表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/28

4/12話 ☆ 執着愛 ~stalking~

前回のあらすじ。


めがねが失禁した。

1.


夏の7月は、恋の季節。日に目に見えて、気温が上がり、ハートの温度も、急上昇。

夏の盛りは、命の盛り。やがて迎える真夏に向けて、すべての命が、活動的に。

恋も盛りを、迎えます。

ほら、ご覧なさい。あそこにも。いかにも体温の高そうな、熱血ボーイが。

決闘に挑む、戦士のような。決意を込めた、面持ちで。

可憐な女の子の前に立って、おりますよ、っと。

「お初、お目にかかるっス!自分!カラテ部三年!定家庵臼(ていけいおうす)っス!」

押忍!角刈りの、ガッチリたくましい熱血ボーイが、お腹の前で交差した拳を左右の腰に引き付けます。カラテの人の、挨拶の仕方ですね。

カラテをやっている人は、ついつい日常生活の中でも、これをやってしまうものです。それだけ、熱血カラテボーイは今からすることに対して、真剣なのでしょう。

「自分!この4月から!!貴女のことを!失礼とは、思いながら!!ずっと、ずっと、見させて頂いて、おりましたッス!!本日は、自分!貴女に!折り入っての、お話があるッス!」

良いですね、この、飾り気のない、ストレートな物言い。

これだけで、この角刈りボーイの、誠実な人格が伝わってくるようです。

「(ど、ど、どうしよう!これってやっぱり、アレ、だよね!?)」

折り入ってのお話を訴えられている可憐な女の子、高木里美(たかぎさとみ)さんは、キョロキョロと先ほどから助けを求めるように、落ち着かない様子であたりを見回して、ドキドキしています。

その傍らには、お友達の梶田幸恵(かじたゆきえ)さんと、ちいさなかわいらしい、ひよこさん。二人もドキドキしながら、見守っているようです。

「高木里美さん!自分!貴女に惚れましたっす!ぞっこんっス!是非、是非!自分を!弟子にして欲しいっス!!」

「ご、ごめんなさい!私、私…他に、好きな人がいるんです!いきなりだし、先輩だし、角刈りだし、まだ、弟子としてのお付き合いなんて…弟子ィ!?」

すっかり「アレ」だと思い込み、戸惑いながらも丁重にお断りする流れに入っていたサトミさんは。突然飛び出した予想外の単語に、思わず声が裏返ります。

角刈りマッチョはそんなサトミさんに構わず、折り入ってのお話を目を輝かせて熱く語り続けます。

「弟子っス!高木さ…いや、お師匠!お師匠は、素晴らしいストーカーっス!自分も、お師匠のような、立派なストーカーになりたいっス!自分を、ストーカーの弟子にして欲しいっス!!」

「ふざけんなこのガキャーッ!!」

サトミさんの本気の右ストレートが炸裂し、熱血角刈りはあえなく轟沈してしまいました。

仕方ありませんね。純な乙女をムダにドキドキさせた罪は重いのです。

今回の主役もまた、強烈な変態が現れたようですね。



2.


熱血角刈りボーイ・定家先輩が楽しくノビてしまったため、殴ってしまった手前、放置することもできず。

サトミさんたちは仕方なく、先輩を保健室へ運び込むことにしました。

カラテで鍛え上げられた定家先輩は可憐な女子中学生二人が運ぶには少々、重すぎましたが。ひよこさんがほいと持ち上げると、頭の上に乗っけて、なんなく持っていってしまいます。

「ピヨコットちゃん、力持ちだねぇ…。」

「小さいのに、すごいー。」

二人は、目を丸くしてついていきます。

保健室の白いベッドに放り込まれた定家先輩は、「うーむ。」と唸りながら鍛え上げられた大胸筋を張りだし、なにやらセクシーなポーズで悶えています。

ひよこさんは無言で頭を振り上げます。

「気持ちはわかるけど、いぬパンチはダメだよ!!」

慌ててサトミさんが止めに入りました。

「むぅ…フフフ…。」

定家先輩は自分の命の危機にも気づかず、楽しそうな笑顔を浮かべながらくねくねと悶えています。

それを見下ろす三人に、イラっとした空気が流れました。

サトミさんと幸恵さんが目配せし合い、それぞれ左右の腕を押さえつけ、ひよこさんが先輩の顔にのぼります。

眠れる変態の額に、ひよこさんのくちばしが遠慮なく振り下ろされました。

「ぎょわ。」リアルな悲鳴を上げて、定家先輩が跳ね起きます。その勢いで腕を押さえていたサトミさんと幸恵さんが跳ね飛ばされ、ごちんと頭をぶつけ合いました。

ひよこさんは床に転がり落ちています。

しばらくの間、部屋にいる全員が無言で頭を抱え、ダメージの回復を待ちました。マッチョ恐るべし。

サトミさんは額を押さえつつ、涙の滲んだ目で定家先輩の様子を窺います。先輩はイマイチ状況が掴めず、キョロキョロしているようです。

「あ、定家…、センパイ?すいません!その…。大丈夫ですか?」

乙女の心を弄んだ報いとは言え、いきなり初対面の人を殴り倒してしまったサトミさんは、さすがに申し訳なさそうに定家先輩の顔を覗き込みます。

定家先輩はしばらくボンヤリと、サトミさんの拳がめり込んだ鼻のあたりを撫で回していましたが。

目の前の相手がサトミさんと把握するが早いかベッドから飛び降り、床に頭を打ち付けるようにして平身低頭、サトミさんの前にうずくまります。

「お師匠!先ほどは大変、失礼したッス!突然お声かけしたご無礼、お怒りはごもっともッス!自分!バカなもので!どう、お願いしたらよいか、わからなくて!!どうか、どうか、お許しいただきたいッス!」

定家先輩が、ガン、ガン、と床に頭を打ち付ける鈍い音が、保健室に響き渡ります。

「センパイ、センパイ!あの、私、怒ってませんし、その、私こそいきなり殴ってごめんなさい!ですし、とりあえず、落ち着いて。頭、上げてください、ね?」

このままでは保健室に土下座したまま額の割れた変死体が発生しかねないので、サトミさんはわりと真剣に定家先輩を止めます。

涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で、定家先輩はサトミさんを見上げました。

「弟子入りの、ご許可を、頂けるッスかぁ…。」

涙声で、定家先輩が訴えます。

「いやその、ゴキョカ?っていうか…。話がよく、見えないんですけど…。」

当然の反応ですね。とりあえず、定家先輩に事情を説明して頂かないと。話が、サッパリわかりません。

「お師匠。自分は、お師匠のような、立派なストーカーになりたいんス。お師匠は、自分の知る限り、最高のストーカーっス。ある時はしつこく尾行し、ある時は罠を仕掛けて待ち構え。また、ある時は直接、相手に必殺技は何かと個人情報を尋ね、さらにある時は背後から、全身でぶつかって行く。時に大胆に、時に繊細に。あんなとんでもないストーカー行為されたら、相手だって意識せざるを得ないッス。お師匠は、ストーカーの中のストーカーッス!!」

