3/12話 ☆ 独占愛 ~confinementing prince~
前回のあらすじ。
デブが、おっぱい揉んで元気になった。
1.
雨の6月は、恋の季節。
しとしと、ピッチャン降る雨に。
道のあちら、こちらに開く、色とりどりの、傘の花。
こんな日には。恋の花も、開くのでしょう、か。
おや?あんなところに。
恨めしげに空を見上げる、憂鬱な顔のめがねボーイが。
コンビニの前で、ひとり佇んでおりますよ、っと。
「あれ、有荘くん?傘、持ってないんだ。」
出入口の前で立ち尽くしている、めがねボーイのうしろから。
彼に声をかける方がいます。
ひよこさんをつれた、活発そうな女の子。
はい。主人公の、高木里美さんですね。
「あ…。」
「(高木、さん…。)」
めがねボーイは、なにやらもじもじしていますよ。
女の子と話すのが、不得手なんでしょう、か。
「か、傘…ね、持って、かれちゃった?んだ…僕の。」
ぼそ、ぼそ、と小さな声で、めがねボーイは事情を説明します。
コンビニの出入口には傘立てがあり、ビニールのやら、お高そうなのやら。様々な傘が、活け花のように刺さっておりますが。
「ここの…。持つところに、赤いマルのシールが貼ってあるビニール傘、なんだ…けど…。」
めがねボーイの声は、だんだん小さくなっていきます。
音楽記号でいうと、デクレシエッントがかかっている状態ですね。
サトミさんは、フム、と首をひねると、赤マル、赤マルと傘を掻き分け、該当の物品を探しますが。
「あ…、いい、よ。さっきも、見たんだ。誰か間違えて、持っていっちゃった…んじゃないか、な。」
アグレッシブに一本一本、傘を引っ張り出してはフム!違う。フム!違う。とやり始めたサトミさんを、めがねボーイは気まずそうに止めました。
「そっかぁ…。」
サトミさんは残念そうに傘を一本一本、丁寧に傘立てに戻してます。
乱雑に突っ込まれていた傘が、綺麗に整いまして。
「ヨシ!」
なにやら満足げに、サトミさんは指差し呼称で完成状態を確認しました。
「サトミちゃん、なに、やってるのー。」
コンビニから出てきた穏やかそうな女の子が、傘立ての前で難しい顔で腕組みをしているサトミさんを、不思議そうに眺めます。
サトミさんはのお友達の、梶田幸恵さんですね。
「いやね。ここの赤が、ちょっとばかり…気に入らない。主張しすぎ、というか?やっぱり、うしろの列のミドリと入れ替える、べきだろうか。」
サトミさんは、案外細かいところにこだわりをみせるタイプのようです。
「それより、端のコウモリ。真ん中にしたほうがいいと、思うー。」
「おお!それだ!さすが幸恵ちゃん、センスいい!」
すっかり当初の目的から逸脱している二人の会話に、かわいそうに、当事者のめがねボーイは参加することができません。
困った顔で、もじもじしています。
「あの…。」
サトミさんのクリエイティブな活動を20分ほど見守っていためがねボーイが、ようやく思いきって声をかけました。
「おお!有荘くん!ごめんごめん。私、こういうの。気になりだすと、とことん気になっちゃうタイプなんだ!あはは。」
「サトミちゃんは、いつも、そうー。」
めがねボーイはどう反応したものか、困っている様子ですが。
「これ、貸してあげる!」
おや。サトミさんが、自分の白いビニール傘を、めがねボーイに差し出しましたよ。
「え…。で、でも。た、高木さん…、は?」
めがねボーイには明らかに動揺がみられます。「高木さん」と女の子の名前を呼ぶのが、そんなに恥ずかしいのでしょう、か。
「私は幸恵ちゃんに入れてもらうから、大丈夫!!」
サトミさんは幸恵さんにくっつくと、「相合傘!」と嬉しそうに、「アイアイサー!」のポーズをとっています。
「明日、学校で返してくれれば、いいから!」
幸恵さんの傘に入れるように、ひよこさんを抱き上げてあげると、「ラブラブイエーイ!」と叫びながら、サトミさんは行ってしまいます。
「あ…。」
ありがとう、と言い損なって。めがねボーイは気まずそうに、サトミさんはを見送ります。
振り返ったサトミさんはが、ばいばい!、と、ひよこさんと一緒に小さく手を振っていました。
めがねボーイはコンビニの前に立ったまま、その手に持った白いビニール傘を、ぼんやり眺めているようです。
プラスチックの傘の柄には、微かにまだ、サトミさんの体温が残っています。
「(高木、さん…。)」
あらあらあら!めがねボーイときたら、真っ赤になってしまって。
これはひょっとして、恋の花が開いてしまったのではないでしょう、か。
どうやら、この地味なめがねボーイが今回の主役のようですね。
「有荘柘雲、13歳、童貞。クラスではこれといって好かれても嫌われてもおらず、空気に近い。めがねの他にニキビしか特徴がないのが原因…か。」
コンビニの軒下、一番奥から様子を見ていたイケメンな方。
新帝圭二さんの左眼が怪しく赤く光り、めがねボーイのデータを読み上げます。
<なんだ。あのめがねか?>
圭二さんの傍らの、黒いひよこさんが話しかけます。
<きょうはうまいこと、53まんおんなをやりすごしたかとおもったが…。おまえ、しっと、か?>
黒いひよこさんは面白そうに、圭二さんをからかいますが。
「別に。」
圭二さんは、素っ気なく流してしまいます。
「ただ、彼。君が手を貸してやれば、なかなか、面白いことになると思うよ。」
冷たく微笑んだ圭二さんの手には、おや。
持ち手のところに赤い、マルのシールがついた、ビニール傘が握られていますね。
これは、どういうことなんでしょう、か。
2.
