ファイナルの2.
「正直。私には、今。ここでなにが起こっているのか、よくわかっていない。」
「なんで、黒いひよこさんが大っきくなって。なんで、圭二くんが黒いひよこさんになってるのかも、正直、よくわかんない。」
「ひょっとしたら、今ここで起こっていることは、実は私が思っているより、ずっとずっと、大変なことで。ピヨコットちゃんの奇跡は、もっと大切なことのために使わなきゃいけないもかもしれない。」
「…でもね。」
「私は、思うんだ。例えば。本当に今、ここで世界の全部が滅びるとしても。目の前の、自分の一番大切な、大切な、大切な、大切な人を、助けてあげること。それは世界の全部を救うのと同じくらい、大切なことなんじゃないか?価値のあることなんじゃないか?…って。」
「私は、バカだから。自分にはよくわからない事よりも、自分が一番大切だと思うことのために動きたい。今、私の一番大切な人は、自分の心を固く閉ざして、たった一人だけの世界の中にいる。今、やっとわかった。あの人はずっと、自分一人だけの。冷たい、暗い世界で生きてきたんだ。私はあの人を、あの人の心を救ってあげたい。あんな寂しそうな圭二くんを、私はそのままにしておけない。」
陽炎のように揺れる巨大な黒い鶏さんを前に。可憐な少女は切々と、不器用な言葉で自分の正直な想いをつむいでいきます。
「ピヨコットちゃん。お願い。あの人のために、最後の奇跡を起こしてあげて。私の声を、私の言葉を、私の想いを。あの人のもとに、届けて欲しいの。」
可憐な美少女。高木里美さんは。この一年間、ずっと同じく自分の足元にいてくれたひよこさんへ。最初で、最後のお願いをしました。
<わかりました。>
ひよこさんはハネを広げ。どこからともなく、一本の細長い棒を取り出します。恋の女神さまがこの地上に遣わされた、12の御遣い。その、最後の一人が。今ここに、最後の神器を発動させます。
『ひよこ胸張り指揮棒振る。最後の奇跡、ここに在れ。愛の調べよ、地上を包め。ファイナル☆、恋ナル☆、ヒャーウィー☆ゴー!』
最後の御遣いが神器、輝煌のタクトを振りかざすと。12の神器は今ここに集い、奇跡の力は甦る。
ひよこさんが指揮棒をサッと振り、倒れたまま小山になっている残る11の御遣いたちの方へと向けました。まさに、奇跡。力尽き倒れた御遣いたちの身体が、まばゆいばかりの金色に輝きだし。既に奇跡の力を使ってしまったはずのそれぞれの神器が、それぞれの身体から、空中へと浮かび上がっていきます。
宙に浮かぶ11の楽器が奏で始めた、奇跡の愛の管弦楽。その調べは時を超え、空間を超え、超次元の壁さえ超えて。闇の亜空間に囚われているイケメンな方。新帝圭二さんのもとへと流れていきました。
地獄の闇の底のような、冷たく暗いところに。圭二さんはひとり、浮かんでいます。黒い鶏さんの完全復活に際し、自身の肉体を乗っ取られてしまってからも。圭二さんの意識は肉体から離れることなく、胸の奥の、奥の方。黒い鶏さんの創り出した亜空間よりさらにもっともっと深い、暗く冷たいところへ、小さく小さく圧縮され、ずっと閉じ籠っていました。外の世界の状況は、なんとなく。黒い鶏さんと共有している肉体の感覚として僅かに伝わってくるので、様子を察することが出来るのですが。なんだか先ほどまではちょっとだけ、騒がしくて。今はやっと、ふたたび、静かになったように感じます。
「(全てが、ようやく、終わったのかな…。)」
圭二さんはだいぶん薄くなってきた自分の意識の中で、少しだけ考えますが。そもそも。自分には、どうでもいいことだ。そう思い直し、静かにその眼を閉じます。
圭二さんの意識が闇の中に溶けて、完全になくなろうとした、まさにその時。これは、何が起こったというのでしょう!!なんと、圭二さんの下半身。ちょうど、股間のあたりが。まばゆいばかりの金色の光を発し、輝き始めたではありませんか!!
