の虚無と異界の寂寥を体現していた。

 霊気と絶叫をまとった風は狂える印象画家の悪夢を顕現し、人知の及ばぬ狂気だ

けが、色成して渦巻く。

 奇怪なうねりは、それ自体が囁く悪鬼の嘲笑なのか。血と臓物の生々しいドス黒

さと、嫌悪感を催す鮮明な色合いが虚空をぬめり、醜悪な蠕動で満たしていく。

 名状し難い深遠の憎悪が染み出し、か細い意識を磨耗させるように吹き抜けた。

 色付いた念は禍々しく、邪風が頬を撫でる度に脳髄に震えが走る。体の芯は凍て

付くように痺れ、極彩色な恐怖と絶望に

……どうしようもなく立ちすくむ俺の前で、誰かが背中越しに叫び……

 「うわあぁぁぁぁぁっ!」

 俺は絶叫して跳ね起きていた。

 子供の頃、何度も見ていた訳の解らない……それでいて、もの悲しい夢。見なく

なって何年も経っていたというのに、何故今になって再び、この夢を……。

 無機質で飾り気の無い、ビジネスホテルの壁を見詰ながらぼんやり思った。


 帰って来たから、か……。


 携帯の表示は、4時44分を指していた。地方都市のホテルは、シンと静まり返

り、俺の荒い呼吸音だけが妙に大きく反響している。

「うわっ」

 イスに掛けてた学生服のブレザーとズボンが、床に落ちてやがる。寝ぼけて暴れ

でもしたのか、俺は?

 ぼんやりした頭のまま、トイレへ向かった。

 洗面台で顔を洗うと、冷たい水の感触に少し頭がハッキリする。鏡に映った顔

は、酷いもんだった。厚ぼったく膨れた二重瞼、頬には涙の跡が残っている。

 夢見て泣くなんて、どんだけ乙女チックだよ俺。散髪したばかりの髪は寝癖で酷

い事に成っていた。手櫛で適当に撫で付けるも、アニメか漫画のヒーロー調に出来

た、とっきんとっきんなツノは、中々元に戻らない。

「チッ」

 クラスの女子から、『そこそこ顔が良い男子』クラス内9位認定される美男子が

台無しだっ。……という自分の思いに色々な意味で一人ツッコミを入れると、寝癖

のリカバーは後回しにし、引きずる足取りでベッドへ戻った。

 後味悪いジャンクドリンクを飲んだ後の様に苦々しい口の中を、枕元に置きっぱ

なしだったウーロン茶で洗い流す。頭の靄が除々に晴れていく。何故、モーニング

コールまで、まだまだ時間が有るのに起きてしまったのか?

 ……なんて考えてしまった。

 そりゃモチロン、帰って来たから……じゃなくて夢を見たからだな。

 どうにも混乱が残る寝起きの頭を一振りする。

 先程見た夢の内容を思い出そうとするが、頭の中は嫌な夢を見た、という事メイ

ンで詳しい内容は上手く思い出せない。

 ウーロン茶のスッキリ感が心地良いなとか、うーっ頭の芯が痛いというか重い、

なんて感情だけ先に湧き上がる。

 それに至る理由となった夢の、具体的な内容が切れ切れにしか思い出せない

のは、結構気持ち悪い。

 なんか凄く怖くて、間違いなく誰かが居て、忘れたいのに絶対に忘れちゃ

いけないという矛盾した思いだけが残っている。

 夢なんかそんなモンと言えば、そんなモンだが。

 必死に思い出そうとして、しばらく唸った。けど、結局無理。

 そういや、子供の頃は見る度に毎回ベソをかいて、親父に取りすがっていた

ような……いないような。

 その時何事か言っていたようだが、子供だった俺には良く解らなった。

 そうそう、宥められて頭をぐしぐし撫でて貰い、安心していたっけ。

 結局思い出せたのはそれだけ。夢の方は手掛かり一つ思い出せず、諦めの

感情と共に、残ったウーロン茶を飲み干した。

 毎回、この夢を見る度に、こんな事をやってきた気がする。

 で、青春真っ盛り(死語だな)で懸案事項(誇大表現でもある)を多々抱える

多感(流石にウソ臭いな)な学生の俺としては、起床三十分後には、きっと

そんな夢見た事なんてスッカリ忘れちゃう訳だ。

 冴えた頭で時間を再確認する。本来なら夢心地のままに過ぎる筈だったモーニン

グコールまで三時間。この、一瞬にも永遠にも感じる時間を、どうやって潰すか?

