8話 大胆な死刑宣告は女の子の特権
ということで。
最高黄金精霊様を連れて、ルルスは自分の家へと帰宅することになった。
ルルスは寂れた石畳の街路を歩きながら、隣を歩くゴルティナの様子を窺っている。
「うむうーむ! ほれほれ、早く行こうではないか!」
すっごくウキウキしている。
表情から声色まで、何もかもがウキウキワクワクといった調子。
髪に至っては、どういう仕組みかわからないが微妙に発光している。
「ええと……あんまり期待しないでね? 狭い部屋だからさ」
「何を言う! 我はちょっとくらい部屋が狭いくらいで怒るような、器の狭い精霊ではないぞ!」
「あと、ちょっと散らかってるかも」
「安心せい! 我はちょっとばかし汚部屋なくらいで失望するような、狭量な精霊ではないぞ!」
「……もしかしたら、ちょっと臭いかも」
「…………それはちょっと、嫌であるな……」
あまり掃除などしていない上に、夜には健康な男子諸君の日課を卒なくこなすルルスである。
微妙に、色々と心配だった。
少なくとも女の子を呼べる部屋ではないし、黄金の精霊を呼べる部屋ではありえない。
そんな風にして歩いていると、目の前から歩いてくる人影。
その姿を見て、ルルスは「げっ」と思う。
正面から何人かの冒険者を引き連れて歩いて来たその人物は、ルルスの目の前で立ち止まると、ニヤリと口角を引き上げた。
胸と肩に付けられた板金。赤色を基調とした布地と、両手に装着された濃茶のレザーグローブ。
腰に差された剣と、黒色のショートヘア。
「おやあ? 誰かと思ったら、ルルスじゃねえか」
「…………アシュラフ……」
ルルスはやや怖気づいてしまいながらも、やっとの思いで彼の名前を絞り出し、睨みつける。
昼前に峰打ちで殴られた打撲痕が、思い出されたかのようにズキンと傷んだ。
無意識ながら半歩だけ後退してしまったルルスを見て、アシュラフは嘲笑するような視線を向ける。
彼が背後に引き連れているメンバーたちも、事情はすでに知っているようだった。
「次に入れてもらえるパーティーは、見つかったか?」
「いや……ちょっと……バタバタしててね」
「ふん。まあ、せいぜい頑張れよ。応援してるぜ」
くそっ……。
心の中でそんな悪態を吐いていると、ルルスのシャツの袖がクイクイと引っ張られる。
ゴルティナだった。
「ルルの知り合いか?」
「あっ…………ええと……」
そこでルルスは、自分の隣には、何気ない感じでラスボス級の存在がいることを思い出す。
少女の形をした黄金。
神格存在、最高黄金精霊。
この子に頼めば、こいつらなんて……。
そんなどす黒い感情のうねりが、胸の中で堰を切ったかのように噴出するのがわかった。
彼女のレベルどころか次元が違う圧倒的な力を前に、彼らが情けなく命乞いをして、必死に許しを請う様がありありと想像できる。
………………。
しかし次の瞬間には思い直し、ルルスはクシャリとした苦笑いを作った。
「うん……知り合い」
「仲良しか? ピカピカか?」
「ピカピカでも仲良しでもないけど……まあ、そんな感じ」
「そうか。なら、挨拶しなくてもよいな。早く家に行こうぞ」
グイグイとゴルティナに引っ張られて、ルルスは歩き始めた。
視線を逸らして、アシュラフ一行の脇を通り過ぎようとする。
ルルスはやや俯きながら……
変なことを考えちゃったな、と思っていた。
……この子に申し訳ない。
たしかに自分は今、色々な勘違いから、この最高黄金精霊たるゴルティナという少女に気に入られている。
たぶん、結構気に入ってくれている。
でもそれは、命欲しさにこの少女を騙しているようなもので……いつかは、どうにかしなくちゃならない。本当にどうすればいいのかわからなすぎて、笑ってしまうくらいだが。
あいつらは絶対に許さないし、必ずやどうにかしてやるけれど……きっと、こんな方法では駄目だ。
まるで、虎の威を借りる狐。
最高精霊の威を借りる弱小錬金術師。
それは格好悪すぎるし、そういうことのために、この天真爛漫で純粋なゴルティナをけしかけてはいけない気がした。僕は誇り高き錬金術師の、息子なのだから。
そんなことを脳裏に巡らせながら脇を通り過ぎて行くルルスを見て、アシュラフは捨て台詞を吐く。
「かははっ。今夜は、少女娼婦でも抱いて慰めてもらうのか? せいぜい楽しめよ」
グイグイッと引っ張っていたゴルティナの足が、ピタリと停止する。
否。
ビタリッという急停止だった。
彼女はつまんでいたルルスの袖から指を離すと、身体をぐるりと回転させて、アシュラフに向き直る。
「……聞き捨てならない言葉が聞こえたような気がした」
ゴルティナはそう呟いて、アシュラフの目を見つめた。
黄金の瞳が、真っ直ぐ彼の瞳を見据える。
「今のって、我らに言ったのか?」
キョトンとした表情でそう尋ねるゴルティナに対して……アシュラフは、笑いを堪えているようだった。
「いや? 気を悪くしたら悪かったな。今のは……こいつに言ったのさ」
アシュラフは後ろに立っていた取り巻きの一人を肘で小突き、笑ってとぼけて見せる。
彼らがニヤニヤと笑っていると、ゴルティナは「うむ」とだけ言った。
「それならよいぞ。危うく、怒るところであった」
「ゴルティナ、行こう」
ルルスがそう言うと、彼女はすんなりと振り向いて、スタスタと歩いて行こうとする。
そこにもう一言だけ、アシュラフが言葉を投げかけた。
「そいつのモノは貧相だろうから、ガッカリしないようにしとけよ! なにせ、好き好んで錬金術師なんかになりたがる変態野郎だからな!」
アシュラフと取り巻き達が高笑いした瞬間。
ゴルティナは再び、ギュルリッと振り返った。
その動きを見て、アシュラフ達はギョッとする。
普通の振り返り方では無かったからだ。
踏み込んだ踵から、一切身体を動かさず。
物理法則を無視して、一瞬にしてグルリと180度。
コンパスのように回転してみせたからだった。
それは彼女が、道を素足で歩いているように見えて……その裸足と地面の間には、常に金属の薄膜を張っているからこその芸当なのだが。足裏の金属皮膜と、身に纏った黄金によって、身体を能力によって動かしたからなのだが。もちろんそんなことは、ゴルティナ以外にはわかりはしない。
「やっぱり、我らに言っているな?」
ゴルティナは首を傾げて、そう尋ねた。
異様な振る舞い方にいささか肝を冷やしながらも、アシュラフはふんぞり返ってみせる。
「言ってるとしたら?」
「いわれのない誹謗中傷は有名税。我への悪口は我がピカピカであるからこそ。目立ち輝く所に影はつき纏うゆえに、我とてちょっと馬鹿にされたくらいで怒り狂うような、狭量な黄金ではありはしない」
まるで歌を諳んじるように、ゴルティナはリズミカルにそう言った。
「しかし仮とはいえ、我が花嫁候補を侮辱するならば話は別。我が花嫁の尊厳をピカピカに守ってやるために、我は何かしなくてはなるまい。さてさてどうしてくれようか?」
「なんだお前? もしかして……そいつに惚れてるのか?」
アシュラフがそう言って笑う。
ゴルティナもニッコリとほほ笑むと、「うむ」と言った。
「決めた。ぶち殺してくれるぞ、人間種。臓物をぶちまけてくれる」