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25話 錬金術師の息子


 工場の裏手には、納品予定の金属鎧や保管用の代物、製造途中の各種板金が所せましと並べられている。その奥には、一際の装飾が凝らされた儀礼用のアーマーが何着も保管されているようだった。


 そんな工場の倉庫に足を踏み入れたルルスは、職工たちが慌ただしく走り回る中で、眉をひそめる。


「これは……?」


 視線の先には、複雑な装飾が施された美しい銀甲冑……だったもの。


 大口の上流階級に納品予定だったと思われる何体もの儀礼用甲冑が、めちゃくちゃに破壊されていた。


 近づいてみると、すべての甲冑は急激に成長した樹木の枝に貫かれ、無残にもバラバラの穴だらけにされているのがわかった。流麗な細工が施された板金は、まるで何百年もそこに放ったらかしにされたかのように木々の成長に蝕まれ、胸甲は枝に貫かれ、巻き付いた蔓に締められて板金がひしゃげている。それはもはや、鉄くずになったと言って差し支えなかった。


 倉庫に到着したゾイゼンは、その惨状を眺めて目を細めた。


 巨躯で立ち尽くすゾイゼンに、職工たちが縋りつくようにして集まっていく。


「倉庫に入ったら、こうなっていて……!」

「朝までは、何ともなかったのに……」


 そんな言葉を耳だけで聞きながら、ゾイゼンは破壊され尽くした儀礼用甲冑に歩み寄った。

 その大きな体をかがめて、震える指先で鎧の状態を確認する。


 板金が穴ボコにされて腐食し、つなぎ目の蝶番という蝶番が砕けて弾けた甲冑がもはや修復不可能だと悟ると、ゾイゼンの赤ら顔がサッと青く染まった。


「ぐぅ……っ!」


 とつぜん胸を押さえて膝をついたゾイゼンに、職工たちが駆け寄っていく。


「頭領!」

「ゾイゼンさん!」


 その様子を、ルルス達は呆然として眺めていた。



 ◆◆◆◆◆◆



「ゾイゼンさんの様子は……どうですか?」


 突如として倒れたゾイゼンを部屋に寝かせてきた職工の一人に、ルルスがそう聞いた。


 先ほどまで慌ただしく作業が続けられていた工場は、とつぜんの事態に作業が中断してしまい、静まり返っている。聞こえるのは、近辺の工場から響く騒音だけだった。


「わからないけど、安静にさせてるよ。頭領はもう高齢だから、胸が悪いんだ」

「あれは一体、どういうことなんですか?」

「教会に納品予定だった鎧だけが、見事に破壊されてたのさ。頭領はここ数か月、あの儀礼用甲冑の作成にかかりきりだったから……よほどショックだったんだろうね」


 より詳しく話を聞いてみると、樹木に貫かれていたのは5着の高級儀礼用甲冑。


 すぐ先の教王訓話行事で着用される予定の鎧で、教王と参列する枢機卿たちのためのオーダーメイドであった。半年ほど前にその大役を引き受けたゾイゼンが、その五着をほとんど一人で手掛けていたのだ。


「その鎧だけが、破壊されていたんですね」

「他の板金や金属鎧は無事だったから、完成間近のアレだけを狙い撃ちだな」

「一体どうして?」

「ウチの利権を狙う、他のギルドが仕向けたのかもしれない。アレを納品できなかったら……大変なことになる。多額の違約金を支払うしかない」

「いくらくらいなんですか?」

「頭領しか知らないけど、きっと凄い額だよ。ウチは潰れちまうかもしれない」


 そんな事情を聞いていると、ルルスはつんつんとわき腹を突かれた。

 ゴルティナだ。


「お困りか?」

「僕らが、というよりは……あのゾイゼンさんがね」

「たくさん金貨をくれた、あの白髭が困っているのか」

「その通り」

「どれ、その鎧とやらをもう一度見に行こうではないか。我ならピカピカに直せるかもしれぬぞ」



 ◆◆◆◆◆◆



 倉庫に戻ると、ルルス一行は破壊された儀礼用甲冑を眺めた。


「完全に魔法でやられてるっすね」


 倉庫の壁や床を貫いて生えた樹木を見て、『究極の闇』のリーダーがそう呟く。

 何らかの魔法によって地中の根を生長させ、この五着の甲冑だけを破壊したのだ。


「でも、これだけの魔法……冒険者だったとしたら、間違いなくAランクのメンバーっすよ」

「そうだね……でも、そんな使い手が今の冒険者ギルドに居たかな?」

「自分の系統をメンバー以外には隠してる奴もいますから、わかんないっすね」

「困ったぞ」


 最後にそう呟いたのは、ゴルティナだ。


 彼女は枝に貫かれた板金を眺めて、難しい顔つきをしている。


「どうしたの?」

「直せないことはないのだが……たぶん、元の状態には戻せない。ご丁寧に腐食までしておるから、一度金属だけを取り出してから作り直さないと」

「それって……ゴルティナでもできない感じ?」

「うーむ。見た目だけならピカピカにしてやれるのだが……あの白髭、かなり鋼の組成に拘っておる。おそらく、完全に同じ鍛えられ方をした鋼にはできぬと思う。これが黄金ならなあ……どうにでもしてやれるのになぁ……」


 ゴルティナが以前言っていた、金属にも得手不得手があるという奴か。


 ルルスのような素人目には、ゴルティナの金属操作は無敵に見えるが……最も得意であるらしい黄金以外は、こういった超微細な操作ができない場合もあるということらしい。


 とりあえず取り出したり動かしたり形成したりという(ゴルティナにとっては)大雑把な操作はできても、超厳密な金属組成の組み換えまでは難しいこともあるということか。


「うむ。しかし、見れば見るほど見事な鋼であるな。ちょうどこういう風に使うためには最適な状態に焼かれておる。きっと物凄く苦労したのだろう」

「ゴルティナから見ても凄いんだ」

「それがこんな無残に破壊されてしまっては、気をやって倒れるのも無理はないぞ。何とかしてやりたいのう」


 板金鎧の前で珍しく、しおらしくなってしゃがみ込むゴルティナの隣に、ルルスもしゃがみ込んだ。


「どういう鍛えられ方をしてるかはわかる感じ?」

「大体はな」

「それじゃあ、鋼の組成の方は僕がなんとかできるかも」

「本当であるか」

「これでも錬金術師(アルケミスト)だからね」


 ゴルティナとそう話していると、後ろから『究極の闇』の一人が声をかける。


「そういえば、兄貴の親父さんって……あのAランクパーティー、『工房(アトリエ)』の元リーダーなんすか?」


 そう聞かれて、ルルスはほんの少しだけ、目を細めた。


「そうだよ」


焼肉食べたい。


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