4話 狼の化け物
敵の攻撃は防げるけど、こっちの攻撃も防がれる。
なにか決め手が欲しいところなんだけど。
もう少し本気を出した方がいいのかしらね。
敵が大きく腕を振り上げる。
これは防げない。
回避に専念する。
ドゴォォン!
けっこうな威力、だけど隙だらけね。
次が来たら狙ってやるわ。
『八号、下がるのじゃ』
⁉︎
ゲルツハイム様⁉︎
少し引いて周りを見ると小さい女の子が、しかもフリッフリのコスプレしてて、かつバカでかい剣を持ってる状態の女の子がものすごいスピードでこちらに駆けてくる。
その後ろにはゲルツハイム様がいた。
失踪していたはずの人がなぜここにいるの?
いや、そもそもあの少女はなんなの?
全てゲルツハイム様に聞けば解決する気がする。
私はゲルツハイム様のところへ行った。
ちょうどその時、あの少女があいつを鉤爪ごと切り裂いているのが見えた。
「なっ⁉︎」
あんなのを切り落とすのは私でも無理だわ!
「ほう、思ったよりもじゃな」
ゲルツハイム様はなにか知ってらっしゃる様子。
「ゲルツハイム様、彼女はいったいなんです?」
「ふむ、まあ端的に言えばわしの実験体じゃ」
なるほど、と納得してしまう。
この人がこう言うんだからそうなんだろう。
だったら余計な手出しは無用かな。
戦いの方に視線を戻すと、最初とは打って変わって拮抗していた。
それも少女の劣勢のようだ。
「だいぶ苦戦している様子ですが?」
「戦闘経験なんてないじゃろうからの。」
力だけはあって技術はない。
これは勝てないかもしれないわね。
たとえゲルツハイム様に言われようと、誰かを死なせるわけにはいかない。
手は極力出さないように、でもいざとなったらいつでも介入できるように準備しておく。
「あ、ウバグージの倒し方教えてなかった」
「え?」
なんでそんな重要なこと教えてないのよ!
そりゃ苦戦もするって!
ゲルツハイム様は懐から無線機のボタンを2回押してから口元に近づけた。
『困っておるようじゃの?』
「きゃっ⁉︎」
びっくりした!
いきなり耳に直接声がっ!
いや、それよりも自分の声にビビったわ!
あんな声出るんか⁉︎
しかもびっくりした拍子に力のバランスが崩れてさらに押し込まれちまった。
かなりキツい体勢なんだけど!
『骨伝導じゃよ。カチューシャに組み込んでおいたのじゃ。驚いたか?』
んなこと言ってる場合かっ!
でも何か知ってるようだ。
こっちからの声も聞こえるのだろうか。
「うぐぐ、どうっ、すればっ、ぬぐぐぐぐ、あいつらっ、をっ、倒せるんですっ⁉︎」
『奴らの弱点は胸の中央の内側にあるコアじゃ。それを砕けば身体が崩壊し、一撃で沈められるぞ』
どうやら聞こえたようだ。
かなり大事なことなのに言うの遅くない?
まあいい。
それよりも今、相手の胸は俺の目の前にある。
しかし剣が俺の頭上で固定されている。
なんとかして現状を打開しないと…
そうだ、敵は一撃で倒せるんだから一撃に全てをかければいい。
失敗したら怖いけど、まあ、なんとかなるっしょ!
「この程度でお、私はくたばらないわよ!」
俺はさらに力を振り絞って全力で剣を持ち上げる。
敵も負けじと押し込んでくる。
「うぬぬぬぬ」
「グ、グ、グ」
お互いの緊張が張り詰め、そして
今!
俺は両腕の力を一気に抜いて、身体を全力で横にそらす!
鋭い鉤爪がものすごい勢いで振り落とされる。
鉤爪は俺の身体のスレッスレを通り抜けていった。
めちゃくちゃヒヤヒヤするがヒヤヒヤしている暇もない。
俺は腕の抜いた力を再び入れ、敵の左足の脛あたりを切り落とす!
それと同時に敵の鉤爪はものすごい音を立てて地面に着弾する。
ひえっ、こんなの喰らったら死ぬって!
しかし化け物は大きくバランスを崩してしまう!
よし!
うまくいった!
最初の回避に失敗していたら俺はもう負けだった。
それに回避できたはいいがかなりギリギリで危なかった。
危ない架け橋だったけど、なんとか崩れずに済んだようだ。
だが、渡りきらなければ全て無意味だ。
俺は敵が行動する前に剣を引き、突き上げる!
「チェストォォォォォーー!!」
大剣が化け物の胸に深々と突き刺さり、貫通した。
剣が肉と骨を断ち、そしてなにかを砕砕いたのを感じた。
「ガァァァァーー!!!」
少しの断末魔のあと、化け物は紫色の光の粒子となって、消えた。
後に残ったのは剣を突き刺した体勢の俺だけだ。
静寂な空間に風が吹き抜ける。
「ふぅーーーーーー」
ドッと力が抜けて膝から崩れ落ち、地面に寝っ転がる。
強烈な疲労感が襲ってきた。
博士がこっちに歩いてくるのが見える。
やべぇ、ものすごく眠い…
クナイの女がこっちに小走りできてくれてる。
耐え…らん……ない……
「君、大丈夫?」
「あー、調整ミスったかのぉ、これは」
俺の意識はここで途絶えた。