心優しき親友の祈り
アリス・サーフィス公爵令嬢は、学園の皆の憧れの的です。
この学園で殿下に次いで高い身分なのに、誰にでもいつだって平等に優しい天使のような存在です。
我が家は伯爵家ですが、私がたとえ男爵家の娘だったとしても、アリスの態度は何も変わらないだろうと自信を持って言えます。
アリスは、優しくて公平なだけでなく成績はいつも上位だし、魔法学の実技だって素晴らしい、「お休みの日に孤児院を訪問しているアリスさまを見た!」という目撃情報も相次いで、誰もが認める公爵令嬢かつ未来の王妃でした。
そんなアリスが、ミルフィは大切な親友だと言ってくれたこと、それが、伯爵家の一人娘ということ以外何も誇れることのない私のすべてなのです。
そう、アリスの親友であることは、詩的に言うなれば、パンドラの箱の一番最後に残った希望、とでも言いましょうか。
私のすべてなのです。
ですからアラン殿下が、イザベルさまと親しくされ始めた頃は学園に激震が走りました。
「完璧なアリスさまよりも、男性と女性への態度が明らかに違うイザベルさまのような方と親しくされるなんて!」
アリスさまのような聖人を蔑ろにされるアラン殿下とイザベルさまには、学園中が口には出しませんでしたが、憤慨しておりました。
しかし肝心のアリスさまがそんなことには全く無関心でいらっしゃいましたので、あの学園史上最悪のダンスパーティーの日まで学園は表面上平穏でいられたのです。
「アリスは、その、殿下とイザベルさまのことは心配ではないの?」
私が勇気を出して聞いた際にはアリスは冗談めかして答えました。
「私は、公爵家に産まれたことと、殿下の婚約者に指名された責任はしっかりと果たしたいと思っているわ。王妃教育をしっかりと受けて、自分に出来ることは精一杯して、この王国を支えていく覚悟は出来ているの。
だけどね、ミルフィ。王妃教育のなかには、殿下に愛されること、という項目はないのよ。」
「でもっ、それならアリスの、その、幸せは?」
「・・・そしてね、王妃教育のなかには、殿下を愛すること、という項目もないの。その項目があったなら、私はどうあっても王妃にはなり得なかったから、本当に良かったと思っているの。」
アリスはそう言ってとても穏やかに笑いました。
それからまた冗談めかして続けました。
「アラン殿下の婚約者になった時から、胸に秘めた思いがあったなんて不敬ね。ミルフィ、これは私と親友のあなただけの二人の秘密にしてね。」
アリスの雰囲気から私はそれ以上何も聞けませんでしたが、その日からずっと祈っておりました。
アリスがどうか本当に愛する人と結ばれますように。
あの最悪のダンスパーティーの日、初めて震えているアリスを見ました。助けなきゃと強く思いましたが、弱い私はどうすることも出来ず、ただただ誰かが助けにくることを祈りました。
アルーシャ先生ならきっと助けてくれる、そう信じてすがるようにダンスホールの入口を見た私は驚きました。
何人かの生徒が助けを呼ぼうとドアを開けようとしていますが、結界が張られているらしくドアを開けることが出来ないでいました。
それでも魔法が使える生徒は、通信を使ってダンスホールの光景を外部に伝えているようでした。
先生方やきっと王家、サーフィス公爵家にも情報はいっているでしょう。
そのことに気づいてほっとしましたが、でも、もしも張られている結界が、光魔法だったら?この学園にはカイルさま以外に光魔法を使える方はいません。
それでは、助けはしばらく来ないのでは?その事に気づいて私は絶望しました。
アリスは、あのいつも強くて優しいアリスが、今にも泣き出しそうになっていました。
私は、自分の弱さを言い訳にしている場合じゃない、私がアリスを助けなきゃ、祈るだけじゃアリスを助けられない。
私はどうなったって良いから、私の希望、アリスを助けなきゃ!
「あっ、アリスはいじめなんて・・・。」
だけど、私から出たのはか細い呟きのような声だけでした。
それから、アルーシャ先生方が駆け込まれて、事態は収まりました。
私はアリスに言葉をかけることさえ出来ず、ただただ自分の弱さを痛感するのみでした。
アリスを助けられなかったという思いは、私だけではなく、学園の生徒全員の後悔となりました。
誰が言い出した訳でもありませんが、何もしていないアリスを理不尽に責め立てた卑怯ものたちと接触をする者はいなくなりました。
そして、ダンスパーティーからたった2日で、カイルさま、ダンさま、オルタナ先生は学園にいらっしゃらなくなりました。
か弱い女子を寄ってたかって責め立てたくせに、相手にされないくらいで逃げ出すなんて、随分か弱いことです。
そして、ダンスパーティーから3日後には、アラン殿下とアリスの婚約が破棄されました。
サーフィス公爵家からの強い要望であり、王家はアラン殿下の暴走の件もあり、破棄せざるを得なかったとのことです。
あの時、震えていたアリスを思い出すと未だにいたたまれませんが、それでもあんな殿下との婚約が破棄できたことだけは、心からほっとしました。
アリスが学園に戻ってくるまで私は毎日祈りつづけます。
アリスがどうか本当に愛する人と結ばれますように。
アリスがどうか早くあのダンスパーティーの夜のことを忘れられますように。
そして、殿下とイザベルにも天罰がくだりますように。