4話 かくして時間軸は冒頭へと戻る
かくして時間軸は、冒頭へと戻る。
「ふはははは! 哀れな冒険者よ! 不敬にも我が領域に足を踏み入れ、我と出会った幸運を喜ぶがよい! 我と出会ってしまった不運を嘆くがよい!」
少女の形をした絶対存在は、そう言って高らかに笑った。
ど、どうしてこんなことに……!
ルルスは腰を抜かしたままで、そう思わずにはいられなかった。
精霊……!
そんな最終存在級の奴が、なんでこんな所に居るんだ……!
「さあさあどうしたどうした? 立ち上がらぬか?」
少女はそう言いながら、ぜい肉の一つもない腹と細いくびれを見せつけるようにしてルルスへと歩み寄る。
その小さな素足が地面に触れるたびに、周囲の金属が軋む音が響いた。
属性の代表者たる彼女に連なる眷属たちが、その一挙一動に緊張して、身震いしているのだ。
「寝起きであるとはいえ、最高黄金精霊たるこのゴルティナ! 冒険者風情の一人や二人、相手にしてやらんことはない!」
「ま、待て! 僕は……そんなつもりはなかったんだ! 見逃してくれ!」
「そんな言い訳が通じると思ってか! 精霊を油断させ、その寝首をかこうとは二千年早い!」
「本当なんだ!」
殺される!
ルルスは尻もちを付いたままで後ずさりながら、心の中でそう叫ぶ。
一体どうすればいい!?
一体どうすれば、この状況を切り抜けることができる!?
「覚悟するがいい!」
ゴルティナと名乗る精霊がそう言った瞬間、洞穴を覆う金属片がひとりでに立ち上がり、見えない力によって空中に浮かび上がると、彼女の周囲で滞空を始めた。
自らに連なる属性を意のままに操る、精霊の固有能力!
ルルスは息を呑んだ。
僕にどうこうできる――いや、人間にどうこうできる存在じゃない!
何かしないと!
とにかく何かしないと、このままじゃ死ぬ!
ひねり殺される!
「無謀と勇気は紙一重! しかし、単身でこの精霊に挑もうとするその無謀! 愚行蛮勇無鉄砲なその度胸! ピカピカに評価してやらんこともない!」
精霊ゴルティナは、彼女の薄い胸を隠す黄金の胸当ての前で、細腕を組みながら叫んだ。
「一撃の下に痛みなく! 全力全開を以って屠りさってくれよう! 名誉なことであるぞッ!」
ビシンッ! と無数の金属片の鋭先が一斉にルルスの方を向き、それは今まさに解き放たれんとするばかりに、引き絞られた弓矢が微かに震えるようにして緊張している。
串刺しにされる――――!
ルルスは目を瞑って、やけっぱちを叫ぶ。
「……た、戦うつもりはないんだ! 君みたいな可愛い女の子と! 戦おうなんて思うわけ、ないじゃないかー!!」
不意に、周囲が静まり返る。
ルルスが恐る恐る前を見てみると、片手を上に掲げたままでピタリと動きを止めたゴルティナが、その姿勢のままでルルスのことを見下ろしていた。
「…………んっ?」
「…………えっ?」
ゴルティナとルルスが見つめ合う。
またしばし、二人の周囲を沈黙が満たした。
「……今、なんと言ったのだ?」
「え……? いやだから、戦うつもりは、ないって……」
「そのあと」
「戦おうなんて、思うわけ……」
「その前!」
「君みたいな、可愛い女の子?」
「そうそれ!」
ビシッ、とゴルティナがルルスを指さす。
それと同時に、彼女の周囲に滞空していた金属片たちも、くるりと回ってから再びルルスへと照準を合わせた。
「……もう一度、言ってみい」
「もう一度?」
「そう、もう一回」
「か、可愛い女の子……」
「そうそれ!」
バシッ! とゴルティナは再び、ルルスのことを指さした。
彼女の周囲で滞空している金属片も、瞬時に配置を変えて再度ルルスのことをロックオンする。
ルルスが呆気に取られたままで、彼女のことをよくよく見てみると。
ゴルティナはその白肌の頬を真っ赤にしながら、どこか怒ったような表情でルルスのことを見据えていた。
「……いきなり何を言い出すのだお前は?」
「えっ?」
「だから、その。我が可愛いとか、そういう」
「いやそれは、君が言えって」
「ちがうー! お前が先に言ったのだろー! 我は確認しただけー!」
「そ、そうですね!」
顔を真っ赤にしたゴルティナは、周囲に無数の金属片を従わせたまま、ペタペタとルルスに歩み寄る。
「なんだお前。戦いに来たのではないのか?」
「いえ。そんなつもりは毛頭も」
「じゃあ何しに来たのだ? ここは我が聖域であるぞ?」
「だから、たまた……」
「あーっ!」
ゴルティナは突然叫ぶと、さらに顔を真っ赤にして、頬に両手を添えた。
「……もしかしてお前、アレか?」
「……アレ?」
「我に求婚しに来たのか?」
「えっ?」
「えっ?」
「求婚?」
「違うの?」
「…………」
「…………」
ルルスは何か、危険な気配を感じ取った。
「そ、そそそそそそそうだよ!? そう! そのとおり!」
「や、やややややややっぱり!? そう? そうであるか!?」




