11話 1000年安心!!超長期安心保証付き!!! (安心とは言っていない)
「松明?」
ルルスはその言葉を反芻して、頭の中で咀嚼してみる。
これまでにもちょくちょく、ゴルティナはルルスのことを『トーチ』と呼んでいた。しかし彼女の言い回しが独特なのはそれに限った話ではないので、それほど深追いはしていなかった。
松明。
つまりは枯れ草や布などの可燃性の物体を、松脂などに浸して燃やし、火を携行するための道具。地下領域への潜入時には欠かせないアイテムの一つ。
「簡単な方の説明はわかったかな?」
「その松明っていうのは……どういう意味?」
「それでは、難しい方の説明に移ろう。そもそもであるな」
ズズッともう一口、ゴルティナはお茶を啜った。
「我、精霊であろう?」
「うん」
精霊。という言葉も、ルルスは今一度反芻してみる。
各属性の代表者にして、その顕現。
目の前にいる金髪の女の子は、最高黄金精霊のゴルティナ。
黄金とこれに連なる金属の代表者にして、その顕現。
「精霊って普通、こっち側の世界には来れないのだ」
「そうなんだ……」
たしか使徒教会の教えでもそうなっていたはず、とルルスは思った。
こちら側の世界と、逆さま向きに存在する地下領域。
つまりはあちら側の世界。
この二つの世界は、水面に反射する像。
もしくは、双方向的な実体とその影の関係として説明される。
ダンジョンに存在するモンスターや物体は、この世界の何らかの影として存在し。
この世界に存在する人間や物体もまた、ダンジョンの何らかの影として存在している。
しかしダンジョン世界には、『より純粋な形で』それが現れるという特徴がある。
薬草はこちら側の世界にも存在するが、向こう側の薬草はより『純粋な薬草』である。
それは成分的な作用や現実的な法則をある程度無視して、『薬草が薬草として求められる効果』をそのまま発揮するという性質を持つ。つまりは、食むだけであらゆる傷が癒えるような。磨り潰して粉薬とするだけで、何らかの不調をとにかく回復してくれるような。
「我って『黄金』の顕現だから、我一人でこっち側の『黄金』という存在を担っているわけであるな。あとは金属とか錬金術とか、色んな金属存在や技術現象の大本が我であるわけ。それらはこちら側の世界では、我の影として存在してる」
「わかるような、わからないような」
つまりは、こちら側の世界の『あらゆる金属』が『より純粋な形』で現れているのが、この精霊ゴルティナ。
黄金という概念の擬人化にして顕現。
その代表者。
この世界の金属という存在は、ゴルティナという実体の投影にすぎない。
それはゴルティナが水面を歩く際に出来る射影であり、光を浴びせられた時に映される影。彼女が歩くときに、微かに揺れる風のようなもの。
だからこそ、彼女はあらゆる金属存在の王たりえる。
王というよりも、それらは自分自身であるとも言える。
足元に映る影の形を変えるようにして、自在に金属を操ることができる。
「そんな我が、勝手にダンジョンからこっちの世界に来たら……大変なことになるであろう?」
「よくわからないけど、なるのかもしれない」
「光の前に立っていた者が勝手にどこかに行ってしまったら、影は消えてしまうぞ」
「そうなるのかも」
「だから、普通はこっち側に来れないことになってる。阻まれる」
「うん」
「だけど、我はルルがいるから大丈夫」
「うん……うん?」
「ルルは我を映す光だから。我の傍で我を照らし、我の影を作り続ける松明の炎だから。そうしたから」
「そうしちゃったの?」
よくわからないが、規格外なスケールの大役を任されちゃっていた。
理解も追いつかなければ、自分の小さな身体も追いつかないような気がしていた。
「だけどルルはそのために、自分という存在を触媒にして燃やし続けているからな。それはちょうど、まるで松明みたいに。さっきはもう少しで燃え尽きて、スッパリスカスカに無くなってしまうところであったぞ」
「無くなるって、なにが?」
「存在が」
「ワアオ」
死ぬより深刻な事態だとは思わなかった。
絶対に蘇生とか延命とかできない系の居なくなりかただった。
「そういう奴を、精霊は松明って呼ぶのである! 人間種と契約して松明になってもらうことで、精霊はやっとこさこちら側に顕現できるのだ! また一つ賢くなったな! ルルよ!」
人を勝手に、自動で燃え尽きて存在が消滅する系の松明にして欲しくなかった。