定家先輩は瞳をキラキラさせて、憧れのプロ野球選手を見つめる少年のような眼差しをサトミさんに向けています。

「わ、私はストーカーじゃないよ!?ストーカー行為なんて、してないもん!?」

サトミさんは、思わず腰かけていたパイプ椅子から立ち上がります。背後で、パイプ椅子がパタッと倒れました。相当、動揺しているようです。

「いーや!お師匠は立派なストーカーっス!この辞書によると、好意を持った相手の気を惹くために、される相手の気持ちを顧みず繰り返される自分勝手な迷惑行為を、、ストーカー行為というらしいっス!!つまり、お師匠のやっていることは、ストーカー行為以外のなんでもないっス!!」

カバンからわざわざ辞書を出して広げている定家先輩に悪気はないようですが、これはちょっと。恋する中学2年生女子13歳に対して、酷な現実を突き付け過ぎではないででしょうか。

「(んー、ちょっと違うような気もするけどー。だいたいあってる、ようなー。)」

幸恵さんは、「ストーカーじゃないー!!ばかばかばかー!!」と、半泣きでじたばたしているサトミさんを、しばらく面白そうに見ていましたが。

「それでー、センパイはー。なんでそんなに、ストーカーになりたいんですかー。」

冷静さを完全に失ってしまったサトミさんにかわり、肝心なところ質問し、話を進めてくれます。

ずい、と前に出てきた幸恵さんの顔に、定家先輩は「ウッ。」と唸ると、慌てて顔を背けました。何やら、耳まで真っ赤で唇は震え。体格のよいマッチョが雨に濡れた子犬のように頼りなく小さくなってしまい、今にも消えそうな細々とした声を発します。

「そ、そ、そそそそ、それ、はぁ、じっ!自分、がっ!じょ、女性が大の、苦手で!まともに、向かい合って、は、は、話せないほどでっ!!」

しどろもどろに、定家先輩が語った内容は、以下のようなものでした。



彼、定家庵臼先輩は、幼少時より。厳しいカラテの修練一筋の道に打ち込む人生を送って来ました。その甲斐あって、昨年度、遂に地区大会にて個人優勝。夢だった全国大会への出場も見事、果たしたのですが。

大きな目標をやり遂げて、ふと自分の人生を振り返った時。そこには、カラテしかなかったことに、14才の彼は気づいてしまったのです。

立派なマッチョボディーを持つとはいえ、彼だって心は思春期真っ盛りの男子中学生。中学最後の年を迎え、カラテ部の引退という現実も意識されるほど近い未来になった、今この時。

自分の中学での三年間は、果たして、カラテだけで終わってしまって良いものだろうか?このままカラテだけに打ち込んで、最後の夏の大会が終わった時。自分には、ひょっとして、何も残っていないのではないか。もっとこう、ときめくような、中学校の思い出を作っておいた方が、良いのではないか。具体的に言えば、女の子と仲良くしてみたい!

定家先輩がその考えに行きつき、思い悩んでしまったのを、誰が咎める事ができるでしょうか。

定家先輩は、なんとなくその言動から察することのできる通り、思い込んだら、一直線。

自分の気持ちにウソはつかず、果敢にチャレンジするタイプでありました。

自然、三年生に進級してからの彼は、今まで目もくれなかったクラスの女の子たちに、積極的に語りかけようとしたのですが。

ああ、そこは、カラテバカ一代の悲しさ。定家先輩は女の子と目が合っただけで緊張に身体が強張り、どんな強敵相手にも臆することのなかった鋼の肉体がガクガクと震え、ろくに言葉を発する事もできない体質として、既に完成してしまっていたのでした。

中学生らしからぬ筋肉ボディーに全国大会出場の実績。彼に好意を抱く女生徒も実は少なくなかったのですが。これによって、定家先輩の株は大暴落。キモ童貞角刈りマッチョとして、完全に女生徒たちの間でキャラクター付けがされてしまったのです。

こんなことじゃ、自分は一生、女性と仲良くするなんて。まして、お付き合いするなんて、夢のまた夢ッス。定家先輩がそう諦めかけ、カラテを恋人として生きる決意を固めようとした、その頃の事でした。

日課の走り込み中の定家先輩は、聞き慣れない轟音を耳にし。訝しく思い、その角を曲がります。

そこには、電柱に頭から突き刺さった女の子の姿と。振り返りもせずに涼しい顔で去っていく、イケメンの姿がありました。

果たし合い?いや、そんなワケはない。しかし、ではこれは、なんなのか。

その理解不能な光景は、理解不能なまま。しかし、定家先輩の心に、強烈な印象をもって刻み込まれたのでした。

その日から、定家先輩は走り込みの度に、その角で毎日起きていることを観察するのが新しい日課となりました。

その女の子はイケメンにまるで相手にされていないように見えるにも関わらず、毎日、毎日、手を変え品を変え、イケメンへの果敢なアタックを繰り返します。

時に文字通り物理的に、果敢なアタックを仕掛けては電柱に突き刺さる女の子を見ているうちに、定家先輩の心にその女の子に対する、敬意と憧れの気持ちが宿るようになっていきました。

それは同時に、定家先輩の心に、一筋の希望の光を差し込ませました。自分は、言葉で女性に気持ちを伝えることができない。しかし、アレなら。有り余る体力にモノを言わせて、否応なしに好意を示すあのやり方なら。自分にも、出来るのではないか。むしろ、カラテバカの自分には、最適なのではないか。

そう考えた定家先輩は、さっそく次の日から。クラス女生徒を待ち構えては、頭から突撃するようになりました。あの女の子と同じように、電柱に刺さっていれば。いつか相手も、自分の好意に気づいてくれるのではないか。その想いが、定家先輩を日々、電柱の破壊へと走らせます。

しかし、当然ながら。定家先輩の行為は、女生徒達から「キモい」「ウザイ」「クソストーカー」と、K・U・Kの最低評価をマークされることになりました。

何故ッスか。自分は、ただ。あの子と同じように、一生懸命、好意を示そうとしているだけなのに。何故、誰もわかってくれないんスか。キモい。ウザイ。クソストーカー。これは、ストーカーという行為なんスか。あの女の子は、なんでストーカー行為なんてしているんスか。

とぼとぼと歩く定家先輩の前で、今日もあの女の子は、音速と見紛うようなスピードで電柱に突っ込んでいきます。

「美しい…。」

なんて、ひたむきな姿なんスか。それは、カラテ一筋に打ち込んできた定家先輩だからこそわかる、ムダなく完成された動作の美しさでした。何かを一生懸命やっている人の姿というのは、それがなんであれ、美しいものなのです。

「(なんであの女の子は、あんな風に迷いなく、ストーカー行為を行えるんスか。なんで、あんなにストーカー行為に、一生懸命になれるんスか。自分なんて、あの女の子に比べたら、ゴミッス。足元にも及ばない、クソストーカーっス。だから、みんなからもそう言われるんス。)」

定家先輩はいつの間にか、涙を流していました。

「(自分がどれだけ、カラテを真面目にやって来たと言えるんスか。最後の夏を前にして、ブレブレじゃ、ないっスか。中途半端。自分は、中途半端ッス。全国大会出場。出場って何っスか。入賞すら出来ず、負けて帰ってきただけじゃないっスか。)」

ハラハラと、定家先輩の双瞼から、熱い涙がこぼれ落ちていきました。

「(自分は、イチからやり直すべきっス。もう一度、初めてカラテの道場へ入った、あの日のように。中途半端に何かをやり遂げた気になっていた驕りを捨てて、一心に、ストーカーすべきっス。そう…あの、女の子のように。あの、女の子ように、自分はなりたいんス!!)」

