12話 マイナス45,200円生活スタート!
朝だった。
冒険者ギルドの貧相な賃貸部屋の中。
そのベッドの上で目を覚ましたルルスは、ふと横を見てみる。
「……すや……んがあ……」
目と鼻の先には、ほとんど半裸の姿で寝転がる黄金の少女。
黄金精霊ゴルティナが幸せそうな寝息を立てながら、自分の貧相なベッドで寝入っていた。
ルルスの左腕は、彼女の手や腕が絡みついて抱き枕にされている。それはルルスの松明としての突発的存在消滅の予防を兼ねて、朝の時点で満タンにしておくための措置の一環であった。どうにも彼女の言う充電というのは、彼女と触れ合っていれば自動でなされるらしい。
「……起きよう」
そう宣言して、ルルスは上体を起こした。
ゴルティナの細腕を左腕からそっと引き剥がして、起き抜けに昨日汲んできた水を飲む。
うがいをして窓の外に水を吐いていると、ゴルティナが目を覚ました。
「んんんぅぅ……朝であるかぁ……?」
「完全に朝だね。9時くらいだと思う」
「ふぬぁああ」
腑抜けた声を上げたゴルティナが、起き上がって伸びをする。
さらけ出された背中の薄い筋肉が動いて解れると、彼女はそのままグタリとした様子でボーッとし始めた。
その少女の背中を眺めて、ルルスは思うところが無いわけではない。
「今日はどうするのだ?」
ゴルティナが寝転がりながら、そう聞いた。
「そうだなあ……特に予定があるわけではないけど……」
そこまで言ってから、ルルスは不意に、差し迫った予定に思い当たる。
昨日はこの精霊少女と出くわしたり殺されかけたり何とか切り抜けたりアシュラフをぶち殺しかけたりと色々ありすぎたせいで忘れていたが。
お金が無い。
「……当分の生活費を稼ぐかな」
「せいかつひ?」
「あんまり、お金が無い」
「おかねが無いとどうなる?」
「この部屋を追い出されたり、ご飯が食べられなくなったり、寝る所が無くなったりする」
「ほーん。そうであるかー」
ベッドで俯けに寝っ転がっているゴルティナは、宙に立てた足をプラプラとさせながら、そこまで興味なさげに返事をした。
「そうねー。そうなるのだなー」
しかしそこで、ピタリ、とその足が止まる。
「それって、大変ではないかぁあーーーっ!?」
「そう! 大変なんだよ!」
「可及的速やかに! お金を作らなくてはまずいではないかぁ!」
「良いところに気付いたね!」
「おかねは、あとどれくらいあるのだ!?」
ルルスはがま口財布を開けて、その中身をテーブルの上に出してみた。
銀貨14枚に銅貨8枚。
銀貨1枚1,000ゼル、銅貨1枚100ゼルの計算。
つまり、14,800ゼル。
滞納している家賃の総額、ザっと60,000ゼル。
これから何をするにしても、とりあえずはこのマイナスを解消しないことにはどうしようもない。
お金の悩みというのは深刻であった。
◆◆◆◆◆◆
冒険者ギルドは、都の中央部からやや南に外れた場所に位置している。
ギルドが管理している集合住宅が立ち並ぶ通りに囲まれたギルド本部は、5階立ての大きな建物で、周囲のみすぼらしい住宅とは一線を画す建築様式で作られていた。
本部一階の待合室には、ギルドの運営を通して発行されたクエストの張り紙が並んでいる。
肩から緑生地の布切れを結んで羽織った(羽織らせた)ゴルティナは、その綺麗な足を周囲に見せびらかしながら、壁に貼られたクエストの依頼書を眺めていた。
「これこれ! これなんて良いのではないか!?」
覗いてみると、それはかなり高額な成功報酬が支払われるクエストのようだ。
『顔料ラビスレイズリーの採掘依頼』
『前金500,000ゼル 達成報酬1,500,000ゼルより相談 Bランク以上の公認パーティー宛て』
しかし、ルルスは首を横に振る。
「それはパーティー宛ての依頼書だよ。僕らは受けられない」
「ぱーてぃー?」
「冒険者の集まりだよ。複数人で固まってダンジョンに潜る奴ら」
「じゃあ我らは?」
「僕らは単なるソロ」
「二人おるではないか」
「ソロが二人いるだけ。パーティーはギルド側に申請して、結成が認可されないといけないから」
ソロとパーティーでは、そもそもの信頼と実績が異なる。
だから優良な案件の多くは、ギルドに認定された正式なパーティー宛てに依頼されることが多い。ソロが適当に寄り集まってパーティーを名乗るのは勝手であるが、ギルド公認のパーティーと野良パーティーでは色んな待遇に差がある。また正式なパーティーにもランクが存在しており、本当に高額かつ優良な案件の上澄みは、最高ランクのパーティーが独占する構造になっている。
というよりも。
冒険者ギルド側としても、重要な案件は信頼のおけるパーティーに、最重要案件は最高ランク帯のパーティーにしか頼みたくないのだ。下手な冒険者たちの寄り合いに重要な仕事を任せてトラブってしまえば、ギルド側の面子と信頼に関わる。それにトラブルというのは、何もクエストの失敗だけを意味しない。
前金の持ち逃げや虚偽の成果報告、依頼人との交渉トラブルに達成期日の遅延、ドタキャンにエトセトラエトセトラ。華やかで強力な冒険者たちが脚光を浴びる一方で、そういうどうしようもない冒険者たちの魑魅魍魎が圧倒的多数を占めているのも事実である。
「じゃあ、我らはどの仕事が受けられるのだ?」
「これとかかな」
ルルスが指差した張り紙を見てみると、ゴルティナはげんなりした表情を浮かべる。
昨日ルルスが受注した、薬草採取のクエストだった。
「こんなの、見るからにレベルが低いではないかぁー」
「ごねても仕方ない」
「どうすれば、こういう凄い案件が受けられるのだぁ?」
「パーティーの結成を申請して、実績を積んで認可されてから。それでも最低ランクから始まっちゃうけど」
「よし! 今すぐ申請しに行こう!」
「えっ? 本気で?」
「二人だとパーティーは組めないのか?」
「一応、デュアルパーティーっていう形式はあるけど」
「そうそれ! それを申請するぞ!」
「でも……ゴルティナ。君は冒険者ギルドに加盟してすらいないよ」
「どうすれば加盟できるのだ?」
「…………」
正解は、どうやっても加盟できない、だった。
なぜならゴルティナには、戸籍も何も無いから。
ギルドに加盟すらしていない、部外者として臨時に許可証を発行してもらい、ダンジョンへ入れてもらうしかない。その場合に差し引かれる受注手数料は、ギルド加盟者の比ではない。
ルルスはそのことを、どう説明しようか迷った。
「……まあまあ。一旦、仕事を受けてみようよ。ね?」
「何でも後回しにするのは良くないのだぞー!」
ゴルティナがこちらの世界に長く滞在する場合には、いつか何とかして空の戸籍を手に入れなければならない……。
ルルスは抵抗するゴルティナを引きずりながら、やらなければならないことが一つ増えたことに頭を悩ませていた。




