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27話 稀代の詐欺師


 ゴルティナが板金鎧を見比べながら工作している間、ルルスは彼女の肩に両手をついて、その様子を見守っていた。


「うーむ。ここはコウであるな。こっちはコウいう波状であるか」

「あ、ゴルティナ。その板金の縁にも模様があるよ」

「ほんとだ。見落としていたわ」

「あと、そのカーブ微妙に角度が違うかも。触って確認してみて」

「んんんむむむ……? ものっそい複雑に作ってあるなあ」


 密着しながら二人でそんなことを言い合っていると、『究極の闇』の一人がルルスに尋ねる。


「お二人とも、仲が良いのはわかるんですけど……密着しすぎじゃ?」

「僕、こうしてないと死ぬ可能性があるんだよね」

「マジすか」

「マジやばいっすね」



 ◆◆◆◆◆◆



 ということで、5体の儀礼用甲冑が完璧な形で修復された。


 つい先ほどまで、ボコボコの穴だらけの腐食し放題だったとは思えぬほどのピカピカ具合。といっても、あくまでゴルティナが見様見真似で破損部分を修復したものである。細部は微妙にズレや誤差があると予想されたが、その辺りは、専門家である彼らに微調整してもらえばいいだろう。


 鎧が修復されたと聞いたゾイゼンは、不承不承といった具合で職工たちの肩を借りながら倉庫まで出て来て、完全に修復された鎧を前にして目を見開いた。


 彼は何を言うよりも先に鎧の方へと歩み寄り、その細部を自分の目で確認し始める。


「なんてことじゃ」


 ゾイゼンがそう呟いた。


「ほぼ完璧。微妙にズレとる所はあるが……これなら、いくらでも調整できる」

「良かった」


 ルルスがそう呟くと、ゾイゼンは彼の方へと振り返った。


「お前が直したのか?」

「ああと、僕は鋼を修復しただけで……他は全部、この子が」

「ピカピカに直してやったぞ!」


 ゴルティナが「ふん!」と薄い胸を張る。


 しかしゾイゼンは、ゴルティナを無視してルルスの方に詰め寄った。


「いいや、お前じゃな? ラオンの倅よ。錬金術でゴチャゴチャとしたのだろう……あのラオン、大ほら吹きではあったが錬金の腕は確かじゃったからな。その血ということじゃ」