そして、一世一代の決意を固めた定家先輩は、カラテ選手としての誇りすら、かなぐり捨てて。あの女の子、つまり、サトミさんへの弟子入りを決断するのでした。



定家先輩がつっかえつっかえ、たどたどしく語った内容は、いろいろなところが論理的におかしいような気がしましたが。

一応の筋は通っているし、なにより定家先輩の真面目で誠実な人柄が窺えて。

そのぶっ飛んだ思考回路のわりには、案外に納得できる話として二人にすんなりと受け入れられたようでした。

とりあえずサトミさんは、さっきから非常に引っ掛かっていて、一番すんなりと受け入れられない部分について、質問します。

「…で。定家センパイは。なんで私とはフツーに話せるんですか?」

はい。気になりますね。なんか、すごく失礼な答えが返ってきそうな予感がします。

「とんでもない!!お師匠は自分にとって、お師匠であって、女性じゃないんス!!個人的にお付き合いしたいとか、いやらしい目で見たりとか、これっぽっちもそういう気持ちが起こらないっス!!純粋に、尊敬できるストーカーとしてしか、お師匠のことは見ていないっス!!」

定家先輩は堂々と胸を張り、主張しますが。

「わたしのことはー、いやらしい目で、見てるんですかー?」

幸恵さんに話しかけられたとたん、真っ赤になって、しおしおしおしおと萎んでしまいます。

「ちちちち、違う!、っス…。じ、自分!断じてっ!むっ、胸とか、見てない!…っス…。」

胸とか見てたんですね。正直な方です。

「なんだろう…。なんか、わかんないけど、ムカつく!!」

サトミさんは、どこか納得のいかないものを感じていました。



3.


とりあえず、定家先輩のダメージは命に別状のないレベルのようなので、サトミさんたちは帰ることにしました。

定家先輩は、とりあえず弟子とかは置いておいて。

サトミさんたちと、しばらく一緒に行動することになったようです。

言動と思考回路にはかなり問題があるようですが、少なくとも悪い人ではないようですし。

なにより、恋愛に対して純粋な憧れを抱いている姿、異性に接する時の不器用な姿に、サトミさんはどこか、自分の姿を重ねて。

シンパシーに近いものを感じているようなのでした。

いつも通り、サトミさん、幸恵さんが並んで歩き、その後に、とことこ、ひよこさん。そして少し距離を置いて、定家先輩。先輩はサトミさんの一挙手一投足を見逃すまいと、メモ帳片手に真剣な眼差しを向けています。

「(なんだか、なぁ…。)」

幸恵さんと談笑しながらも、サトミさんの足取りはどことなくぎこちなく。やはり、定家先輩の視線を意識せずにはいられないようです。

やがて、ふしぎな一行はいつもの角に近づきました。サトミさんの前髪に、びびびとイケメン反応が起こります。

「いる!!」

サトミさんの表情が変わります。先ほどまでの可憐な女子中学生と同じ人間とは思えないような。極限まで集中力を高め、五感をフルに活用しているその姿は、あたかも猟銃を覗くハンターにも似て。

サトミさんのしなやかな肉体は必要な部位の筋肉の緊張を溜めながらも、これから起こりうるあらゆる事態に即、反応できるよう、固まらず、大型の肉食獣のような緩やかさを保ち。

知性と、野性。理性と、蛮性。

相反する二つの狩人が、サトミさんの華奢な身体の中で高度に結合しあい、その佇まいはさながら、武道の達人のよう。

雰囲気を察した幸恵さんは、危なくないようにひよこさんを抱き上げて、道の隅へと身体を寄せます。

「(ただならない雰囲気っス!いったい、なにが始まるんスか!)」

定家先輩は、固唾を飲んでサトミさんを見守っています。

角の向こうの足音。体温。呼吸。気配。見えない相手から伝わってくるあらゆる情報を、コンクリート塀越しにサトミさんは、まるで見えているかのように捉えています。

恋する乙女に、不可能はありません。

あと、3歩、2歩、1歩。

じりっ、じりっ、じりっ。

「(今!)」

爆ぜるように、サトミさんの身体が駆け出します。

溜めるに溜めた力を一気に解放した、最高速のスタートダッシュで飛び込んだ、曲がり角。

しかし、ぶつかるはずのイケメンの姿はそこにはなく。

「(後ろ!?)」

背後に立つ人の気配を感じ、振り返ったサトミさんは、勢い余ってその場でグルグルと回転してしまいます。

「大丈夫?」

イケメンな方は目の前で高速スピンしているサトミさんに手を伸ばすと、オデコに優しくポンと置き、回転を止めました。

サトミさんは計らずとも、憧れのイケメン。新帝圭二(しんていけいじ)さんと真っ正面から向かい合う形になってしまいます。

「(なっ、なんて、高度な駆け引きなんスか!これが、一流のストーカー行為というものなんスか!)」

本人もカラテの凄腕である定家先輩には、二人の動きがはっきりと見えていました。圭二さんが曲がり角から姿を表すジャストのタイミングで正面衝突しに飛び込んでいったサトミさん。

それを、たった2歩。右斜め、左斜めと最小限の足運びだけで回避し、無防備なサトミさんの背後をとった、圭二さん。

定家先輩は、ストーカー行為の奥深さに改めて、感動を禁じ得ない様子でした。

「あなたの弱点はなんですか!?」

想定外に圭二さんと見つめあってしまったサトミさんが、パニックを起こして叫びます。

「背中、かな…。」

イケメンが律儀に答えるが速いか、背後にすかさず回り込もうとしたサトミさんが、圭二さんに頭を押さえられてバタバタともがきます。

「まだ、脳の揺れがおさまらなくて混乱しているようだね。」

優しいのか酷いのか判断の難しい台詞を、いつもこのイケメンは発しますね。

「(あれはいつも通りだよー。)」

幸恵さんはまだもがいているサトミさんを見ながら、思うのでした。

「…で。今度はいったい、何を始めたの。」

圭二さんが、ゴミのポリバケツの陰に収まりきらない身体を隠して、真剣な顔でメモをとっている定家先輩の方へ視線を飛ばします。

圭二さんの意図するものに気づいたサトミさんが、あっ、と言いかけるより早く、定家先輩が立ち上がり、押忍!と挨拶をしてしまいました。

「お初、お目にかかるっス!自分、本日からお師匠のストーカーの弟子になりました、定家庵臼ッス!お師匠のストーカー相手のイケメンさん、どうぞよろしくご指導、お願いするっス!」

勢いよく、定家先輩が頭を下げます。

あまりの事態に、サトミさんは、目の焦点が合っていません。

「おもしろいね。」

圭二さんはフッと微笑むと、動揺するサトミさんの頭を優しくポンと叩き、定家先輩に頭を下げさせたまま行ってしまいました。


「さすがはお師匠っス!見事、イケメンの方の弱点を聞き出すとは!最初に背後をとられたのもひょっとして、計算のうちだったんスか!?感動したっス!」

嬉しそうに駆け寄ってきた定家先輩がサトミさんの両手を握り、ぶんぶん振りながらファインプレーを讃えますが。

おや。サトミさんは、邪険に定家先輩の手を振り払ってしまいました。

「…ばか。」

震えるサトミさんの唇から、言葉が漏れ出しました。

「ばかばかばか!ばか!ばか!なんであんなこと言うの!?なんであんなことするの!?絶対圭二くんに変な人だと思われた!嫌われちゃうよ!ばかばか!ばかー!!」

地団駄を踏んで怒りだしたサトミさんの前で、定家先輩はおろおろと対応に困っています。

「(それはもう、手遅れだと思うけどなー。)」

幸恵さんは慣れているので、冷静です。

「圭二くんの前でストーカーとか、弟子とか、変なこと言わないでよ!!私はストーカーじゃないっていってるじゃん!なんでわかってくれないの!?私は、先輩のお師匠じゃない!もう絶対ついてこないで!!ばかー!」

