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1/12話 ☆ 突発愛 ~girl,meets boy~

前回のあらすじ。


大臣が、はだかだった。

1.


春の4月は恋の季節。

新たな出会いに、恋の予感。

なんだかふわふわ、うれしくなって。

駆け出したくなる、そんな頃。

ほらご覧なさい、今日もまた。可憐な可憐な女子中学生が。

トーストを咥えてチコクチコクと、パワフルに駆けて、行きますよっと。

「私?高木里美(たかぎさとみ)!この春から、中学生2年生!恋にときめきたい多感なお年頃!好きなタイプはイケメン!!」

はい、ありがとうございます。

サトミさんはカメラに向かって簡潔な自己紹介を済ませると、再び駆け出していきましたよっと。

「きゃー!チコクチコク!新学期開始から通算、8回目、2日ぶりのチコクだよ!もう、サイテー!!なんで目覚まし3コもセットしたのに、3コとも壊してまた寝てるかなー!!」

サトミさんはなかなか、アグレッシブな性格の女の子のようです。

さて、この状況。みなさんならどのように、ご覧になるでしょうか。

前を見ていないから、危ない。

はい、そうですね。このままでは、次の角できっと、出会い頭にぶつかってしまいます。

トラックと?ええ、それも、ありですね。

これが免許センターの教材なら、あっ!あんなところに!うっかりドライバーがいますよ。トーストを咥えた女子中学生がチコクチコクと全速力で飛び出してくる、この危険をあなたは予測できましたか。

あわてない、あわてない、あわてない。

常に「かもしれない運転を心がけませう」、と不幸な事故の起こりかねない状況ですが。

そんな事にはなりません。なんたって今は、恋の季節。

お年頃の可憐な女子中学生がトーストを咥えてチコクチコクと全速力でぶつかっていくものは、イケメンと相場が決まっています。

そら、来た。

次の角の向こうから、手頃なイケメンが歩いて来ましたよ、イッツアチャンス。

「きゃー!」

付近を揺るがす衝撃音。

もうもうと舞い上がった土煙が晴れると、そこには。

頭から電柱に突っ込んで、力なくズルズルと崩れ墜ちていくサトミさんの姿がありました。

案外、反射神経の鍛えられた侮れないイケメンだったようです。残念。次に期待しましょう。



2.


「でねでね!!すっごいイケメンだったの!もうね、すっごい、イケメン!!」

コカーン、コカーンとチャイムの音。そう。ここは、中学校ですね。

電柱に果敢に突き刺さってしばらくノビていたサトミさんは意識を取り戻すと、とりあえず学校へ向かったようです。

当然、チコクですが、そんな事より。

頭の中は倒れる前に最後に見た光景、サトミさん自身に出来得る限りの最高速の突撃を、視線すら合わせず涼しい顔で回避して見せた、イケメンのことでいっぱいですよ。

「サトミちゃんはー。もう、イケメンの話になると、いつもそうなんだからー。」

熱く語るサトミさんに、お友達も、苦笑いです。

「だってだって!チコクチコクって走ってて、ぶつかったんだよ?これ、絶対運命の出会い的なやつだし!絶対この後転校してきて、隣の席になって、先生に高木、校内を案内してやれ、とか、都合よく話が進むパターン来てるし!!」

「サトミちゃんの隣の席は、わたしだよー?それに、転校生とか来てないしー。サトミちゃん午前中気絶してたから、ホームルーム出てないしー。」

お友達は、なかなか現実的な方のようですね。

「避けられたのがまずかったのか!今度は外さない、ぜったいぶつかる!!」

「ぶつかったら、ダメだよー。」

一度死にかけてテンションの高いサトミさんは、なにやら危険な事を言い出していますが。お友達がなんとか、止めてくれているようです。

それよりお二人とも。先ほど、チャイムがコカーンコカーンと鳴っていたのを、お忘れではないか。

「こらー。なにを騒いでおるんじゃ、授業を始めるぞー。」

お昼寝をしてつい寝過ごした先生が、寝足りなそうな顔で教室のドアを開けます。

「先生っ!!」

突然、背筋をピンと伸ばして挙手したサトミさんに、先生は訝しげにメガネをクイッとして、答えます。

「…なんじゃ、高木。」

「イケメンの転校生は来ないんですか!?」

一瞬の沈黙の後に、教室はどっ、と笑いに包まれました。

楽しそうな学校ですね。



3.