「(高木さん…。かわいかった、なぁ。)」
帰宅しためがねボーイ、有荘柘雲くんは。自室のベッドに横になりながら、部屋の隅に立て掛けられている白いビニール傘を見つめ、ため息をつきます。
中学校に上がって、一年と2ヶ月ほどが経ち。クラスの皆は、それぞれがなんとなく仲の良い相手を見つけ、なんとなく仲の良い同士でグループをつくり、日々を楽しく過ごしていましたが。
彼、有荘くんはいまだ誰とも親しくなれず、かといって、皆から嫌われていたり、いじめられていたりするわけでもなく。
「ただ、クラスにいるだけの人」という、なんというか、なかなかに微妙なポジションに位置しておりました。
もともとが、大人しく引っ込み思案で、積極的に誰かと親しくなろうとするタイプではなく。
それでも、小学校までは「みんなでなかよくしましょうねー。」という空気の中で、それなりに「お友達のみんな」から、「お友達」として扱ってもらえていたのですが。
中学校という、「みんなでなかよく」しなくても別段、咎める者もいなくなった社会では。自然と、積極的に仲間に入ろうとしてこない彼をわざわざ相手にしようとしてくれる者がいなくなっていき、いつの間にか。彼は、孤立してしまったのでした。
そんな彼にとって、クラスの特定の誰かと。それも、明らかに可愛い女の子と、あんなに長い時間一緒に行動して、個人的に言葉を交わすなんて、まったく初めての経験なのでした。
それはもう、重大事件です。
白いビニール傘をみていると、ドキドキと、胸が高鳴り。嬉しいような、恥ずかしいような、なんだか不思議な気持ちになってくるのを、有荘くんは抑えられません。
頭の中はもう、可憐なサトミさんのことで、いっぱいです。
「(高木さん、ひよこなんか連れちゃって。小さい動物とか好きなのかな。女の子らしくて、かわいいなぁ。)」
「(高木さん、知らない人の傘、綺麗に並べ直してあげてな。真面目なんだ。あんな熱心に、小さい子みたいに色の並べ方なんかにこだわって。かわいいなぁ。)」
今の有荘くんは、サトミさんの行動のすべてが「(高木さん、かわいいなぁ。)」という結論に帰着してしまう状態のようですね。
「(それに…。)」
有荘くんは、ビニール傘に残っていた、サトミさんの掌の温かさを思い出し、思わず頬を赤らめます。
「(優しいんだなあ、高木さん。あんなふうに、僕に優しくしてくれるなんて…。)」
「(ひょっとして高木さん…、僕のことが、好きなんじゃ、ないかな。)」
思いもよらず心に浮かんだ考えを、有荘くんはぶんぶんと頭を振って、慌てて打ち消しました。
「(違う、違う。高木さんはきっと、すごく優しいんだ。僕が困っていたから、見過ごせずに助けてくれただけなんだ。)」
そう、自分に向けられた純粋な優しさを、特別な好意と勘違いするのは、危険ですよね。
長年、女の子に優しくされるという経験のなかった有荘くんは。
自分が女の子に、特に、明るくて可愛くて優しい女の子に、好かれるなんてことがあるわけない!という否定的な考え方が根底にあるため、恋心の芽生えた中学生にしては、まだ、大分に理性的な状況分析ができているようです。
しかし。現実として、サトミさんの傘が、ここにある。自分だけに向けられたサトミさんの優しさの象徴を見つめているうちに、恋する中学生の心はぐらんぐらんに揺らぎます。
「(高木さん…、僕のこと、嫌いではない、ってことだよね?むしろ、クラスの他の女子よりは、僕のことが好き、なんじゃないだろうか。)」
ああ、揺らいでいます。揺らいでいますね。それはそうでしょう、自分の人生には起こり得ないはずだった、まるでマンガかドラマのような、一大イベント。
それが実際に起こってしまっては、思春期真っ盛りのピュアーな中学生男子に、希望を持たず冷静に対処しろ、という方が無理があるってモンです。
理性的な状況分析なんて、1つの実体験の前には粉々になって、ファッデム(くそくらえ)、ってなモンです。
「(そうだ。高木さんだって、僕のことを嫌いではないから、優しくしてくれたんだ。今までだって、時々、おはよう、有荘くん!ってあいさつしてくれたし。これをきっかけに、もしかしたら、高木さんと親しくなれるかもしれないぞ!)」
大分、希望を持ってしまわれたようですね。有荘くんは自分の鼓動が、どんどん速くなってくるのを感じます。
「(よし。明日学校で高木さんにあったら、僕から話しかけてみよう。しっかり、今日のお礼を言うんだ。そうしたらきっと、高木さんともっと、もっと、話ができる。高木さんだって、僕を悪くは思ってないんだし、話をするようになればきっと、仲良くなれるはずだ。有荘くんて、話してみたら、思ってたよりずっと、ステキな人だね!好き!付き合って!結婚して!なーんちゃって…。うふ!うふふふふ。)」
有荘くんは明日からのステキなスクールライフを思い浮かべ、ニヤニヤと笑みを浮かべます。
ああ、有荘くんとって、こんなに明日が待ち遠しいのは、いつ以来の事でしょう。こんなに学校へ行くのが楽しみで楽しみで仕方ないのは、いつ以来の事でしょう。
明日から、僕は変わるんだ。大きな期待と希望を胸に、有荘くんは幸せな気持ちで眠りにつくのでした。
3.
