5話 そうなの? ちがうの?
精霊ゴルティナは、頬を染めながら上機嫌そうにしている。
「やはりアレであるか。人間種の審美的感覚から言っても、我は可愛いか!」
「そ、そうなりますね」
「可愛いか! 綺麗か! ピカピカであるか!」
「そ、そうですね……っ!」
「うむうむ。そうかそうか。なるほどなるほど。戦うためではないということは……そういうことか!」
ゴルティナはふむふむと頷きながらルルスに近づくと、彼の手を掴んで、その場に立ち上がらせてやった。
呆気に取られている様子のルルスに構わず、ゴルティナは彼の土で汚れたズボンの尻をパッパと手ではたいて、乱れた茶髪をサッサと指で梳く。
「人間種よ。名をなんという?」
「えっ。ルルスです」
「ルルス! ルルスだな!」
ペチペチ、とルルスの両頬が軽くはたかれた。
そのまま頬に手を添えられると、ルルスはゴルティナに至近距離から凝視される。
綺麗な二重瞼の大きな瞳に見つめられ、ルルスはドキドキした。
しばらく見つめてから手が離され、ゴルティナは薄い胸を張る。
その胸の中央部には、小さな黄金がペンダントのように癒着していた。
「アッハッハ! 我が名はゴルティナである! 初めましてだな!」
「そ、そうですね……」
「人間種の堅苦しい尊敬語などよさぬか。ほれ、自然体で話せ」
「う、うん……」
「いやいや。なるほどそういうことだったか。失敬したなあ。危うく、なーんにも知らずに全身串刺しにして芸術的に殺してしまうところであった」
ゴルティナは立たせたルルスの身だしなみを整えてやりながら、なんだか嬉しそうにそう言った。
えっ?
あれっ?
極度の緊張と興奮の中で、ルルスの中の冷静な部分が目を覚ます。
なにこれ?
どういう流れなの?
「あの……これって、どういう……?」
「何がだ?」
「いやその……僕ってこのまま、帰っていいのかなあ……って」
「帰る? なぜ帰る? どうして?」
「いや、戦う気はないので……できればこのまま……」
「うーん……? ああ! なるほど! そういうことか!」
ゴルティナは何かを察したように手をポンと叩くと、両手でルルスの肩を掴んだ。
「それでは、我も着いて行こう!」
「えっ?」
「えっ?」
「どういうこと?」
「いやだって……ルルだって、その方が良いだろう?」
いつの間にか、ルルになっていた。
……何か、すれ違いが発生しているぞ。
「だって、ルルは我と結婚したいのだろう?」
「……えっ?」
「……えっ?」
「そうなの?」
「ちがうの?」
シン、と周囲が静まり返った。
気温が2度ほど下がった気配があった。
あ、これまずいな。
ルルスはそう感じた。
「いや! そ、そそそう! そう! そうだよ! ちがくないよー!」
「そ、そうだよねー! あっぶなー! ぶち殺すところであったー!」
あっぶなーい!
この会話、返答を間違えたら瞬殺の奴だ!
めちゃくちゃ難易度の高い奴だ!
ルルスは心の中で叫んだ。
「アーハッハッハ! いやはやまさか、こんな地下領域の奥地まではるばる! 我に求婚するために潜って来る者が居るとはなあ! 我もビックリピカピカしたぞ!」
突っ込むべき箇所が複数あった気はしたが、ルルスはスルーが正解だと判断した。
「しかし、我もこのままでは地下領域から出ることができない」
「ど、どうすればいいの?」
「ルルの我に対する勇気と情熱は嬉しいが、やはり我らは出会ったばかり。仮契約としよう」
「仮契約?」
ルルスがそう聞き返した瞬間、トンとその身体が押されて、後ろへと倒された。
「えっ?」
そのまま背後へと倒れこもうとする瞬間、ルルスの背中は何かにキャッチされる。
見てみると、いつの間にか背後に展開されていた金属が、まるで網状の椅子のように変形してルルスの身体を受け止めていた。
足元に小さな金色の足場が形成されて、そこにゴルティナが足をかける。
そのまま体を倒して顔を近づけると、ゴルティナはルルスにそっと口づけをした。
「――――――ッ!?」
柔らかい唇が触れ合い、喉を何かが通り抜けた感覚があった。
背中が焼けるように熱い。
皮膚の上を鋭い刃先が走るような、そんな痛みとも熱とも判別し難い何か。
「…………ふぅ……」
ゴルティナは唇を離すと、ニッコリとほほ笑んでルルスのことを見下ろす。
「これにて仮契約! 我らは一心同体以心伝心! よろしく頼むぞ、我が花嫁よ!」
「は、はい……?」




