ライオンと洒落こうべが交わした密約 上
「そういえば、山河もアングリードレス見たって」
「やっぱオーナーだから?」
「殺すのはオーナーだけ、らしいからな」
「オーナーがそのヒューマドールと一番親しい時に、それ以後仲が悪くなる前に殺してくれる。それがアングリードレス、だっけ?」
「そうそう」
「どんなビジュアルなの?」
「ローブを深く被っていたから見えなかったらしい」
「ローブ? 何それ魔女みたい」
「ああそれと、金魚みたいに見えたって」
「金魚?」
「ああ、赤いローブを風になびかせて、屋上から飛び去る姿が…………」
「あ、おはようございます、オーナー。よく眠れましたか?」
2302年6月6日。目を覚ますと、僕の顔を覗き込むニマメと目が合った。保健室から引っ張り出してきた布団を蹴り飛ばし、備品の目覚まし時計を見る。時計の針は、丁度午前5時を指していた。
「……おはよう、ニマメ」
僕の名前は山河ツノユキ。ヒノジュー高校オカルト研究部所属。諸事情により、ヒノジュー高校オカルト研究部の部室で寝泊まりしている。
「オーナー。まだ2時間くらいなら、二度寝できますよ」
「…………まぁ、また休憩時間に寝るよ」
寝転がり直し伸びをすると、指先に何か柔らかいものが触れた。
「ん…………。もう、朝…………?」
「あ、おはようございます、フミカ。よく眠れましたか?」
彼女の名前は久野フミカ。ヒノジュー高校オカルト研究部所属。完璧主義で極度な寂しがり屋。ストレスに弱く、よく強がる。
「おはよう……」
久野は布団から起き上がると、辺りを見回した。
「あれ…………白津は?」
「部長は、今屋上で朝ご飯を食べています」
白津ショウコ。ヒノジュー高校オカルト研究部部長。大雑把で単独行動を好む。そして、早起き。
「フミカ。まだ2時間くらいなら、二度寝できますよ」
「ん…………着替えてからまた寝ようかな…………」
久野は、そばのハンガーにかけてあったワイシャツを引っ張り落とした。
「山河……着替えるからこっち見ないでよ……」
「うん…………」
スマホを見ると、非通知の留守番電話が入っていた。時間は今日の午前2時。内容を確認するため、一旦席を外そうとする。
「待って」
すると、久野が慌てて僕にしがみついた。
「どこに行くの?」
「ちょっと、トイレに。すぐ戻る」
「…………………………うん」
僕は、オカルト研究部の部室を後にする。そして廊下を歩きながら、スマホを耳に近づけた。
「こんばんは。僕はルマだ。いや、金魚の魔女。いや、アングリードレスと名乗った方が、ヒノジュー高校生にはわかりやすいかな。なぜかヒノジュー高校生は僕のことを、アングリードレスと呼ぶからね。もしかして、君達オカルト研究部が広めたのかい? まあ、僕はどれでもいいけど…………。さて、長ったらしい前置きはここらにして、単刀直入に言っておこう。これから、戦争が起きる。君にはそれを、阻止してほしい。まずはその火種の回収。そっちの生徒会からも指令が下るとは思うが、対象は今……山河ツノユキの父親、山河虎論の家にいる。そう、君の父親の家だ。間違っても、財団や研究所に彼女達を回収されてはいけない。他社にとって彼女達は、人質以上の価値があるからね。そして…………君もそうだ、ヤマ。君は山河ツノユキとも呼ばれてはいるが、君は…………火野重工の、ヒューマドールなのだから」
こんなに早くばれてしまうとは…………。画面の前のみんなには、もう少し黙っていたかったけれど…………仕方が無い。そう、ルマの言う通り、本物の山河ツノユキ、人間の山河ツノユキは、既に亡くなっている。そして僕は、それを受け入れることができなかった人間達によって生み出された、ヒューマドール。ヒューマドール、山河ツノユキ。ドールタイプ、火野重工。ヒューマネーム、ヤマ。白津ショウコの幼馴染であり、久野フミカの恋人であり、山河虎論の息子であり、そしてヒューマドール、ニマメの、オーナーである。






