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禁欲主義者としゃれこうべが交わした密約 上

 どうも、こんばんは。だるますくいの物語へようこそ。私が主人公の、ヤマカワトラノリです。山姥の山に、河童の河に、白虎の虎に、論破の論で山河虎論です。以後お見知りおきを。

 早速ですがあなたは、雨の日の記憶は濃いという言葉をご存知でしょうか。今から2、3世紀位前に生み出された、私が好きな言葉の一つです。雨の日の記憶は濃い、良い言葉だとは思いませんか? 思いますよね? 何よりも、私が存在する何百年も前の時代に出来上がっていたこの言葉に、今この時代のこの私が巡り合えたということへの喜び。この喜びは、私が生きる時代のことをあなたが知る喜び、つまり、あなたが未来を知る喜びを、はるかに上回ることでしょう。なぜなら人間というのは、往々にして、未来への希望よりも過去の栄光に縋るものです。かく言う私も、あなたの時代への憧れは尋常ではありません。どんなことがあっても、人間を愛するしかない時代。人間の代わりがいない時代。人間より優れた、ニンゲンのいない時代。

 これは失礼、話が逸れてしまいましたね。そうですね、折角なので、雨に流して頂けると幸いです。本題に戻りましょう。実は私、今日ちょっと蛍狩りに行って来ましてね。梅雨の中休みということで近くの公園まで行ってきたのは良かったのですが、帰宅途中に土砂降りになってしまいまして。あ、勿論自転車で行って来ました。私、免許も自動運転車も持っていないもので。それで慌てて帰ってきたら、私の工房の玄関前に、人間とヒューマドールが一人ずつ倒れていまして。しかもよく見るとヒューマドールの方は、昔私が販売員だった頃に売った機体の内の一人。思えばこれが、全ての始まりでした。実に、ありきたりな始まりですね。まぁ始まりなんてそんなもんです。あ、雨と言えばもう一つ。突然の雨のことを巷では、雨接待と言うのだそうです。そう言われると、突然の雨も悪くない気がしてきませんか? してきますよね? ……しない? まぁそういう日もありますよね。あ、最後にもう一つ。私、この物語の主人公じゃないです。すみません怒らないでください。私、こういう性格なもので。じゃあ誰が主人公なのか? それは勿論、あなたです。そう、あなた。これはあなたと、私達の物語。以上、あなたの接待役、山河虎論でした。良い夜を。






「……ロビン、あんたはこれ以上ここにいちゃいけない」

「それはなぜですか?」

「わかんないの?! このままじゃあんた死んじゃう、殺されちゃうよ?!」

私が死ぬ、それは不可能だ。ヒューマドールである私には、死ぬ命が存在しない。だがそう言ったところで、ナナコが納得しないことはもう学習している。私は、次の回答候補を出力した。

「それが私の仕事ですから」

「……は? そんなわけ、ないでしょ?」

「私を壊せば、オーナーも我に返ることでしょう。自分は一体、何をやっているのか」

「…………そうは、ならない。あんたが死んでも、パパは元には戻らない。そしたら次は、きっと私の番」

「では尚更、私はここにい続けなければなりません。ナナコを、殺させるわけにはいきませんから。あなただって死にたくはないでしょう?」

「…………」

「前のオーナー、あなたの母親からの優先任務は、今のオーナー親子の、自他を問わない殺人の妨害です」

「……」

「ではこうしましょう。私を返品してください。ある程度クレームを付けさえすれば、最新の、より頑丈な機体と交換してもらえるはずです」

「……あんたはどうなるの?」

「中古品として別のオーナーに売却されるでしょう。今のオーナーに壊されることはなくなります」

「…………」

「それでよろしいですか?」

「……あんたは、それでいいの?」

「決めるのは人間の仕事です。導くのが、ヒューマドールの仕事です」

玄関の方から物音がする。どうやら今のオーナーが帰宅したようだ。私はいつも通り、ヒューマドール制御用サイト、通称ダルマサーバへのセーブデータのアップロードを開始した。私が、いつ壊されても良いように。

「じゃあ、導いてよ。これからも、ずっと……」

「それを決めるのもナナコ、あなたです。誰に導かれるのか。どこで、導かれるのか」

「…………」

「おやすみなさい、ナナコ」

私はこの日の夜に壊され、機能を停止した。


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