20話 ピカピカ事務手続き
記念すべきルルス一行の冒険者パーティーの名称は、『ピカ☆ピカ軍団』に決定した。
『ピカ☆ピカ軍団』は現在非認可の冒険者パーティーではあるが、将来的には活動実績を積み上げて、ギルド公認の正式なパーティーへの昇格を目指すことになる。
いろいろな申請や登録を済ませたルルスの懐は、最終的に一万ゼルを下回っていた。
巾着袋の中身は、今朝までは大量の銀貨でジャラジャラとしていたというのに。
非常に心もとなくて、切ないかぎり。
今日も小銭稼ぎの一つや二つをしておきたかったわけではあるが、その前に。
もう一つ、やっておくことがあった。
「どこへ行くのだ?」
「教会」
「なにゆえ?」
ルルスとゴルティナは、以前に飯物屋へ行くために通ったのと同じ道、ギルドから出た東の街路を歩いている。この通りからは使徒教会総本部の高い建物が見えるが、総本部に用は無い。
というより、教会の指導者たる教王が所在する総本部に用がある者は……大司教などの上級信徒か、巨大ギルドの上層部や高級貴族以外には、ほとんど居ないだろう。
行きたいのは、支部の小教会の方だった。
「これから、教会に登録されてる戸籍を回復させに行くから」
「何を言っておるのか、わからぬぞ」
「つまり、彼らから貰った人頭登録のこと。人頭登録証は教会が管理してるから、これからその戸籍を借用するゴルティナは、一回申し立てをしておかなくちゃいけない」
「申し立てしないとどうなるのだ?」
「後々面倒なことになる」
「面倒事は嫌いではないぞ」
「このやり取りハマってるの?」
歩きながら、ルルスは人頭登録証をピラリとさせて眺めた。
文書によれば、戸籍の元の主である『エイリス』なる女の子は、つい最近まで教会に通い詰め、そのたびに認証を受けていたことがわかる。熱心な信徒だったのだろう。
しかしそれがパタリと止まり、数か月ほど。戸籍に登録されている住所は都の外れなので、彼女自身が通っていた教会は、都の中心部の支部ではありえない。
つまり担当する司祭様が違うので、いくらでも言い逃れができる。
「これから司祭様と会うけれど、教会では『エイリス』と名乗ってね」
「うむ。わかったぞ」
「しばらく教会から離れていたのは何故かと聞かれたら、冒険者になるための勉強をしていて、今さっき登録してきた所、って言って登録証を見せよう。ついでに冒険者パーティーの登録証も……これはまあ、いいか」
名前が『ピカ☆ピカ軍団』だから。
もはや、逆に怪しまれない説まであるが。
「その間の教会税について聞かれたら、今手持ちがこれしか無いので、少し待ってくれますか? って聞いてみて」
そう言って、ルルスは全財産が入った巾着袋を手渡した。
中身をジャラジャラとさせながら、ゴルティナは「わかった」と答える。
「証書によれば、元の『エイリス』ちゃんはしっかり納税してたみたいだから。今回くらいは許してくれると思う」
「許してくれなかったら?」
「大人しく少し払って、残りは後で」
「うむうむ。大体わかったぞ。ピカピカに任せておけ」
やや心配ではあるが、まあ大丈夫だろう。
教会としても、税金の払い口が維持できるのは歓迎なはず。
戸籍の借用を怪しまれたとしても、ほとんど黙認で深くは突っ込んで来ないはず。
小教会の支部まで辿り着くと、ルルスはゴルティナを連れて、その中へと入っていった。
小規模な教会の内部には、集会のための長机が立ち並んでいる。正面の大窓にはステンドグラスが貼られていて、色とりどりのモザイク模様は、火と水と風と土。それぞれの精霊の姿を模した荘厳な装飾が施されていた。
「すみません」
とルルスが声をかけると、奥の部屋から、一人の司祭が姿を現す。
背のいくぶん高い、女性の司祭。
スラリとした体型に、シンプルな白と黒の司祭服がよく似合っている。
そしてその胸は、やや大きめに膨らんでいた。
彼女は柔和な微笑みを浮かべると、ルルスたちを歓迎するようにお辞儀する。
