15話 絶対に国のトップにしちゃいけないタイプの婚約者
剣を握って襲い掛かる、『究極の闇』。
「鋼よ。鉄よ」
彼らに対して、ゴルティナがそう呟いた瞬間。
彼らが手にした鉄製の剣が、空中でビタリと停止する。
それは昨日にゴルティナが、アシュラフの剣に行ったのと同じ操作だった。
「あっ!? えっ!?」
「な、なんだ!?」
男たちは空中で固定されて動かなくなってしまった剣に引っ張られ、そういうパントマイムのように狼狽する。これが素で出来たら、それだけでお金を稼げるほどの迫真さだ。もっとも、その剣は本当に動かないのだが。
いくら力を入れても、両手で引っ張ろうと、体重を載せようと。
目には見えない氷で凍り付いてしまったかのように空中で静止する剣は、そこからピクリとも動こうとはしない。
「な、なんだこれ!?」
「どういう魔法だ!?」
見たことも聞いたこともない現象に見舞われて、男たちが混乱している。
その様子を眺めながら、ゴルティナはその場で細い腕を組んだ。
「いったい誰の恋人が、貧相な野郎と言ったのだ?」
あっ、とルルスは思った。
この子完全に……上位存在の。
精霊のスイッチが入ってしまっている。
…………えっと、僕への悪口が地雷なの?
ゴルティナの命令によって縛り付けられていた金属製の剣……鉄剣は、不意にヒラリと空中で刃身を翻すと、その刃先を一斉に男たちに向けた。
「ひ、ひぃっ!」
「どうなってやがる!」
何かに操られているかのように浮遊して動き、自分たちに刃先を向け始めた剣を見て、『究極の闇』のメンバーはひどく怯えた。
その光景を見ているルルスは、ふと思う。
この少女、つまり……というか、やはり。
金属系の武装に対しては、無敵すぎる。
剣士や戦士、兵士に騎士に魔法剣士に槍使いにエトセトラ。
およそ主要な武器に、当然『金属』が使われるであろう職業は……このゴルティナを前にしては、どうしようもない。また恐らくは、魔法使いだろうと特殊な職業だろうと……装備の一部に金属が用いられているだけで、彼女の影響範囲内に入ってしまうだろう。
ぺたぺた、とゴルティナが歩み出した。
「雑多な人間種風情が。仮とはいえ、我が婚約者を愚弄するとは良い度胸をしている」
ギン!
と激しい音を立てて、空中に漂う鉄剣たちが微細に震え始めた。
金属同士が擦り合わされるような、不快で腹の底に響く高い音が鳴り始める。
突きつけられた刃先は少しずつ、万力を絞めるようにして、首の皮との距離を縮めている。
「誰が言った?」
ゴルティナはそう言って、突きつけられた剣に怯える男たちの前に立った。
体前で腕を組んだまま、彼ら一人一人のことを品定めするように眺める。
「ルルを“貧相な野郎”、と言ったのは誰だ?」
「お、俺じゃない!」
「誰が言いやがったんだ!?」
「リーダーが口走ったんだ!」
「やめろ! 許してくれ!」
「貴様か!」
剣が急に近づき、その首筋の薄皮に突き立てられた。
「ひぃいいっ!」
その場に倒れるも、首に突き刺さらんとして浮遊する剣先は、まるで自分に貼り付いたかのようにして一切離れてくれない。尻もちをついて後ずさっても、ジワジワとした等速で、その先端が首の肉に少しずつ食い込んでいく。
「ぐ、ぐぅううう! ぐぅううううう!」
「我が婚約者を愚弄した、貴様の罪は最も重いぞ!」
「ひぃいいいい! 嫌だぁああああああ!」
グンッ! と剣が持ち上がり、地面と垂直になって喉仏から男の首へと侵入しようとする。あまりの恐怖に、凄まじい悲鳴が男の口から叫ばれた。
それが突き下ろされる直前、ルルスがゴルティナの肩を掴む。
「ゴルティナ」
「どうした? ルルよ」
「そこまでだ。それ以上いけない」
「制裁を与えるだけだぞ」
「やりすぎだ」
「存在が足りなくなったのか?」
「いや、まだ大丈夫」
たしかに、ゴルティナが激しく能力を使い始めてから……ルルスは自分の中の何かが燃えているような、ズクズク焼けつくような感覚が背中に広がっている。しかし松明としての存在とやらは、まだ余裕があるように思えた。昨日ずっと一緒に寝たのが効いているのか。
不意に少女の表情に戻ったゴルティナが、ルルスに振り返る。
「しない方がいいか?」
「しない方がいい」
「どうして?」
「理由はいくつかある。一つ目に、人間を簡単に殺すのは良くない。二つ目に、後味が悪い。三つ目に……ええと、殺すほどのことはしていない。と思う」
「ルルを馬鹿にしたのだぞ」
「処刑するほどのことじゃない」
「解せぬ」
非常に困った。
この子、精霊モードに入ると粛清方面に頑固になるようだった。
絶対に国のトップにしてはいけないタイプの上位存在だった。
「ええと、それに……彼らがやろうとしていたことは、冒険者ギルドの規約違反だから……ギルドに突き出した方が良いと思う」
「ギルドに突き出すとどうなる?」
「僕たちの実績となって、公認パーティーの結成に一歩近づく」
カラン、と音を立て、五本の鉄剣が一斉に地面へと落ちた。
「なるほど!!」
一転、ゴルティナが明るい声を上げた。
それと同時に、怯えていた男たちが腰を抜かしてしまい、その場に倒れ込んでしまう。
「ひぃいいい……!」
「ひ、ひぇええ……っ!」
「ルルは知恵が回るな! その発想は無かったぞ!」
「……はあ、良かったあ」
とりあえず彼女の怒髪天精霊モードが収まったようで、ルルスはほっと胸をなでおろす。
納得した様子のゴルティナは、腰を抜かした男たちの周りを歩き回った。
「お前たち! 寛大にも命は助けてやるから、正直にすべてを話すのだぞ! わかったな!」
「は、はぃい……」
「わ、わかりましたぁ……!」