「来ないなー。さては、臆したか!」

次の朝。例の角で、サトミさんはイケメンを待ち構えています。

いつ現れてもいいように、クラウチングスタートです。

必要以上に、ぶつかりに行く気に満ち溢れています。

「やめようよー。危ないよー?」

おや、お友達まで配置して。

どうやら、イケメンが現れたら曲がった先にいるお友達が合図を出して。イケメンの死角から一気にダッシュする作戦のようですよ。

完璧な布陣です。

お友達はお友達で、「またチコクしちゃうよー?」と言いつつ、紅白の旗を両手に首からはホイッスルまでかけて。

なんのかんので、必要以上にやる気があるようです。

「むー。やっぱり、トーストがないとダメか!明日はトーストを仕掛ける!」

「仕掛けるのー?」

「トーストにはイケメンでも逆らえまい!釣るのじゃ!爆釣じゃ!イケメン大漁じゃー!」

「網のほうが、よくないかなー?」

結局、今日はイケメンが現れなかったので。

あきらめて学校へ行く道すがら、二人は作戦を立て直しています。

なんだか、方向性が間違ってきているようですよ。誰か止めなさい。


二人が去った角に、(ゴウ)ッ、と黒い焔の竜巻が巻き起こり。

闇のように真っ黒なひよこさんが現れました。

<いたな、このまえの53まん。>

黒いひよこさんは、二人の方を向いて『ラブスカウター』のスイッチを押します。

ピー。におく。

<ふえすぎだろ。>

黒いひよこさんは『ラブスカウター』の製造元へクレームを入れるために、電話帳を調べ始めたようですよ。



4.