「なっ!?」
肉体を動かせないはずの圭二さんの意識が、思わず肉体の声帯から声を発しました。続いて、圭二さんの股間から。「圭二くん!圭二くん!聴こえる!?圭二くん!!」と、けたたましく女性の叫び声が聴こえてきます。圭二さんは慌てて制服のズボンのポケットをまさぐり。ポケットの中袋の生地を引っ張り出し、ひっくり返し、ちょうど正面から見た時に圭二さんの股間に位置する部分。ポケットの底に入っていた、音と光の発信源となっているモノを掴み出します。まるで圭二さんらしくもない、ひどいパニクりようです。圭二さんの人生、そのすべてが静かに終わろうという瞬間。その感慨に静かに浸っていたタイミングで、突然のこの状況。いたたまれません。だいたい。圭二さんの人生において、こんなカッコ悪い場面をやらされるのは生まれて初めての事なのです。
圭二さんは光輝く謎の球体を、忌々しげに力の限り、叩きつけるように暗闇の底へと投げ捨てました。
奈落の底まで落ちていくかに思えた球体は。物理法則を完全に無視し、ふいーん、とおかしな軌道を描いて浮かび上がり。圭二さんの顔のまん前で、実に鬱陶しく輝き続けます。
「くっ…!!」
若干、冷静さを失った圭二さんは、顔の前の輝く球体を払いのけようとしますが。その手は虚しく空を切り、球体は圭二さんの腕に纏わりつくようにして、さらにふいーん、と接近してきます。
触れるほどに近づいた圭二さんの顔の前で、輝く謎の球体がしわしわしわと伸びるように綻びはじめ、その姿を変えていきます。やがて1枚の紙のように広がった、確かに見覚えのある「それ」に。圭二さんはハッ、と、息を飲み込みました。
「(これは…。)」
そう、圭二さんの目の前にふよふよと浮かんでいる「それ」は。バレンタインデーのあの日、サトミさんが圭二さんに手渡し、ホワイトデーのあの日、圭二さんがサトミさんの目の前で破り捨てた、ラブレター。可憐な少女が、自らの想いの丈を余すことなく込めた恋文、その封筒を、想いのすべてを封じていたもの。
圭二さんがラブレターの封筒を開けた、あの時。すぐに両手で破り捨てるアクションに入るため、無意識のうちにぐしゃぐしゃに丸めてズボンのポケットに入れたまま、その存在すらすっかり忘れていたもの。サトミさんが「大切な手紙」の封筒を閉じる際に必ず使う、あのかわいいひよこさんのシールでした。
「圭二くん!お願い、返事して!圭二くん!!」
無残にもしわしわのひよこさんのシールから、ふたたび騒がしい女性の声が聴こえてきます。圭二さんは予想外のわけのわからない事態の発生に、少しの間呆然としていましたが。その声が聞き慣れたサトミさんの声だとようやく気がつくと、いつもの落ち着きを取り戻したのか。うんざりした様子で、ため息をつきます。
「…まさか、こんなところまで追いかけてくるなんてね。」
圭二さんが苦笑しながら呟きます。一瞬の、沈黙。その次の刹那。ひよこさんのシールは爆発的な音量で、耳障りに騒ぎ始めます。
「圭二くん!圭二くんだよね!?今の声!!圭二くん、無事なの!?良かった!!大丈夫!?私のことわかる!?私私、私だけど!!サトミ!サトミだよ!!怪我してない!?暑くない!?寒くない!?お腹すいてない!?眠くない!?私のこと好き!?」
すっかり冷静さを失っているらしいサトミさんの矢継ぎ早の質問。圭二さんは、もう一度。うんざりした様子でため息をつきます。
「悪いんだけど、黙ってくれないか。…僕はもう、君に用はないんだ。」
圭二さんはイライラした様子で、サトミさん言葉を遮ります。暗闇の中にふたたび訪れる、沈黙。それは、数秒だったのか。それとも、もう少し長かったのか。
「…ごめん…。」
しばらく続いたその沈黙を破ったのは、悲しげなサトミさんの一言でした。
「圭二くん。私、バカだから。いつも、一番大切な事を伝えなきゃいけないときに、勇気が出なくて。怖くて怖くて、ブルブル震えて、声が出なくなっちゃうんだ。今だってそうだよ?すごい、震えてる。泣きそうだし、胸が苦しくてもう、声もでなくなりそう。それで、手紙を書いて渡すんだけど、私、国語、苦手で。一生懸命考えて書くんだけど、小学生書いた文みたいになっちゃうんだ。おかしいよね?普段は、あんなにうるさいのに。ちゃんと伝えなきゃいけないときに、私…、いつも、こうなんだ。」
