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恋の地上で、ファイナル☆ウォーズ  作者: ナルサワパン
§ 最終章 § 13/12話 ☆ 純愛 ~Yes, fallin'love~
16/28

ファイナルの10.


赤く光り、回り続ける回転灯。飛び交う怒号、走り回る人々。なんの変哲もなかった穏やかな春の午後は、突如現れたこの世ならざる者の存在により、にわかに慌ただしく。非日常の様相を呈してきました。バラバラバラと爆音を立てる報道ヘリを目で追い、巨大な黒い(ひよこ)さんは面白そうに呟きます。

〈おぅおぅ。集まってきましたねぇ、地上の下等なゴミ虫ども。〉

自分を見上げ、指さし、怯える人々。その不安が、怖れが、ダークパワーに変換され。次々と黒い(ひよこ)さんに吸収され、黒い焔のような身体をひとまわりずつ、モゴモゴモゴと大きくしていきます。

〈さーて。皆さませっかくお集まり頂いたのだから、もう少し、サービスしてさしあげますかね。〉

黒い鶏ひよこさんは地上へ向けて、その真っ黒な翼をひと振り。羽毛のように散れた多数の黒い()(たま)が、アスファルトの路面に突き刺さっていきます。

衝撃と、破壊音。人々の恐怖心のダークパワーが一気に膨れ上がるのを肌で感じた黒い(ひよこ)さんは。

(ダークドロップ)の雨粒。〉

クックックックックと恐ろしい笑いを漏らしながら、かっこいい魔法の名前を口にするのでした。


早番の仕事(パート)を終え、家路についていた派手ガール、井ノ上綾子(いのうえあやこ)さんは。いつになく騒がしい駅前の様子に、「(なんじゃ?)」と首を傾げます。

サイレンをけたたましく鳴らしながら走っていくパトカー、救急車、消防車。もしいるのなら巨大ロボすら発進しかねない、緊迫した雰囲気。どやどやと集まった人の流れに従い北の空を見上げた綾子さんは、巨大な雲のように聳え立つ黒い(ひよこ)さんを目撃し、「なんだありゃ!?」と思わず声を上げます。

明らかに異様な、禍々しき存在。このテの不思議な物が堂々と存在している事をスムーズに受け入れるには、綾子さんは。その場に集まっている人々と同様、常識的な世界で生きてきた時間が少々長すぎ、ただただ、驚愕する以外にありません。

不意に巨大な黒い(ひよこ)さんが翼を広げ、打ち払うようにひと振りしました。その翼から隕石のように降り注ぐ黒い()(たま)が目の前に迫り、ようやく具体的な生命の危険を自覚した人々は。ワッと悲鳴をあげ、クモの子を散らすように一斉に飛び退きます。

地面を揺らす衝撃、アスファルトの路面が砕ける破壊音。その場に身を伏せた綾子さんがおそるおそる顔を上げると、駅前のロータリーには先ほど()を噴きながら降ってきた黒い毛玉が。あちらこちらに、湯気を立ててごろごろと転がっています。

人知を超えた異常事態に立ち竦んだ人々が遠巻きに見守るなか。黒い毛玉はモコモコモコと膨らみ、次第にその姿をゴワゴワゴワと変えていきました。

「ハー!」

やがて人型に変化した黒い毛玉たちは、やおら立ち上がると次々に奇声を発します。明らかに常人ではない、変な人物。そう、彼らは黒い(ひよこ)さんの魔法、「(ダークドロップ)の雨粒」で産み出された、闇の悪魔の化身。変な悪魔の化身です。

「ハー!」

変な悪魔の化身たちは人々を威嚇するように思い思いに変なポーズをとり、奇声を発します。その内の一体が、群衆の中にいるひときわ派手な、胸の大きい綾子さんにめざとく目をつけます。

「ハー!ワンダフルオッパイ!ハー!」

変な悪魔の化身が喜悦の声をあげました。前に突き出した両掌を何かを揉むように動かしながら、変な歩き方でじり、じり、と綾子さんに迫ってきます。直感的に貞操の危機を感じた綾子さんは逆に、じり、じり、と後退りします。

「シダカセロ!ハー!」

変な悪魔の化身がビヨーンとオモチャの蛙のような変なジャンプをし、綾子さんに飛び掛かります。めごっ、と音がして、上空から降ってくる変な悪魔の化身の顔面に、綾子さんの鉄拳が突き刺さりました。変な悪魔の化身は力なくズズズズズとその場に崩れ落ちていきます。

「なっ…なんだってんだよ!?なんなんだテメー!なんなんだよコイツら!!」

完璧なカウンターが入ったにも関わらず、綾子さんの顔は未知の「わけのわからない物」に対する恐怖にひきつっています。

そう。奇声を発する変態たちは皆さんにはとっくにお馴染みの、出て来てはやられる量産型のザコ。今さら恐怖を感じるような存在ではないのですが。綾子さんが前回登場した10月はちょうど、黒いひよこさんがお星さまになって楽しく宇宙旅行をしていた時期。他の主人公たちと異なり、綾子さんは変な悪魔の化身を目撃するのは初めてであり、この変態に対して免疫がありません。

まして、このお話の登場人物の中でももっとも純情(ピュア)なハートの持ち主である綾子さん。今の彼女は普段の気丈な態度からはちょっと、信じられないくらいの恐怖心に襲われています。そもそも基本的にこういう、キモい物とか意味のわからない物が苦手な方なのです。