翌朝。
普段より力強い足取りで学校へ向かう有荘くんは、いつもの角にいつものように、幸恵さんと並んで歩く、サトミさんの姿を認めます。
「(高木さん!!)」
普段は時間が合わなくて登校時には出会ったことのないサトミさんが、どういうわけか今日に限って、先にいる。
恋する中学生は、こんな些細な事にも、特別な運命を感じずにはいられません。
有荘くんの脚はガクガクと震え、心臓がバクバク、音を立てます。
遂に決心した有荘くんがサトミさんを追って一歩を踏み出した、その時でした。
「あ!妹尾くん、おはよー!」
向こうからやって来た怪しげな羽織を着た一団、その先頭の小太りな方に、サトミさんが元気よく声をかけます。
「(あ…。)」
サトミさんに話しかけるタイミングを失った有荘くんは、思わず脚を止めて立ち尽くしてしまいました。
「よぉ!高木ぃ!今朝も幼女見守り隊は幼女、見守ってるぜ!任せろ!!」
小太りな方、妹尾武くんは、誇らしげに胸を張って見せます。
「学校、ちゃんと来なよー?いい加減で卒業できなくなっちゃうよ?」
「ハッハッハ!愛花にこの前、学校行け!ぶっ殺すぞこのクソお兄ちゃん!って、首を締められたからな!殺されては幼女が見守れん、任せろ!!」
武くんは楽しげに、とんでもないことを言っています。兄妹仲良く過ごせているようで、なによりです。
「なにそれ!?もー、いい加減、ほどほどしときなよ?」
サトミさんは、呆れたように笑っていますが。
「ハッハッハ!心配しなくてもお前らクソビッチは見守らんから安心しろ!任せるな!!」
「また!私はビッチじゃないぞ!おぼこだぞ!!」
失礼な事を言う武くんに、ぷんぷん怒るサトミさん。楽しげな二人を後ろから見ながら、有荘くんはちょっとばかり。面白くないな、という顔を浮かべているのでした。
「(妹尾くん…高木さんのこと、高木、って呼んでた。仲、良いのかな…。)」
有荘くんは、だんだら模様の背中に「幼女命」と入った変な羽織姿のまま授業を受けている武くんに、ちら、と視線を飛ばします。
有荘くんと武くんは特に親しいわけでもなく、今まで、数えるほども口をきいたことがありませんでしたが。
小太りで、ロリコンの変態盗撮デブと皆に陰口をきかれていたはずの武くんは、何故だか先月あたりから急に、開き直ったように明るくなって。
いつの間にか、クラスのみんなとも普通に話せるようになっていました。
てっきり、自分と同じ「こっち側」の存在だとばかり思っていたクラスメイトの変化に気づき、有荘くんは少々、動揺しているようです。
武くんが先月、衆議院議員選挙に立候補し、当選。史上最年少ロリコン議員として世間を騒がせた事は、有荘くんも知っていました。一時はテレビに出たり、学校まで取材が来たりと、それはもう、スターのような扱いだったのです。
お金をたくさん稼いだとも聞くし、それを目当てに武くんと仲良くしようと近づいていく者も、クラスメイトの中にはいるようでした。
「(高木さんもやっぱり、お金を持ってたり、テレビに出てる有名人だったりする男の方が、好きなのかな…。)」
ちら、と今度はサトミさんのほうに目を遣り、目が合いそうになって慌てて目線を逸らした有荘くんは、ぶんぶんと頭を振り、その考えを否定します。
「(高木さんは、そんな軽薄な女性じゃない。今朝だって、クラスメイトの妹尾くんが偶然いたから、話しかけただけだ。だいたい。高木さんとは、僕の方が親しいんだぞ。なんたって、傘を貸してもらったんだから!)」
有荘くんの武くんを見る表情が、次第に険しくなっていきます。
「(なのに、高木さんが自分と仲良いとか勘違いして、馴れ馴れしく高木さんと話しやがって。高木さんはお前が思ってるような、クソビッチなんかじゃないぞ。高木さんがどれだけ優しいか、知らないくせに。調子に乗って高木さんに失礼なこと言うな!この変態盗撮ロリコンデブ!)」
ふつふつと有荘くんの中に、怒りの感情が込み上げてきます。
敵意のこもった目で、有荘くんはずっと、武くんの背中の「幼女命」の文字を睨み付けていました。
結局その日。
有荘くんは、サトミさんに話しかけることができませんでした。
今日は、タイミングが悪かっただけだ。有荘くんは部屋の隅の傘を見つめ、サトミさんの愛を確認します。
明日こそは、きっと。話しかけさえすれば、きっと。
決意を新たにした有荘くんはその日、サトミさんの傘を抱いて眠りにつきました。
しとしとと、降りしきる雨の中。
一頭の白いとらさんが、ビルの林の上から、夜の街を眺めます。
<あのまちに、せっしゃをもとめるもののよぶこえが、きこえるでござる。>
応えるように、とらさんが唸り声をあげます。
<こいになやむものは、いずこ。>
ビルの上から飛び降りたとらさんは、夜の街灯りを目指し。水たまりを跳ねさせながら、駆けて行きました。
4.
その日から。
サトミさんに話しかけられずに学校から帰ってきては、傘を抱いて「明日こそは!」と決意を新たにすることが、有荘くんの日課となりました。
一度、失ってしまったタイミングは、なかなか掴むことが出来ず。
なんの進展もないままいたずらに経過していく日々の中で、当初予定していた「傘のお礼を言う」というサトミさんに話しかける口実すら、既に微妙な感じになりつつあり、有荘くんは焦りを感じながらもどうすることもできない自分に、苛立ちを感じずにはいられないのでした。
そんな有荘くんの切ない想いなど、まるでお構い無しに。
今日もサトミさんは、元気に楽しく過ごしています。
サトミさんがクラスメイトと、特に、他の男の子と楽しげに話しているのを、ただ、歯痒い想いで有荘くんは見つめています。