4月の爽やかな朝の陽射しの中、トーストが揺れています。

昨晩のうちに、サトミさんとお友達はわなを作り、例の角に仕掛けました。

トーストを引っ張ると、網が降ってきてイケメンが捕獲される仕組みです。

身動きのとれなくなったイケメンに、サトミさんが全力の一撃。

これで、前回のお返しが出来ます。

「イケメンめ!今日こそ私の頭の痛み、思い知らせてくれるは!!」

サトミさんは、既に当初の目的を忘れているようですよ。

二人が角に近づくと、ばさっ、と網の落ちる音がしました。

「(かかった!?)」

思わず、顔を見合わせます。

お友達が網に駆け寄り、サトミさんが構えます。いよいよ、罪もないイケメンの命運もここで尽きてしまうのでしょう、か。

もがー。もがー。

なにやら、網の中でなにかがもがいていますが。

おや?イケメンにしてはちょっと、小さいようですよ。

お友達が、「あー。」と声を上げます。

「なになに?なんだった?」

サトミさんも駆け寄ります。

「ひよこさん…。」

網には、黒いひよこさんがかかっていました。

<やるじゃないか、さすがは53まん。>

<このおれさまをほかくするとは、ほめてやる。>

黒いひよこさんは、潔く敗けを認めました。

「えー!なになに!超かわいい!!」

「なんだか、すごく偉そうなひよこさんだねー。」

二人のリアクションはなんとも、女子中学生らしいですね。

<だしてくれ。>

黒いひよこさんは仕方なく頼みました。

「あ!ごめんごめん!ひよこさん、痛くなかった?」

サトミさんは慌てて網をはがしてあげます。

黒いひよこさんを救出して人心地がつくと、さて。

このひよこ、どうしたものか。

二人と黒いひよこさんはしばらくお互いの間合いをキープしたまま、無言で見つめあっていましたが。

とりあえず、黒いひよこさんは本題に入ることにしたようです。

<おい、53まんのおんな。えーと。>

黒いひよこさんは迷わず胸の大きい方に行きそうになりますが、立ち止まって『ラブスカウター』を覗くと、チッ、こっちか。とサトミさんにとことこ近づきます。

<おい、きさま。>

黒いひよこさんはサトミさんに、畏れ気もなく話しかけます。

<きさま、こいに、なやんでいるのか。>

サトミさんはお友達と顔を見合せ、キョトンとしていましたが。

すぐに言葉の意味を理解すると、真っ赤になってしまいます。

「や、やだもー!いきなり、何を言い出すの!?ひよこさんはーもー!!」

サトミさんは見境なく、バシバシと黒いひよこさんを叩きます。

<や、ヤメロ。ぐお、があ。>

黒いひよこさんは案外、ガチでダメージを受けているようです。

「サトミちゃん、ひよこさんが潰れちゃうよー?」

幸い、お友達が止めてくれました。

女子中学生にこのテの話題を振る際には、死ぬ覚悟が必要なようです。

「ご、ごめんひよこさん。大丈夫?」

さすがの黒いひよこさんもダメージが大きかったのか、しばし無言で倒れていましたが。

<このおれさまをたおすとは。やるな、さすが53まん。>

潔く敗けを認めました。

<それできさま、えーと。>

とりあえず黒いひよこさんはサトミさんとの間合いを十分にとり、お友達のスカートの陰から話しかけます。

<こいに、なやんでいるのか?>

「んー。えっとぉ…。」

サトミさんは赤くなって、もじもじし始めました。

<(はなしがすすまねぇ、ファッデム。)>

黒いひよこさんはまだまだ、女子中学生という生き物の扱いがよくわかっていないようです。

「恋、っていうかぁ。恋、なのかなあ。ひとめぼれ?あのね、一昨日、ここでね。すごーくイケメンな、男の子に会ったの。すごくすごくイケメンで、なんていうか、すごいイケメンで。」

<(どうも、ようりょうをえねぇな。)>

困った顔をしている黒いひよこさんに、お友達が「サトミちゃんは、イケメンが大好きなんだよー?」と説明します。

<なるほど、では。そのおとことの、こいになやんでいるというわけだな。>

黒いひよこさんが納得しますが。

「でもね、まだ、一回しか会ったことないし。好きなんだけど、よくわかんないの!すごくすごく好きなんだけど、名前も知らないし、誕生日も、好きな音楽も、弱点も、必殺技も知らないし、なのに。あの人のことで頭がいっぱいで、眠れないの、眠い、ていうかもう、寝ていい!?」

軽いトランス状態に達したサトミさんは、既に自分でも何を言っているのかわからなくなっているようです。

<おい…きょにゅうおんな。こいつ、いつもこうなのか。どうにかしろ。>

黒いひよこさんは困惑して、お友達に助けを求めます。

「えっとねー。サトミちゃんは普段はもう少し普通だけどー。イケメンの事になると、自分を見失っちゃうのー。」

「そうか!チコクか!寝ればいいんだ!チコクしそうなほど寝れば、きっとまた、あの人とここでぶつかれる!もう、全力で、死ぬほどぶつかれる!よし、それでいこう!寝るぞ!うぉーガフゥ!?」