契約書にサインした覚えは無かったが、契約自体には同意した覚えがあるのが自己責任感を漂わせている。
「それじゃあ……僕って、このまま消滅しちゃうわけ?」
「心配するでない! 我とずっと一緒にいて、我のデッカイ『存在』をちょっとずつ分けてもらえば大丈夫であるぞ!」
「それってどれくらい持つの?」
「1000年くらいは大丈夫ではないかな? 我の存在って、ルルよりずっと大きいし」
「もしもゴルティナの……その、存在って奴も尽きちゃったら?」
「そりゃ、我も消えちゃうぞ。ロウソクが全部燃えて、無くなっちゃうみたいにな!」
かなりハイレベルな一蓮托生だった。
「……待てよ?」
そこでルルスは、あることに気付く。
「ゴルティナのお父さんってさ、土の精霊イラクリオンだったんだよね」
「そうであるぞ!」
「お父さんは……今、どうしてるの?」
「んむ? 我は父上の後継と言ったろう。もう父上は居ないぞ」
「……精霊って、死んだりするの?」
「あんまり死なないけど、存在自体が消滅しちゃったから」
ゴルティナはそう言った。
「人間種の女と結婚して……つまりは我の母上に存在を分け与え続けて、消えて無くなっちゃったからな!」
「…………」
ルルスは一瞬、押し黙る。
「……もう一つ聞いていい?」
「もちろん! ガッツリピカピカに質問してよろしいぞ!」
「ゴルティナのお母さんって、誰?」
「ヘゼナス・トリスメギドスという名前の人間種であったと聞いておる! もっとも! 我の記憶には無いのだがな!」
「……ヘゼナス・トリスメギドス?」
「知っておるのか?」
知っているも、なにも。
ヘゼナス・トリスメギドス。
歴史上最高最強と謳われた、伝説の女性錬金術師。
世界で初めて、錬金術の最高到達点……『賢者の石』に到達したとされる偉人。
仮にも錬金術師であれば、彼女の名前を知らない者はいない。
…………。
◆◆◆◆◆◆
「しっかしあれであるな。こんなに早く消えかけちゃうとは思わなかったぞ」
ベッドの脇で足をプラプラとさせながら、ゴルティナはそう言った。
彼女にとっては予想外に早く訪れてしまったらしい、ルルス存在消失未遂事件のことを言っているのだ。
「普通は……もうちょっと、持つものなの?」
「あっ。もしかしたら、アレであるかも」
「アレ?」
「能力使ったから、かも」
「…………」
「我が能力使ってるとき、ルルっていつもより激しく燃えてるのかもしれぬな」
つまりアレか、とルルスは思う。
ゴルティナが金属を意のままに操るたび、ルルスは自分の全然あずかり知らぬ所で、松明としての存在とやらを勢いよく燃やしてしまうらしい。
「……それめっちゃ困るから、できればあんまり、金属操らないでもらっていい?」
「ええー。これ癖であるもん。利き手じゃない方だけで生活しろってくらいムリムリの無理であるぞ」
「君が能力を使うたびに、僕は存在の消滅を賭けたチキンレースをしちゃうわけだけど」
しかもこの理論でいくと。
彼女が派手に能力を使えば使うほど、ルルスは消滅へと急加速してしまう可能性があった。
とつぜんの突風に吹かれて消える灯みたいに、一気に消滅してしまう可能性があった。
「我とずっと手を繋いでおけば、多分問題ないぞ?」
「それで大丈夫なの?」
「我の存在を、常時分け与えて充電していられるからな」
「……でも、命がけのバカップル状態では生活したくないなあ」
「それじゃあ定期的に、もっとガツンと充電しておくしかあるまい」
「そんなガツンと分けられるの?」
「キスしたり、色々すればできるぞ」
「色々って?」
「ええー? それを我に言わせるのー?」
ゴルティナが頬を染めて、悪戯っ子にニヤニヤと笑う。
「ルルって意外と、そういうムッツリスケベな所があるのであるなあ」
「…………」
「まーあー? そこまで言わせたいということであれば、言ってあげないこともないけどー? 花嫁の性癖に付き合ってやるのも大変であるなぁー?」
「いや、大体わかったからいいや」
つまり、そういうことらしい。
男女の営みとか、交わいとか、そういう系を言いたいらしい。
「理解したか? ルルよ」
「大体した」
「じゃあ、ガツンと分けてみるか?」
「……とりあえず、今日は寝よう。うん」
おそらく、先ほどのキスである程度の存在は充電されているはず。
今現在は、突然死ラインではないだろう。
たぶん。
身体のどこかに、目盛りのような物が欲しかった。
切実に。




