悪役じゃない令嬢の初恋
お母様は私を産んだことでお亡くなりになった。
だけどお父様は、お母様の分まで私に愛情を注いでくれた。
だから私は子供の頃から寂しいなんて思ったことは一度もなかった。
お父様が忙しい時には、侍女のカリナや、執事、シェフ、お屋敷の皆が私と一緒にいてくれた。
私はそれが本当に特別なことだと、神様に感謝するくらい恵まれていることだと分かっていたから、公爵家のために自分に出来ることはすべてしようと物心ついたときから決めていた。
8才の時、殿下の婚約者を決めるお茶会に招待された時に、お父様は何も言わなかったけれど、きっと私が婚約者になることが出来れば、お父様にも名誉なことなのだと思った。だから、婚約者になれれば良いなと思っていたの。
だけど、お茶会の当日、初めての王宮で私は見事に迷ってしまった。
いつの間にかカリナともはぐれてしまって、気づいたら森みたいな緑ばかりに囲まれて、私は不安で泣いてしまった。
「・・・君、どうしたの?」
その少年が現れたのはそんな時だった。
金色のサラサラの髪の毛、吸い込まれるようなブルーの瞳、白状するなら、一目見た瞬間から、私は彼に恋をしていたのだと思う。
「ここどこ?怖い。」
恋心より恐怖が勝って私の涙は止まらなかった。
その少年は泣き止まない私にオロオロしていた。
「大丈夫だよ。怖くないよ。お茶会に来たんだろう?すぐ連れていってあげるから。」
一生懸命な少年に恐怖は収まったけど、物心ついたときから泣いたことのなかった私は、一度溢れてしまった涙を止める方法を知らなかった。
泣き止まない私に困り果てた少年は深呼吸をした後で私を見つめた。
「君が元気になる魔法をかけてあげる!」
「まほう?」
「そう!僕のとっておきの魔法!」
そう言って少年が手をあげると、小さな虹が私の前に現れた。
そんな奇跡に私はとても驚いた。
「すごいね!すごいね!あなたは魔法使いなの?」
突然笑顔になった私に少年はとても驚いた顔をしたけど、すぐに私に優しく笑ってくれた。
「笑顔になって良かったね。」
少年の言葉と同時に遠くからカリナの切羽詰まった声が聞こえてきた。
「アリスお嬢様!」
気づいたら少年はいなくなっていて、カリナに見つけてもらった私は無事にお茶会にたどり着くことが出来、そして、殿下の婚約者に指名された。
あの日から私は、1度も泣いたことはなかった。
公爵家の娘として、殿下の婚約者として、恥ずかしい行いは出来ない。自分の恋心よりも、家を、国を守らなくてはいけないと。
泣くような弱い令嬢になってはいけないと。
だから、私が泣いたのは、あのダンスパーティーで、アルーシャ先生が私の前に現れた、その時が8年ぶりだった。