悪役になった公爵令嬢
「アリス、僕の名前を。」
「もう殿下ではないのでございましょう?殿下とお呼びしては逆に不敬かと。」
「はぁっ?何を言っているんだ?」
「あらっ?以前はまだ王宮の中だけでとどまっておりましたのに、国中で噂になっていると伺いましたので、てっきり。」
「まだ間に合う!アリスがいれば僕はっ!」
「それ以上近づかないでくださいませ。結界が張ってあります。」
「結界だと?」
「私は光魔法は使えませんが、結界くらいは張れます。暴力を振るわれては困りますので、アラン様には破れない結界を張りました。」
「僕に破れない、だと?」
「私はルーカス様の指導も、アルーシャ先生の授業もしっかり受けておりました。アラン様は光魔法のことばかり気にされておられたようですが、通常魔法しか使えない私にすら劣るなんて本末転倒ではありませんこと?」
「おいっ!いつもと様子が違わないか?アリスがそんなことを言うはずが・・・。」
「アラン様が作り上げたのでしょう?アリス・サーフィスという悪役令嬢を。8年間婚約者だった方との最後のご挨拶ですので、私からの最後の気遣いでございます。」
「僕が作り上げた?」
「カイル・ルーカス様から謝罪のお手紙が参りました。許してもらえるとは思わないが、せめてあの夜の真実を伝えたいと。
イザベル様は私のことを怖いと言っただけで他に私を貶めるようなことは一切言っていない、すべては殿下の言葉を信じてしまった自分のせいだ、と。」
「余計なことを!」
「贅沢三昧、権力を楯に皆を従わせて、気に入らないと首にする、すべてアラン様のことでございますね。」
「はぁっ?」
「学園に入学する前には大分落ち着いておりましたのに残念ですわ。心が弱いのですぐに流されるのです。ご自分の都合の良い方に。」
「僕の心が弱い、だと?」
「ええ。」
「その笑顔をやめろっ!作り笑いは見たくない!」
「アラン様、私、ずっと好きだった方と先日心が通じましたの。それから悪夢を見なくなりました。それにアラン様方への恐怖心も消えました。愛し愛されることで人はこんなに強くなれますのね。
誰も愛さず、誰にも愛されないアラン様は心が弱いのです。」
「心が通じた、だと?」
「歪んだ王子に一方的に婚約破棄を命じられた令嬢が真実の愛に救われる、さながら物語のハッピーエンドのようではございませんか?
ですから私は、ハッピーエンドのそのまえに、悪夢を自分で壊すのです。」
「何を言っているんだ?」
「恐怖が消えたら怒りが生まれました。怒りはいつか憎しみに変わるかもしれません。憎しみに変わったら、正しき方とは一緒にいられません。なのでアラン様に怒りをぶつけて。そしてすべてを忘れることに致します。悪夢の全てを。」
「怒りをぶつけて、すべて忘れる?」
「はい、怒鳴るのではなく、憎むのではなく、怒るのです。
そして、アラン様のことを忘れます。」
「8年間!8年間も一緒にいたんだぞ!」
「アラン様、あなたが何もしなければ、私は間違いなくアラン様と婚姻しておりました。壊したのはアラン様です。」
「僕が壊した?」
「壊したものはもう元には戻らないのです。悪役令嬢の私は、アラン様に笑いかけることは二度とございません。」
「アルーシャが、あいつが光魔法の使い手でさえなければ。」
「光魔法など関係ございません。」
「嘘だっ!!虹だろ?あいつが虹を出したからアリスはあいつを好きになったんだ!僕に虹が出せれば!」
「アラン様、確かに初めてお会いした時にアルーシャ様は虹を出しましたが、私が彼を特別だと感じたのは、虹のせいではありません。
泣いてる私を必死に笑わせようと一生懸命考えてくれたことが嬉しかったのです。あの時たとえアルーシャ様が出したのが虹でなくても私は彼に恋をしました。」
「そんな・・・。」
「殿下はそんなこと一度もしませんでしたでしょう?その嘘臭い笑顔をやめろと命令することしかしませんでしたわね。
光魔法の使い手かどうかなんて初めから関係なかったのです。
アラン様、光魔法が使えるかどうかよりも大切なことはあるのです。」
「嘘だ。あいつが光魔法の使い手だから、僕と母様は・・・。」
「アラン様。アラン様はたった1度でもアルーシャ様としっかりお話をされたことがございますか?アルーシャ様は、光魔法の使い手である前に、一人の人間です。憎むのではなく、1度でもしっかりと向き合うべきだったのです。」
「僕は・・・。」
「王妃様は遂に心臓を患っていることを公表されたのですね。」
「そうだ!母様はご病気なのだ!それなのにアリスは見捨てるのか?母様を見捨てるのか!」
「王妃様は、時々とても苦しそうにしておられました。私は何度も何度も言ったのです。どうかお医者様に診ていただいてください、と。
けれど王妃様に、絶対にこの事は誰にも言わないでほしいととても真剣な顔で頼まれました。それがどのような決意かは私なんかには想像もつきませんでしたが、それでもすぐに誰かが王妃様のご病気に気付いてくださると信じていました。」
「それはっ、母様はとても辛抱強い方だから。」
「王妃教育に通っているだけの私が気付いたのですよ?
どうして一緒に暮らしているアラン様や侍女が誰一人気づかないのですか?」
「僕は・・・。」
「私はアラン様にも何度も言いました。どうか王妃様をよく見てほしい、と。あなたは意味がわからないと言って真面目に取り扱って下さいませんでしたが。
アラン様が王妃様を見捨てたのです。」
「僕が母様を・・・。」
「私との婚約破棄もすべてアラン様が望まれたことです。」
「違う!僕はっ!僕はただっ。」
「アラン様。私の話は終わりです。どうぞお帰りくださいませ。」
「アリスっ!!」
「それから私は通信魔法も使えます。アラン様が前触れもなく突然公爵家を訪れて執事を怒鳴りつけたところからすべて、王宮に映像を送ってございます。そろそろお迎えがくるのではありませんか?
今回のことで殿下でなくなることは確実でございますね。」
「僕は、僕はただ・・・。」
「立ち止まるチャンスは何度もありました。すべてはアラン様ご自身の責任です。」
「・・・。」
「アラン様、さようなら。
アラン様が一言もあのダンスパーティーでの出来事を謝ってくださらなかったおかげで私は悪役令嬢をやりきることが出来ました。」