「我であると言っておるのにー」

「小娘が、こんな金属形成を一瞬で出来るわけがあるまい。鍛冶の大神、土精霊イラクリオンでも気取っておるつもりか」


 彼女はそのイラクリオンさんの、実の娘だった。


 「むー」とむくれているゴルティナは、不意に何かを思いついたかのように表情をピカピカにすると、ルルスの袖をグイグイと引っ張った。


「うむ! よくよく考えれば、それでよいではないか!」

「えっ? なにが?」

「そう! 全ては我が花嫁! ルルがバッチリピカピカにやってくれたのである! 大したものであろう!」

「…………え?」


 ルルスが状況を呑み込めずにいると、ゾイゼンは「ふむ」と鼻で息を吐いて、太い腕を組んだ。


「やはりあの男の倅か……血は争えぬということだな」

「すげえ! よくわからないけど、二人とも凄いぜ!」

「『ピカ☆ピカ軍団』、マジでAランクパーティーになるかもしれないぜ!」

「大出世間違いなしだ!」


 勝手に何かに納得した様子のゾイゼンと、よくわからないが盛り上がっている『究極の闇』一行。


 彼らをよそに、ルルスはゴルティナに耳打ちする。


「えっ? これでいいの?」

「だって。我が精霊だってことは、言わない方が良いのだろう?」

「そうだけど……やったのはゴルティナなわけだからさ」

「まあまあ、これで良いではないか! 相手を立てて持ち上げてやるのも、円満な結婚生活の秘訣であるぞ!」


 この子が本気になれば、持ち上げられた勢いで一気に空高くまでぶち上げられそうだった。


「まあ……丸く収まるし、ここはこれで良いか……?」

「うむうむ! よいよい! しっかし我らって、もしかしたら最強のコンビかもしれぬな!」


 錬金術師と最高黄金精霊。


 精霊の彼女が苦手な領域の操作を、ルルスは錬金術によって補うことができる。


 しかも、気になるのは……


 彼女と触れ合っている状態で発動した、法則無視の『換金』。


 無限変換機『賢者の石』が無ければ実現しないはずの……換金手数料を一切伴わない、質量を100%保存した状態での金属変換。


「…………」


 ルルスはふと……自分は思っていたよりも、ずっと凄い状態になっているのかもしれない、と改めて自覚した。



 ◆◆◆◆◆◆



「……こ、こんなに貰えませんよ! ゾイゼンさん!」

「いいんじゃ、貰っておけ」


 ゾイゼンが太腕の血管を浮かび上がらせながら運んできたのは、箱一杯の金貨の山。


 それを押し付けられて、ルルス一行は震えあがっていた。


「ええええ……? これ、一体どうなっておるのだ? ピカピカがキラキラで大変なことになっておるぞ……?」

「な、何百枚……? いやもうわかんねえ……!」

「謝礼じゃ。教会の大仕事を助けてもらったんじゃから、これくらいは当然じゃろう」


 金貨がぎっしりと詰め込まれた箱をドスンと置いたゾイゼンは、そのまま小部屋の椅子にガスンと座り込む。


「礼は渡したからな。貸し借り無しじゃ」

「本当に、良いんですか?」

「ふん、むしろ足りんくらいじゃが。お前の父親に煮え湯を飲まされた分をまだ返してもらっておらんからな、その分だと思っておけ」


 ゾイゼンはそう言って、ゴルティナが直した鎧の細かな修正しに取り掛かり始めた。


 ルルスの背後では、ゴルティナと『究極の闇』一行が、金貨の山を前にしてワイワイとはしゃいでいる。そんな楽しい輪の中にはすぐに入って行かずに、ルルスはゾイゼンの近くに座り込んだ。


「ゾイゼンさん」

「なんじゃ?」

「あのとき、僕の父は……『賢者の石』が見つかった、って言ってたんですよね?」

「そうじゃ。えらい興奮した様子で話しとったよ」


 カンカン、ハンマーを叩きながら、ゾイゼンはそう言った。


「あんまりに迫真だったもんで、みんな騙されたんじゃ。奴は……ラオンは、必要だっちゅうてみんなからお金を集めては、しきりにダンジョンに潜っとった。ワシもかなりの額を出してやったが、具体的に何をしてたのかは、誰も知らんかった。教えようとはせんかったからな」

「それが、1年ほどに渡ったと」

「そう。金を融資した連中が、痺れを切らし始めた頃じゃ。ラオンはそれでも待つように言うとって、何に使うのか……さらに金を引っ張っておった。奴は大層な冒険者パーティーの……『工房(アトリエ)』のリーダーじゃったから、金を出す奴はたくさん居た。そうして引っ張りに引っ張った挙句に、アレじゃ」


 ルルスは押し黙った。


 ゾイゼンは構わず続ける。


「結局、奴は殺されおった。魔法で八つ裂きにされてな」

「…………」

「教会と騎士団の調査によれば、奴は集めた金であらゆる商人から金銀を買い漁っておったらしい。きっと、どこかに隠して高飛びするつもりじゃったんじゃろう」

「誰が殺したか……心当たりが?」

「そんなもん、わかるもんか。奴に金を貸した連中の……誰かが殺ったんじゃろう。何人かが結託して、腕の良い魔法使いを雇ったのかもしれん。木枝で全身を貫かれて、目鼻から花が咲き、喉から小枝が生えとったという話じゃからな」


 そこまで言ってから、ゾイゼンは目を見開いた。


 何かに気付いたかのように。



 ◆◆◆◆◆◆



 金貨の山が入った箱を、みんなで端を持ち合って運び出しているルルス一行。


 そんな彼らの様子を、背の高い建物の屋上から眺めている者がいる。


「思ったよりも、早く見つかったな……」


 麗しい緑髪。風に素肌を晒すその姿。


 盛り上がった石畳に片足をかけながら彼らに視線を向ける女性の足元には、無数の触手のような植物がウネウネと蠢いている。


「鍛冶屋の工場を全て破壊して回る前に、炙り出せて良かった」


 いつかアステミスと呼ばれた彼女は、足元の触手を自分の身体と建物の壁に伸ばし、軽い身体をふわりと身体を持ち上げた。


「ボーフォールに伝えてやろう……どうやって仕留めてくれようかな」


 樹の触手を伸ばしてスルスルと蜘蛛のように壁を這っていくアステミスは、身体にさらに触手を密に纏わせて、壁の色と同化していく。


「次代の土精霊(イラクリオン)は私であるぞ、末妹(ゴルティナ)



予定:

残り4エピソード(エピローグ・幕間等含めず)


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