2話 錬金術師をバカにしたな! ダンジョンで会おう!
ルルスの職業は錬金術師である。
そして、錬金術師というのは……。
「剣士みたいに戦闘力があるわけでもない。魔法使いみたいにサポートができるわけでもない。ヒーラーみたいに回復役にもなれない」
冒険者パーティーの長であるアシュラフは、ルルスに対してそう言った。
「どうして錬金術師なんて外れ職業、選んじゃったかねえ」
呆れたような、侮蔑するような声色。
彼の正面で居心地が悪そうに座っているルルスは、いたたまれない様子で口を開く。
「そんなこと言ったって……職業には、役割っていうものがあるだろ」
「それにしたって、できねえことが多すぎるんだよなあ」
ぐぬぬ、とルルスは表情を険しくした。
たしかに、錬金術師は不人気職の筆頭である。
戦士系の職業のように戦闘力に秀でるわけでもなく、魔術師系の職業のように即効性のある魔法を扱えるわけでもない。だからといって全然戦えないわけでもないし、全くサポートができないわけでもない。
言うなれば中途半端、器用貧乏。
街行く人々に「最弱の職業は何?」と聞いて回れば、100人中99人は『錬金術師』と答えるだろう。
それは『戦闘スキル』とも『魔法』とも異なる、『錬金術』という特殊な技術体系が原因なのだが……。
「でも……『賢者の石』に到達できるのは、錬金術師だけだし……」
「ははっ。『賢者の石』なんて、本気で言ってんの?」
アシュラフは手元の書類に目を落としながら、可笑しそうに笑った。
「夢見るのは勝手だけど、ちゃんと仕事してくれよな」
「してるじゃないか」
「そう思うのは勝手だけどね」
ガタン、とルルスが立ち上がった。
「何が言いたいんだよ」
「お前はもう、ウチのお荷物だって言いたいんだよ」
「なんだと……!」
ルルスはアシュラフに掴みかかりそうになって、踏み出した足を押し留めた。
椅子に座ったままのアシュラフは、腰に差した剣で無言の圧をかけてくる。
「やるかい? 俺は別にいいけど」
「いや……」
ルルスはその場で立ち尽くしながら、拳を握りしめた。
それ以上歯向かう様子の無いルルスを見て、アシュラフは笑う。
「冒険者ギルドの取り決めが無ければ、お前なんてすぐに追い出してやるんだけどな」
「……っ! な、なんだよその言い方は! お前がスカウトしてきたんだろ!」
ルルスは思わず、そう叫んだ。
このアシュラフがリーダーを務める冒険者パーティーに加入したのは、数カ月前のこと。
『換金』や『冶金』といった錬金スキルを有するルルスは、アシュラフ本人にスカウトされる形でパーティー入りしたのだ。
数カ月前の当時は、オリハルコンという特殊な銅系合金の需要が跳ね上がった時期があった。
それは通常、入手が困難な種類の合金なのだが……錬金術師の『冶金』スキルを用いれば、ダンジョンで採れる別の金属から生成が可能だったのだ。
錬金術師は人気の無い職業であるが、それゆえに希少な職業でもある。
そこでスカウトされたルルスは、アシュラフ達がダンジョンで採掘してきた大量の金属を『冶金』スキルによってオリハルコンへと変換し、一儲けさせてやったのだ。
この街には錬金術師がほとんど居ない。そればかりか、ルルスのような精度で『冶金』のスキルを扱える術者はいなかった。この街では、アシュラフのパーティーがオリハルコンの市場をほとんど独占状態にできたのだ。
しかしその需要も落ち着いて、オリハルコンの市場価格が落ちてきたところで……ルルスは手のひらを返されて、冷遇され始めたことになる。
「くそっ……。一儲けさせてやったのに! いいさ。こんな所、僕の方から出てってやるよ!」
「そいつは有難いぜ。ダンジョン攻略の役に立たない奴が、いつまでもパーティーに居たって仕方ないからな」
「ちっ……言っておけばいいさ。それでも、働いた分の報酬はちゃんと払ってもらうからな」
「そうだったな。ほら」
アシュラフが、用意していた銭袋をテーブルの上に投げた。
ルルスはその中身を確認すると、すぐに顔を上げる。
「待てよ、銅貨ばっかりじゃないか」
「不満か?」
「僕の取り分は、売り上げの1割だったはずだ!」
「1割ぃ?」
アシュラフは面倒くさそうな表情を浮かべる。
「そんな話、したっけな」
「しらばっくれるなよ!」
「大体、そもそもおかしくないか? ダンジョンに潜って命がけで材料を手に入れたのは、俺たちの方なんだぜ」
「錬金術師の僕がいなかったら、あんなのいくら集めたって鉄くずだ!」
「面倒くせえ奴だなあ」
アシュラフはそう言った。
「殺されたっていうお前の親父も、そうやって癇癪起こして殺されたんじゃねえのか?」
「なんだと……っ!」
「きっとそうだぜ。なんでもお前の親父って、『賢者の石』が完成するとかほざいてたみたいじゃねえか。きっとその嘘がバレちまって、真に受けてたバカな貴族に殺されたのさ」
「言っていいことと、悪いことがあるぞっ!」
カッと頭に血が上ったルルスは、アシュラフに掴みかかった。
◆◆◆◆◆◆
その数分後。
パッパッ、と手がはらわれた。
「弱っちいくせに、吠えるなっつうの」
まだ真新しい、冒険者パーティーの拠点前。
抜いていた剣を鞘に納めたアシュラフは、ひどく見下した目を向けている。
その視線の先に転がっているのは、今しがたボロ雑巾のようにして街路へと放り出されたルルスの姿。
「くっそ……っ」
唇に血を滲ませるルルスは、峰打ちで強かに殴打された痛みに、顔を歪ませている。
「それじゃあな、ルルス。錬金術師なんていうハズレ職を選んだお前が悪いんだぜ」
アシュラフがそう言った。
ルルスは何とか立ち上がろうとしながら、声を絞り出す。
「ぜったい、許さないからな……っ!」
「ま、せいぜい元気でやれよ」
そう吐き捨てたアシュラフが、借りたばかりの拠点へと戻っていく。
そこは、ルルスと組んで売り上げたオリハルコンの収益で借りた借家だった。
ルルスはその場に捨てられていた小銭袋を掴んで、よろめきながら立ち上がるも、
膝が折れて、その場に転んでしまう。
「くっそ……」
青空を見上げながら、ルルスは呟いた。
「……家賃の支払い、どうしよ……」