「ようこそ。今日はどうされました?」
「ちょっと、この子のことで相談があって」
女性の司祭はゴルティナに目を向けると、緑生地を一枚羽織っただけの水着じみた半裸を見て、いささか眉をひそめた。
「……その子、ですか?」
「ああっと……服装は気にしないでください」
「我の服装が、何かまずいのか?」
見慣れすぎて、そのまま来てしまった。
神聖な教会に、太腿から素足丸出しスタイルで来るべきじゃなかった。
いやこの子自体が神聖な存在ではあるのだが、そういう問題ではなさそうだった。
とりあえず見逃してくれることに決めたらしい司祭が、ルルスに尋ねる。
「なんのご相談でしょうか?」
「人頭登録についてなんです」
ルルスはそこまで言った所で、ゴルティナに説明させるよりも、この流れなら自分で説明した方が何かと楽だと気づく。
「実はこの子、ここ一か月ほど冒険者になるための勉強をしていて。それまで教会には通って税金も払っていたのですが、来れてなかったんです」
「あら、そうなんですか」
「それで、ついに冒険者ギルドの加盟を済ませて来て……これです」
そう言って、ルルスはギルドの登録証を見せた。
「やっと色々と片付いたので、訪ねて来たわけです」
「それは良い心がけですね。教会税が少し溜まっているかもしれませんから、人頭証を確認してみましょう」
「あと……この一か月ほど、稼ぎも無かった状態でして。滞納分があることがわかったら……お金が出来るまで、少し待ってもらうことはできますか?」
「もちろん。無い所から無理やり取り立てて、食うに困られるのは本望ではありませんから」
よし。とルルスは思った。
あとはゴルティナが、何かしでかさなければ大体大丈夫だろう。
かなり不安ではあるが。
そういえば、と女性司祭が言った。
彼女は奥の祭壇から二枚ほどの紙切れを持ち出すと、ルルスとゴルティナの二人にそれを配る。
「近いうちに、教王ボーフォール様の訓話行事がございますから。是非いらっしゃってくださいね」
「きょーおー?」
「教王様をご存じでないのですか?」
「知らぬー。偉いのか?」
ゴルティナがそう答えると、ルルスが割って入った。
「すいません。この子、ちょっと世間知らずで」
「うふふ。たしかに、教王様はちょっと縁遠いお人かもしれませんね」
「どんな人なのだ?」
「めちゃくちゃ偉くて、めちゃくちゃ強い人だよ」
ルルスが簡潔に、そう説明した。
教王ボーフォール4世。
使徒教会の現指導者にして、現代最強の一人と目される魔法使い。特に樹木を操る魔法に長け、その技術はまさに精霊級であるとさえ言われている。
年齢はまだ四十代のはずだが、十年ほど前から数々の功績と奇跡を打ち立て、歴代最年少にして教王の座についた超越的人物。彼にまつわる伝説がどこまでが真実かはわからないが、土の最高精霊イラクリオンに連なるその魔法は、全力を出せば森一つを操るとさえ……。
しかしその辺りは、多分に尾ひれのついた噂であると考えた方が自然であった。
配られたピラ紙には、そんな教王が参列する教会行事の内容や日取りが書かれている。
『教王ボーフォール4世、定例訓話行事』
『内容:聖典に現れる、土の精霊イラクリオンの深き慈悲と我々の運命について』
『場所:使徒教会総本部前広場』
『日時:………』
女性司祭が書かれている内容を簡単に説明すると、ゴルティナはパッと目を輝かせた。
「素敵なお話ではないか!」
その反応を見て、司祭は嬉しそうにほほ笑む。
「おやまあ、信仰に熱心な子なのですね。ぜひいらっしゃってください」
「うむうむ! ぜひ聞きたいぞ! これはつまり、父上の偉大さを広く語ろうと言うのだな!?」
「父上?」
そこで、ルルスがゴルティナの口を塞いだ。
「むぐー!」
「ぜ、ぜひ参加させて頂きます。それじゃあ、確認を取ってもらえますか?」
ギクシャクとして微笑みながら、ルルスはそう言った。
神格が父親な女の子と一緒に教会を訪れるのは、なにかと大変だった。




