6話 男の子を女の子にしちゃうようなものだぞ!?
「ルルの職業は何なのだ?」
一緒にダンジョンを歩いていると、ゴルティナがルルスにそう聞いた。
「錬金術師だけど……」
「錬金術師! 父上から、人間種の錬金術師はとても珍しいと聞いていたぞ!」
「そうだね……たしかに」
人気の無い不遇職なので、とルルスは心の中で付け足す。
「錬金術師というのは、一体なにが出来るものなのだ?」
「えーと、『冶金』とか『換金』に……あとは『錬金』とか?」
「なーんのことだかサッパリわからぬ」
「『冶金』が金属を組み合わせて合金を作るスキルで、『換金』が別の金属に変えるスキル。銅を銀に変換したり」
「ええっ!? お主そんなことできるの!?」
ズバッ! と背筋を伸ばしたゴルティナが、飛び上がって驚いた。
「えっ。逆に君って、できないの? 精霊なのに?」
「合金は作れるけど、別の金属に変えたりはできぬー」
「そうなんだ」
「そもそも。銅くんを勝手に銀ちゃんに変えたりしたら、可哀そうではないか」
金属への感情移入の度合いが特殊な子だった。
「くん」「ちゃん」付けで呼ぶ系の子だった。
「男の子を女の子にしちゃうようなものであるぞ」
「よくわからないけど、そういうことかな」
「しかしフムフム。人間種の錬金術師はそんなことが出来るのであるな。可愛い男の子を捕まえて、スキルで弄んで無理やり女の子にしたりするのであるな」
「なんか違くない?」
「うーん! しかしたしかに! 我々は相性ピカピカのようであるな!」
ダンジョンの中をペタペタと素足で歩いているゴルティナは、嬉しそうにそう言った。
「さっきから思ってたんだけど、ピカピカってどういう意味?」
「ピカピカはピカピカであろう」
「…………そうだね!」
わからない話は、とりあえず同意しておけば間違いが少ない。
短い間に、ルルスは学習していた。
「ええと、君って黄金の精霊なんだよね?」
「そう。あらゆる金属の代表者にして黄金の顕現。前任者の後継にして、最高黄金精霊のゴルティナとは我のこと」
「イラクリオンって?」
「父上のことを知らないのか?」
「あ、そういうことね」
イラクリオンとは、土属性を代表するとされる精霊の名前。
使徒教会の信仰対象でもある神格で、よくステンドグラスにその姿が象られていたりする。
父親の名前として出てくる系の名前では絶対にないので、なかなか対応しづらい。
そんなことを話していると、すぐにダンジョンの出入り口の下穴に辿り着いた。
「ここが出口か?」
「そうだよ」
「思ったより近かったな。我の洞穴は、地下領域のもっと奥の奥、上の上だったと記憶していたのだが……」
「それは……どういうことかなあ……」
「あれか! 誰かとお話ししていると、時間が早く過ぎるというアレか!」
「多分そう!」
「父上に聞いたやつだ!」
出入り口の下穴(向こう側から見ても下穴)は閉鎖されている。
近くに備え付けられている呼び鈴を鳴らすと、ガリガリという喧しい音が鳴って、閉鎖されていた穴が開いた。
つい先ほどルルスのことを見送ったばかりの守衛は、出入り口を介すと逆さまに見えるあちら側の世界から、ルルスとゴルティナのことを見つける。
「君、入るとき一人じゃなかったか?」
「ええと」
「連れだ!」
「そういうことです」
◆◆◆◆◆◆
ダンジョンから出たところで、「あっ」とルルスは言った。
「どうかしたのか?」
出入口から受付のある待合室へと繋がる通路。
そこで、ゴルティナがルルスのことを覗き込む。
「籠、忘れちゃった」
「籠?」
「受付で借りてたやつなんだけど……困ったなあ。あの洞穴で落としちゃったかな」
「そういえば、そんなものが転がっていたような気がするな」
うーん、とルルスは思った。
別に高い物ではないけど……失くしたといったらまた別の問題だよなあ。
あれって、元々は依頼主の物らしいし。
「無いと困るのか?」
「それなりに」
「ならば! 我が何とかしてくれよう!」
ゴルティナがえっへんと薄い胸を張る。
その瞬間に、彼女の裸体を申し訳程度に覆っていた金属の装甲が脱衣された。
「うわっ!?」
ルルスは突如素っ裸になったゴルティナか、パージされて周囲に滞空し始めた流体金属か、どちらに驚けばいいのかわからない。
ゴルティナがスイスイと手を繰ると、脱ぎ捨てられた流体金属が空中へとクルリと流れ出し、細長く変形し、まるで網のような形状に変形していく。
「ええとー。たしかー、こんな感じであったなー?」
ゴルティナの手が指揮棒でも振るかのように動かされて、それに対応するかのように、空中を漂う金属が思うがままの形へと姿を変えていく。
それはちょうど、ルルスが洞穴に置いてきた網籠のような形状を取り始めた。
黄金の精霊……。
土属性の系統……彼女が言うには、『金属』を代表する精霊。
恐らくその能力は、この世のあらゆる金属を意のままに操り、隷属させるというものか。
まるで音楽の指揮でも執るかのようにして金属を自由自在に操るゴルティナを目の前に、ルルスは畏怖にも似た感情を覚えている。
「できた!」
黄金で形作った金色の網籠を手にしたゴルティナは、それをルルスに手渡す。
「どうだ? 大体こんな感じだったろう!」
「う、うん……たしか!」
これ、売ったらどれくらいの値段になるだろうなあ……。
超一級の錬金術師でしか形成できないような金属製の網籠を手にしたルルスは、ふとそんなことを考える。
凄まじい精度の工芸品だ。
薄く引き伸ばされて網目を構築する金属はどこから見ても均一で、ムラが無く、ひと欠片の凹凸も無い。表面は丁寧に磨き上げられたかのように輝き、その内部で複雑に光を乱反射させている。
「気に入ったか?」
「すごく」
「それは良かった!」
「でも君……服どうしよう」
身体を覆っていた金属をすべて網籠に使ってしまい、完全に素っ裸になっているゴルティナを前に、ルルスは目のやり場に困っていた。
「このままではいけないか?」
「いけないね」
「それではこうしよう」
ゴルティナは網籠から金属を吸い取ると、まずは四肢の分厚い手甲足甲を形成し、余った分をほんの少しだけ胸や股に纏わせた。
「これで良いだろう!」
「ダメだね」
「隠しているぞ」
「隠しているというより、見えてはいないだけだね」
「周囲にめぼしい金属が無いのだから、仕方あるまい」
「手足の金属を、胴体の方に回せばいいのでは?」
「これが無いと格好悪いだろう」
「それがあるから破廉恥なんだよ」
「むー」とゴルティナがむくれる。
「細かいことを気にするでないー」
「僕のコートを貸すよ」
「布アレルギーだから嫌だ」
「ビックリだね。そのアレルギーめちゃくちゃ困るね」
「嘘だけど嫌だ。そんな布切れ纏いたくない」
「着ようね」
ゴルティナにコートを羽織らせて、冒険者ギルドの受付に行く。
ルルスが金属製の網籠を手渡すと、受付のお姉さんは怪訝な表情をした。
「こんなのでしたっけ?」
「すいません。ちょっと原料が変わっちゃったのですが、良いですか?」
「原料が変わるなんてことあるんですか?」
「あったんですよ」