「(お前ら。高木さんは、僕が好きなんだぞ。僕と高木さんは、愛し合っているんだ。何も知らないくせに、高木さんと話すな!)」
有荘くんは、視線にこもる怒気と敵意をもはや、隠そうともしません。
「(有荘、なんか最近、キモくない?)」
「(いっつも高木さんのことばっか見て。ひょっとして、好きだったりして。やだー。)」
そんな有荘くんを、ひそひそ、こそこそ。悪し様に言う者たちも、クラスメイトの中にちらほら、現れ始めたようです。
一向に進まないサトミさんとの関係とは裏腹に。有荘くんの自室で繰り広げられるビニール傘との愛の生活は、日々、どんどん深さを増して行きました。
有荘くんはできる限りの時間をサトミさんの傘と一緒に過ごすようになり、帰ってくればただいま、高木さん、目を覚ませばおはよう、高木さんと傘に話しかけ、飽きもせずに撫で回し、優しく抱きしめ、匂いをかいだり、頬擦りしたり、時に、そっとキスしてみたり。
「高木さん」との不思議な世界が、有荘くんの中で日々、展開されていきます。
もはや有荘くんにとっては、サトミさんが自分に好意を持ってくれていること、自分を愛してくれていることが、疑いようもない事実となっていました。
自分がサトミさんに話しかけることさえ出来れば、間違いなくこれが、現実となる。
今の有荘くんは、完全にそう、信じきってしまっています。
有荘くんの眼は希望に爛々と輝き、今夜も、「明日」が来るのをを待ちわびるのでした。
そんな、ある日のこと。
学校帰り、なんとなく、コンビニに入ろうとした有荘くんは。
偶然、コンビニから出てきたサトミさんと出くわしました。
「あっ。」
二人は同時にお互いに気づき、声をあげます。
なんという、絶好のシュチュエイション。
有荘くんが初めてサトミさんの優しさに触れたこのコンビニで、あの日と同じように、出会うことが、出来るなんて。
恋する中学生にとってはこれはもう偶然などではなく、結ばれる運命の二人のために恋の女神さまが与えてくれた、必然にして当然のチャンスとしか、思えません。
有荘くんの呼吸は乱れ、目は白黒し、全身がガタガタと震えます。
「た、た、た!高木、さん!!」
人目も憚らずに、有荘くんは叫んでしまいました。
ただならぬ雰囲気に、サトミさんは、困惑の表情を浮かべます。
「好きです!好きです!大好きです!僕と、け、け、け、結婚!して、ください!!」
「えっ…?」
突然のことに、サトミさんは驚き。その場で脚を止め、固まってしまいます。
やがて。有荘くんに言われた言葉の意味を頭が理解すると、ぼっ、と顔を赤くして、困ったような顔で、俯いてしまいました。
「あ、有荘くん。どうしちゃったの、あはは。こんなところで、いきなり言われても、私、その。」
サトミさんは伺うように視線を上げ、有荘くんにちらっ、と目を遣りますが。
思いの外に真剣な表情でサトミさんを見つめている有荘くんを認めると、少し悲しそうな顔な顔になり。ひとつひとつ、言葉を選ぶように、有荘くんの告白に答え始めます。
「あ、あのね、有荘くん。私、有荘くんのこと、嫌いじゃないし。嬉しいんだけど、その。ご、ごめん。私、好きな人、いるんだ。だから、その。ごめんなさい…。」
いつも元気なサトミさんが。消えそうな細い声で、俯いたまま、言葉を発しています。
まわりからは、クスクス、あらー。と心ない、外野の方々の囁きが聴こえてきました。
有荘くんは、状況が理解できず、固まったままです。
「ご、ごめん!私もう、行くね?」
やがて。お店から出て来た幸恵さんが二人の様子に首を傾げるのを見ると、サトミさんは、逃げるように足早にその場を去って行ってしまいました。
残されて立ち尽くしたままの有荘くんを、幸恵さんは微妙な面持ちで、眺めていました。
「(聞いた?有荘、高木さんに告ったらしいよ?)」
「(聞いた聞いた!コンビニの入り口で、いきなりだって!キモくない?)」
「(てか高木さんて、イケメンが好きなんじゃなかったっけ。ニキビめがねの有荘でしょ?身のほど知らず?ってやつじゃない?)」
翌日。学校では既に昨日の件が知れ渡っており。ひそひそ、こそこそ交わされる容赦のない声、自分への誹謗中傷、嘲り、憐れみ
好奇の視線に耐えられなくなった有荘くんは、席を立ってトイレへと向かいます。
トイレの鏡を見つめる有荘くんの耳に、先ほどの会話が甦り、ぐるぐると渦を巻いて、回り続けていました。
「(高木さんって、イケメンが好きなんじゃなかったっけ。高木さんって、イケメンが好きなんじゃなかったっけ。)」
鏡の中には、明らかにイケメンではないニキビめがねが、への字眉毛でこちらを見つめています。
「(それが。僕が、フラれた、理由…?)」
あんまりにもあんまりな理由に、有荘くんは泣くことすら、できません。
「(何が、悪いんだ。めがねか。この、めがねが、悪いのか?)」
有荘くんはめがねを外すと、改めて、鏡を覗きこみました。
明らかにイケメンではないニキビが、への字眉毛でこちらを見つめています。めがねがなくなっただけです。むしろ、めがねがなくなった分、アイデンティティーを失ったようにさえ、見えます。
「(くそ。どうしてだ。高木さんは、僕のことが好きなんじゃ、なかったのか。高木さんは、僕のことが好きな、はずだろう。こんな訳が、ないんだ。高木さんは、そんな、イケメンだから好きで、めがねだから好きにならないような、軽薄なクソビッチじゃないぞ。自分で、おぼこだぞ!って言ってたじゃないか!)」
<おい、めがね。きさま、こいに、なやんでいるのか。>
トイレの隅に、突然。業、と禍々しい黒い焔の竜巻が、巻き起こります。
中から現れた地獄の闇のように真っ黒なひよこさんが、思わず振り返った有荘くんの顔を見て、恐ろしい、邪悪な笑みを浮かべました。
5.
