3話 ええっ!? この状況からでも受けられるクエストがあるんですか!?
冒険者ギルドの待合室で、ルルスは募集中のクエストの張り紙を眺めている。
「なんか、手ごろなクエストはないかな……」
あてにしていた報酬を踏み倒されて、早急に何とかすべきなのは懐事情。
職業の問題で冒険者パーティーに加入できていないルルスは、普段冒険者としてダンジョンに潜るよりも、錬金スキルを活用して、金属細工の工作や大工の手伝いで日銭を稼ぐことが多かった。
しかしここ数カ月は、アシュラフの下でオリハルコン合金の精製に取り掛かっていたために、収入がほとんど無い状態だったのだ。
そんな頼みの綱の報酬を先延ばしにされ続けて、いざ直談判に行ったところでこれ。
冒険者ギルドにアシュラフの横暴を訴えようにも、すぐに問題が解決するわけではない。長い時間をかけて仲裁してもらったところで、最終的に正当な報酬を勝ち取れるかは怪しい。組織に属していない孤独な野良犬というのは、かくも弱いものなのか。
「お金はもう無いし……ギルドから生活費の前借……通らないよなあ」
とにかくお金を作らないことには、すぐに貸部屋から追い出されてしまう。誰もがそうであるように、一度そうなってしまうと生活を立て直すのは非常に難しい。
「薬草採取のクエスト……1単価で銀貨5枚か……」
かろうじて残っていた張り紙を見つけて、ルルスはため息をついた。
こんなクエストをいくら受けたところで、家賃の足しにもなりはしない。
しかしダンジョンにソロで潜らざるをえないルルスにとっては、リスクを取って高報酬を狙うようなクエストなど受けられるはずもない。
ぐぅ、とお腹が鳴った。
「…………とりあえず受けてみて、ご飯でも食べようかな」
◆◆◆◆◆◆
冒険者ギルドの受付にて、クエストの受注手続きをする。
受付のお姉さんはルルスの冒険者証書を眺めながら、それを別の書類と照らし合わせていた。
「クエストの受注申請ですね」
受付のお姉さんは、ルルスには目を向けずにそう言った。
彼女の眼鏡越しの視線は、手元でペラペラとめくられる資料へと落とされている。
「ソロですか? パーティーですか?」
「ソロです」
「報酬は採った分だけの出来高、最後に計りを使って計算します。1単位につき銀貨5枚」
「了解です」
「達成報酬の内、2割が手数料として冒険者ギルドに。もう1割は冒険税として徴収します。よろしいですね?」
「はい」
短く返事をしながら、ルルスは頭の中で計算する。
報酬が銀貨5枚だと、その2割の銀貨1枚が手数料、1割の銅貨5枚が冒険税となる。
そうすると手取りは銀貨3枚と銅貨5枚、合わせて3500ゼルまで減ってしまう。
手数料と税金で3割も抜かれてしまうのは、やはりキツイ。
だからといってギルドを通さない直接依頼を受けようものなら、報酬の未払いなどのトラブルばかり。まさにルルスが、アシュラフから約束の報酬を踏み倒されたように。
全ては一長一短。
しかし“短”の方が大きいこともある。
採取用の籠が依頼主から貸し出されていたのは幸運だった。
借りた籠を背負い、ルルスは冒険者ギルドの管轄するダンジョンへと進む。
その入り口は、待合室と受付を通った先の小部屋に存在した。
発行してもらった冒険の許可証を見せると、ダンジョンの入り口を管理している大柄な守衛が、体全体を使って大きな装置を回し始める。ガラガラと鎖が流れて連結された仕掛けが動き始め、部屋の床に存在するダンジョンの入り口への扉が鈍い音を立てて開く。
それはまるで、地下室への入り口のようにも見える。
しかし、下へと降りるための梯子や階段は見当たらない。
それは単なる、薄暗い洞窟空間へと繋がる“穴”にすぎなかった。
ここからダンジョンへと入るためには、ちょっとしたコツがいる。
「よいしょっと」
ルルスはまず、背負っていた籠をダンジョンへと繋がる穴の中に放り込む。
籠は穴の中へと落ちると、空中で反転して向きを変え、ダンジョンの地面へと落ち上がった。
それは一旦下に落ちてから、再び上へと落ちたようにも見える。
それがダンジョン。
この世界の裏側にぴったりと張り付いて存在する、もう一つの世界。
それはいわば、両面がどちらも表側のコインのようなもの。
ルルスが穴の縁に座り込んで足を垂らすと、その穴の中に入った瞬間から逆向きの重力を感じた。穴の中に垂らした足先だけが、まるで逆立ちでもしているかのように浮き上がってくる。
「よっと」
逆向きの重力に抵抗しながら、ルルスは池の水の中へと入るようにして、くるりと身体を回して穴の中へと飛び込んだ。逆転した重力の中で上下が混乱してしまう前に、ダンジョンの中へと完全に滑り込んでしまう。
「ふう、上手く入れた」
ダンジョンの中で立ち上がって、ルルスは息を吐き出す。
ルルス達の暮らす世界からしてみれば、ダンジョン内の上下感覚は逆転している。
両者を2階建ての建物の、1階と2階のように考えることもできるだろう。
その場合は、2階がルルス達の住んでいる普通の世界で、1階がダンジョン。
そして2階の住民から見てみると、1階に住む人たちは天井に立っているように見える。
不思議なことに、この上下二つの空間は……重力の働く方向が、完全に逆向きなのだ。
まるで上下対象の空間が、接する一つの平面へと引っ張られ続けているかのように。
そのようにして釣り合いを取っているかのように。
「どうも、上手く入れました」
入り口の外で逆さまに立つ守衛にそう声をかけると、ルルスは近くに落ちていた籠を拾い上げて松明に火を点け、洞窟の中を歩き始めた。
コートのポケットから懐中時計を取り出してみると、時刻はちょうど正午。
現在時刻は午前の13時を指している。
午後の時間をいっぱいに使えば、いくらか稼げるだろう。
ダンジョンの低層には、危険なモンスターなどそうそう居ない……。
◆◆◆◆◆◆
そう、いないはずだった。
ましてや、神にも等しい上位存在などは。
ふらりと足を踏み入れてしまった異様な洞穴の中で、ルルスはそれに出会った。
周囲の全てが剥きだしの金属によって覆い尽くされた洞穴。
銀、銅、黄金、鉄、真鍮、鈦、鉛……
そんな洞穴の奥に鎮座していたのは、複数の金属が合わさった継ぎ接ぎの合金の塊。
その中から生み出されるようにして、その少女は現れた。
突き出された素足の指先から、液状化した金属がポタリと滴り落ちる。
ズルリと這い出した少女は、文字通りの生まれたままの姿。
顕現したばかりのその裸体に、周囲の金属が纏わり付き始める。
それは彼女の身体を彩るようにして固定化され、鎧とも装飾品とも、ドレスとも言える代物になった。
その御姿が降り立ち、緑がかった不思議な金色の瞳が、ルルスを真っすぐ見据える。
「やあ人間種。我の眠りを妨げたのは貴様かな?」