サトミさんはわーっと泣きながら、走って行ってしまいました。

定家先輩は困った顔で、突っ立っています。

「まあ、あれはいつも通りなんでー。心配、ないんですけど。とりあえずわたし、追いかけますねー。」

幸恵さんは、ピヨコットちゃん、行こー。とひよこさんに声をかけ、行ってしまいました。

いつもの角に、ひとりぼっちの定家先輩だけが、残りました。


<なんだおまえ。きょうはずいぶん、53まんおんなにやさしかったな。>

(ゴウ)ッ、と黒い焔の竜巻が巻き起こり、道行く圭二さんの隣に黒いひよこさんが姿を現します。

<ほかのおとこをつれてたから。しっとか。>

黒いひよこさんは楽しそうに、ヘラヘラと笑っています。

「別に。」

圭二さんは、例によって軽く流してしまいました。

「ただ、さすがに。今後、二人につけ回されるのはちょっと、ウザいかな。」

圭二さんの左眼が、怪しい赤い光を放ちます。

<また、わるだくみか。おまえはほんと、サイテーでたのしいにんげんだな。>

黒いひよこさんは、クックと怖い笑いかたをするのでした。



4.


定家先輩はひとり、とぼとぼと歩きます。鍛えられた広い背中がしょんぼりと、今はすっかり、小さくなっていました。

「何が…いけなかったんスか…。」

あんなに、お師匠が怒るなんて。きっと自分は、すごくまずいことをしてしまったのに違いない。定家先輩は、必死に考えます。

「ストーカーは、挨拶をしたらいけなかったんスか…?」

カラテバカ一代の悲しさ。定家先輩には、難しいお年頃の女子中学生の気持ちなんて、さっぱりわかりません。お辞儀の角度が浅いのが礼を失していたのではないか、などと、さっきから、かなりズレたことを考えています。

わき目もふらずカラテだけに必死に打ち込んできた定家先輩にとって。下心がまったくなかったとはいえ、可憐な女の子と一緒に行動するなどというのは、まったく初めての経験でした。先程まではそれはもう、わくわくの、ドキドキで。うれしいような、恥ずかしいような、この上なくふわついた気分だったのですが。

今の定家先輩には、「女の子を泣かせてしまった」という、これもまた経験したことのない、苦い気持ちだけが残っています。

こうスか。いや。もっとッスか。定家先輩は真面目な顔でお辞儀の練習を始めてしまいましたが、突然。

その背後から、何者かがどーんと、定家先輩を突き飛ばします。

「(お師匠!?)」

さすがはカラテで鍛えた定家先輩。完全な不意討ちにも無様に転んだりはせず、2・3歩よろけただけで、すぐに振りかえり、カラテの構えをとります。

定家先輩の前には、一頭のいのししさんが。

ぶもっ、ぶもっ、と鼻を鳴らしながら、前脚でザッザと砂を掻いていました。

<おいっ!きさま!こいに!なやんで!いるの!かーっ!!>

いのししさんが、だん!と地面を踏み鳴らし、叫びます。

「え…。自分、恋、なんて…。」

定家先輩はこの突拍子もない事態に若干動揺していましたが。

いのししさんの言葉に、悲しそうにしょんぼりと。

肩を落としてしまいました。

「自分、女性とうまくお話、できないんス。恋なんて、できないスよ。今日だって、頑張ってストーカーしようとしたのに、師匠に怒られてしまって。きっと、一生恋なんて、できないんス。」

定家先輩はすっかりいじけてしまっています。

<こいに!なやんで!いるのだ!なーっ!!>

いのししさんはお構い無しに、だん!と地面を踏み鳴らしました。

「え。いや、ですから。自分は…。」

言いかけた定家先輩に突然、いのししさんが頭から突っ込み、突き飛ばします。

<こいに!なやんで!いるのだ!なーっ!!>

<こいに!なやんで!いるのだ!なーっ!!>

完全に意表を突かれてうしろによろける定家先輩に、いのししさんは否も応もなく、次々と体当たりを食らわせ。何処かへと運び去っていきます。

「(なんなんスかこのいのししは!なんで、人の話を聞いてくれないんスか!)」

ええ、定家先輩にそっくりですよね。

「(自分いったい、どこに連れていかれるんスかー!?)」

頑強な定家先輩が、生まれて初めて恐怖を感じていました。

<スーパーラブチャンス!>


『猪ぶつかりマラカス揺れる、女神の奇跡、ここに()れ。砕けろ岩石、舞い散れ飛礫。アーメンゴキゲン、ヒャーウィ☆ゴー!』


第三の御遣いが神器・巨岩のマラカスを揺らすと、宙に浮き上がった岩石が互いにぶつかり合い、砕け、小さな石礫となって乾いた音を立てる。


気がついた時。定家先輩は、板張りの床の上に倒れていました。

むう…?と頭を振って、何があったのかを思い出そうとします。

「(そうス。あの変ないのししに突き飛ばされてるうちに、どこかで頭をぶつけて、気を失って…。)」

で、どこなんスか、ここは。定家先輩はまだクラクラする頭であたりを見回します。

「これは…。」

その光景には見覚えがありました。否。忘れるはずもありません。定家先輩は幼き日、お母さんに手を引かれて初めて行った、カラテ道場。あの日と寸分の狂いもなく、まったくそのままの、その道場の真ん中に立っていました。穴の空いた床を補強している、ビニールテープ。壁にずらりと並んだ、道場生の名札。見上げるように高かった、天井。すべて、定家先輩の記憶にある、そのままです。これはいったい、なんの奇跡でしょうか!

定家先輩は壁にかかっている、道場生の名札のひとつを手に取りました。山本リンダ。たしか、山本先輩は。もうずっと前に、カラテをやめたハズじゃ、なかったっスか。その他にも、懐かしい名前が。壁には、ずらりと並んでいます。

「何用か、少年。」

定家先輩はハッと、声のした方へ振り向きます。そこには、白いカラテ着を着た老人が。壁にかかった神棚の方を向いて、正座していました。

「あ…。すいません、失礼しましたっス。えっと…。」

自分にすらよくわからない事情をどう説明したものか。困惑する定家先輩に、老人が背を向けたまま、声をかけます。

「この、須藤家(すとうか)道場に人が訪れたのは、初めてのことだ。ここへは、本当にそれを望む者しか入ることはできん。」

ゆっくりと、老人が定家先輩の方へ向き直ります。ああ、その顔は。何年も前に亡くなったはずの、カラテのお師匠様ではありませんか。

須藤家(すとうか)を目指すか。道は険しいぞ、少年。」

お師匠様は厳しいながらもどこか優しさを感じられる、あの日と同じ口調で、定家先輩に言葉をかけました。

「押忍!!」

背筋を伸ばし、迷うことなくカラテの挨拶をする定家先輩は、既にそれまでの定家先輩ではなくなっていました。



5.