「圭二くん。私はあなたにまだ、ちゃんと私の想いを伝えられていない。私はあなたにまだ、聞いて欲しいことがあるの。私、バカだからよくわからないけど、あなたは今、二度と会えないところへ行ってしまおうとしている。今ここで伝えなければ、二度と声も想いも届かないところへ、行ってしまおうとしている。このままでは、ちゃんと伝えられないまま、ちゃんと聞いてもらえないまま、あなたは私の前から消えてしまう。私は、そんなのは嫌だ。だから。あなたにどれだけ鬱陶しく思われたって、あなたにどれだけ酷いことを言われたって。ごめん、私はちゃんと伝えたい事を伝えるまで、絶対に黙らないよ。」
「圭二くん。私は、あなたが好きだ。あんなに酷いことを言われても、あんなに酷いことをされても。私は、あなたが好きだ。私はこの1年、あなたをずっと見ていた。誰よりもあなたの近くで、誰よりも長い時間、誰よりも熱心に、あなたをずっと見ていた。だからわかる。あなたは、嘘をついている。自分の本当の心を必死に隠して、冷たい人間のふりをしている。本当のあなたは他の誰よりずっと、優しい、温かい人なんだ。」
「圭二くん。あなたはどんなに方向性の間違っている気持ちでも、どんなに倫理的におかしい行動でも。それがその人にとっては何よりも大切な感情で、その人にとってはかけがえのない愛情なのだということ。それをちゃんとわかってあげられて、救いの手を伸ばしてあげられる、そんな人。…私がずっと見てきた本当のあなたは、そういう温かい、優しさを持っている人だ!」
暗闇の中に、サトミさんの言葉が切々と紡がれていきます。最初は弱々しく、たどたどしかった声は、次第次第に力強く、張りのある声へと変わっていき。最後には凜とした、強い意思のこもった言葉へと変わっていきました。
「…ずいぶんとまた、持ち上げられたものだね。」
圭二さんの呆れたような声が響きます。
「言わなかったっけ。僕はそういう、勝手な思い込みがいちばん嫌いだって。言っただろ?鬱陶しいんだよ。僕は嘘なんかついていないし、あの気持ち悪い変態どもの気持ちなんて理解できないし、わかりたくもない。なんか、勘違いしてるみたいだけど。いつも勝手に舞い上がって、うるさく騒いでいる君にいやがらせするのが、ちょっと面白かったから。あいつらは、そのために利用させてもらっていただけ。用が済めばポイの、使い捨てだ。それが、優しさ?愛情?都合よく解釈するのも大概にしろ。そんな調子いいこと言ってたって、どうせお前だって、また…。」
「逃げるな!!」
圭二さんの言葉は、サトミさんの叫びに遮られました。
「あなたはそうやってすぐに目を閉じて、一方的にすべてを否定することで終わりにしてしまおうとする。思い込みが激しいのは、どっち!?自分に都合の悪い事を見ようとしていないのは、どっち!?なに勝手な思い込みで、全世界ごと滅ぼそうとしてるの、小学生なの!?あなたは私に言った、愛や、恋なんて、どこにも存在しないんだ、って。あなたは嘘つきだ!!あなたは怖いだけだ!本当は、不安なだけだ!自分に向けられた好意が本当のものなのか、自分が本当に愛してもらえているのか。カッコいいだけではない、内面に隠されているねじ曲がった自分を知られても、変わらずに愛してもらえるのか。不安で不安で、不安で不安で仕方がなくて、確かめずにはいられなくて!本当は、愛してもらいたかったんでしょ!?酷いことを言って突き放しても、それでも私がちゃんと戻ってくるか。確かめてみただけだったんでしょ!?」
サトミさんが語気を荒らげます。その剣幕にさすがの圭二さんが、お、おぅ?とたじろぎます。常にパーフェクトなイケメンであった圭二さんの人生において、考えてみれば、他人にこんな風に非難されるような隙を与えてしまったことは今までになく。それ故に、逆に圭二さんには、実はこういった状況に対する耐性があまりありません。しかし。この動揺は、はたして。それだけが原因なのでしょうか。
