ファイナルの3.
崩れた中学校の校舎。平和だった日々の残骸のような瓦礫の山の前で、黒い鶏さんと、可憐な美少女が対峙しています。
不思議そうに首を傾げ、立ち尽くしているままの黒い鶏さん。対し、可憐な美少女。このお話の主人公である高木里美さんは。状況を確認するように、ゆっくりと自分の周囲を見回します。
「(幸恵ちゃん…。遅くなって、ごめん。)」
サトミさんの後ろには、制服を黒煙に煤けさせ、倒れたままの幸恵さん。その顔は涙に濡れ、泥まみれでぐちゃぐちゃになっています。
「(みんな…。間に合わなくて、ごめん。)」
サトミさんの前には、死屍累々と小山になっている、正義の味方たち。サトミさんの身体の中で、1つの感情が次第に大きく膨れ上がっていきました。
「ピヨコットちゃん!!」
サトミさんが空に向かって叫びます。サトミさんに雑に窓から捨てられて以降。春風に乗ってテキトーに空中を漂っていたひよこさんが。本来の定位置、サトミさんの足元へ、ストッ、と着陸しました。
<せかいをたびしてきました。>
ひよこさんはおみやげのひよこサブレをサトミさんに差しだします。
「ピヨコットちゃん、窓から投げてごめんね。ありがとう。」
ひよこサブレをバリバリと噛み砕きながら、サトミさんの視線がゆっくりと、黒い鶏さんへと向き直っていきます。二人の視線が、ふたたびぶつかり合いました。
「おい!くそひよこ!!」
非常に風通しの良くなった校庭に、サトミさんの凛とした声が響き渡ります。黒い鶏さんはクルックー?と鳩ライクなリアクションをしています。
「よくも幸恵ちゃんを!みんなを!こんな酷い目に遭わせてくれたな!!地上にはなあ!やっていい事と、わるい事ってのがあるんだ!!今日という今日はもう許さない!ボッコボッコにして懲らしめてやるから、覚悟しろ!!」
元気いっぱいに叫ぶサトミさんの身体は若いエネルギーに満ち溢れ、実に溌剌としています。時間にして数時間前まで、別人のようにボロボロだったはずのサトミさん。むしろそうなる前以上に無駄に元気よく復活しており、とても同じ人とは思えません。一人の人間が短時間のうちに、こんなにも変わることが。はたして、科学的にあり得るのでしょうか。
あり得るのです。そう、皆さんはなんとなくご存知かもしれませんが。サトミさんは元来、何かイヤなことがあっても、1度グッスリ眠ればなんとなくスッキリして、案外サッパリ忘れてしまうタイプでして。サトミさんのダメージは、『ダークボックス』に生命力を吸われ続けていた影響よりも、むしろ、過度の睡眠不足によるもの。病院でグッスリ眠ったサトミさんは、その間、栄養満点の点滴を受けていた事もあり。スッキリさっぱり完全復活、おまけに若干テンションがあがっており、いつも通り微妙に暴走し始めています。
<ホォ、ホッホォ、ホッホォ、ホォ!>
そんなサトミさんを見て、先ほどから不思議そうな顔をしていた黒い鶏さんは。今度はフクロウライクな笑い声を上げます。
<誰かと思えば。圭二くんにこっぴどくフラれてメソメソ泣いてた、53万女さんじゃあ、ありませんか。お元気そうで何よりです。さすが戦闘力53万は伊達ではありませんね。>
黒い鶏さんはさもさも可笑しくてたまらないと言うように、ヘラヘラと笑っています。そうしている間にもサトミさんはプリプリ怒りながら大股に近づいてきますが。余裕も余裕、まるで相手にする様子がありません。
<状況が理解できてないってのは、悲しいなあ?おおかた、俺様がかわいいひよこちゃんだった時と同じ感覚で言ってるんだろうが。完全体になった俺様にとっては、たかだか、53万。お前ごときが何をしようが『へ』でもないと言うか。むしろ、『へ』だね!>
サトミさんが黒い鶏さんの目の前に立ちました。ザッ、と校庭の砂利を踏みしめる音が、無駄に大きく聴こえます。
<お前はもう、『終わった』んだ。『過去の人』なんだよ。終わった奴は終わった奴らしく、人に迷惑をかけないよう大人しく引きこもって。一人寂しく『へ』でもこいゲブォー!?>
冷めた眼でサトミさんを見下ろしていた黒い鶏さん。なにやら言いかけていたカッコ良さげな台詞を最後まで言わせてもらえないうちに。その顔面へと、サトミさんの拳がめり込みました。サトミさんのなんの変哲もない、普通のパンチに普通に殴り倒された黒い鶏さんの巨体が。面白い声を上げながらゴロンゴロンと、無人の校庭を勢いよく転がっていきます。