いい加減で鬱陶しくなったので、黒いひよこさんがサトミさんのみぞおちに鋭い一撃を加えます。

<そのままねるか、まともにかいわするか、どちらかにしろ。>

黒いひよこさんはクールに言い放ちました。

「ほらー。ちゃんと答えないから。ひよこさん、怒っちゃったよー?」

お友達はけっこう薄情です。

「だ、だからぁ…、あの人のこと、もっと、知りたいっていうか…」

サトミさんは呼吸困難で震えながら、なんとか言葉を紡ぎました。

<わかった。つまりきさまは、そのおとこのことがわかればいいんだな?>

ああ、なんという事でしょう。さっきまであんなに可愛らしかった黒いひよこさんが、見たこともないような邪悪な微笑みを浮かべているではないですか。

<スーパーダークチャンス!>

黒いひよこさんがバッ、と右のハネを拡げると、突然、あたりが暗く、禍々しい空気に包まれます。


『悪魔が来たりてラッパ吹く。顕現せよ、闇の奇跡。舞えよ黒焔、巻き起これ竜巻、ナムナムマグナム・ぼんじーソワカー。』


闇の悪魔が神器・『黒焔のラッパ』を吹き鳴らすと、地は割れ、風は狂い、黒い焔が世界を焦がす。


突如、サトミさんの左目に向けて、まるで意思のある生き物のように『ラブスカウター』が飛んでいきました。

「あっぎゃあぁああああああああ!?」

『ラブスカウター』が飛びついたサトミさんの左目に激痛が走り、絶叫が響き渡ります。

『ラブスカウター』からは昆虫の脚のような触手が次々と飛び出し、サトミさんの目のまわりにドスドスと遠慮なく突き刺さっていきます。

サトミさんの悲鳴が止まった頃、竜巻は収まり。

世界は、ごく普通の静かな4月の朝を取り戻していました。



5.


梶田幸恵(かじたゆきえ)。13歳、中学2年生。9月23日生まれ。身長156センチメートル。バスト88。巨乳。》

サトミさんはぼんやりと、隣の席のお友達を眺めています。

「(どうしよう…?これ…。)」

黒い竜巻が晴れた時、黒いひよこさんは消えていて。

「今の…夢?」

「なんだったんだろうねー。」

お友達と二人、しばらくぼんやり、立ち尽くしていたのですが。

とりあえず、ここにいても仕方ないので、どちらからともなく、学校へ向かって歩き始めます。

しかし。サトミさんは既に、今までのサトミさんではなくなっていました。

闇の神器の魔力が起こした奇跡によって、サトミさんの左目には眼に映るすべてのもののデータが。

身長体重生年月日。弱点や、必殺技に至るまで、詳細に表示されるようになっていたのです。

「おい、高木。聖徳太子がどうして皇后陛下にシュートしたいし、と言ったのか、説明してみろ。」

先生に声をかけられて、顔をあげると。

《野茂田秀雄。62歳。視力0.03。禿げ。女装趣味あり。》

「(なんなの?もう!特に最後に付いてる、どうでもいい一言コメント!!)」

次々と左眼に映ってくる情報に、サトミさんは辟易していました。

なにより、クラスの男子。

《二ノ宮金次郎。13歳、童貞。寝る前に毎晩読む愛読書は制服奴隷レイプ。》

《西園寺公望。13歳、童貞。ニキビを潰して食べる癖がある。先日、初めての夢精を経験。》

《山縣有朋、13歳、童貞。野球部。通学のバスで痴漢行為の経験あり。》

「(サイッテーだわ…。)」

恋に恋する中学2年生の女の子に見せるには、あまりに悪意に満ち溢れた情報が次々と、左眼に浮かび上がっては消えていきます。

「(もう、イヤだ、こんなの…。)」

サトミさんはその日、生まれて初めて学校を早退しました。


とぼとぼと、サトミさんは家路を進みます。

なんで、こんなことになっちゃたんだろう…?

せっかく、運命の人っぽいイケメンの男の子と出会えたのに。

これからステキな、テレビドラマとか、少女マンガみたいな。

ドッキドキの恋の日々が始まるんじゃ、なかったの?