その晩。部屋の窓ガラスをコツ、コツ、と何かが叩く音を聴いた気がしたサトミさんは、ムクッと起き上がり。なんとなく、窓を開けて外を眺めます。
家の前には、見覚えのある、人影。
「(え…!?圭二くん!?)」
おや。これは、どうしたことでしょう。イケメンの圭二さんが、窓の外から。サトミさんの部屋を見上げているでは、ありませんか。
圭二さんはサトミさんと目が合うと、ニヤリと笑って、どこかへ行ってしまいます。
「(圭二くん、圭二くんだ!なんで!?)」
起き抜けで頭の回らないサトミさんは、今起きていることの不自然さにも気づかず。パジャマのまま、サンダルだけつっかけて、圭二さんの消えた方角へ、走り出していました。
圭二さんの背中を追い、やがて、いつもの角を曲がると。
そこには圭二さんはおらず、別の人影が、サトミさんを待ち構えていました。
「えっ!?有荘…くん…?」
その人影が、有荘くんだと認識した、その瞬間。サトミさんの身体は突然、黒い焔の竜巻に巻き込まれ。
それが晴れた時、サトミさんの姿はそこになく、小さな赤い宝石が、ころころと転がっていました。
<ほぉー?これは、なかなか。じゅんどのたかい、けっしょうになったじゃ、ねぇか。>
黒いひよこさんはくちばしに宝石を乗っけると、<ほれ。>と有荘くんのほうに、投げ飛ばします。
ぱし、と宝石をキャッチした有荘くんは、月明かりに照らして、赤く輝くそれを、嬉しそうに眺めます。
宝石の「中」ではサトミさんが、キョロキョロとあたりを見回していましたが。
「外」にいる有荘くんを見つけると。駆け寄ってきて、必死に内側からドンドンと、赤く透き通った壁を叩いて、脱出しようと試みています。
<よかったな、めがね。これでそのおんなはもう、おまえだけのモノだ。その、まかいのルビーは、おまえのおもいのけっしょう。おまえのおもいがつよいほど、かたく、おおきくなる。せいぜい、たいせつにするんだな。>
黒いひよこさんの言葉に、有荘くんは満面の笑みを浮かべ、ルビーを抱きしめます。
その掌の中で、ぱき、ぱき、と音を立て、ルビーの結晶がどんどん大きくなっていきました。
「(ねえねえ!有荘、なにあれー?似合わないルビーのペンダントなんか、着けちゃって。)」
「(ねー。ずっと、ニヤニヤしながらアレ見てるよ?イケてる、とか思ってるのかな。きもーい!)」
翌日。ひそひそ、こそこそと交わされるクラスメイトたちの会話が、聴こえているのか、いないのか。
有荘くんは朝からずっと、ろくに授業も聴かず、首から下げたルビーのペンダントを、ニヤニヤ、ニヤニヤ、見つめています。
教室には、サトミさんの姿が見えません。それもそのはず。
サトミさんは、ルビーの「中」から。必死に有荘くんに、呼び掛けていました。
「(お願い!有荘くん、ここから出して!お願いだから!!)」
自分に向かって訴えてくるサトミさんを、有荘くんはうっとりとした表情で目を細めて眺めています。
昨晩は一晩中、こうしていました。有荘くんの眼の下には、べったりと黒いクマが、貼りついています。
「(ダメだよ。高木さん。そんなに騒いだら、皆に見つかっちゃうじゃ、ないか。)」
有荘くんが念じると、ルビーの結晶が、また。ぱき、ぱき、と大きくなっていきます。どんどん厚くなっていくルビーの壁に、サトミさんが絶望的な表情を浮かべました。
「(高木さんは、もう、僕だけのモノだ。もう、誰にも見えないし、誰も話しかけられない、誰も、触れない。僕だけが、高木さんが何処にいるのか、知っている。僕だけの、高木さん。)」
有荘くんの笑顔が、いびつに歪みます。
「(誰にも、渡すもんか。)」
有荘くんはぎゅっ、と、ルビーを握りしめるのでした。
いつもの角のあたりを、ひよこさんが。
一人でうろうろ、しています。
朝、目覚めると。部屋の中に、サトミさんの姿がありませんでした。
<がっこう、ですか。>
ひよこさんは、サトミさんを探しに、外へ出ますが。
すっかり迷子になって、このありさまです。
おや。逆の方から、同じようにうろうろしている真っ白いとらさんが、一頭。こちらに向かって、歩いてきますよ。
<あ、ホワイトタイガーさん。>
<む、これは。ピヨコットどのではござらぬか。>
二人は顔を、見合せます。
<ホワイトタイガーさんも、とうきょうにきていたのですか。>
ひよこさんが、話しかけます。
<さよう。こいになやむもの、せっしゃをよぶこえ。このわたりから、きこえたように、おもったのでござるが。>
とらさんは、うーむ、と考えるように空を仰ぎます。
<それがな、さっぱりと。さくやから、とだえてしまったのでござる。さて。いかように、したものか。どうすれば、いいか。むしろ、どうすれべ、いいか…。>
二人はふたたび顔を見合せ、うーむ、と考え込んで、しまいます。
「あれー?ピヨコットちゃんだー。どうしたのー?」
ちょうど通りかかった帰宅中の幸恵さんが、考え込んでいるひよこさんを見つけて、近づいてきました。
<サトミさんが、いなくなって、しまいました。>
ひよこさんは、簡潔に状況を説明します。
「んー。サトミちゃん、今日、学校には来てなかったよー?」
幸恵さんは何の気なしに答えますが。
「待って。サトミちゃん。家にも、居ないの?」
幸恵さんの表情から、いつもの優しい微笑みが。スゥッと引くように、なくなりました。
6.