「今のはッ…!幸恵ちゃんを泣かせたぶんだ!!」
サトミさんがビッ!と、黒い鶏さんを指さしました。
サトミさんに普通にブン殴られて、その勢いのまま転がっていった黒い鶏さんは。その勢いのままボコーン!と音を立てて崩れた校舎の瓦礫にぶつかり、跳ね返って2回転半戻ってきたところでようやく停止します。
<なっ…!?なあぁっ!?>
突拍子もない非常識な事態の発生に、黒い鶏さんは。何が起こっているのかまったくわけがわからず、キョロキョロとあたりを見回すような仕草をしています。そんな黒い鶏さんの前に、ズササササササと土煙を上げてサトミさんが滑り込んできます。大きく右脚を振り上げるサトミさん。スカートが捲れてしまうのにも構わず、今度はサッカーのシュートのように、黒い鶏さんを思いっ切り蹴り上げます。
<パンチラゲットォォオオオオオオ!!!!!>
黒い鶏さんはものすごく正直な悲鳴を上げ、上空に蹴り飛ばされます。
「今のは、アリスさんと!綾子さんに、ケガをさせたぶんだ!!」
サトミさんがビッ!と、黒い鶏さんを指さします。
<(なんだ!?なんだかわかんねえけどやべえ!マジやべえ!!)>
ようやく本気で危機感を感じ始めてきた黒い鶏さん。とにかく迎撃を!と体勢を立て直そうとしたその目の前に、先回りしたかのように既にサトミさんの可憐な顔が迫っています。黒い鶏さんの全身に、ゾッ、と。まさしく鳥肌が立ちました。サトミさんが、大きく右手を振りかぶります。
<コズエアユハラァアアアアア!!>
バシーン!と響く快音とともに、黒い鶏さんは。バレーのスパイクのような一撃を受け、非常に危険な悲鳴を上げながら地面へと叩き落されます。あくまで、スパイクです。アタックではないんです。
「今のは、御遣いのみんなに!酷いことをしたぶんだ!」
サトミさんがビッ!と、黒い鶏さんを指さします。
黒い鶏さんの視界いっぱいに広がる、校庭の砂利。しかしその落下地点には、硬い地面よりも遥かに危険なモノが待ち構えていました。一足早く着地したサトミさんが、地を這うような急角度からのアッパー・カットを繰り出します。
<ラッコゲイザァァアアアアアアアア!!!>
黒い鶏さんがよくわからない悲鳴を上げ、吹き飛んでいきました。いったい何の事なんでしょうね。たぶん、特に意味のない言葉だと思います。
「今のは…!今のは、あー…。えーと。…なんか、うしろに集まってる、よくわかんない変態たちのぶんだ!!」
「おいぃ!?」
ビッ!とかっこよく指さすポーズをキメているサトミさんの後ろで、いつの間にか病院から移動してきていた変態どもがバラエティー番組の若手芸人の方々のような素晴らしいリアクションをとります。彼らの今回の活躍を考えれば、もう少し扱いが良くなってもいいように思うのですが。難しいお年頃の女の子に公共の場で恥をかかせた罪は重いのです。反省してください。
右ストレート。サッカーボールキック。バレースパイク。アッパー・カット。
パーフェクトに決まった高速の4連撃を受けた黒い鶏さんの巨大な身体が、ドシャア!と音を立てて地面に墜ちました。物理的な暴力のダメージで身動きできない黒い鶏さんに、バキ、ボキ、と拳の関節を鳴らしながらサトミさんが近づきます。
「最後に。これは、この私の純情なハートを弄んでくれたぶんだ。その罪は、異常なまでに重いぞぉ?」
黒い鶏さんに、一歩、一歩。確実な死が近づいていきます。
<ちょ待てよ!!待て!待って!!さっきからお前、おかしいだろ!!おかしいよな?おかしいよな!?絶対おかしいだろ!!>
あまりの理不尽さに、ついに耐え切れなくなった黒い鶏さんが。完全に取り乱して叫びます、鶏だけに。
<お前さっき、さりげなく10メートルくらいジャンプしただろ!?ていうか、さっきからなんかワープ移動してるだろ!?絶対おかしいだろ、なに普通に殴ってんだよ!!普通、殴れるか?殴れないだろ!!>
黒い鶏さんはクールな自分のキャラクターもすっかり忘れて、懸命の抗議を続けます。彼は地上に来て初めて、すごくまっとうな事を言っています。