 それが、この後の課題になる事は間違いないだろう。

 予定の時間まで含めて考えれば四時間以上。

 何とはなしにTVを付け、紅葉狩り云々とのたまう地方お天気キャスターの

予報を聞き流しつつ、普段あまり使わない携帯を取り出す。

「スケジューラーの表示っと」

 不動産屋と会うのが十時で、あと昼前には上に定期連絡入れなきゃな。

 ……忘れると後が怖いし。

 俺は、モーニングコールが掛かるまでの無限暇潰し時間を、携帯アプリとワイド

ショー的な昨日のニュースとのローテーションで耐え抜くことにした。


 結果から言えば、出だしは最悪だった。

 まず、あまりに単調な携帯アプリとニュースの波状攻撃に、三時間持たせるはず

だった俺のまぶた戦線は早々に陥落し、レム睡眠将軍との小粋な停戦条約を結んで

いた。再び夢の国の虜となった矢先、けたたましいモーニングコールのベルに思う

様驚かされる。

 心臓ビクンッ、ノーミソふにゃふにゃ、慌てて受話器を取ろうとし、クローゼッ

トで嫌というほど手をぶつけて突き指するという3HITコンボに、朝一から

ヒットポイント、HPの半分をもってかれた気分になった。

 まぁ、落ち着け。

 不動産屋との約束の時間まで余裕を持ってコールして貰った筈だから……と、

時計を見ると、おやおや時間まで一時間切ってますよ。

 俺、八時って言ったよな、九時って言って無いよなと、責任の所在追及を脳内で

始めそうに成るも、そんな時間は既に無い。

 兎に角跳ね起き、身支度すべく狭い室内を飛びまわろうとして、足の小指を

ベッドのカドに思う様ぶつける。思わず、ぶつけた足を抱え込みケンケンして

つまずき、捻りを加えた一人バックドロップが後頭部に炸裂。

 大丈夫、ボクのHPはまだ残ってるよと高速歯磨きの最中に、手が滑って

歯ブラシを喉に突っ込みオエッとなる。

 散髪したばっかの髪は、当然のように寝癖でスタイリッシュ過ぎる状態を

ベストキープ。

 お湯で何とかしようとして切り替え誤り、頭から水シャワーを被る。

 シャツのボタンを綺麗に一段ずつずれて留めた事に、部屋を出てから気付く。

 ああ、もちろん部屋の鍵を持って出るのは忘れたさ。

 ゴタゴタを置き去るようにフロントで金を払い、駅に向かって駆け出すと、

黒猫が前をよぎる。駅に着くまでに三匹よぎったのを偶然とするならば、その

確率を正確に出して頂きたい。

 何が凄いって駅のコンコース内でも黒猫が一匹よぎる周到さだ。

 まぁ、アニメ宣伝の着ぐるみだったが。

 券売機で切符を買おうとすると、小銭を受け付けない。何とか買った切符を

自動改札機に突っ込み、通ろうとした瞬間にガードが戻って下腹部を打つ。

 駅員さんのすいませんねぇという声に逆ドップラー効果を感じながら、階段を

駆け上がる途中、つんのめって一回休み。

 そりゃあもう、電車の扉は肩で息する俺の目の前で閉まったさ。気を利かせた

車掌さんが再び扉を開いてくれたお陰で、何とか目的の電車に乗る事が出来たの

は、地方バンザイというべきか、不幸(多数)中の幸い(一つ)というべきか。

 目的の駅に着いた時、約束の時間二分前だった事は正に奇跡。

 不動産屋までは走って直ぐ。待て慌てるな罠かもしれんっと自分を制し、下り

階段を普通に降り始めると、三歩もいかずに一段踏み外す。

 転げないよう二段飛ばし発動、義経もかくやという逆落としで駆け下り、最後の

着地で足首捻る。

 すいません、HPレッドゾーンです。というか、何なんだ今日は。

 比喩表現でない満身創痍な状態で古びた不動産屋の扉を開いた時、丁度約束して

いた時間だった事に、俺は嫌がらせ以外の何モノも感じなかった。

「……あの、昨日電話した緒方ですが」

「ああ、ハイ、いらっしゃいませ。どうぞこちらに」

 社交辞令に則った挨拶を不動産屋の若い社員と済ませ、勧められるままにカウン

ター前に置かれた、ちょっと豪華な事務用イスに座る。思わずどっこいしょ、なん

て声が出掛かったのは、本日ココまでの波乱万丈な展開のせいであると思いたい。

 そりゃまあ、四捨五入すれば二十歳だが、十の位は未だ一である訳だし老け込む

にはウン十年速すぎる。

「どっこいしょっ」

 ばっすぅ~っという気の抜けた音と共に、座った俺の視線が下がった。

 高め設定されていた事務のイスは、お子様向けの高さまで落ち込んでいる。

 ソコ、笑いを真剣にこらえる不動産屋! 同情されるより笑われた方がいっそ

スッキリするわい!