翌朝。学校へ向かう道すがら、いつもの角に差し掛かったサトミさんたちは。白いカラテ着をきたおじいさんを肩車して、中腰でじりじりと進んでいる、同じく白いカラテ着姿の定家先輩を見つけました。

明らかに異様な光景ですが、定家先輩はもともと変な人だったので、「(カラテの修行、かな…?)」くらいに思ったサトミさんたちは普通に近づいていきます。

「あの…。」

気まずそうに、サトミさんが声をかけます。

「定家センパイ。昨日はその。すいませんでした。私…センパイ酷いこと言ってしまって。その…。」

「話しかけないで欲しいッス。今、自分。修行中ッスから。」

サトミさんの言葉を遮るように、定家先輩が言い捨てます。その目は、サトミさん方を見てすらいません。

「自分は、須藤家(すとうか)の道を極めるんス。須藤家の道は長く、険しいんス。もう、迷って無駄にできる時間は1秒だって、ないんス。」

真剣そのものの表情で、定家先輩は狂った台詞を言っています。

その間にもなにかに取り憑かれたように、先輩はじりっ、じりっ、と中腰のまま、進み続けていました。

「須藤家の基本は、足腰。須藤家への道は、足腰から。」

ブツブツと繰り返しながら去って行く定家先輩を、なんとも言えない表情でサトミさんは見送ります。

「須藤家って、なにー?」

サトミさんの疑問を、幸恵さんがかわりに口にしました。


定家先輩は昨晩から一睡もせず、「お師匠様」から次々与えられる修練を黙々とこなし続けていました。それは、カ

ラテで鍛えた定家先輩にも正直、楽にこなせるものではありませんでしたが。不思議と定家先輩の心は晴れやかで、修行に集中することが出来ました。

「(修行がこんなに楽しいなんて。こんな気持ちになったのは、カラテを習い始めたあの頃以来ッス。)」

定家先輩の目は、小さな子供のようにキラキラと輝いていました。

定家先輩はそれ以来、雨の日も、風の日も。1日たりとも休むことなく、修行を続けました。

学校に姿を見せなくなった定家先輩を心配して、時折、サトミさんたちが様子を見に現れますが。

先輩はまるで取りつくシマもなく、黙々と、修行に打ち込んでいます。

そして、7月の終わり。

学校では終業式のあったその日の夜、定家先輩は道場でお師匠様と向かい合っていました。

庵臼(いおうす)。よくぞここまで、わしの修行についてきた。」

「はっ!」

定家先輩は(かしこ)まり、お師匠様に深々と頭を下げます。

「今宵より、辻へ出る。須藤家の実践じゃ。」

「はっ!」

大きな定家先輩の身体が、ぶるぶると喜びに震えました。


深夜に白いカラテ着姿の男が、ふたり。

道の角からじっと、様子を伺うように視線を飛ばしています。

視線の先には、美しい一人の女性。

六道(りくどう)アリス。28歳、独身。小学生の頃よりジュニアアイドルとしてグラビアで活躍、のちに芸能界デビュー。現在では主に埼玉のご当地アイドルとして活動を続けており、一部のコアなファンから絶大な人気を誇る。」

お師匠様は「須藤家メモ」と書かれたメモ帳をパラパラとめくり女性のデータを読み上げます。

「わしの持つデータの中で、最大の大物。そして…。」

お主の標的じゃ。お師匠様が、定家先輩の肩に手を置きます。

定家先輩の目は、既に道の先を歩いて行く女性に釘付けです。

「(なんて…綺麗な人なんスか!)」

定家先輩は信じられない気持ちで、女性を見つめていました。

流れるような輝くロングの黒髪に、均整の取れた細身の、スラッとしたスタイル。文句なしの100%美人が、そこにはいました。

「(あんな綺麗な人、見たことないッス。アイドル?テレビとかに出てる人なんスか。あんな綺麗な人を、自分が須藤家(すとうか)する。これは夢ッスか。奇跡ッスか。)」

定家先輩の胸の鼓動が早鐘を打ち、息が荒くなります。

そんな定家先輩の様子をみてお師匠様は優しく微笑み、「ほれ、はやく追跡せねば。行ってしまうぞ。」と定家先輩を促します。


深夜の街にコツ、コツと響く、ハイヒールの音。

そのあとをペタ、ペタとつけ回す、はだしの足音。

女性は時折、ちら、と不安そうにうしろを振り返り、その美しい顔を曇らせます。

その度に定家先輩は、気絶しそうな衝撃に襲われるのでした。

「(あんな綺麗な人が、自分を意識してくれているっス!)」

「(まだ始めたばっかりなのに!須藤家すっげえッス!こんな興奮は、カラテの試合にだってなかったっス!)」

定家先輩は既に、人としての道を誤り始めています。

20分ほど続いた静かな追跡劇は、女性がマンションに入っていったことで惜しくも終了してしまいました。定家先輩は残念に思いながらも、身体に残る興奮を押さえる事ができない様子でマンションを見上げています。

「ほれ。」

お師匠が指し示した窓のひとつに、灯りが灯りました。

「8階の、3号室。そこが、あの娘の住まいじゃ。」

なんでもないことのように個人情報を伝えてくるお師匠様を、驚いた顔で定家先輩が見つめます。

「(なんという、知的で冷静な分析をするお方なんスか!あとをつけたのは、この為。あの女性がひとりでマンションに入る機会を狙って監視することで、どの部屋に住んでいるかをあっという間に突き止めた。自分には、到底考えつかない発想ッス!)」

定家先輩の気持ちを察したように、お師匠様が語ります。

「須藤家奥義の1ツ、見上げ窓。庵臼よ、須藤家たるもの。行為を楽しみつつも、常に感覚を研ぎ澄まし、標的の情報を集めることを怠るな。」

「押忍!」

ビシッと背を伸ばし、定家先輩が答えます。8階の3号室、先ほど灯りのついた窓を見上げながら。定家先輩はさっそく、「見上げ窓」の実践に移ります。

定家先輩の目に映っているのは、暖かい光の漏れている窓、それのみ。その限られた情報に定家先輩は感覚を研ぎ澄まし、想像力をはたらかせ。標的であるあの美しい女性の情報を得ようと最大の努力をします。

窓から漏れている灯りは、暖色系。つまり窓にかかっているカーテンは、黄色、あるいは白、薄い色の遮光性のないもの。おそらくもう1枚遮光性のあるカーテンが窓にはついており、就寝の際にはそれを閉める。つまり、あの美しい女性はまだ、眠っていない。