イヤだよ、こんなの。

グスッ、グスッっと泣きながら歩いていたサトミさんは、いつもの角に差し掛かっていることに気づきません。

脚だけが、毎日通って覚えた道順の通りに進んでいき、無意識のままに角を曲がらせます。

その時、とん、と肩に軽い衝撃を受けて。

「あ…。」

誰かにぶつかったんだ、と気づいたサトミさんは、すいません、と謝ろうと顔を上げて、その場に凍りつきます。

「あれ。君…?こないだの、電柱に刺さった人。」

なんという偶然でしょう!サトミさんの運命の人っぽいイケメンな方が、このタイミングで現れてしまったでは、ありませんか!!

「君…?泣いてるの。どうしたの?」

優しいですね。これだけで、顔だけでなく中身もイケメンで、女の子の扱いに慣れていそうなモテモテイケメンだということが理解できます。

すばらしいセリフです。

ああ、しかし。

憧れのイケメンな方に優しい言葉をかけてもらったというのに、サトミさんの耳にはその言葉が、まったく入っていきません。

それどころかサトミさんの可憐な顔は、見る見る恐怖に歪んでいきます。

イケメンな方を見つめるその左眼に、無慈悲にもデータを羅列した文字列が次々と浮かび上がってきているのです。

「嫌だッ!!」

サトミさんはイケメンな方を突き飛ばすと、わーっと泣き出し。両眼を固く閉じたまま、前さえ見ずに駆け出しました。

あとには突き飛ばされたイケメンな方が、頭から電柱に突き刺さってピクリとも動きません。

完全に、カウンターで入りました。思わぬところで、先日の借りを返せたようですね。


サトミさんはただただ、闇雲に走り続けました。

自動車のクラクションが。バカヤロウ!どこ見て歩いてんだ!死にてえのか!という怒声が、次々とサトミさんに浴びせられます。

やがてサトミさんはなにかに躓き、倒れ、その勢いのまま。

河原の土手をごろごろごろと、転げ落ちていきました。



6.


夕陽に染まる河面の前で。

土手に座ったサトミさんは、泥まみれになってしまった制服のまま、一人でグスッ、グスッと泣きつづけていました。

こんな眼、いらない。こんなの、見たくないよ。

もう、なにも見たくない。サトミさんは、ぎゅっと閉じたままです。

<どうした。せっかくのチャンスなのに、そのめをつかわないのか?>

業ッ、と黒い焔の竜巻が巻き起こり、黒いひよこさんが現れました。

先ほど土手の上でサトミさんに蹴り飛ばされたダメージが残っているようで、若干よろけています。

「ひよこさん…?」

サトミさんが顔を上げ、黒いひよこさんの方を見ます。

その左眼に、《メフィストフェレス。3600歳、悪魔。80000ダークパワー。》というデータが一瞬で表示され、サトミさんは思わず眼を逸らしました。

「ねぇ、ひよこさん!お願い、私の眼、もとに戻してよ!嫌だよ、こんなの!」

<ほう?おかしなことをいう。>

サトミさんの懇願を嘲笑うかのように、黒いひよこさんが冷ややかに答えます。

<そのめが。あのおとこのことをしることが。きさまのねがいだったのでは、ないのか?そのめがあれば、いますぐにでも。あのおとこのことをなにからなにまで、ぜんぶ、しることができるんだぞ?まさしくきさまののぞみどおりでは、ないか。>

黒いひよこさんはいかにも楽しそうに、サトミさんを問い詰めます。

「違うよ!」

サトミさんは叫びました。

「私が望んだのは、こんな事じゃない!あの人のことは、もっと、ちゃんと、少しずつ、親しくなって。良いところ、悪いところ、好きなところ、嫌いなところ。ちょっとずつ、ちょっとずつ、わかっていきたいの!好きな人の事を知るのって。好きな人の事を理解するのって。そういうことだよ!?なんでもかんでもいきなり全部わかっちゃうなんて、違うよ、こんなの!!間違ってるよ!!」

