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21話 許されざる末妹


 いささか胸の大きな女性司祭と一緒に奥の部屋へと入っていこうとすると、ゴルティナが「おっ」という声を上げた。


「ルル、ルルよ」

「どうしたの?」

「父上がおるぞ」


 ゴルティナが指差した先は、教会のステンドグラス。

 黄色のガラスで周囲を縁どられているのは、髭を蓄えた筋骨隆々な男性が、黄金の槌を振るおうとしている姿。


 土の属性を司るとされる最高精霊……イラクリオンの御姿を象った物だった。


「父上の威光をよく表現しておる。うむうむ。よい所であるな」


 そうなんだよなあ、とルルスは思う。


 この子の父親……ガチ物の神格なんだよなあ。

 信仰されている系のお父さんなんだよなあ。


 というより。ゴルティナによれば、もうずいぶん昔に代替わりしているみたいだから……あのステンドグラスに飾られているべきなのは、もしかするとゴルティナの方かもしれないのか。


「ゴルティナ」


 とルルスは囁く。


「どうしたのだ?」

「お父さんのことも、内緒にしよう」

「どうしてだ?」

「ビックリされるから」

「ビックリさせるのは好きだぞ」

「僕も嫌いではないけど、やめておこう」

「ルルに合わせよう」



 ◆◆◆◆◆◆



 奥の部屋に入り、机に座り込んだ女性の司祭に借用した人頭登録証を見せる。


 司祭はそれを受け取ると、胸の大きな膨らみを机の上に置くようにして証書を確認し始めた。

 他意は無いのだろうが、ルルスとしてはなんとなく落ち着かない。


 彼女はふむふむと何かを確認していくと、ふと何かに気付く。


「『エイリス・ペンディルトン』……?」


 ドキッ。


 なぜそこに引っかかる?

 もしかして……見知っていたのか?


「……どうか、されましたか?」

「貴方が、エイリスなのですか?」


 司祭がゴルティナのことを見つめた。

 焦ったルルスは、彼女のことを庇うようにして口を挟む。


「そ、そうですよ!」

「貴方ではなく、この子に聞いています」


 ややキツイ口調だった。


 ルルスが引き下がると、ゴルティナは一瞬「?」という表情をしてから。

 何かを思い出したかのように、胸を張る。


「うむ! そうであるぞ!」


 よしっ!

 第一関門突破!


 一瞬設定を忘れていたみたいだが、思い出してくれた!


 ゴルティナが自信満々にそう宣言すると、女性の司祭はわなわなと震え始めた。

 そして突然、椅子から立ち上がって床に両膝を突くと、ゴルティナの身体に縋りつく。


「うぬぉおっ!?」

「ああ! 良かった! あなたが『エイリス』なのですね! 良かった!」


 心底安心したように見える女性の司祭は、目に涙を滲ませながらそう叫ぶ。


「無事だったのですね! その御身に、何事も変わりはないのですね!」

「最近は色々変わったことが多いが、我には何の問題も無いぞ!」

「ああ、良かった……良かった……! 安心できました……!」

「えっと……どうか、されたんですか?」


 事態が呑み込めないルルスは、女性司祭にそう尋ねた。


 彼女は司祭服の袖で涙を拭うと、ボソボソと話し始める。


「いえ……私の勘違い。いらぬ心配だったようですから……何でもありません」

「ただならぬ雰囲気でしたけど……」

「忘れてください。私の悪しき妄想が膨らんで、くだらぬことで心を悩ませていたに過ぎないのです」


 女性司祭はそう言うと、人頭登録証と帳簿に何かのサインを入れて、ルルスに返した。


「はい、どうぞ? 何も問題はありませんから、お気をつけてお帰りなさい」

「ああっと……教会税の方は、どうなっていましたか?」

「ご心配なく。その子の教会税は、すでに全て免除されていますよ」

「免除?」


 ルルスがそう聞き返した。


 全て免除なんて、そんなことがあるのか?


「きっと、この子の信仰心を認めてくださった教王様が、生涯に渡る免税を授けてくださったのでしょう。全くの要らぬ心配でした。冒険者になると聞きましたが、お気をつけてくださいね」


 そう言って、司祭はゴルティナに優しい目を向ける。


「しかしきっと、その子の運命は神が守って下さるでしょう」


 どちらかといえば、この子自身が神だった。



 ◆◆◆◆◆◆



「ふむ」


 歩きながら、ルルスはゴルティナの……もとい『エイリス』の人頭登録証を眺めている。


 教会税が全額免除となっているのは、まったくの予想外だった。

 凄まじく都合は良いのだが、何か引っかかる。


 ただの町娘に授けられる一生涯の免税なんて……そんなことがあるのか?

 あの司祭の心配事とは、なんだったのだ?


 というよりは、こうやって戸籍が裏市場に出回っていることから考えるに。

 あの司祭が『エイリス』という少女に抱いていたただならぬ心配事というのは、すでに現実の物になっていた可能性が高い。


 おそらくは実際に、そのただならぬことが起きてしまったのだ。

 それは、教会税の全額免税と関係があるのか?