「き、君はいったい、いきなり何を言って…?ハハ…。」
圭二さんは乾いた笑い声をあげながら、それだけ言うのが精一杯です。なんでしょう、この圭二さんらしくない狼狽えぶりは。
「…大丈夫だよ。私は、ちゃんと圭二くんのことが好きだから。あなたは寂しがりやで、嫉妬深くて、子供っぽくて、素直じゃなくて。なのに常にカッコつけて、自分がイチバンじゃないと気がすまない、どうしようもない人。でもね。私はこの1年で、カッコよくてイケメンのあなただけではない、そういうあなたのカッコ悪いところも知ることが出来た。…人を好きになるのって、そういう事だよ?最初は理由なんてない、一目惚れだったとしても。その人の良いところ、悪いところ、好きなところ、嫌いなところ。時間をかけてちょっとずつ、ちょっとずつ、ゆっくり理解していって。その上でまだ、好きだって言えるなら。その気持ちはもう、本物の愛情なんだ。あなたには、私がいる。恋も愛情も、ここに、ちゃんとある。安心して、信じて大丈夫なんだよ…。」
サトミさんの言葉には、だんだんと涙声がまじっていきます。最後にはしゃっくりあげながら、それでも懸命に圭二さんへの想いを伝えるサトミさん。その声からは限りないやさしさが、涙とともに溢れ出しているようです。
「いい加減にしろ!!」
圭二さんが怒声を上げました。
「やめろと言っているんだ!やめろ!!やめろ!!やめろ!!わからないのか!?いいか、お前は僕のことなんて、何一つわかっていない!全部お前の勝手な思い込みだ、お前の都合の良い妄想だ!!僕が優しいだって?温かいだって?ハハ、笑える!最高だ!お前最高だよ!今まで生きてきて、こんなに滑稽な奴は初めて見た!!もうお前の存在自体が、最高のジョークだね!!」
圭二さんはサトミさんを嘲笑って見せますが。なんだか、かなり必死に見えるのは気のせいでしょうか。アッハッハッハッハッハッハッハ、と無理のある笑い声をあげ続ける圭二さんに、サトミさんが静かに問いかけます。
「…それなら。何故、あなたの顔はさっきから、ちっとも笑っていないの?ホワイトデーのあの日、あんなに悲しそうな顔をしていたのはなんで?屋上に戻ってきた私を見て、あんなに嬉しそうな顔をしていたのはなんで?…あなたは何故、さっきからそんなに寂しそうに、涙を流しているの…?」
えっ…、と、頬に手を伸ばす圭二さん。その左眼からは涙が静かに流れ、圭二さんの端正な顔を濡らしています。その感触に驚いた圭二さんは慌てて涙をぬぐいますが、涙は止まることなくこんこんと溢れ続け。頬を伝い、闇の底へと落ちていきます。
無限の暗闇の中に。散っていった圭二さんの涙は無数の小さな星となり、次々と灯りを灯していきます。白く輝く星屑たちが繋がり、描き出していく星座。闇に浮かび上がったそれは、圭二さんの。この1年間の、思い出でした。いつもの角での出会い。突然のインタビュー。雨のコンビニ。ふたりっきりの武道場。文化祭の打ち合わせ。卒業式。思い出の中の圭二さんにはいつも、サトミさんが一緒にいて。サトミさんはいつも元気で、明るくて、一生懸命で、輝くように笑っていて、そして。その隣でいつも退屈そうにそっぽを向いていた、圭二さんの顔は。
いつも、とても嬉しそうに微笑んでいました。
「嘘だ!」
圭二さんは悲鳴のような叫びをあげます。
「嘘だ!こんなわけがない、こんなのは嘘だ!こんなものを僕に見せるな!!」
必死に腕を振り回し、宙に浮かび上がった思い出の場面を掻き消そうとする圭二さん。
「こんなわけがない!僕がこんな顔をしていたはずがないんだ!策略…!そう、策略だ!僕に言うことをきかせるために、君がその御遣いをつかって仕組んだ策略だ!ひ、卑怯だぞ!!これじゃまるで僕、君と一緒にいられるのが嬉しくて、思わず浮かんでしまう笑顔を見られないように、いつも反対を向いていたみたいじゃないか!!常にクールで、常にカッコいいこの僕が!?そ、そ、そ、そんなわけが!そんな事絶対に、あるわけがないんだからな!!」