「ね、ねえ。なんだか、高木さん。弱ってる?みたい、なんだ、けど…。」
遠慮がちに。有荘くんが、隣を歩く黒いひよこさんに尋ねます。
今日一日、ルビーの中のサトミさんを眺めていましたが。
次第、次第にサトミさんは元気がなくなっていき、今はぐったりと。
倒れて、動かなくなってしまっています。有荘くんが話しかけても、反応がありません。
<あ?あぁー、まあ。そいつは、そうだろ。そンなかにゃ、メシも、みずも、ねえからなぁ。>
黒いひよこさんは、なんでもないことであるかにように。さらりと、普通に答えます。
<あぁ、そういや。くうきもねえんだっけ、な>
黒いひよこさんの一言に、驚いた表情で、有荘くんが脚を止めました。
「空気、ないって。じゃ、じゃあ、これ。高木さん、だ、大丈夫、なの?」
尋ねる有荘くんの唇が、ワナワナと震えています。
<ハ!おまえさぁ。おまえは、くうき、すわなくてもだいじょうぶ、なのか?>
ニヤニヤと、嬉しそうに笑いながら、黒いひよこさんが言います。
<そンなかは、いちおう。じかんのながれが、たしょうはそとより、おそくなっちゃあ、いるんだけどよ。まー、そんだけガッチリ、ふさいじまったら。しぬわな、フツーに。>
「お、おい!冗談、やめろよ。冗談だろ?死ぬって、死ぬ?高木、さんが。死…ぬ?」
有荘くんは、状況がまだ、正確に理解できていないながらにも。なにか、これはマズイ!というものを感じて、黒いひよこさんを問い質します。
<アッハッハッハッハ!>
突然、堪えきれないとでも言うかのように、黒いひよこさんが爆笑をしました。
有荘くんは驚いて、黒いひよこさんを凝視しています。
<ざんねん!あくまってのはなぁ、むかしから、じょうだんはいわねーんだよ。いいか、りかいできねーようだから、もういっかい、いってやる。くうき、すわなきゃ。にんげんはしぬだろ。フツーにしぬよ?そのおんな。>
「そんなっ!?」
あまりのことに絶句した有荘くんは、目を見開いて、まじまじとその掌の中のルビーを見つめます。
中のサトミさんは、もう大分衰弱していて。今にも、死んでしまうのではないかと、有荘くんには思われました。
「だ、ダメだ!ダメだダメだダメだ!高木さんが死ぬなんて、そんなのダメだ、絶対にダメだ!今すぐ、これ、開けてくれ!高木さんが、死んでしまう!!開けてくれよ!!」
冷静さを失った有荘くんは、必死で黒いひよこさんに懇願しますが。
黒いひよこさんは、可笑しくて可笑しくてたまらないとでも言うかのように、ひときわ大きく<アッハッハッハッハ!>と大爆笑をします。
<だ、ダメだダメだぁー。ダッメだよぉーん。そんなのダメだぁ、ぜったいにダメだぁ。ばぁーか、あけるわけ、ねぇだろぉ?こんな、おもしれぇこと。やめるわけ、ねえじゃん。あくまってのは、じょうだんはいわねぇし、りちぎなんだよ。いっかいかわしたけいやくは、なにがなんでも、かならずまもる。おまえののぞみを、かなえてやるって。そのおんなは、えいえんにもう、おまえだけのモノだ。たとえしんだって、もう、だれにもとりだせや、しねぇぜ?もう、にどと、だれにもけっして、うばわれやしねー。せいぜいだいじに、してやりな!アッハッハッハッハ!アッハッハッハッハ!>
なんてことでしょう。やはりこれは、悪魔との契約だったのです。
有荘くんは、恐怖のあまり、ガタガタと震え出しました。
そんな、二人の後ろに。
ザッ、と砂利の音を立てて、立ち止まる人影が、ひとつ。
ぞくっ、と、本能に訴えてくるような恐ろしい気配を感じ、二人は同時に振り返りました。
「サトミちゃんを、返して。」
冷然と言い放つ、一人の美少女。ひよこさんとととらさんを引き連れた、幸恵さんがそこに、立っていました。
その言葉には、有無を云わせない迫力があります。
「えっ…。あの…。」
気圧されたように言葉に詰まる有荘くんに、幸恵さんが、じりっ、と一歩、近づきます。
「わたしには、わかるの。サトミちゃんは、そこにいる。返して。」
幸恵さんの手が、有荘くんの持つルビーに伸びていきます。
有荘くんは反射的に飛び退く飛び退くと、ルビーを固く握りしめ、叫びました。
「い、嫌だ!高木さんは、僕のモノだぞ!誰にも、渡さない!!」
その掌の中で、ぱき、ぱき、と音を立てて、ルビーがまた、大きくなっていきます。有荘くんは、そんな!と驚き表情を浮かべ、ルビーを必死に掌の中で押さえます。
「サトミちゃんは、あなたのモノじゃ、ない。返して。」
軽くパニックを起こしかけている有荘くんとは対照的に、怖いほど冷静に、幸恵さんが近づいて来ます。有荘くんは子供のようにぶんぶんと頭を振ると、泣きそうな顔で叫びました。
「違う!高木さんは、僕のモノだ、僕だけのモノだ!お前なんかに、渡すもんか!!」
ぱきぱきぱきぱきと、今までにないほど凄まじい勢いで、ルビーの結晶が大きさを増し始めました。
「うわぁあああああああああああああああ!?」
悲鳴を上げて、有荘くんが駆け出します。
その体が、黒い焔の竜巻に包まれ、夜の闇に溶けていくように、消えました。
<むぅ…!?いずこへ、きえた。>
とらさんが、あたりを見回します。
<こっち、ですか。>
ひよこさんが、とりあえず、有荘くんの駆け出した方向へ、歩き始めました。
「こっちだよ。」
幸恵さんが、ここからは見えない何処かを睨み付けるようにして、言いました。
「わたしには、わかるの。」
顔を見合せていたひよこさんととらさんが、歩き始めた幸恵さんに、続きました。
7.