時刻は、深夜。女性はまっすぐ帰宅し、ハンドバック以外の持ち物は、なかった。つまり、食事は既に済ませているということ。

お師匠様のメモによれば、彼女は、独身。深夜に疲れて帰宅した女性が、すぐに寝ずに、食事でもなく、することと言えば。

「(風呂…っスか!?)」

定家先輩の身体がガタガタと震えます。

風呂!今まで女性とまともに話したことのなかった自分が、マンションのコンクリートというたった数メートルに満たない壁を隔てて、入浴中の女性と同じ時間を共有している。

「(すっげえっス!須藤家、すっげえっス!とんでもないっス!)」

定家先輩は興奮のあまり、もはや倒れてしまいそうです。

パキン。突然、背後で金属的な音が響き。若干の錯乱状態にあった定家先輩は、我に返って振り返ります。

後ろでは、ごっつい金属用ニッパーを持ったお師匠様が。マンションの「クリーンボックス」のダイアル錠を切断しているところでした。

カツーン!と音を立てて、お師匠様の足元にダイアル錠が落ちます。

お師匠様はしばし、真剣な目付きで周囲の様子を伺っていましたが。

「ふむ。警戒センサーは入っていないようじゃの。」

おもむろに、「クリーンボックス」の蓋を開けます。

中には、大小様々な、半透明のごみ袋。

それらを「803、803」と呟きながら掻き回していたお師匠様は、やがて、豪快に黒マジックで「803」と書かれた3つの袋を見つけ出し、定家先輩の前に並べました。

「(何が、始まるんスか!?)」

定家先輩は緊張の面持ちで、お師匠様の作業を見守ります。

お師匠様はごみ袋の中から十数枚のレシートを拾い出し、月明かりに照らしながら、それらを日付順、店舗ごとに並べ直します。

「見ろ、庵臼(いおうす)。」

お師匠様は、路上に広げられたレシートを定家先輩に指し示しました。

「外食、それに、コンビニの利用も多い。忙しいようじゃな。あの娘、ほとんど自炊はしておらん。金銭面で不足はないようじゃが、栄養面には少し偏りが起きておる。」

お師匠様はレシートから読み取れる情報をひとつひとつ読み上げ、定家先輩に伝えます。

「すっげえっス!ゴミから、レシートから、こんなことが調べられるなんて!須藤家すっげえッス!お師匠様とんでもないっス!!」

少年のように素直に憧れの目を向けてくる定家先輩を、お師匠様は優しく見守るように見ています。

「須藤家奥義の2ツ、レシートしらべ。庵臼よ、須藤家たるもの。標的から得られる情報は、どんな些細なことでも見落とすな。ゴミの山は、宝の山と心得よ。」

「押忍!」

定家先輩はさっそく路上に這いつくばり、まじまじと広げられたレシートを1つ1つ、顔を近づけて読み上げています。

その光景をお師匠は、微笑ましい子供を見る親のような優しい表情で見守っていました。

「庵臼よ。須藤家たるもの、常にその行為は、相手への好意から発したものでなくてはならん。そうでなければそれは、ただの迷惑行為じゃ。わかるか、庵臼。」

定家先輩はうんうんと、素直に何度も頷いてみせます。

「この娘は、野菜が足りておらぬようじゃ。明日は山ほど野菜を買って、部屋の前に置いておくとしよう。これぞ、須藤家奥義の3ツ、サンタご―。」

ゴッ、と鈍い音がし、お師匠様が前につんのめるように倒れました。その背後から、ポン、ポン、と、軽くなにかを叩くような音がします。体験したことのないような殺気を感じ、定家先輩は無意識に身体を強張(こわば)らせ、カラテの構えをとっていました。

「あー、ウッゼぇ。」

担いだ金属バットで肩を軽くポン、ポンと叩きながら闇の中から姿を現したのは誰であろう、あの窓の部屋でお風呂に入っているはずの定家先輩の標的、美人でアイドルの六道アリスさんその人ではありませんか。

アリスさんはその美しいお顔にベッタリと、残酷な笑みを浮かべています。

「オゥ、クソガキィ。」

アリスさんは思わず目をあわせてしまった定家先輩の方へ向き直ります。カラテの構えをとったまま、微動だにできない定家先輩をハン!と鼻で笑うと、「なんだオイ、お前から死ぬかぁ?」とバットを突き付けてきました。

「(ど、どうなっているっスかこれは!なんで、いつの間に標的の方が後ろにいるんスか。てか、なんなんスかそのキャラクターは!あのお師匠様が、一撃で。ああ、近くで見るとやっぱり、すっげえ美人っス!)」

疲れて帰宅した三十路手前の独身女性が、寝るでもなく、食事でもなく、お風呂でもなく、取り得る第4の選択肢。

冷蔵庫開けて、缶チューハイ、でしょう。

その日、深夜まで続いた仕事の疲れと、帰り道にカラテ着を着たやたらハイテンション変態二人につけ回されたストレスで、帰宅したアリスさんはすぐに冷蔵庫を開け、よく冷えた缶チューハイを一気にグイっとあおりました。

「かーっ!」

テーブルにターン!と缶チューハイを叩きつけたアリスさんは、ほどよい加減でほろ酔い、次第次第にメートルを上げ、出来上がっていきます。

変態二人が窓の外で盛り上がっている間に、アリスさんはすっかり出来上がってしまい、夏の夜風に火照った体を鎮めようと、窓に近づきます。

窓の外から、「須藤家すっげえっス!お師匠様とんでもないっス!」と深夜帯にふさわしくない騒音が聴こえてきたのは、まさにその瞬間でした。「あーん?」と首を傾げながらアリスさんは、窓の外に目を遣ります。そこには、先ほどのカラテ着を着た変態が、二人。楽しく「クリーンボックス」を漁っているのでした。

「ブッ殺す。」

アリスさんは金属バットを掴むと、嵐のように部屋を出てゆきました。変態二人は「レシートしらべ」に夢中になっており、凶器を携えた暴力の化身がエレベーターで地上に降り立ち、背後に接近するだけの時間的余裕は十二分にあったのです。

「オラ死ねぇ!」

躊躇なく、金属バットが定家先輩に振り下ろされます。すんでのところで回避した定家先輩は体勢を立て直し、身構えますが。

「ダメじゃ、庵臼。お前の敵う相手ではない。」

よろよろと起き上がったお師匠様が、手を上げてそれを制します。

「ここは須藤家奥義の4ツ、全力逃走じゃ!」

言うが速いか、、お師匠様はアリスさんに背を向け、全力で逃走を始めました。

「押忍!」定家先輩もそれに続きます。

「待てやコラァ!命置いてけクソガキィー!!」

その背中に、酔っ払いの怒声が飛びます。

「この六道アリス様にストーキングたぁいい度胸だ!気に入った!100パー完璧に、全殺す!!」

あまりの恐ろしさに目をつぶって一目散に駆けながらも定家先輩は、自分の体に起こっている変化に、気が付き始めました。

「(脚が…軽い!)」

この2週間の修行の結果。定家先輩の身体能力は格段に向上していました。「須藤家の基本は、足腰。」お師匠様の教えが、定家先輩の脳裏に蘇ります。

「(こういうこと、だったんスか。)」

定家先輩はお師匠様の指導の裏にあった愛情と、いつの日かこのような危機に陥った自分が困らないよう、鍛え上げてくれていた優しさに気が付き、ハラハラと涙を流します。

「お師匠様…。」

思わず隣を走るお師匠様に目を向けた定家先輩は、あっ!と声を上げます。そこにいるはずの、お師匠様がいません。お師匠様は、数メートル手前で倒れてしまっているではありませんか。