<いーや?ぶつりてきには、なにも、ちがわないぞ?むしろ、こうりつてき、だなぁ。>

サトミさんの必死の訴えも、黒いひよこさんには届きません。

むしろ、面白くてたまらないものを見るように、ヘラヘラと対応しています。

「お願い…、意地悪言わないで、これ、外してよぉ。こんな眼じゃ私、あの人のこと、もう二度と見られないよぉ…。」

可哀想に、サトミさんはすっかり落ち込んで、泣き出してしまいました。

ああ、それなのに!黒いひよこさんときたら、アッハッハッハッハ!と高らかに、爆笑を始めたではありませんか!

<ばぁか。はずしてやるわけ、ねーだろぉ?

ニブいやつだな、けいやくなんだよ、けいやく。おまえはあくまと、けいやくしちゃったの!おまえのめは、いっしょうそのまま!いいね、いいね。おもしれぇ。せっかくのまりょくでおめあてのおとこをみることもかなわず、くよくよメソメソなやみながら、おろかなのぞみをひとにたよった、じぶんをくいて、しぬまでいきろ!そしてしね!!アッハッハッハッハ!アッハッハッハッハ!アーッハッハッハッハ!!>

なんて酷いんでしょう!!まさに悪魔です。まったく、容赦がありません。

サトミさんはあまりの事にもはや泣くことすら出来ず、ただ呆然と、自分を嘲笑う黒いひよこさんを見つめています。

すっかりゴキゲンな黒いひよこさんは、いつまでもゲラゲラ、笑い転げていました、が。

「スイッチ。」

サトミさんの左眼に、スッ、と手が伸びました。

「…切れば、とれるんじゃ、ないかなー。」

あら。いつの間にか、お友達がサトミさんの前に立っていますよ。

お友達は『ラブスカウター』の上の出っぱり、電源ボタンをポチっと押します。

「んー。長押し、かなー。」

お友達がスイッチを押したまま、いち、にぃ、3秒。

プツッと音がすると、サトミさんの左眼に、一瞬捜査線が映り。

プツーン、と切れて、見えなくなりました。

同時にサトミさんの目のまわりに食い込んでいた、『ラブスカウター』の触手がするするすると格納され。

『ラブスカウター』は命を失ったセミのように、力なく地面に落っこちました。

おそるおそる眼を開けたサトミさんは、ゆっくりとお友達の方を向いて立ち上がります。

そこには、いつもの通りのお友達がいました。

サトミさんの顔が、ぱぁっと明るい笑顔に変わります。

「幸恵ちゃん!治った!治ったよ、幸恵ちゃん!治ったよぉ!」

ありがとぅ、幸恵ちゃんありがとぅ!泣きながら笑って、笑いながら泣いて、お友達に抱きつくサトミさんを見ながら、黒いひよこさんは信じられない物を見たというような顔で呆然としています。

<ウッソ。まじかよ。コレってとれんの?そういうモンだったの?やみのキセキ、まじ、イミなくね?>

<あっ。>

黒いひよこさんが気づいた時には、既にサトミさんとお友達に挟まれて。逃げ道を塞がれた状態になっていました。

<やっべ。>

ダメージを覚悟して身構えた黒いひよこさんに、サトミさんは拾い上げた『ラブスカウター』を差し出します。

「ひよこさん。これ、ありがとう。せっかく私のためにつけてくれたのに、ごめんね。でも…。」

「人間はね。好きな人のことは、少しずつ時間をかけて、自分の力で。ゆっくりと、わかっていきたいものなの。だから、コレは返すね。」

<お、おぅ?>

黒いひよこさんは、予想外の言葉に反応に困っています。

「じゃあね、ひよこさん。またね。」

サトミさんとお友達は、黒いひよこさんに手を振ると、仲良く並んで帰って行きました。

「よーし!明日からまたあの人のこと、ゆっくりとわかっていくぞぉ!毎日待ち伏せして、尾行して、住所調べ上げて、張り込んで。好きな食べ物から女の子のタイプ、弱点に必殺技まで、私の力でゆっくりと、全部、調べ尽くしてやるぜ!!」

