心弱き者たちへの因果応報
「アラン、あのね、そのっ・・・。アリスさんは泣いてたよ。」
なぜか戸惑った顔で話しかけてくるイザベルに無性に腹がたった。
お前の良いところなんかアホみたいにニコニコしているところくらいしかないのになんだその顔は。
「私、アランと結婚出来るのはとっても嬉しいけど、その、アリスさんに酷いことするのは・・・。」
「僕が、男爵家の女と、婚約なんか、するはずないだろ。」
イライラして吐き捨てた。
気づいたらカイルも、ダンも、教師であるオルタナさえもいなくなっていた。
そして遂にイザベルさえも僕の前から消えた。
学園では誰も僕には近づいてこない。
「アラン!」
変わらず話しかけてくるのはアルーシャだけだ。
「話をしよう!」
くそっ。忌々しい正しき者め。
「サシャは僕が殺した。料理に虫を混ぜて。それに母様はサシャをいつもいびっていた。だからサシャは死んだ。憎めよ、僕を憎めっ!!」
こいつが僕を憎めば、そうすれば、正しき者でなくなれば、こいつだってカイルと同じように光魔法を失うはずだ。
「母上の料理に虫が混ざっていたことなんてない。アランは誰も殺していない。」
はぁっ?なんだそれ?
それじゃあ僕はあんな侍女にさえ騙されていたというのか?
「アラン殿下と娘のアリスを婚約破棄させて頂きたい。」
サーフィス公爵からの申し入れで国王との謁見の間に母様と僕も呼ばれた。
「僕と婚約破棄することがどんなことか分かっているのか!」
思わず怒鳴り付けたが公爵は顔色一つ変えなかった。
「アラン殿下が望まれたことです。」
「サーフィスよ、今回のことはわらわの責任じゃ。でもアリスはこれまで8年間も王妃教育を真面目にやってきたのじゃ。王妃になるのにアリスよりふさわしい令嬢など他にはどこにもおらん。婚約破棄だけはなんとか考え直してもらえないじゃろうか。」
母様が頭を下げた。
「婚約破棄は、アラン殿下と、娘のアリスの心からの願いですから。」
「嘘だっ!!アリスが僕と婚約破棄なんてしたいはずがないっ!」
僕の言葉に、公爵も母様も国王さえも目を見開いた。
「アラン殿下、娘はあの夜から毎晩悪夢にうなされています。
それなのに、その相手と婚姻など結べるはずがないでしょう。」
「あの晩のことはアルーシャを殺すためだけの茶番だ!話せばアリスも納得する!」
その場の空気が凍りつくのを感じた。
「アラン、お主はアルーシャを殺すためにあんなことをしたと申すのか。」
国王から聞いたこともない低い声が出た。
「いえっ、これは、その。」
余計なことを言ってしまったと後悔したが遅かった。
「サーフィス公爵よ、今回のことはすまなかった。婚約破棄は受理する。
アラン、今後のことは追って通告する。」
なぜだ?なぜこうなった?
どうにかならないかと母様を見たが、母様は俯いて震えていた。
「側妃の子供に光魔法が宿った。」
というニュースが王宮内に駆け抜けたのはそれから一週間後だった。
伯爵家出身の側妃の12歳の息子があのダンスパーティーの夜から発熱して一週間以上寝こんでいたが、回復すると突然光魔法が使えるようになっていたという冗談のような話だ。
「おいっ、ルーカス!どういうことだっ!」
僕は王宮魔法室まで行ってルーカスを怒鳴りつけた。
そこには顔を真っ青にした母様もいた。
「なんで突然!」
「光魔法は通常、現在の光魔法の使い手が死んだら、次の使い手に宿ると考えられています。
そのため、同じ時間軸の世界に光魔法の使い手の人数が増えることはない、と。
しかし今回、カイルが光魔法を失いました。
そのため、主を失った光魔法が第2王子に移ったのだとしか考えられません。」
「何を言ってるんだ?お前はっ!カイルの光魔法が移っただと?
そんなっ!あのダンスパーティーのせいでっ!僕がカイルを利用したせいでっ!光魔法がよりにもよって第2王子にっ。」
母様は青白いを通り越してもはや真っ白な顔で告げた。
「第2王子に光魔法が使えるのなら、国王にはそちらが選ばれるじゃろう。」
「母様っ!サシャの時のように、2人で力を合わせれば!またっ!」
「アラン、わらわの生まれた国にこんな言葉があるのじゃ。」
『因果応報』
母様は呟いた。
「サシャが死んでから、わらわはずっと胸を患っておった。
それが自分のしたことへの罰だと認めるのが恐ろしくて隠しておったが、アリスだけが気づいて、いつも労ってくれていたのじゃ。
アランが、アルーシャを殺そうとして、その結果が巡って第2王子に光魔法が宿った。せめて公爵家の令嬢であるアリスが婚約者のままならまだ可能性はあったかもしれぬ。しかし婚約破棄も成立してしもうた。さすがにもう、これは罰だと受け入れるしかないのじゃ。」
何を言っているんだ、母様は。
罰だと?、なんだそれは?
僕が余計なことをしたから光魔法が移っただと?
ありえない。
アリスが婚約者なら?
だったらもう一度婚約すれば良い。
アリスともう一度婚約すれば、アリスと二人なら光魔法にだって負けはしない。
そうだ、アリスだ。
一週間そのことを考え続けて、僕は引き留める侍女や騎士を脅しつけて無理やりサーフィス公爵家を訪ねた。
突然の訪問に公爵家の執事は僕を追い返そうとした。
「僕は王子だぞっ!不敬だっ!」
怒鳴り付けていると侍女がやってきて告げた。
「アリス様がお会いすると申しております。」
ほらっ、アリスはやっぱり僕に会いたがっているのだ。
客間で待っているとアリスが笑顔で入ってきた。
「お久しぶりです。アラン様。」
しかも今までどんなに言っても「殿下」としか呼ばなかったのに初めて名前を呼ばれたのだ。