激しく狼狽え、否定する圭二さん。しかしその顔には、そうは書いてありません。
「…あんなに、俺にはなんでも見えてるんだぞ!って、威張ってて。世界の全部を知ってるような顔をしてたくせに。自分の気持ちさえ、見えてなかったんじゃないか…!」
涙を流しながら、やさしく微笑むサトミさん。圭二さんと同じように頬を流れる涙をぬぐったその顔に、満面の微笑みがパァッ、と花咲きます。
「どんかん…。」
サトミさんの笑顔を見たその時、圭二さんの凍りついていた心臓が、ドクン、と音を立て鼓動を刻み始めます。心臓の送り出す熱い血液は圭二さんの体内を巡り、氷のように青白かった肌が見る見るうちに体温を取り戻していきます。
<(ちょ!?おぃい!?圭二ちゃんちょ、おまっ、何!?ときめいちゃってんの!?ときめきラブパワーなの!?ねぇ!?)>
圭二さんの頭の中に、黒い鶏さんの声が響きます。
「ち、違う!!僕はそんな事を考えない!!ときめいてなんかいない!!」
頭を左右に激しく振って否定する、圭二さん。その身体の中心に、白く温かい光が浮かび上がり。次第に大きく、膨らんでいきます。圭二さんの心の底に眠っていた、『ときめきラブパワー』の、膨大なエネルギーの塊です。
<(パニクってんじゃねえ!!圭二、いったん身体のコントロール俺に返せ!!これ、ガチでやべえ!!)>
黒い鶏さんが慌てて叫びます。
「僕に愛情なんて、あるもんかぁぁああああああ!!!」
圭二さんの魂の絶叫とともに。巨大な球体となった『ときめきラブパワー』の塊が飛び出し、何処かへと飛び去っていきました。
圭二さんはハァー、ハァー、と肩で荒い呼吸を繰り返しています。
<クソ童貞が…!!>
憎悪に満ちた顔を上げた圭二さんが、忌々しげに吐き捨てました。
<(まったくの想定外だったぜ…。まさかこのクソ圭二が美しい愛に目覚めるとは…。最後の奇跡が、圭二のためのものだったとはな…!!)>
圭二さんは、あの日の圭二さんとの会話を思い出します。
「僕たちは最後の御遣いがどこにいて、誰のために最後の奇跡を起こそうとしているのか、とっくに把握している。負ける要素がまず、ないんじゃないかな。」
<(お前じゃねえか!!)>
圭二さんは頭に思い浮かべた圭二さんの、すごく自慢げな顔へ全力のツッコミをいれます。
<どいつもこいつもふざけやがって!!もう許さねえ、茶番は終わりだ!!このへん一帯ごと、塵ひとつ残さず消滅させてやる!!>
圭二さんが禁断の最強魔術、『闇の核爆弾』を発動させるためにカッコいいポーズをとろうとしたその動きが、突然巻き起こった轟音によって止められました。圭二さんはギョッとして、ドーン!という音のした方向。サトミさんの家の方を振り返ります。
それは、12の奇跡が発動し。集められた12の『ときめきラブパワー』が複雑な化学反応をおこして、大爆発。チーン、という目盛りの増える音とともに『ときめきラブボックス』のフタロックが解除され、天を突いて溢れ出た『ときめきラブパワー』が、サトミさんの家の屋根を吹き飛ばした音でした。地上高く、空の涯まで。真っ白い光の柱が、垂直に屹立します。やがて天地を貫いた光の柱が消えると、キラキラと輝く光の粒子が、ゆっくりと空から舞い降りてきました。
ポン、ポン、と運動会の花火のような間抜けな音を立てて、光の粒子がはじけ、町の空へと広がっていきます。町の上空を覆っていた暗雲を溶かすように消し去っていったそれらは、もう一度もこもこもこと集まっていき。顔を出した3月の抜けるような青空に、5つの文字を描いていきました。
『オ』『メ』『デ』『ト』『ワ』
この地上に生きとし生ける、すべての人間へ。恋の女神さまの与えた、微妙に間違った日本語による祝福。この瞬間、最終戦争の勝敗は完全に決定しました。
光の粒子の描く5つの文字が、ゆっくりと、ひとつ、ひとつ。サトミさんと、その足元のひよこさんに向かって吸い込まれていきます。ふたたび起こる、ドーン!という轟音。二人の立っていた位置から、白い光の柱が屹立します。
