17話 祝日は何回あってもOK
「どーうどーうどーう!」
ギルドの待合室を歩いているのは、ご機嫌な様子の黄金ゴルティナ。
その後に続くルルスと、籠と腕一杯に抱えられるだけの薬草を抱え込んだ『究極の闇』たち。彼らは上着まで脱いで、袖を結び付けて薬草の簡易籠としており、最大限運べるだけの薬草を運んでいる。
そのまま成果報告に向かうと、受付のお姉さんは大層驚いた様子だった。
「一体どうしたんですか?」
「クエストの成果報告です」
とルルスが答えた。
若い受付嬢は、ルルスの背後で待機している色んな箇所を二度見する。
「とんでもない成果報告ですね」
「ちょっと、とんでもなかったんです」
「わかりました。とりあえず計りましょう」
計りにかけた結果、総報酬は脅威の50単位で銀貨250枚と算出された。
しかし、その内6割が手数料と税金で差し引かれる。
ギルドの非加盟員であるゴルティナにかかる手数料5割で銀貨125枚、冒険税1割で25枚が徴収される。
結果手取りとして残ったのは、銀貨100枚。
すなわち10万ゼル也。
約15万ゼルという凄まじい金額が手数料として差し引かれたわけではあるが、そんなことは露知らずなゴルティナは、ご機嫌な様子だった。
「おおおーう! これは結構稼いだのではないか!? お金がたくさん出来たのではないかあ!?」
「うん、かなり稼げた! これで当分は、部屋を追い出されなくて済むよ!」
「すっごーい! ボロ儲けであるなあー!」
ルルス自身は差し引かれた150枚もの銀貨が引っかかっていたが、ゴルティナが喜ぶ姿を見ていると、そんなことは次第にどうでも良くなった。
元々手元にあったお金の、7倍近いお金をたった一回のクエストで稼ぎ出したのだ。
いくら中抜きされても、ボロ儲けと言って差し支えない。
銀貨の山を見て喜んでいるゴルティナから一旦離れると、ルルスはこっそりお金を小分けにして、五人の『究極の闇』たちに配り始める。
「ありがとうございます。ええと……少ないですが」
「えっ? 分け前貰えるんですか?」
すっかり敬語が板についてしまった『究極の闇』のリーダーが、そう聞いた。
「結局、手伝ってもらったので……やっぱり少ないですかね」
「いえ! 十分です!」
「滅相もない!」
「ありがとうございます! 兄貴!」
いつの間にか兄貴で定着していた。
ルルスと『究極の闇』たちの関係は、この短時間ですっかり親分と舎弟のような関係に近づいている。
一方のゴルティナは、絶対不動の恐怖の象徴。
彼らにしてみれば、ルルスは悪魔ゴルティナを手なずける影のボスにして、話のわかる優しい命の恩人だった。
「それで……頼みごとがあるんですが」
「なんでしょう!」
「なんでも言ってください!」
「ちょっと……自由に出来る戸籍が、一つ欲しいんですよね」
「戸籍っすか? ちょっと裏に足伸ばせば、いくらでも売ってますよ」
「その辺に顔が利かなくて……頼めないですかね?」
「任せてください!」
「戸籍の一つや二つ、すぐに手に入れますよ」
「本当ですか! 助かります!」
「滅相もないっすよ! 兄貴!」
そんな風にルルスが『究極の闇』との協力関係を築いていると、遠目からゴルティナがペタペタと歩いてくる。
「ルルー。何をしておるのだー?」
「ちょっと、頼み事」
「我を放っておいて、そんな奴らと話してるでないー。許さぬぞー」
「ひぃいい!」
「許してください!」
「何でもしますから!」
◆◆◆◆◆◆
「ボロ儲け! キラキラピッカピカボロ儲けー!」
ゴルティナは部屋に帰ってきても、凄まじく上機嫌だった。
テーブルの上に積んだ銀貨の山をいつまでも眺めて、どこまでも嬉しそうにしている。
どうにもお金が好きというよりは、銀貨という金属自体が好きなのではないかと思えるのだが。
「なあルルよ」
「どうしたの?」
ケトルでお茶を沸かしながら、ルルスが聞き返した。
「硬貨って、銀貨と銅貨しかないのであるか?」
「金貨もあるよ」
「なに!? 黄金の硬貨もあるというのか!」
「銀貨は銅貨10枚分、金貨は銀貨10枚分」
ルルスは淹れたお茶をゴルティナに差し出してから、帰りに自分の分のカップを買うのを忘れた、と思った。錬金で作ればいいのだが、手頃な金属すらなかった。
