もう一人の光魔法の使い手の過去
「アリス・サーフィス!!僕は君との婚約を破棄する!!」
生徒からの通信魔法でダンスホールの映像が流れた瞬間から職員室は大騒ぎだった。
「誰か学園長に連絡を!」
「連絡がとれたら王家とサーフィス家にも連絡をする許可を!」
「オルタナ先生まで一緒だと?どうなってるんだ!」
そんな喧騒を余所にアリスを助けなくてはと、俺はダンスホールに向かって走り出した。
「アルーシャ先生!私も行きます!」
ミカエル先生と、他にも数人の先生たちと一緒にダンスホールの前にたどり着いた時、ダンスホールは輝く光魔法の結界で覆われてた。
「カイル・ルーカスだわ!どうしてこんな!光魔法の結界なんて、誰も破れない!」
その間にも、アリスが責め立てられる映像が流れ続けていた。
この結界を破らないとアリスを助けられない。
だけど、この結界を破ったら、俺が光魔法の使い手だと知られたら、俺は王家に殺される。
それでも躊躇したのは一瞬もなかった。
アリスを、助けたい!俺は8年ぶりに左手に力を込めた。
「ははうえ!にじー!」
俺が初めて光魔法を使ったのは、病弱だった母をなんとか笑わせたいという必死の思いからだった。
俺の左手から虹が生みだされた瞬間、母上も、周りにいた侍女たちもどよめいて、大騒ぎになった。
俺が光魔法の使い手だと判明してから、もともと病弱だった母は、なぜかますます弱っていって、俺が12才の時にはもう儚い命が尽きかけていた。
「アルーシャ。あなたは、恵まれたことに光魔法が使えるわね。」
「はい、母上。」
「それは、あなたの最大の力でもあるし、もしかしたらあなたを苦しめる種にもなるかもしれない。
あなたの力を悪いことに使おうとするような、つけこもうとする人間に出会うこともあるでしょう。
だけど、忘れないでね。
人を憎んでは駄目よ。憎しみは人を蝕むから。
許せないことがあったら、怒りなさい。怒ることは大切なこと。
きちんと怒って相手と向き合ってあげなさい。
どんな時でも、光はあなたを照らすから。
アルーシャ。光魔法が使えるからではなく、あなたは私の光なの。
どんなことがあっても決して自分を見失わないで。」
母上はそう言い残して息を引き取った。
俺には母上の死を悲しむ暇もなかった。
もともと平民で、王宮の側妃の中でも身分の低かった母上が死んだことを良いことに、王妃は俺を不貞の子だとでっち上げた。
父親である王は何も言わなかった。
俺は、継承権を放棄することと、王宮を出たら、生涯光魔法を使わないことを条件に男爵家に引き取られることが決まった。
もしも光魔法を使った場合には、反乱の意志ありと見なして、処刑されることを宣言された。
王宮を去る最後の日、庭園で泣いている一人の女の子と出会った。
迷子のその子は泣いていて、泣き止ませるために俺は、母上が死んでから初めて、そして人生で最後となるだろう光魔法を使った。
小さな虹を出しただけで、その女の子はあっという間に笑顔になった。
その笑顔がとても可愛くて、胸がドキドキした。
お茶会に招待されたということは王妃になれるくらいの身分の少女なのだろう。もう、会うことはないだろうと、俺はもう一度その女の子の笑顔を胸に焼き付けてそっと隠れた。
王宮から出る時も、ほとんどのものを持ち出すことは許されず、母上の形見のネックレスだけ握りしめて俺は王宮の門から出ようとした。
「おい、アルーシャ。」
王宮で俺を最後に呼んだのは、いつも憎々しげに俺を睨んでいる、あまり話をしたこともない半分だけ血の繋がった弟のアランだった。
「僕に婚約者が決まった。アリス・サーフィスだよ。さっきお前が庭で親しそうにしていた女だ。」
アランはとても王子とは思えないような歪んだ顔で笑った。