光の柱の根元から、むくむくむくと白い塊が起き上がっていきます。巨大な、光輝く真っ白いひよこさん。1番近くでそれを見上げている幸恵さんは、「(ニワトリになったりは、しないんだー。)」と、若干ずれた感想を抱いています。
「決着だ!!」
巨大な白いひよこさんの前で腕を組んで仁王立ちする、可憐な少女。巻き起こる『ときめきラブパワー』の奔流が、彼女の髪を、スカートを巻き上げ、逆立たせます。それはもう、見事にパンツが見えています。
<『ときめきラブパワー』、2億8万5000…6兆3億98万…14京2845兆3億5675万…!!>
圭二さんの左眼に装着された闇の神器、『ラブスカウター』が。明らかにおかしい勢いでカシャカシャカシャカシャと『ときめきラブパワー』の上昇を表示していきます。
<那由多…不可思議…無量、大数…ッ!?>
プスプスと黒い煙をあげ始めた『ラブスカウター』は。最後に<ソクテイフノウ>という表示を浮かべると、ピーという電子音のあとに爆発、粉々に吹き飛びました。
「この一撃で!すべて!終わらせてやる!!」
サトミさんは狙いを定めるように、圭二さんへ向けて右の拳を突き出しました。その姿に圭二さんは、<(結局殴るのかよ!?)>と、盛大なツッコミを心の中に浮かべています。
「いくよ!ピヨコットちゃん!!」
サトミさんが、巨大な白いひよこさんが。圭二さんへ向かって、一斉に駆け出しました。サトミさんの地を蹴る脚が、振り上げた拳が、その動作のひとつひとつが。巨大な白いひよこさんの動作に、リンクしていきます。
<(やっべえ!これ、マジやっべえ!何がやべえって、圭二の身体!53万女の『ときめきラブパワー』に共鳴して、とんでもねえ『ときめきラブパワー』を発しはじめてやがる!!)>
圭二さんの身体が。圭二さんの胸から次々と沸き上がる膨大な『ときめきラブパワー』によって、眩く白く輝きを発していきます。
<(いくら完全体の俺様でも、これだけの巨大エネルギーにサンドイッチされたら…!!)>
圭二さんの顔色が変わりました。ものすごいスピードで迫ってくるサトミに対して、慌てて必死の命乞いを試みます。
<待て!…いや、待ってください53万女さん!!返します!圭二くん返しますから!!地上の支配も諦めますので!!とりあえず殴って解決するとか、それじゃあまりに悲しすぎるじゃないですか!?人類に愛を、地上に愛を!!そんなの、やさしい53万女さんらしくない!!>
泣きそうな顔で叫び続ける圭二さん。もう、恥も外聞もありません。
「覚悟決めろ!男の子だろ!!」
サトミさんの脚がダッと大地を蹴り、スピードがグッと1段上昇しました。
<死ぬ!絶対死ぬ!100パー死ぬ!!物理的に消滅しちゃうからこんなの!!わかってんのかお前、圭二も消えちまうんだぞ!?いいのかよ!!本当にいいのかよお!?>
逃げる事すら忘れたように、圭二さんはただバタバタと、子供のように手足を振り続けます。サトミさんがダッと大地を蹴り、大きく跳び上がりました。
「女神の奇跡は!それを本当に望む者にしか訪れない!!そして、その望みを絶対に裏切らない!!」
空中のサトミさんが大きく背を反らし、拳を振り上げます。背筋に集約されていく膨大なパワー。ギリギリの発射寸前まで引かれ、ピンと張った、弓の弦。
「それに!私の大切な人は!!こんなことで消えてしまうほど、絶対に弱くない!!」
極限まで後ろに引かれたサトミさんの頭が。そして、それにシンクロした巨大な白いひよこさんの頭が。ぶんと唸りを上げて、一気に振り下ろされます。
<いやだしにたくない!!たすけて!けいじちゃん!!>
黒いひよこさんから、最後の悲鳴が上がります。
「ファイ!!ナル!!いぬパンチ!!!」
頭突きです。
サトミさんのオデコと圭二さんの額がぶつかり合った瞬間、限界まで膨れあがっていた2つの膨大なパワーは互いに弾け。
すべてが、白い光の中へと消えていきました。




