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WorstUnit~ワーストユニット~  作者: 最灯七日
第二章 魔女と最後の希望
8/50

2-1 最終通告

第一章のあらすじ


 国民が戦闘術をはじめとする文武を学ぶ帝国内唯一の教育機関・国立戦術学園。その4番目の分校であるコンティース支部デルタ校の戦士科剣術コースに在籍中のジャナル・キャレスは、成績不振のため学校教育総会から処分を言い渡されてしまう。

 その処分を帳消しにする唯一の方法が追試で50点以上を取ること。いやいや勉強するジャナルであったが、試験当日、錬金術科機工コースのいじめ騒動に巻き込まれる。

 絶体絶命(本人談)の危機に突如開花した『肉体を凌駕する力』。

 後にこの力をめぐって大きな事件に巻き込まれるとは知るよしもなく……

 時間が、ない。

 女は、倒れている中年警備員を見下ろしながら呟いた。

 厳密に言えばそれは人間の女ではなく、人間の身体にトカゲのような尻尾と鋭い鍵爪を足したような生物である。体型が女性のように見えるのでここでは便宜上女としておく。

 異形の女は優雅に宙を舞い、高度を少しずつ上げていく。だが、すぐに顔をしかめる。

(この程度の魔力では、あまり持ちそうにないな) 

 どうするか、と女は考える。

 一刻も早くやらなければならないことがある。そして、それは自分にしかできない事だ。

(「あの者」が『あの力』を手にしてしまう前に)

 女の身体がゆっくりと透けていく。どうやら彼女の言う魔力が不足しているせいで肉体が正常に維持できない状況にあるようだ。

(とにかくまずは生命維持のためのエネルギー源を確保することが先決だな。どうしたものか)

 女は考える。

 なるべくならば体力と魔力に溢れた、できればターゲットに近しい人間がいい。

 そして、「あの者」に私の存在を気づかれてはならない。尤も、今の時点では「あの者」どころか、人間共は私の存在すら知らないはずだ。

全ては、「彼」の魂を本当の意味で救うために。


(私は、「彼」を殺さなければならない)




 学校から徒歩5分。されど街の大通りから反対方向に位置するという微妙な立地条件の場所に学生寮『シェルブール』はあった。赤い煉瓦の古い大きな建物で、壁に所々ツタ植物がくっついているあたり歴史を感じさせる。

「……はあ」

 学生寮の入り口で、一人の男子生徒がため息をつく。

「なんで次から次へとやらかすかねえ、あいつは」

 男子生徒はもう一度ため息をつくと、寮の扉を開けて中に入っていった。




 日曜日をはさんだ翌日から自宅謹慎が始まった。寮の自室でジャナル・キャレスは特に何をするわけでもなく、ベッドに仰向けになってぼんやりと天井を眺めていた。

 室内、しかも寝転がっているのにもかかわらず、頭には赤いキャップをかぶり、すぐそばには同じ色のジャケットと、三角形の形をした学校の校章バッチが付いた黄色のパイロットマフラーが脱ぎ捨ててある。

『あなたには、その「力」を解放する義務がある』

 数日前に錬金術科のチンピラ学生たちの騒動で起きた出来事。謎の声と共に突如開花した「力」。ありえない跳躍力に、使い勝手の悪い剣で相手を一閃で片付ける、正に人知を超えた「力」。あれは結局なんだったのか。

 夢かどうかを確かめるべく、試しに寮の中庭でこっそりジャンプをしてみたりしたが、あの時のようには高く跳べなかった。ジークフリードにしても別に普段と変わった様子はない。

「でも確かにあれは夢じゃなかった。アリーシャだって見ていたんだ」

 力を増幅させる力。

 確か、追試前日の屋上で学園教育総会会長・ニーデルディアがそんな話をしていた。そんな常識外の力を持った魔族の存在。名前は確か、『アドヴァンスロード』。

 よく分からないが、人と魔族の大戦中に存在していたらしい魔族の事で、万物に置ける物理的・魔術的に働く「力」を増幅させるという絶大なる力を持っていたという。だが、その「力」は戦時中には発揮される事もなく、歴史の深い闇の中に消えたと、ニーデルディアは説明し、お守りにと小石をくれた。