 重ねて言うぞ。何なんだ今日は。


「そうですねぇ、予算的に合いそうなのは、この辺の物件ですかね」

 手狭な室内に、ハキハキした声が響く。

 応対カウンター代わりの低いテーブルに、使い込まれた二組のソファ。

 俺を30cm奈落に落とした事務イスは丁重に片付けられ、臨時の応対場所

となった応接からは極力見えない辺りに置かれていた。

 微妙な気遣いに感謝すべきか?

 向かいのソファを軋ませながら、多少着崩したワイシャツ姿の男は、書類の

束に掛かった紺のネクタイを煩わしげに跳ね除ける。

 薄く細い眉と同じ位細い目、額の左右が妙に深い辺りが、色々と過去を

物語っている感じがした。髪が不自然に黒いのは、染めてるのかね。

 営業スマイルの見本な笑顔を浮かべながら、若い不動産屋は幾枚かの紙を

並べた。

 中込不動産という印鑑が押されたその書類には、『学生さんに最適!』

『駅近、付近にコンビニ有り』といった、雑誌の見出し並みに凝ったフォント

が端々を飾る。

 様々な形態のワンルームマンション、アパートの間取り図面が横に並ぶ。

価格や細かい条件が規定に沿った枠に収まったお約束通りの物件情報を鼻先に

並べられ、俺はぎこちない笑顔を見せながら一枚一枚確認していった。

「入転居の時期を外れてるんで目玉物件は無いですが、粒揃いですよ」

「はあ、粒揃いですか」

 何気に矛盾してないか、その説明? と思いつつも、俺は今一度物件を

確かめる。

 どれもこの辺りの相場に即した、無難、とまでは行かないまでもボッタクリ

ではない良心的一歩手前な価格帯であった。確かに、地方都市の物件としては

粒揃いではある。

 だが、どうやらその中には、俺が望んでいる物件が無い。

 俺は物件情報と不動産屋さんを見比べ、店内に間違いなく俺以外の客が

居ない事を確認すると、微妙に声のトーンを落として問い質した。

「その、お願いしていた……っていうのは変だな。電話で確認した物件が、

無いようですが」

「はい? 学生さん向けの物件はそれ位ですよ。後は、価格帯がもう少し

上がって」

「そうじゃなくて」

 言葉を遮られて、若い不動産屋の営業スマイルが微妙に揺らぐ。俺は構わず

続けた。

「いわく付き物件が有る、って話を伺って来たんですが」


「は?」


 『曰く付き物件』というのはその名の通り、物件紹介する場合、何らかの

問題が有る物件の事を言う。例えば、その部屋で自然死以外の死者(自殺とか

他殺とか)が出たとか。

 もしくはオカルト番組やホラー映画で御馴染み、『出ますよ(お化けが)』

ってやつだ。

大抵の場合そういった部屋は住人の定着率が悪く、価格を安くせざるを得ない。

 俺の発言を受けた不動産屋の兄ちゃんは、営業スマイルを忘れてキョトンと

した表情を浮べた後、苦笑、というにはけたたまし過ぎる笑い声を上げた。

 何というか、ばっすぅ~の分と合わせ技で笑われてる気がするのは、俺の

気のせいか?

「いやいやいや学生さん、何処で聞いたかは知らないけど、そんなの無い無い」

 地球は亀の背に乗っているの? と、真顔で問われた物理学者のような困惑の

表情を見せながら、先程とはうって変わった砕けた口調で続ける。

「確かに、曰く付き物件っていうのが業界に存在するって話は有りますけどね。

こんなノンビリした町で、『曰く』が付きそうな事件が起こる事は稀でしょ? 

 少なくとも、ウチが扱う物件にはそんなの無いっスよ」

「いやでも、話を聞いたから」

「何なら、ファイル全部見ます? つーかですね、そんなの有れば僕が自分で

借りてますよ。面白そうじゃないですか」

 TVとかに影響され過ぎ、という表情を浮かべ、不動産屋の兄ちゃんは

諭すように話を結んだ。表情を見るに、本気でそう思っているっぽい。つまり、

この人はその件について全く知らない事が伺えた。

 致し方無し。俺はブレザーのポケットをまさぐり、一枚の身分照明カードを

出すと、不動産屋のテーブルの上にそっと置いた。

「自分はこういう者です」

 突然出されたカードを指先でひっくり返すと、若い不動産屋はしげしげと

眺める。

 印字を見、ちょっと驚いたような表情を浮かべた。

 本日一人目の客がどういった素性の人物なのか、理解したようだ。

 興味津々で問い掛けてくる。

「緒方徹郎……何これ、学生証?」


 ガンッ!

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