「す、すまん庵臼。足が、つった。」

お師匠様は苦痛の表情で足を抱え、蹲っています。その背後に。鬼の影が、迫っていました。

「お師匠様!」

駆け寄ろうとする定家先輩を、お師匠様が「来るな!」と止めます。

「わしにかまうな。逃げろ!庵臼!」

必死で叫ぶお師匠様に、鬼の金棒が容赦なく振り下ろされます。

「ほーぉ?いい覚悟だじじい。貴様に免じて、そっちのクソガキにはじじい、貴様が100パー完璧に全殺されるまで、逃げる猶予をやろう。オラクソガキ!命惜しけりゃじじい見捨てて逃げやがれ!」

ボゴッ!ゴスッ!と、リアルに鈍い音が響き、アスファルトがみるみる鮮血に染まっていきます。

「お師匠様ーッ!」

定家先輩は涙を流し、救出を試みますが。

「愚か者!まだわからぬか!よいか、須藤家の未来は今、お前の決断にかかっているのだ!今ここでお前が倒れれば、須藤家の未来は永遠に途絶える。庵臼!お前は全須藤家の、たった一つの、希望なんじゃ!行け、生き延びろ。須藤家の未来はお前が作ってくれ。この老人の、最期の頼みじゃ。行け!行くんじゃ庵臼!頼む、行ってくれ!」

お師匠様の決死の訴えに、遂に定家先輩も背中を向け。振り返らず、その場から走り去ります。

その背中に、お師匠様は最後まで言葉を送り続けました。

「そうじゃ、庵臼。それでいい。お前は、生きろ。生きて、未来を切り拓け。お前ならきっと、このわしがいなくても、須藤家の道を究めることができる。お前はなるんじゃ、、伝説の須藤家の王、須藤王(すとうきんぐ)に!!」

次々と、容赦のない打撃が、お師匠様の頭部に撃ちおろされていきます。

「(あと、至急至急で、警察。できれば、救急車も呼んでくれたら、うれしいな。)」

薄れゆく意識の中で、最後にちょっと、お師匠様は思うのでした。



6.


明け方。カラテ着姿の男がひとり、呆然と川面を見つめています。

昨夜は、どこをどう走って、逃げたのか。

背後にサイレンの音と、警官数人相手に暴虐の限りを尽くす酔っ払いの怒声が聴こえた気がしましたが。

気づいたとき、定家先輩はこの川原にいて、どうやらアリスさんを捲く事は出来たようでした。

「(自分はまた、ひとりぼっちになってしまったッス。)」

一人になった心細さ、お師匠様を見捨てた後ろめたさが、定家先輩を襲います。

「(なんで、自分に優しくしてくれる人はみんな、すぐにいなくなってしまうんスか。お師匠様。自分、ひとりぼっちじゃ、どうやって須藤家したらいいか、わからないっスよ。須藤王(すとうきんぐ)。どうやったらなれるんスか。お師匠様。お師匠様がいてくれなきゃ、自分全然ダメっス。雑魚雑魚の、クソストーカーに逆戻りっス。お師匠様!」

体の大きな定家先輩が子供のように、体育座りでえぐっ、えぐっと嗚咽を漏らします。

そんな定家先輩の隣に、突如、(ゴウ)ッと黒い焔の竜巻が巻き起こりました。

〈なにをなやむことがある。あの、じじのことばをわすれたのか〉

焔の竜巻の中から姿を現した黒いひよこさんが、定家先輩に語りかけます。

涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった定家先輩の顔に〈ブフゥ。〉と吹き出しながら、黒いひよこさんはぴょんと、定家先輩の肩に飛び乗りました。

〈おまえはあのじじいに、ストーカーのみらいをたくされたんだ。つまりいまのおまえはすでに、あのじじいいじょうのストーカーってことだ。すとうきんぐ、ってやつかもしれないな。なら、おまえのすべきことは、なんだ。こんなところでベソかいてるばあいか?〉

「こ、この自分が、既にお師匠様以上。この自分が、須藤王(すとうきんぐ)。」

ああ、なんということでしょう。定家先輩は、悪魔の囁きに耳を傾けてしまいます。

黒いひよこさんは定家先輩の素直で真面目な性格につけこんで、なにやらとんでもないことをさせようとしています。言葉巧みに人の心を操る、まさに悪魔です。

〈そぉーだ。おまえはじしんがないだけで、すでにすっげぇストーカーになってたんだ。いまのおまえこそ、すとうきんぐ。ストーカーのなかの、ストーカー。さあ!おもうままに、いきろ!!〉

「自分は、須藤家の王!自分は、須藤王(すとうきんぐ)!!」

瞬間。定家先輩の身体は禍々しい、黒い焔の竜巻に巻き込まれました。それが消えた時、そこには地獄の暗闇のように真っ黒なカラテ着を着た、定家先輩が立っていました。


「(なんだろう?)」

夏休み、初日。心ゆくまで寝坊を楽しむつもりだったサトミさんは、表の騒がしさに目を覚ましました。

断続的に聞こえる女性の悲鳴と、サイレンの音。「おとなしくしなさい!」という声や、殴り合っているような音も聴こえます。

「ピヨコットちゃん。行ってみよう。」

妙な胸騒ぎを感じたサトミさんは、部屋着のままサンダルをつっかけると外へと駆け出して行きました。

いつもの角のあたりで、サトミさんは同じように走ってきた幸恵さんに出会います。

「幸恵ちゃん!」

「あ、サトミちゃんもー?」

二人はお互いの考えていることを確認しあうように、頷きあいます。

「君たち。この辺りは今朝から、凶悪な変態が徘徊しているんだ。黒いカラテ着を着た、おそろしく足の速いやつでね。道行く女性に見境なく、つきまとっているらしい。危険だから、今日はもうおうちに帰りなさい。」

親切そうなお巡りさんが、二人に語りかけます。二人の予感は、確信に変わりました。

「幸恵ちゃん…やっぱり…。」

「放って、おけないよねー。」

その時、向こうの辻から引き裂くような、女性の悲鳴。

二人は目を合わせると、声のした方へ、疾風のように駆け出しました。


二人が駆け付けた時。既に警官数名がアスファルトの上に倒れ伏し。その真ん中に、黒いカラテ着の男が立ち尽くしています。うつろな視線の先には、かわいそうな女の子。カラテ男はニヤーッと悪魔じみた微笑みを浮かべると、わざわざすごすごと物陰に引っ込み、ニヤニヤ笑いながら女の子を監視しています。

「(なんなのこの変態!逆に、怖い!)」

怯える女の子を楽しそうに、変態はニヤニヤ、見つめ続けましたが。

「定家センパイ!!」

突然呼びかけられた自分の名前にビクっと跳ね上がり、反射的に、脱兎の如く駆け出します。

「ピヨコットちゃん!止めて!」

〈いぬパンチ。〉

超高速で前に回り込んだひよこさんの頭突きをスネにもらい、変態はもんどりうって倒れます。

サトミさんと幸恵さんの二人が、急ぎ駆け寄って来ました。

「定家センパイ!定家センパイなんでしょ!?」

サトミさんが叫びます。定家先輩はしばらくまじまじとサトミさんの顔を見つめていましたが、やがて、馬鹿にしたような笑いをその顔に浮かべました。

「なんだ、アンタっスか。アンタにはもう、用はないっス。」

ヘラヘラと笑いながら、定家先輩は続けます。

「アンタなんてもう、自分のお師匠じゃないっス。今の自分は、ストーカーの王。須藤王(すとうきんぐ)っスよ。知ってるっスか、須藤王。アンタなんてとっくに、今の自分は超えてるっス。格が違うっス。」