「まあ、僕たちが金貨を見ることは……あんまりないけど。そんなに使う機会もないし、そもそも金貨で交換してくれないから」
「ぐぬぬぬ……! ならば、もっとお金を稼がなくてはならぬなあ……!」
「そんなに金貨が欲しい?」
「欲しいー! だって我、黄金精霊であるぞー! ありったけの黄金に囲まれていたーい!」
「まあ……銀貨でも困らないけどね。そんなに高い買い物しないし」
「それでも金貨の方が良いぞ」
「どうして?」
「我、黄金の操作が一番得意だもん。黄金精霊だから」
「あ、そういうこと?」
金属の操作にも、得意不得意があるのか。
「たとえば……黄金と鉄だったら、使いやすさにどれくらいの差があるの?」
「天と地ほどもあるぞ」
「そんなに?」
「もっと黄金がババーンッ!とあったら、もっとビカビカーッ!とすごいことができるぞ!」
…………。
具体的には全くわからないが、凄いらしかった。
というよりも……アシュラフや『究極の闇』に対して行った、鉄や鋼の操作でも十分ヤバすぎるし完封レベルではあるのだが。アレよりもビカビカーッと凄いというのは、一体どういうことだろう。
正直、ルルスには予測もつかない。
「そういえば」
ルルスはふと思いついて、何枚かの銅貨をテーブルの上に並べてみる。
それを見て、ゴルティナは首を傾げた。
「どうした? 寝る前にゲームでもするのか?」
「ゴルティナって、黄金が好きなんだよね?」
「大好きであるぞ!」
「それじゃあ見ててね……」
念のため、銀貨の山を革袋の中に仕舞って部屋の隅へと遠ざけておくと、ルルスは十枚ほどの銅貨に手をかざした。
すると、銅貨たちがほんの少しだけ浮かび上がって跳ね、テーブルの上でチリンチリンと音を鳴らす。
「換金」
ルルスが錬金術を発動させた。
すると、手をかざしていた銅貨たちがドロリと溶け出して、小さく凝縮していき……
最後には、ほんの砂金ほどの大きさの、米粒よりも小さい極小の金が現れる。
「おお! 黄金になったではないか!」
「そう。これが『換金』ね。錬金術の基本スキル」
欠片ほどの大きさの金を手の平に載せて、ルルスはやや得意気にそう言った。
なんだかんだで錬金術を発動させるのは久しぶりだったので、上手くいくか不安だったが……なんとかできた。
「ルルが最初に言っていた、金属を別の金属に変えるという奴であるか」
「正確に言えば、変換。といっても、『換金』だと同じ価値の金属にしかできないから……銅貨10枚くらいだと、こんな砂金一粒にしかならないけど」
しかも変換の途中で、価値は微妙に落ちてしまう。
つまり銅貨10枚を砂金一粒に換金し、それをさらに銅貨に戻すと…大体、銅貨3~4枚分くらいは途中で喪失してしまうのだ。しかも一度に換金する量と、価値の離れ具合によって、喪失量も増減する。ルルスのような錬金術師たちは、それを換金手数料と呼んでいた。
質の悪い銑鉄と黄金のように、変換先の価値があまりに離れすぎている場合には特に、莫大な換金手数料が発生してしまう。失われた質量やら何やらが一体どこへ消えたのか。それは完全に謎であるのだが、一説によれば……この世界と反対向きに存在している地下領域との関りで、何かが発生しているのではないか……とのこと。
「それでも凄いではないかー! 我でもできぬぞ、こんなことは!」
ルルスが換金した砂金を手の中で転がし始めたゴルティナは、嬉しそうに金の粒を眺めた。
「ルルよ! もっとやって! もっと換金して欲しいぞ!」
「いや……そうは言っても、たかが知れてるから。同じ価値以下の質量に移動するだけだからね」
「ふふふーん。それではもっとたくさん金属を集めて、もっとピカピカに換金してもらおーっと」
「たくさんやると死ぬほど疲れるから、ほどほどにね……」
基礎の錬金術とはいえ、これだけの変換でも結構疲れるのだ。
そんなことをしていると窓の外では夕日が沈み、夜闇が訪れようとしていた。
「おおっ? もう夜ではないか。初夜イヴ二回目ではないか!」
「それってもう初夜でもイヴでもなくない?」
「細かいことは、気にしない! 祝日は何度あってもいいのだぞ!」
その前向きな姿勢には、見習うべきものがあった。