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29話 ビックリビカビカ


 アシュラフの昇格式典から一転、冒険者ギルドの待合室は厳戒態勢の緊張状態と化した。


 長机や椅子は蹴り倒され、侵入口へと繋がる扉までのバリケードが形成されている。集結していた冒険者たちはそれぞれの得物を携えて待ち構え、各ギルドの幹部までもが、緊張した面持ちで後方に備えていた。


 アシュラフに証書を授けたギルド幹部が、受付嬢と守衛の二人に尋ねている。


「一体なにがあったんだ?」

「侵入口付近の様子が、急におかしくなりまして。騒々しくなったんです」


 守衛がそう答えた。


「なぜ応援を呼ばなかった?」

「Aランクの昇格式を、邪魔してはいけないと思いまして」

「守衛から話を聞いて、一応。私が様子を見に行きました」


 最後にそう言ったのは、いつもの受付嬢。


「二人で見に行った時には、すでに侵入口が破られていました」

「門は閉鎖していたのか?」

「もちろんです」

「破壊されていたんです」

「モンスターの種類は?」

「おそらく、ボストロールとその配下かと思われます」

「一瞬で逃げて来たので、よく見えませんでしたが」

「通路の門は全て落としました。なんとか」


 ガンッ!


 巨大な鉄槌が叩き落されるような、激しい衝突音が不意に響いた。

 通路上に落とされた、緊急用の門が破壊されようとしているのだ。


「……なぜこちら側に?」

「まったくわかりません」

「とつぜんだったんです」


 受付嬢と守衛が、交互にそう言った。


 ギルド幹部は頭を悩ませるようにして一瞬眉間に指をやると、二人に命令を下す。


「招集可能なAランクを全員、直ちに招集しろ。行け」

「了解しました」

「上に伝えます」

「絶対に、ここで食い止めるぞ。ひとまずは私が指揮を取る……アシュラフ!」


 幹部に呼ばれ、昇格を受けたばかりのアシュラフが緊張した面持ちで寄って来た。


 彼はアシュラフの肩を掴むと、にじり寄ってその胸を指さす。


「いいか……お前が頼りだぞ、アシュラフ。必ずやここで、水際で侵入を阻止するんだ」

地下領域(ダンジョン)のモンスターが……こちら側に侵入してきたんですか?」


 アシュラフは状況を確認するために、もう一度そう尋ねた。


「そんなことが、起こりえるんですか?」

「普通は無いが、何にでも例外はある」

「例外とは……?」

「考えられる要因は三つだ」


 幹部が手短に説明した。


 一つに、地下領域に巣食うモンスターの内、異常な行動を取る個体や群体が偶然、こちら側への侵入口を発見してしまった。

 二つに、地下領域内の食物連鎖における脅威や天敵に追い立てられたモンスターが、偶然こちら側への侵入口を発見し、逃げ込んでしまった。

 三つに、他の予期せぬ理由。


「いいか」


 とギルド幹部が念を押す。


「アシュラフよ。お前の昇格に疑問を持っている輩も多い……これはチャンスだと思え。どれだけの数がいるかはわからんが、必ず食い止めろ。お前が責任を持って、一匹も外に漏らすな。防衛に成功した暁には、お前の功績としてやる」