定家先輩の視線は焦点が合っておらず、口もなんか、半開きです。

「定家センパイ!どうしちゃったんですか!しっかりしてください!センパイ!」

サトミさんは定家先輩の肩を掴み、がくがくと揺さぶります。そんなサトミさんの手を、定家先輩が邪険に払いのけました。

「ハーン?いまさら心配してるフリっスか?自分が須藤王になったからって、優しいふりして近づくなんて、あさましいにも程があるっス。自分はもう、アンタなんかに興味ないっスよ。知ってるっスか、アイドルでテレビとか出てる芸能人のひとの、すっげえ美人の、六道アリスさん。自分、昨日一晩、あの人を須藤家(すとうか)してたっスよ。すごくないスか?アンタはせいぜい、ご近所のちんけなイケメンでもストーカーしてろっス。お似合いっス。」

定家先輩の最低なセリフが言い終わるか、終わらないかのうちに。パーン、と頬を張る高い音が、朝の街に響き渡りました。

「センパイは、間違ってる!!」

涙を溜めた瞳で、サトミさんが定家先輩を睨みつけます。気圧されたように、定家先輩は平手打ちされた頬を押さえて固まっています。

「私は…たしかに、圭二くんを毎日、追い回している。センパイの言う通り、それは、ストーカー行為なのかもしれない。圭二くんにとっては、迷惑行為かも…。でもね、センパイ。私は、圭二くんが好きだから。圭二くんが好きで、好きで好きで好きで、もうどうしよもないくらい好きだから、そうしてるの。センパイとは違う。センパイは好きな人、いるの?ストーカーがやりたいなら。恋に、憧れているなら。まずは人を、ちゃんと好きになってよ!今のセンパイがやってるのは、ただの、迷惑なだけの変態行為だよっ!!」

定家先輩の目に映るサトミさんが、お師匠様に重なります。

「庵臼よ。須藤家たるもの、常にその行為は、相手への好意から発したものでなくてはならん。そうでなければそれは、ただの迷惑行為じゃ。」

わかるか、庵臼。お師匠様の優しい声が、定家先輩の耳元に蘇ります。

「(そうだ…その通りっス。自分は何をいい気になって。こんな大切な、お師匠様の教えをすっかり忘れて、自分は。いったい、なにをやって…。)」

呆然とする定家先輩に、サトミさんが語りかけ続けます。

「思い出して!センパイ!確かに定家先輩はちょっと変な人だけど、まじめで、一生懸命で、純情で。センパイがやりたかったのは、絶対にこんなことじゃない!!本当のセンパイは、もっと真面目で、もっと一生懸命で、もっと…ステキな人だったはずだよ!!」

「押忍!!」

定家先輩は勢い良く立ち上がり、背筋をピンと伸ばし、胸を張ると。己の邪な心を吹き飛ばすかのように、胸の前で交差させた拳を両腰に引き付ける、カラテの人の挨拶を行いました。気合、一閃。定家先輩の身体から黒い焔が吹き飛ばされ、真っ白なカラテ着が姿を現します。

〈ぐわ。〉

定家先輩の身体から追い出された黒いひよこさんはアスファルトに叩きつけられ、ころころと転がっていきます。ひょいっと幸恵さんに拾い上げられてしまい、見つめ合う二人に気まずい沈黙が流れました。

〈チッ!ファッデム。〉

黒いひよこさんは、(ゴウ)ッと巻き起こった黒い焔の竜巻とともに、姿を消しました。

幸恵さんが視線を戻すと、サトミさんの前には、気まずそうな笑顔で口ごもる、定家先輩の姿がありました。

「ああああ、あのっ。そのっ。じ、自分。貴女に、調子に乗って、ひどいこと言って。さっきはホント、そのっ。も、申し訳、なかった…っス…。」

おやおや?定家先輩は真っ赤になってしまって。どういうわけか、サトミさんとも普通に話せなくなってしまったみたいですよ。

「それで!そのっ!!」

定家先輩はサトミさんの両手を握ると、意を決したように口を開きました。

「好きっス!!結婚(ストーカーさせて)してくださいっス!!」

「ヤだよ!!」

サトミさんは即答しました。



7.


六道アリスさんの前に今、定家先輩はいます。当初、アリスさんは再び自分の前に現れた角刈りボーイにあからさまな不快感を示し、「ほう…いい度胸だ、死ににきたか?」とポキポキ、拳の関節を鳴らしていましたが。

前回とはどうも異なる雰囲気、定家先輩の真摯な態度に、おやと何か感じるものがあり、拳を下ろしました。その前でもじもじと、サトミさんたちと考えてきた告白のセリフを口から出そうという必死の努力を、定家先輩は続けています。

ちら、と助けを求めるように、定家先輩が視線を外します。その先には、物陰に隠れたサトミさんと、幸恵さんが。ファイト!とジェスチャーでエールを送っています。心を決めた定家先輩は真正面からアリスさんにに向かい合い、遂にそのセリフを口にしました。

「自分!定家庵臼(ていけいおうす)と言います!その節は、ご迷惑をおかけし、誠に申し訳ありませんでした!そして、僭越ながら、自分。貴女に、折り入ってお伝えしたいことがあります!」

「(おお!ちゃんと言えてる言えてる!)」

「(~っス、って、言わないねー。)」

サトミさんと幸恵さんは顔を見合わせ、もうちょっと!ガンバレ!と定家先輩を心の声で応援します。

「自分は、貴女に惚れました!一目惚れです!貴女のように美しい方は、他に見たことがありません!お願いです!自分と!自分の!自分に!」

一際大きい声で、定家先輩が叫びました。

「貴女を、ストーカーさせて下さいっス!!!」

「ふざけんなこのガキャーッ!!」

アリスさんの拳が定家先輩の顔面に突き刺さりました。

「命、いらねーらしいなぁ?」

鈍い音を立てて、容赦のない打撃が定家先輩を次々とボッコボコに破壊していき、慌てて飛び込んだサトミさんたちが必死でアリスさんを止めます。

定家先輩は、自分の気持ちにウソをつかず、何事にも果敢にチャレンジしてしまう方でした。

アリスさんが普段から、しらふでこのキャラだったのも、誤算でしたね。

「道は険しいぞ、少年。」

お師匠様の優しい笑顔が七月の青空に浮かび、消えていきました。



その日。埼玉県警の留置所では、逮捕、というか、全殺されかけて保護された「ストーカーのじいさん」が忽然と姿を消し、大騒ぎになりました。

留置所の壁には、なにかがぶつかったような、大きな穴が空いています。

〈いおうすのやつは!もう!だいじょうぶ!だーっ!〉

〈わしのやくめは!これで!おわり!だーっ!〉

12の御遣い、いのししのマーガレットは地平線を目指して真っすぐに駆けていき、あっという間に見えなくなってしまいました。

サトミさんの部屋では、『ときめきラブコンテナ』の目盛りがチーンと音を立て。2から3へと増えていました。


























































次回、予告。


「私服登校!反対!!制服廃止!反対!!我々は!学生の制服を着る権利と自由!!それらを奪うすべてに!!反対する!!」


主人公/瀬古無一郎


<イカス。コレ、イマくね?>


御遣い/鼠・チューペット


次回、第5話☆制服愛 ~costume fetish~


「お前の制服をよこせ、お前の制服を、よこせー!!」


coming☆soon!



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