「なんだ、ひよこ。地上に一年もいて、まだ知らなかったのか?」
サトミさんが呆れたように、ヤレヤレと肩を竦めます。
「いいか?恋する少女ってのはなぁ…。恋する少女には不可能はなくて!不屈で!無敵なんだッ!!」
サトミさんが自慢げに、そのあまり凹凸のない胸を張ります。
<(それで片付けるなよぉぉおおおおおお!?)>
黒い鶏さんはもう、泣きそうです。まあ。その気持ちは、よくわかります。
「さぁーて、トドメだあ。全力のゲンコツいくぞぉ。歯、食いしばれい!」
サトミさんがグルグルと右肩を回転させ始めました。
<ま、待て!いや、待ってください!!53万女…53万女さん!これには深い、深いワケがありまして…。ええ、是非ともテメーにご覧頂きたいものがあるのでございます!!>
もはや1も2もなく、黒い鶏さんは必死の命乞いをします。サトミさんの足が、一瞬、止まりました。
「ハッハッハ!バカめい!これを見ろぉ!!」
業ッ、と音を立て、黒い鶏さんの胸元。ちょうど、心臓部分をカバーしていた黒い焔が、左右に開きます。その、地獄の闇のように暗い、内部。闇の亜空間に。氷のように青白い肌となったイケメンな方、新帝圭二さんが目を閉じて浮かんでいました。
「(圭二くん…!?)」
サトミさんの目が驚愕に大きく開かれます。
「人質!?こら、卑怯ッスよ黒ひよこ!!男なら最後まで、正々堂々戦えッス!!」
憤慨した定家先輩が後ろからさけびます。その言葉が、聴こえたのか。黒い鶏さんの中の圭二さんの眼が、ゆっくりと開かれていきました。
<おい。人聞きの悪いこと言うなよなあ、角刈り。>
圭二さんの知的で端正な顔が、見る見るうちに下品で馬鹿そうな笑みに歪んでいきます。
<圭二はな。この度の俺様の完全復活に際しまして。自分の肉体をこの俺様の依代として差し出したんだ。そういう契約だったんだ。今や、この肉体は俺様のもの。圭二ちゃんイズ、俺様。俺様イズ、圭二ちゃんだ。初めまして地上の皆ちん。イケメン悪魔、圭二ちゃんです。よろしくちん☆>
とりあえずサトミさんの攻撃が止まったので、若干落ち着きを取り戻した圭二さんは。ヘラヘラと笑いながらふざけた説明を始めます。
<圭二が自分の肉体を差し出してまで、何を願ったのか。気になるだろお?知りたいだろお?超優しい俺様が特別に教えてやる。圭二は、なあ。なんと!自分のこの眼に、人類の滅びるところを見せて欲しい!そう願ったんだよ!!うわ恥ずかしい!中学生かよ!!あ、今は闇の奇跡の力で、肉体的には中学生に戻ってるんだっけ。まあ、そんな事はどうでもいいです。律儀な俺様は契約を守って、『この眼』にキッチリ、見せてあげますとも。そう、人類の滅亡ってヤツをね!ただし、俺様の左眼として、ですけどね!!>
黒い鶏さんがゲラゲラゲラと大爆笑します。あんなに仲の良かった圭二さんにさえ、この仕打ち。なんて卑劣なんでしょう。まさしく、悪魔です。調子に乗った圭二さんはニヤニヤ笑いながら、サトミさんに顔を近づけていきます。
<ほらほらどーだ、さっきみたいに殴ってみろよ。顔面ノーガードだぜ?アッハッハ!殴れるワケ、ねえよなあ!なんたって。お前のダイスキな圭二くんの、顔だもんなあ!!>
圭二さんはヘラヘラ下劣な笑みを浮かべ、挑発するように小者丸出しのセリフを吐きます。サトミさんはじぃーっ、と、圭二さんの顔を見つめていましたが。
「…よくわかんないけど、案外。殴ったら、元の圭二くんに戻らないかな?」
「あー。」
幸恵さんと顔を見合わせ、とんでもないことを言い出します。
<いや直んないから!!古いテレビじゃねえからコレ!!>
慌てた圭二さんが飛びずさり、大きく距離を開けました。
<…マジそろそろ。遊びは終わすぜ。>
黒い鶏さんが両翼を大きく広げ、四方八方に黒い稲妻を放ちました。拡散型闇の稲妻。黒い鶏さんの周囲が大きく吹き飛び、月面のクレーターのように地面が抉れます。
発生した衝撃波を受けるために上げた両腕のガードを、サトミさんがゆっくりと下ろします。そこから出てきた顔は、なにか、決意に充ちていて。
「ピヨコットちゃん。…お願い。最後の、奇跡を起こして。」
サトミさんは静かに、足元のひよこさんに語りかけました。