深夜の、学校。
通いなれた教室、自分の机の前で、有荘くんは掌の中のルビーを呆然と眺めています。
あっという間にふた回りも大きくなってしまったルビーの中で、サトミさんの姿はとても遠く、小さくなってしまっていました。
「(死ぬ。高木さんが、死ぬ…?僕の、せいで!)」
有荘くんはルビーを振り上げると、おもいっきり、机に叩きつけました。コーン、という硬い音が、しんと静まり返った校舎に、高く響きます。
ルビーに入ろうキズひとつありません。
「うわぁあああああああああああああああ!!!」
有荘くんは半狂乱になって、何度も何度も机にルビーを叩きつけます。コン!コン!という高い音に混じって、ごす、ごす、と机の天板が抉れていく音が続きます。
<ンー?ハハハ、われねーなぁ、なかなか、われねーなぁ?>
業、と黒い焔の竜巻が巻き起こり、黒いひよこさんが現れました。黒いひよこさんは、必死でルビーを割ろうとしている有荘くんを、ヘラヘラとからかい、嘲ります。
<ハ!そんなんで、われるかよ。いわなかったか?そのルビーは、おまえのおもいのつよさで、かたく、おおきくなる。いわば、おまえのあいのチカラってやつが。ますます、ルビーをわれなくしてるんだぜ。そうやって、そのおんなをたすけるフリをしていたって。おまえが、ほんしんでそれをのぞんでいるかぎり、そのおんなはえいえんに、そのなかからでてこられないって、スンポーだ。ハハハ!ちょうおっもしれぇー。>
「くそ!割れろ!割れろよ!割れてくれよぉ!!」
有荘くんはごつごつと、ルビーを殴り始めました。瞬く間にその拳が割れ、皮膚が裂け、赤いルビーが血塗れでさらに、赤くなります。
<ハハハ!どうしたどうした、きあいがたんねーぞ。おまえ、ホントは、われてほしくねぇんじゃ、ねーの。なんせ、そのおんながおっちねば、えいえんに、おまえだけのモノになるんだもんなあ?わかるわかる!わかるよそのキモチ!>
黒いひよこさんはゲラゲラ笑いながら、必死の有荘くんを煽ります。なんて酷い事を言うのでしょう。まさに、悪魔です。
「くそ!くそ!くそぉ!!」
涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら。有荘くんは血だらけの拳を振るい続けました。
「(イヤだ、高木さんが死んでしまうなんて、絶対に嫌だ。何を失ってもいい。もう、一緒にいられなくても、嫌われてもいい。神様!どうか!どうか!僕はどうなってもかまいません。高木さんを助けてください!高木さんを助けてください!!)」
<やれやれでござる。ようやっと、せっしゃをよんでくださいましたな。>
突然、教室の扉バーンと開き。
パパパパーと流れるカッコいいテーマ曲とともに、一頭のとらさんが、姿を現します。
続いて、幸恵さん。続いて、ひよこさん。
お待たせしました、正義の味方の登場です。
<12のみつかいが1、ホワイトタイガー。こいになやむもの、
おたすけに、すいさん。>
とらさんは、なにやらカッコいい方のようですね。
<スーパーラブチャンス!>
『虎が唸ればドラムが猛る、女神の奇跡、ここに在れ。林に注げ、雨粒の唄。アーメンゴキゲン、ヒャーウィ☆ゴー!』
第二の御遣いが神器・慈雨のドラムを叩くと、世界の屋根に雨が降り、命の滴が大地を濡らす。
摩訶不思議。教室の中に突然、しとしとと、雨が降りだします。その雨が、やんだ時。有荘くんは既に、今までの有荘くんではなくなっていました。
<きこうのこぶしは、こうど10。すべてをくだく、てんかいのダイヤ。もはやまかいのルビーなど、おそるるにたりぬ。>
有荘くんの右の拳は、眩しいほどに真っ白に輝く、ダイヤモンドで覆われていました。見ているだけで、まるで。力と、勇気がわいてくるようです。
<ハ!そんなもんで、ぶんなぐって。なかみの53まんおんなごと、ぶっつぶしちまうんじゃねーの?>
御遣いが手を貸したところで、しょせんはチビのニキビめがね。有荘くんを完全に侮っている黒いひよこさんはヘラヘラと、余裕綽々で馬鹿にした態度をとっていますが。
<ごしんぱい、めされるな。こいのめがみのきせきは、ほんとうにそれをもとめているものにしか、おとずれぬ。そして、それはけっして。きこうののぞみを、うらぎらぬ。>
あとは、きこうのおもい、ただひとつ。とらさんは、有荘くんを促します。
有荘くんは、力強く頷くと。右拳を大きく振り上げ、構えを取りました。
その右拳に、有荘くんの全身からときめきラブパワーが集中し。天界のダイヤは、更なる輝きに包まれます。
<ありそうどの。いまでござる!!>
白虎流・ダイヤモンドナックル奥義、下段正拳突き。
有荘くんは真っ直ぐ、一切の迷いなく。垂直に、その拳を突き下ろしました。
それは、闇を裂く、流星のように。輝く軌跡を描いて、魔界のルビーへと吸い込まれていきます。
有荘くんの拳が触れた、その刹那。目映い程の光の柱が立ち上ぼり、魔界のルビーは輝きの中へ、一瞬で粉微塵となって、消えていきました。
やがて、光の柱が収束していき。完全に消えた時、そこには、パジャマ姿のままのサトミさんが倒れているのでした。
一瞬遅れて、有荘くんの拳を覆っていたダイヤが、パーンと音を立てて砕け散りました。
輝くダイヤの破片は雨粒となって、きらきら、きらきら、次々とサトミさんに降り注いでいきます。
おお。これはまさに、奇跡。衰弱しきっていたかに見えたサトミさんの身体が、ダイヤの雨を受けるや、みるみるうちに生気を取り戻し。「ン…。」と声を上げ、動き始めたでは、ありませんか!!