「サトミちゃん、それ、犯罪ー。」

二人の楽しそうな声が、夕焼け空に消えていきます。


<チッ、なにやら、ふまん。>

黒いひよこさんはなんだかモヤモヤしたものを感じつつ、足元の『ラブスカウター』にハネを伸ばしました。

<あ?>

スッ、と、黒いひよこさんより早く。『ラブスカウター』に誰かの手が伸び、拾い上げてしまいます。

「ふーん。」

おや。『ラブスカウター』を拾って夕陽に透かすように眺めているのは、電柱に刺さってたはずのイケメンな方ですよ。

<あれ、おまえ。>

どうやら、黒いひよこさんもそれに気づいたようです。

イケメンな方はしばらく興味深げに『ラブスカウター』を弄り回していましたが、何を考えたのか。なんと、おもむろにそれを、左眼に装着してしまいました。

<なにやってんだおまえ!?>

黒いひよこさんもさすがにコレにはたまげたようですが、イケメンな方は聴こえているのか、いないのか。

ぐり、ぐり、と首を回して、あたりをゆっくり、見回します。

「なるほど…。」

「おもしろいね、コレ。君の?」

イケメンな方、新帝圭二(しんていけいじ)はゆっくりと、黒いひよこさんの方に眼を向けていきました。



7.


翌朝。

例の角を曲がったお友達が、「あー。」と声を上げます。

「いた!?」

サトミさんは思わず駆け寄りますが。

「ひよこさん…。」

大きなリュックを背負ったひよこさんが、キョロキョロとあたりを見回しています。

ひよこさんは二人を見つけると、とことこと近づいてきました。

<ここが、とうきょうですか。>

ひよこさんが尋ねます。

「ここは埼玉だよ?それよりどうしたの、ひよこさん。なんか、白くなっちゃって。」

「リュック、重そうー。」

まるで知り合いのように話しかけてくる二人の女の子を、ひよこさんは不思議そうに眺めています。

<あなたは、こいになやんでいますか。>

ひよこさんが尋ねました。

「また、それぇ!?」

サトミさんは思わず噴き出します。

「ありがと、ひよこさん。でもね、私、自分の力で頑張りたいんだ。魔法は、他の人に使ってあげてね。」

「ひよこさん、なんか感じ変わったー。」

ひよこさんは不思議そうに首を傾げて、二人を見上げています。

「(そう、コレは、私の恋だ。カミサマも悪魔も、魔法もいらない。私の力で、少しずつ、進めていくんだ。ひよこさんは、その大切さを教えてくれた。)」

サトミさんは、ひよこさんをじっと見つめて思います。

「(でも…。)」

「(ごめんなさい、ちょっとだけ、ズルしちゃった。新帝圭二くん…昨日、名前だけ、見えちゃったんだもん。)」

ひよこさん、ありがとね。

こっそりひよこさんにウィンクして「ばいばい!」と小さく手を振るサトミさんを、ひよこさんはやっぱり不思議そうに、見上げているのでした。
































次回、予告。


「いいか、自覚しろ。女はなぁ、トシがフタケタを越えたらもう、ババアなんだ。お前らなんて、とっくに汚れきったクソビッチなんだよ!!」


主人公/妹尾武


<たいへんだね。>


御遣い/兎・ロバート


次回、第2話☆幼女聖愛~lolita complex~


「そうやって。結局お前は、俺を否定してばかりじゃないか!俺が、デブだから嫌いなんだろう!俺が、ロリコンだから。俺が、シスコンだから。俺が、月刊スイートさくらんぼ写真館買ってるから、キモイと思ってるんだろ!俺が!おれが!」


coming☆soon!


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