「ルル、ルルよ」


 考え事をしながら歩いていると、ルルは隣を歩くゴルティナに脇を突かれた。


「何をボウッとしておるか」

「あ、ごめん。ちょっと、さっきのことを考えてて」

「さっきのことぉ?」


 ゴルティナが眉をひそめた。


「先ほどの、デカパイ女のことを考えておったのか?」

「いや、そうじゃなくて」

「男子というのは、とにかく大きなおっぱいが好きと聞くからな。デカ乳であれば、女でも牝牛でも構わぬと聞くからな」

「すごく歪んだ知識だね」

「あのデカ乳を見て、この我の胸もあれくらい大きかったら良いのにと思っていたのであろう」

「それはどちらかといえば、ゴルティナが思っていたのでは?」

「うるさいわい! 不敬であるぞ!」


 急に拗ねてしまったゴルティナが、ズンズンと歩みを早くした。


 まずい、怒らせてしまった。

 しかも、かなり理不尽に怒られてしまった。


 どうしようかなと考えながら、ルルスは人頭登録証を革鞄に突っ込んで、ゴルティナを追いかけ始める。



 ◆◆◆◆◆◆



 時を同じくして。


 使徒教会総本部の一室では、とある一人の剣士が跪いていた。


「アシュラフよ」


 そう声をかけられて、アシュラフは顔を上げる。


 ここは使徒教会の中心部。

 その指導者の書斎である、教王室。


「変わりはないかね?」


 そう尋ねたのは、跪くアシュラフの前でゆったりとした椅子に座り込む、壮年の男性。

 アシュラフは膝を突いて頭を垂れながら、緊張した声色を何とか絞り出す。


「教王様のおかげで、万事変わりはありません」

「本当かね?」


 教王と呼ばれた壮年の男性は、皺の刻まれた顔で優しくほほ笑みながら、そう尋ねた。


 何かを見透かされているような聞かれ方に、アシュラフは冷や汗をかく。


「実は……先日に」

「先日に?」

「剣を触れずに操る、妙な魔法を使う少女に絡み……いや、絡まれまして」

「それで?」

「その……なんとか撃退したのですが。最近あった妙なことと言えば、それくらいです」

「そうか。錬金術の一種かな?」


 そう言った教王の手元には、大量の硬貨が詰められた革袋がいくつも置かれている。


 それは全て、アシュラフが今しがたに献上したものだった。


「ともかく。今月の()()()は、少しだけ足りないかもしれないということだったが……なんとか工面できたようだな?」

「はい。努力いたしました」


 アシュラフはより深く頭を垂れながら、そう答える。

 その額には、いささかの冷や汗が滲んでいる。


 ギリギリで間に合った。


 あのルルスへの分け前をぶん取ったおかげで……ギリギリ。


「よくやったな。君の信仰心が、君自身を助けたのだろう」


 教王は優し気な口調でそう言うと、その大きな手をひらりと舞わせる。


「今日はもう行ってもよいぞ、アシュラフよ」

「あの、教王様……いえ、ボーフォール4世殿」

「なんだね?」

「あの件につきましては……いつ頃に、手配して頂けるでしょうか?」


 アシュラフが恐る恐るにそう尋ねると、教王はほほ笑んだ。


「心配するでない。すぐに手を回してあげよう」

「本当ですか……!」

「近いうちに、冒険者ギルドから……君をAランクパーティーの長に任命するという知らせが届くはずだぞ。肖像を描くことになるだろうから、髪でも切りたまえ」

「あ、ありがとうございます……!」

「なにも。君の信仰心の為した業である」


 アシュラフはもう一度深々と頭を下げて、教王室から退出していった。



 彼が出て行ってから。


 教王室の木壁がグニャリと曲がり歪んで、そこから不意に、一人の女性が顔を出した。


 奇妙な光景だ。


 彼女はまるで、木製の壁をすり抜けて来たかのように、その樹木の壁が彼女を包み込んでいたようにして、花開くように現れた。


 緑髪の、肌の露出が多い女性。

 その全裸に近い身体は、所々が葉や木の枝で隠されている。


「奴は嘘を言っていたな」


 壁から現れて床に素足をついた緑髪の女性は、そう呟いた。


 彼女を内から排出した木壁は、ズクズクと不気味な音を立てて、その開いた大穴に無数の触手を這わせて自動的に塞いでいく。まるで壁自身が生きており、その内部の血管が蠢いているかのようにも見えた。


「嘘?」


 と教王が聞き返す。


「それは……悪い嘘なのかね? アステミス」

「いんや、取るに足らない嘘だろう。何かを繕ったのだ」

「そうか」


 教王はそう言って、椅子に深く腰掛け直した。


「まあ、そういうこともあるだろう。人は一日に、少なくとも三度は嘘をつくというからな」

「それよりも気になるのは、剣を触れずに操るという女子(おなご)


 そう言って、アステミスと呼ばれた女性は細い腕を組んだ。


 成人直前といった雰囲気の肢体。

 まだ完全には熟しきってはいない顔かたちに、透き通るエメラルドの如き緑色の長髪。

 胸や股を覆うように這わされた、葉や木枝。


「私の末妹かもしれぬ」

「……三姉妹の一人か」

「いかにも」

「剣を操ったということは……土石ではなく金属」

許されざる末妹(ゴルティナ)……」


 アステミスがふらりと後ろに倒れると、彼女の傍に置かれていた木棚が触手のように変形し、彼女の身体を受け止める木細工のソファへと瞬時に姿を変えた。


 それに身をもたれながら、彼女は呟く。


「ようやく目覚めたわけだ。前任者(イラクリオン)より枝分かれし三姉妹……この最高樹木精霊(ツリー・スピリット・プライム)アステミスの、未熟な妹がな」


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>いささか胸の大きな女性司祭 「いささか」ってほんのわずかって意味なので使いかたが間違っているのでは? ゴルティナからしたらデカパイってことなのか
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