<12のみつかいが1、ホワイトタイガー。めがみのきせき、しかみとどけもうした。おみごとに、ござる。>
とらさんが、大きく頷きます。
<チッ!ファッデム。>
形勢不利と判断したか。黒いひよこさんは、黒い焔の竜巻とともに、闇の中へ消えていきました。
「サトミちゃん!!」
まだ、倒れたままのサトミさんに、幸恵さんが真っ先に駆け寄り。その頭を、抱き上げます。
「あれ…幸恵、ちゃん?」
サトミさんはその腕の中でゆっくりと目を開け、意識を取り戻しました。
「あ、あ、あの。」
その様子を見ていた有荘くんが、気まずそうに声をかけます。
幸恵さんは、サトミさんを守るように二人の間に入り、有荘くんをキッと睨み付けました。
「幸恵ちゃん、いいの。大丈夫…。」
そんな幸恵さんを、サトミさんが制します。サトミさんは立ち上がると、まだふらつく足取りで有荘くんの前に進み、彼と向かい合いました。
「有荘くん…あのね。」
サトミさんが、困ったような、悲しいような、寂しいような。それでいて、どこか穏やかな表情で、有荘くんに語りかけます。
「私、男の子に、告白されたの。初めてだったんだ。私、本当に、すごく、すごく。すごく嬉しくて。でも、初めてだから。どんなふうに、なんて言って答えればいいのか、わからなくて。ごめんなさい、私ね、本当に好きな人が、他にいるんだ。有荘くんの気持ちには、応えてあげられない。でも、私を好きだと言ってくれたこと、すごく、すごく、本当に、嬉しかった。すごく怖い思いもしたけど。でも、それだけはきっと、いつまでも、かわらない。」
サトミさんは、ちょっとだけ気まずそうな、優しい笑顔を浮かべています。
「だから…その。…ごめんなさい!!」
サトミさんが勢いよく、ブンッ!と頭を下げます。
風圧で、ひよこさんがこてんと転がり。ひっくり返って足をぱたぱた、させています。
10秒ほどそのままだったサトミさんは、また、勢いよく頭を上げると。真っ赤になった顔を隠したサトミさんは、逃げるように幸恵さんの方へ、たったかたーと駆けていってしまいました。
サトミさんの巻き起こす風に巻き上げられてひよこさんがごろん、ごろん転がりながら、追いかけます。
有荘くんは、少し寂しそうに、そんなサトミさんを見ていましたが。
「(そうだ…。これで、いいんだ。)」
サトミさんの背中を見送りながら、心の中で、呟きます。
「(あんな魔法なんて、最初から、必要なかった。高木さんを閉じ込める必要なんて、どこにもなかったんだ。だって。僕の心にはいつだって、どこにいたって、変わらず高木さんがいる。僕の中はどんな時も、高木さんで、いっぱいだ。とっくの昔に、僕は高木さんだけに、独占されて、いたのだから。)」
その表情はどこか晴れ晴れとして、めがねの奥の瞳は希望できらきら輝く、ダイヤモンドのようです。
「(そうだ。今回のことを、まずはちゃんと、高木さんに謝ろう。そして、すっかり遅くなってしまったけど、ちゃんと、傘も返すんだ。高木さんと、たくさん話して。もっともっと、高木さんのことをたくさん教えてもらおう。そして、いつか、僕はもう一度。高木さんに、愛の告白をしてみせるぞ。)」
有荘くんが前向きに、明日への第一歩を踏み出そうとした、その時でした。
誰かが自分の前に立っている気配を感じ、顔を上げた有荘くんの動きが、凍りついたように一瞬で停止します。
そこには、全く人間らしい感情の見当たらない、冷たい眼をした幸恵さんが。汚いゴミを見るように、彼のことを冷然と見下ろしていました。
「つぎ。サトミちゃんに、何かしたら。コロス。」
それは、有荘くんが生まれて初めて他人から向けられた、本気の、100%純粋な殺意でした。有荘くんは力なくその場にへたり込み、失禁し、歯の根も合わないほどにガチガチガチガチと震え出し。
自分がこれから進んでいく恋の道の険しさを、早くもその身をもって思い知らされるのでした。
8.
自宅のリビングで、イケメンな方、新帝圭二さんは。
「アセロラドリンク」のグラスを片手に、すっかりくつろいでおられます。
圭二さんの前の丸テーブルには、旧式のラジオのような、無線機のような、はたまた、弁当箱のようにも見える、不思議な機械。闇の神器のひとつ、『ダークボックス』が。その突き出たアンテナを細かく左右にびびびびびびびびと揺らし、ダークパワーを受信して、おりましたが。
その振れ幅が次第に、次第に、大きくゆっくりとなっていき、やがて、びーんと音を立て、止まってしまいました。
<チッ。あのニキビめがね。あっさり浄化されちまいやがって。>
業、と黒い焔の竜巻が巻き起こり、現れた黒いひよこさんが、忌々しげに呟きます。
「別に。あのめがね君にしては、まあまあ。よくやった方じゃないのかな。御遣い、ってやつがどんなものなのかも、予定通りに視せてもらうことが出来たし。」
圭二さんの左眼に、禍々しい、赤い光が灯りました。
「それに、さ。僕の言う通り、彼。君が手を貸してやったら、なかなか、面白いことになった。だろ?」
圭二さんは、その冷たいほど整った顔に、満足そうな微笑みを浮かべています。
<まったく。おまえってやつは、サイテーなせいかくのにんげんだな。あくまのおれさまですら、あきれるぜ。ま、たしかにそこそこ。たのしめたけどよ、あのめがね。>
クックッ、と楽しそうに、黒いひよこさんが笑っています。
<(『ラブスカウター』。あのひ、53まんおんなからあっさりはずれたのは、てっきりつかえない、クソじんぎだからだとばかり、おもっていたが。そうか、クソじんぎめ。よりふさわしいもちぬしをみつけたから、じぶんではずれた、ってワケだな。まったく、こんなしょうねのくさったクソやろうがまさか、いまのちじょうにいるとはな…。)>
黒いひよこさんは圭二さんと出会ったあの日のことを思い出し、感心したような目付きでしげしげと、目の前の「しょうねのくさったクソやろう」を眺めています。
「…ていうか、さ。なんか、めがね君からのダークパワーが止まったちょっとあと、ほんの一瞬だけ。とんてつもない量のダークパワーが発生したように、見えたんだけど?」
<ああ…アレ、な。なんだったんだろうなあ。アレ。>
くしっ。夜の学校からの帰り道、幸恵さんが小さなくしゃみをします。
「幸恵ちゃん、カゼ?」
顔を覗き込むように尋ねるサトミさんに、「んー。カゼかなー。」と、のんびり答える幸恵さんは。
いつもの穏やかそうな、優しい微笑みをたたえた美少女に、しっかりと戻っているようです。
<では、せっしゃのおやくめは、ここまで。おのおのがた、おさらばにござる。>
とらさんは一度吠えると、雨上がりのダイヤのような星空に向けて大きくジャンプし、すぐに見えなくなってしまいました。
サトミさん、幸恵さん、ひよこさんは空を見上げ、ばいばい、と手を振り、それを見送るのでした。
サトミさんの部屋では、チーンと音を立て、『ときめきラブコンテナ』の目盛りが1から2に増えていきます。
有荘くん、明日からも頑張って。強く生きて延びてくださいね。
次回、予告。
「お初!お目にかかるっス!自分!カラテ部三年!定家庵臼っス!」
主人公/定家庵臼
<おいっ!きさま!こいに!なやんで!いるの!かーっ!>
御遣い/猪・マーガレット
次回、第4話☆執着愛~stalking~
「アンタなんてもう、自分のお師匠じゃないっス。今の自分は、ストーカーの王。須藤王っスよ。知ってるっスか、須藤王。アンタなんてとっくに、今の自分は超えてるっス。格が違うっス。」
coming☆soon!