「しかし……状況がわからないうえに、応援もいつ来るかわからないようでは……」

「それを何とかするのがAランクだろう」


 グッ、とアシュラフの胸に突き立てられた指が押し込まれる。


「幸い、この場に集結している冒険者は普段よりも多い。向こうの個体数は依然不明だが、こちらも手数だけはある」

「しかし、そんな……」

「やれ。何のために昇格させたと思っている。命がけでやれ」


 恐ろしい剣幕で迫られて、アシュラフはゴクリと生唾を呑み込んだ。

 その表情は、「そんな無茶な」とでも言いたげに歪められている。


 アシュラフがふと周囲を振り返ると、その場にいる全員が、彼に期待や複雑な感情の混じった眼差しを向けていることに気付く。


 Aランクパーティーのリーダーなんだろ。

 当然何とかできるんだろ。

 何とかしろよ……。


「…………」


 そんな様子を最後列の隅っこの方から眺めていたルルスとゴルティナは、コソコソと話し合っていた。


「あれ、いつぞやの(やから)ではないか。ルルを馬鹿にした大うつけではないか」

「そうだね」

「完全に忘れておった。この前は途中で終わってしまったからな。しばき直してやろう」

「待て待て。待ってゴルティナ」

「ダメか?」

「少なくとも、今しばくのはタイミングが悪い」

「なぜ悪いのか?」

「……みんながビックリしちゃうから。さらにカオスなことになるから」

「みんな、簡単にビックリしすぎではないか?」

「想像してみよう」

「うむ」

「もしもこの場に、突然ゴルティナのお父さん……最高土精霊イラクリオンが現れて」

「うむ」

「いきなりアシュラフをしばき倒し始めたら、ゴルティナだってビックリするでしょ?」

「ビックリビカビカに腰を抜かしてしまって、三週間は足腰が立たなくなるぞ」

「そういうこと」

「ピカピカに納得した」


 ピカピカに理解してくれたようだった。


 ガン! ガガン! とさらに大きな破壊音が鳴り響く。


 通路を閉鎖している緊急用の防門が、一つずつ破られているのだ。

 やかましい鳴き声のような、叫び声のような音も聞こえてくる。

 その悲鳴は一匹や二匹のものではなく、数十匹の群れを感じさせた。


「すぐそこまで迫ってるぞ!」

「あと……何枚壁があるんだ!?」

「アシュラフ! どうするんだ!?」

「陣形は!?」

「最前衛は!?」


 粗末なバリケードの前に立つ冒険者たちが、次々とそう叫ぶ。

 

「あ……あっと、その……」


 すっかり委縮して混乱してしまっているアシュラフを見かねて、代わりにギルド幹部が叫んだ。


「パーティーで固まっている者は全員! 各パーティーで連携して固まれ! ソロの前衛職は全員バリケードの前! 自分がどちらかわからない者や直接戦闘に自信の無い者は、バリケードを挟んで後ろで支援! 後衛はその後方に待機! 自信のある者は、自分の判断で前へ! 最も功績の大きかった者は大々的に表彰してくれる!」


 ギルド幹部がそう叫ぶと、我こそはという筋骨隆々な前衛職たちが、バリケードから身を乗り出して立ちはだかり、自分の武器を構えた。


 戸惑っている者もとりあえずはバリケードの直後に並び、後衛職と思しき者たちがその背後に並ぶ。

 パーティーで一角に陣取る者たちや、功績のために即席でチームを組む者たちも居た。


 その慌ただしい中で、呆然と立ち尽くしていたアシュラフが、ギルド幹部に押し出される。


「お前は最前線に決まってるだろうが! 早く行け!」

「えっ!? でも! 自分はここで……」

「剣士職が前に出なくてどうするんだ、この馬鹿が! つべこべ言わずに陣頭で狩れ!」


 忙しく指示を飛ばしながら自分の短剣を握る幹部は、ルルスとゴルティナにも目を向けた。


「お前の職業は何だ!?」

「僕は錬金術師です」

「一番後ろ! 隣の小娘は!?」

「我は精霊であるぞー」

「君は帰っていいぞ!」


 カオスの中で大人しく最後列に並び始めると、ついに最後の扉が破られようとしていた。


 トロールが振るう木槌の一撃を受けた木製の扉は、一撃で穴が空いて向こう側と繋がり始める。


 ちらりと見えるその奥には、トロールだけではなく……地下領域に巣食う魑魅魍魎たちが、こちら側を目指してウジャウジャとひしめいているのが見えた。


「来るぞ!」

「思ったより多い! どうなってるんだ!」

「絶対に都市に出すな!」

「一匹残らずここで食い止めろ!」


 奮起している冒険者たちの最後尾で、ルルスはふと思う。


 ……こちら側にはゴルティナが居るけれど、一体どうなるんだろう。

 というよりも僕たち二人は、一体どうすればいいのだろう。



毎日更新途切れちゃった…

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[良い点] 「我は精霊であるぞー」 「君は帰っていいぞ!」 ギルド職員優秀すぎない?
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