7話 翌日と翌々日とさらにもう1日後
結論から言おう。
バリウムはくっっっそまずい。
なんかヌチャァってしてて、さらにゲップを我慢しながらっていうおまけ付き。
しかもその状態で変身したりして、耐えられなくてゲップしたら“やりなおし”とか言われて絶望したり。
服を脱いで身体測定とか、謎の器具に繋がれまくったりとか、それはもういろいろなことをされた。
金曜日も学校から帰ったら速攻でいろいろされたし、もう疲れた。
そして今は土曜日の昼、俺は昼飯にチャーハンを作っている。
2人分。
はぁー、なんでかな。
博士はどうやら俺の作る飯を気に入ってしまったようだ。
ま、まあ飯を美味いと言われて悪い気はしないけどさ。
今度玲とナツになんか作って食わせてみようかな。
と、そんなことを考えていると博士が部屋に入ってきた。
「階段長くていちいち登るの面倒くさいのぅ」
開口一番に放ったのは、まさかの文句だ。
「作ったのはあんたですよ…」
「エレベーターでも作るとするか」
たしかに階段地味に長いもんな。
そろそろ火を止めてもいいかなー。
「緋空、穴開けていい床はあるかの?」
「普通そんな床ないですよ」
うん、完成でいいだろ。
俺はチャーハンを皿に盛り付けて運ぶ。
「普通である必要あるかの?」
「あると思いますね」
「なるほどな」
湯気がモワモワとたちあがる食べ物は食欲をそそらせるよね。
「おっと、渡したいものがある」
そういうと博士はポケットから何かを取り出した。
「なんです?これ」
俺の顔写真貼られてるんだけど。
ん?
顔写真の隣には縦書きで青い文字でこう書いてある。
運転免許証
んんーーーー???
「偽造は犯罪ですよ」
「本物じゃよ?」
どうしよう。
身に覚えがなさすぎる。
「いや、全く知らないんですが」
「知らない?ああ、交通ルールなんて1〜2時間あれば覚えられるじゃろ」
そうなの?
いや、流されてはいけない。
「ていうか、そもそも免許って普通そういうこと覚えてから取るものですよね」
博士はいつのまにかチャーハンを食べていた。
「普通である必要あるかの?」
「大いにあると思いますね」
「なるほどな、じゃあ返してもらおうか」
俺は免許証を博士に返す。
博士はそれをポケットにしまった。
「食べ終わったら下にこい。お前に免許を渡させてやる」
どうやら俺は半日で免許を取れるらしい。
博士が何を考えているのかは全く分からないが、ご飯は冷める前に食べるべきだろう。
「いただきますっと」
「美味かったぞ」
博士はもう食べ終わっていた。
早くね?
さて、今俺は道を埋め尽くさんばかりのゾンビの大群に追われている。
対する俺は原付に乗っている。
ちなみにこのゾンビ、巷で有名なトロトロ歩くタイプじゃなくてめちゃくちゃ運動できるやつだ。
具体的には時速50kmくらいで追いかけてくる。
法定速度?
気にしてられないだろ、そんなもの。
目の前には急な坂道。
ここを越えれば俺はゾンビから解放される!
ブゥゥゥゥゥンブルンブルンブルッ………
「あれ?あっ!エンストした!えっとギア戻してスターター押して、ひぃ!」
ゾンビがすぐそこまで来てる!
間に合わないっ!!
「いでででででででで」
身体中に電流が走る。
ちなみに比喩表現ではなく物理的にだ。
目の前に浮かぶは“GAME OVER”の文字。
「あーくそっ!あとちょっとだったのに!」
最後だからって焦って2速で行ったのが悪かった!
俺はVRヘッドセットを外す。
これは博士が小一時程度で作ったというバイクシュミレーターである。
ゾンビモードと法令遵守モードがあって、法令遵守モードをクリアしたときに博士から免許証を渡された。
法令遵守モードはその名の通り、ゾンビは追いかけてこなくて、法定速度とか標識とかを無視した瞬間に電流が流れるモードだ。
ちなみにエンストしたときも電流が流れるので、最初の頃の何も知らない状態の俺は地獄のようだった。
まあなんにせよ、そっちのモードは4時間ほどでクリアできたよ。
ゾンビモードはいろいろと鬼畜すぎる。
もう分かってると思うけど、このゲームは博士が俺がバイクに乗ってても警察に捕まらないようにするために作ったものだ。
理由は俺の行動範囲を広げるため。
どうやら化け物の出現位置は1日前から予測できるらしく、博士は俺単独でその場所まで移動してほしいらしい。
時計を見ると、今は夜8時ぴったりだ。
コスンコスンとスリッパ特有の足音を立てて博士がやってきた。
「お前まだ“これ”やっておったのか…」
「意外とハマっちゃいましてね」
鬼畜なゲームって何故かクリアするまで粘っちゃうタイプなんだよね。
「だとしても…まあ良い。そろそろ時間じゃよ」
「分かってますよ」
俺はこれから戦いに行く。
昨日の時点で知らされていたが、緊張するな。
「なら準備はできておるな?」
「はい」
とは言っても俺が準備することは着替えと心くらいだけどね。
俺と博士は玄関に向かって歩きだす。
地下への入り口近くにはカバンが置いてあった。
高さ1メートル半はある不自然なカバンが。
「あの中にジュエルとミストルティンが入ってるから丁寧に扱えよ」
「あれを持ち歩くのはなんか怪しくないですか?」
「スノーボードのケースと同じ見た目じゃから大丈夫じゃよ」
「今は6月ですよ」
「細かいことは後じゃ。間に合わなくなるぞ」
む、間に合わないのは一番ダメなことだ。
もしサツに捕まったら適当に言い訳頑張ろう。
俺はカバンを持ち上げる。
「おんんんんもっ!!なにこれ重た!」
「それ普通に20キロ以上あるからの」
まじかっ!
これは移動だけでも重労働になりそうだ。
「じゃあ博士、行ってきますよ」
「問題があったら無線でな」
俺は右手でグーサインをして家を出る。
駐車場には原付が置いてあった。
車体左側にはホルダーがある。
ありがたい。
正直、背負ってる“これ”をどうやって運ぼうか悩んでた。
ただなんとなく法律が気になるけど、まあ博士がやったことだし大丈夫だろう。
……大丈夫かなぁ?
急に不安になってきたけど、この際不安感は無視する。
俺はバイクのエンジンをかけて出発する。
初めてやる動作だが、何十回も繰り返してきた動作と同じなので問題なく進む。
違うのは失敗しても電流が流れないことだけだ。
俺はバイクに設置されたスマホのナビを頼りに突き進むのだった。
あ、違うことがもう一つあったよ。
それは想像以上に風が気持ちいいことだね。