 その後、チンピラとの戦いで一時的とはいえ、超人的な「力」が覚醒し、石は粉々になった。

「偶然、にしてはおかしいよなあ」

 仮説。ニーデルディアがくれたお守りには『アドヴァンスロード』の残留思念がこもっていた。これなら納得がいく。

 だが気まぐれとはいえ、もしその魔族の力が実在していたとして、そんな石をジャナルにあげた理由が分からない。誰にあげたっていいはずだ。

 思い起こせばニーデルディアは初対面の時もわざと殺気を放ってジャナルを挑発してきたりと、行動は謎だらけだ。

「実は、俺は総会長に戦士としての腕を見込まれている! これなら筋が通ってる!」

 明らかに通っていない。

「うるさいナレーションだな。つーかそれ以外考えられないだろうが。もしかしたら俺の隠れた才能が今」

「なーにブツブツ言ってんだ」

 声のする方を見ると、眼鏡をかけた黒髪の少年が立っていた。少年という割には顔つきがジャナルに比べて少し大人びた感じだ。

 ジャナルのクラスメイトである、イオ・ブルーシスだった。

「ノックしても返事がなかったから勝手に上がらせてもらったぜ。本当は来たくなかったけど」

「イオ! いやー、よく来たよ。俺、退屈で退屈でさ」

 さっきまでの考察は何処へ言ったのやら、ジャナルは嬉しそうに飛び起きる。イオはそんなジャナルを見て、呆れたようにため息をついた。

「遊びに来たんじゃないっての。で、ジャナル。謹慎くらった気分はどうだ? にしても切羽詰ってるのに追試サボるか、普通?」

「仕方ないだろ。カニスやアリーシャがあんな目にあっているというのに放っておけるかよ」

「ま、お前のそういうところは嫌いじゃないけどな。俺も機工コースの連中は気に入くわなかったし、今回の件でむしろざまあ見ろって感じだな。ああ、トム先生からこれ、預かってきた」

 イオはジャナルに真っ白い封筒を差し出した。

「これは?」

「詳しいことは知らないけど多分、総会直々に下されたお前の処分についての最終通告書だろうな。先生が忙しいから代わりに学級委員である俺がこいつを届けに来たってわけ」

「学級委員、ねえ」

 いかにも恩着せがましい言い方だ。そもそもイオは基本的に自分に見返りのない事は一切引き受けない性格である。学級委員になったのだってたまたま休んでいたときに押し付けられ、本人もまあ、内申のためだとしぶしぶ引き受けたに過ぎない。追試のときに勉強を見てやったことにしたって別にジャナルのためにやったわけではなく、自分を含むクラス全員に対する総会の嫌がらせを最小限にとどめるためにしただけである。

 受け取った封筒をこじ開け、中に入っていた紙を開くと、きちんと整った字でこう書かれていた。


『国立戦術学園コンティース支部・デルタ校 戦士科剣術コース第8学年 ジャナル・キャレス


 審議の結果、明日午後7時当校地下多目的訓練場にて最終試験を実施する。

 尚、遅刻・欠席や試験不合格の場合は放校処分とするので時間は厳守すること。


 デルタ校 学校長 トラン・グラビット』


「よっしゃー! 天は俺を見捨ててなかった!」

 ジャナルは大声で叫んだ。

「喜ぶのは合格してからだろうが。こっちはお偉いさんの監視以外にもいろいろ大変なんだぞ」

「大変? 何が?」

「あー、お前謹慎中だから知らなくて当然か。」

 イオは、勝手に室内の椅子に腰を下ろした。

「新聞でニュースになっているんだけどな、週末から学校周辺で貧血症状でぶっ倒れる奴が増えてるんだと。原因はみんな魔力欠乏症」

 ここでいう魔力とは魔術を使うための力で、魔術は精神力を魔力として変換して使用する。その精神力が不足すると頭がぼんやりしたり疲労感に襲われたりする症状が、傍から見ると貧血とよく似ている。

「週末……ちょうど俺が謹慎言い渡された辺りか。なんだろ、変な病気でも流行り出したのか?」

「かもな。あのお偉いさんが帝都から変なウイルスを持ってきたって噂も流れてるけど、問いただせないしなあ。大体根拠が無さ過ぎるし」

「あー、なるほど」

 ジャナルが意味深な相槌を打った。そして、やたら自信たっぷりだが信用ならない表情でにやりと笑う。

「なるほど、今回の事件は俺が原因を掴んでぱぱっと解決するって話なんだな!」

「そんなわけあるか!」

 絶妙のタイミングでイオの冴え渡ったツッコミが入った。

「何ヒーロー気取ってるんだ、お前は。というか、お前が起こした追試騒動でどれだけの余波が来てるのか知らないのかよ?」

「何だそりゃ?」

 イオの意外な発言にジャナルは問い返した。

「まず担任のトム先生は始末書に終われて授業どころじゃない。それで俺たちのクラスは槍術コースと合同で授業やってたんだけどな、あそこの先生めちゃくちゃ陰険だろ? 今日もうちのクラスのカーラともめまくって大変だったぜ。錬金術科の方じゃいじめ調査みたいなのやってるようだし、それから一番空気悪いのはウチの2コ下の学年だな。」

「2コ下?」

 ジャナルたちは8年生なので、2コ下は6年生になる。ジャナルの弟が所属しているクラスであった。

「そ。お前の弟、今回の件で苦労しているみたいだぜ」

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