23話 世界に一人だけの金属吸引力が変わらないゴルティナ
『ピカ☆ピカ軍団』のメンバーである、ルルス・ゴルティナ・『究極の闇』一行。
本日の彼らは再び薬草採取のクエストを受けて、地下領域に潜っている。
しかし薬草採取はついでであり、彼らの目的は別にあった。
黄金精霊でも連れて来なければ、低級の冒険者にはほとんど縁が無いダンジョンの上層部。
前回の薬草の群生地帯からさらに潜った所には、豊富な金属鉱床が堆積している場所……つまりは鉱脈が存在している。そこは以前に、ルルスがアシュラフと仕事をしていた頃に訪れたことがあった鉱脈だった。
そんな場所で……
「すげえ!? ゴルティナさんすげえ!?」
「なんだアレ!? どうやったらああなるんだ!?」
「ほらほらほーら。ピッカピカに出ておいでー?」
岩壁に触れた黄金精霊ゴルティナが、奥深くの鉱脈から金属成分を直接吸い出していた。
ツルハシで突いて砕いて鉱石を取り出して、粉砕して選鉱して熔鉱してやっと精製されるはずの金属が……ゴルティナの呼びかけによって、ドロドロとした液状金属の形となって岩壁の隙間という隙間から染み出している。しかも、見るからに純度の高い金属たちが。
染み出してゴルティナの足元で水たまりのように溜まり始めている液状金属を、しゃがみ込んだルルスは指で触ったりして確かめていた。
「鉄か……でも、微妙に他の金属も混じってる。これは銅かな」
「兄貴!? なんでこの意味不明な現象を前にしてそんな冷静なんすか!?」
「慣れかなあ……」
ゴルティナ式抽出技術で鉱脈から直接絞り出した金属たちは、かなりの量となった。そのままでは、とても運べない。これをダンジョンの外へと一回で運び出すには、何人もの工夫と荷車が必要だった。
そこでルルスは、『究極の闇』五人組と一緒に並んで立つと、取り出した金属を自分と彼らに『装着』してもらうことにする。
ゴルティナが一人一人の身体に金属の鎧を形成し、それで運搬してもらう作戦だ。
「デザインはー、こんな感じでいいかなー」
「すげえ! 数か月かけて作るようなプレートメイルが一瞬で!」
「あ、ゴルティナ。先にチェインメイルを着せてからの方が良いよ。そっちの方がたくさん運べると思う」
「了解であるぞー」
「おごごごごご……」
「ああヤバイ!! リーダーが潰れてる! 重量過多だ!」
◆◆◆◆◆◆
ということで。
全員が派手な金属鎧を身に纏ってダンジョンから帰還したルルス一行は、『ピカ☆ピカ軍団』の名に恥じぬピカピカ具合だった。
「ぐぅ……」
「はぁ……重い……」
「みんな……頑張ろう。もうちょっとだから」
ギルドの受付前で、『究極の闇』一行と同じく金属鎧を身に纏ったルルスが、息を切らせながらそう言った。
各人が着込んでいる金属鎧の重量は、それぞれが大人一人分の体重を身に纏っているのと変わらない。鎧の形でもって全身に重量が分散されているとはいえ……よく訓練された騎士でもない彼らにとっては、その装備でダンジョンから歩いて戻って来るだけでも一苦労。
特にダンジョンの出入り口を通過するときは大変だった。重力の転換点で、リーダーがぷかぷか浮かんでしまって戻れなくなったりした。みんなで頑張って引っ張ったり突いたりしていると、ゴルティナが引き寄せてくれた。
「……薬草採取の、達成報告です」
申し訳程度の薬草を籠に摘んできたルルスが、受付の人にそう言った。
受付のお姉さんは、ルルス一行の超重量フルアーマー装備を2度見する。
「そんな装備でしたっけ?」
「こんな装備になったんですよ」
「そんなことがあるんですか?」
「あったんですよ」
◆◆◆◆◆◆
金属資源を大量に入手したルルス一行は、街の広場へと運び込んだ即席製造のプレートメイルの山を眺めながら、頭を悩ませている。
「兄貴……これもう、そのまま売っちゃっていいんじゃないすか?」
「貴族とかに売りつけるだけでも、相当な金になりますよ」
「そうだよね……」
これだけの純度の鉄を売りつけるだけでも一山いくらの金になるのは間違いないが、即席とはいえ複雑な鎧の形に鋳鉄された金属の山。販路を考える必要はあるとはいえ、いつでも大金に変えられる資産を手に入れたのと同じである。
「それじゃあ、お金持ちに売りつけに行こうかの? ルルよ」
「いや、直接はまずい。鎧専門の商人ギルドとか、鍛冶屋のギルドを通さないと」
「うぬー。なんだか面倒くさそうだぞー」
「面倒くさくても、もっと面倒な事にしないためには順序を踏まないとね」
「そいつらが文句を言って来たら、我がぶっ飛ばしてやるから大丈夫だぞ」
ゴルティナの理論でいくと、連鎖的にこの世の全てをぶっ飛ばして回ることになりそうだった。
「人の世というのは複雑で面倒なものであるなあ」
「みんなそうやって、自分と仲間を守ってるのさ」
そういうことで再びプレートメイルを着込んだルルス一行は、鍛冶屋ギルドへと向かう。
金属加工のギルドが集まる居住区は、教会や冒険者ギルドが隣接する地区からは離された位置に所在している。
彼らの日常は加工のための煙と炎と、絶えず打ち鳴らされる鍛錬の槌音に満ちている。そのため、彼らは一般の居住区からはほとんど隔離されたような場所に工場を構えているのだ。静謐な教会や平穏な家屋の隣に、煙と騒音を響かせ続ける鍛冶工場は置いていられない。
「鎧鍛冶の場所はわかるんですか?」
と『究極の闇』のリーダーがルルスに尋ねた。
「ああ、うん。僕って錬金術師だから、こっちには結構来ることがあるんだよね」
「へえ、顔が広いんスねえ」
というよりも、ルルスはこっち方面にしか顔が広くない、と言った方が正しいのだが。
金属加工業者が密集する地帯には、煤が混じったような煙っぽい空気が充満している。そこかしこからキンというハンマーの音色が響く、騒がしい場所だ。
そんな入り組んだ道を進み、一軒の工場へと入っていく。中には熱気が漂っていて、何人もの職人たちが槌を振りかざし、炉で鋼を焼き直している。何人かの職工は、ルルスを見て手を振り、笑顔を作ってくれた。
工場をさらに進むと、一つの小部屋に行き当たる。
扉が付けられていない洞穴のような部屋には、大柄な体格の男が座り込み、小さいハンマーをカンカンと言わせている。
「頭領」
ルルスが声をかけると、その大柄な男は槌を握った手をピタリと止めて、ゆっくりと振り返った。
筋肉が隆々とついた広い肩幅。
白髭白髪の、厳しい顔つきをした老人。
「ええと……お久しぶりです、ゾイゼンさん」
「ふん」
ゾイゼンと呼ばれた老人は、ルルスの方は見ずに、構わず作業を続けてしまう。
モジャモジャとした白髭の下で、彼の唇が動いた。
「ラモンの倅か」
「ああと……そうです。ルルスです」
「大ほら吹きの息子に構ってやる暇は無いわい。用があるなら、その辺の職工に伝えておけ」
「…………」
困った、とルルスは思った。
しかしまあこの辺りは、悪名高き父親を持つ者として仕方ない部分である。




