ヒロインになりたかった少女の話1
お母さんと平民として暮らしていた時も私はちっとも不幸なんて思ってなかった。
汚い家で、お腹はいつも空いていたけど、それが当たり前だったんだもん。
たまに商店街のおじさんが余った唐揚げとかをくれたらその日はラッキー。お母さんと半分こして美味しいねって笑って食べた。
だから、12才のある日いきなり家にやってきた知らない男の人に無理やり馬車に乗せられそうになった時は、暴れまくって、騒ぎまくった。
だけどお母さんは男を止めることもなくただ泣いていた。
「イザベル、どうか、どうか幸せになってね。」
私は訳も分からず、不安で馬車の中で号泣した。
だけど、ふと気づいたんだ。
あれっ?暖かい?お尻ふかふか?
季節は真冬で、家の中でもいつも震えていたのに、初めて乗った馬車の中はとても暖かかった。
それに今まで座ったこともないようなフカフカの椅子だった。
そんなの初めてで、私の涙は止まって、暖かさとフカフカに夢心地になった。
それから着いたのは、見たこともない豪華なお屋敷。
夢みたいに大きいお風呂に入れられて、お姫さまみたいなドレスを着て、優しそうなおじさんとおばさんに会わされた。
「イザベル。君は僕の娘だ。これからはマリアーナ男爵家の令嬢になるんだよ。」
おじさんの言葉に一瞬お母さんの顔が思い浮かんだけど、すぐに生まれて初めて食べるご馳走に夢中になった。
私はこれからこのお姫さまみたいな生活が出来るんだと思ったら、お母さんのことは忘れてた。
おじさんの隣にいるおばさんが私を睨んでいることも全く気にならなかった。
それから私は、おじさんをお父さま、おばさんをお母さまと呼ぶことで手に入れた生活を満喫していた。
大好きなピンク色のドレスがほしいとお父さまにおねだりして、新しいドレスを作るために採寸してもらっている時にお母さまが部屋に入ってきて私を睨みながら言った。
「さすが売女の娘ね。おねだりが上手いこと。」
ものすごーく嫌な顔をしていた。
これは悪口だなとすぐに分かった。
だから、夕飯の時にお父さまに何かのついでのタイミングで、自分が一番可愛いと思う顔をして聞いた。
「お父さま、ばいたって、なぁに?」
「っ!?」
お母さまは私の言葉に顔面蒼白になってフォークを落とした。
そんなお母さまを見てお父さまは厳しい顔をした。
「イザベルはばいたのむすめなの?おかあさんはばいただったの?」
畳み掛けるように言って、悲しい顔をして俯けば、もう私の勝ちだ。
それからお父さまはますます私に甘くなったし、お母さまは私に意地悪を言うことはなくなった。
私はこの時初めて自分の顔が武器になることと、男の人は、女の子の悲しい顔に弱いってことを知ったの。
知ってしまったらもう戻れない。戻りたくもない。
それからお父さまは貴族のなかではそんなに身分が高くないってことも知った。
今でさえお姫さまなのに、もっと上の身分の人と結婚したら、もっともっと大きいお屋敷に住んで、もっともっといっぱいドレスも宝石も買ってもらえて、もっともっと美味しいものも食べれるの!
もっともっと幸せになれる!
これから通う学園で、私は素敵な王子さまを探すんだ。