「ハー!」

突如、綾子さんの足元に潰れていた変な悪魔の化身が、バネのようにビヨーンと跳ね起きました。

「ひぃっ!?」

綾子さんはらしくもない悲鳴を発します。

「ハー!ワンダフルオッパンチネ!モットナグッテ!モットナグッテ!」

変な悪魔の化身はくねくねと気持ち悪い動きで更なる打撃を要求します。

「うがぁあああああああああ!?」

綾子さんは呼吸の続く限りの連打を繰り出し、変な悪魔の化身をボッコボッコに叩き伏せますが。

「ハー!」

変な悪魔の化身はしばらくすると、また何事もないかのようにビヨーンと跳ね起きてきます。変な悪魔の化身です。綾子さんの恐怖心が遂に限界を越えました。

「ハー!ニゲチャダメオッパイ!ハー!」

ワーッ、と子供のように泣きながら逃亡する綾子さんを、変な悪魔の化身が馬鹿な台詞を叫びながら追います。つられるかのように他の変な悪魔の化身も一人、また一人と、綾子さんを追いかけ始め。異様な一団となって奇声を発しつつ、暗雲立ち込める午後の駅前通りを疾走していきます。

「ハー!カミオヒッパッテアゲマス!ハー!」

「ハー!ホッペオヒネッテアゲマス!ハー!」

口々に好き勝手な事をつつ追跡してくる変な集団。

「なんであたしを追ってくるんだよぉぉぉぉぉぉ!?」

綾子さんの叫びが、次第に遠ざかって行きました。



騒動の中心、中学校の上の巨大な黒い鶏ひよこさんに向かっていく緊急車輌。その流れに逆行し、救急車や消防車の出てきた方へとひた走るカラテ着の角刈りがひとり。意識のないサトミさんを背負い、病院を目指す定家先輩です。

先を急ぐ定家先輩。その行く手を阻むかのように。黒く燃える()の弾が、次々と降り注いでいきます。定家先輩は女の子を背負っているとは思えないような身軽さで、それらを回避しながら進んでいきますが。湯気を立てる黒い毛玉は、ここでもゴワゴワゴワとその形を変な悪魔の化身へと変化させていきます。

「コイツら…ッ!」

立ち塞がる変な悪魔の化身たち。定家先輩の顔に焦りの色が浮かびます。

「邪魔ッス!お前らと遊んでるヒマはないッス!」

定家先輩の鋭い前蹴りが、変な悪魔の化身を蹴り倒します。

「ハー!ココハトオサナイゼー!ネ!」

奇声を発し、襲いかかる変な悪魔の化身たち。定家先輩は蹴り倒した変な悪魔の化身を踏み台に跳躍、そのまま跳び蹴りを放ち、空中戦へと移行します。

足先蹴り。回し蹴り。カカト落とし。真空跳び膝蹴り。宙を舞う定家先輩は多種多様な足技で変な悪魔の化身を文字通り蹴散らし、蹴散らした変な悪魔の化身を踏み台にして跳躍。そしてまた次の蹴りを放ち、着地することなく戦い続けていきます。サトミさんを背負っているため、両腕が使えない定家先輩。とはいえその獅子奮迅の戦いぶりからは、両腕の使えない不利を一切感じることができません。

定家先輩のカラテはもともと、全国大会に出場するほどの腕前。だとしても定家先輩は、こんなにも強かったのでしょうか。何より、当の定家先輩が。自分の強さに驚いていました。

脚。そう。1日も欠かすことなく須藤家(すとうか)の鍛練を続けてきた定家先輩の脚力は、本人すら無自覚のうちに、このような超人的な強靭さを手に入れていたのです。

「(お師匠さまが与えてくれた脚…お師匠さまが、守ってくれた!!)」

定家先輩の頬を、一筋。感謝の涙が滑り落ちていきました。

しかし、先を急ぐ定家先輩は気づいていません。定家先輩の蹴りで倒されたはずの変な悪魔の化身たちが、モゴモゴモゴと動き出し。次々と立ち上がってきている事を。まともな人間であれば3日は起き上がれないであろう、定家先輩の蹴り。しかしながら相手は、変な悪魔の化身。もとより、まともな人間であろうはずがありません。先に受けたダメージをまるでなかったかのように立ち上がり、くねくねと気持ち悪い動きを始めます。

「ハー!」

立ち上がった一体が、定家先輩の無防備な背中に飛び掛かりました。直前で振り返った定家先輩ですが、一瞬遅く。腰下に組み付かれてしまいます。踊るように宙を走っていた定家先輩の身体が、遂に地面に落ちました。

「くッ!」

定家先輩は瞬時の判断で、サトミさんを自分の身体の下に庇います。地にうずくまった定家先輩の背中に、じり、じり、と集まってくる変な悪魔の化身たち。

「ハー!」

喜悦の叫びとともに、変な悪魔の化身たちは。ポカポカと、無抵抗の定家先輩へと殴る蹴るの暴行を加え始めました。定家先輩の真っ白なカラテ着が、あっという間に血の赤に染まっていきます。なんという酷いことをするのでしょう。まさに、悪魔の化身です。

「お師匠には…ッ!お師匠には指一本、触れさせないッスよッ!!」

無様な亀の姿勢で必死にサトミさんを庇い続ける定家先輩。それを嘲笑するように、変な悪魔の化身が大きく拳を振り上げます。

「(ここまでッスか。)」

定家先輩が、固く目を閉じました。


変な悪魔の化身が振り下ろすはずの、とどめの必殺大ぶりパンチ。それがいつまでも降ってこないことを不思議に思った定家先輩が、ゆっくり目を開けます。定家先輩の前では、大きく拳を振り上げたまま。時が止まったかのように凍りついた変な悪魔の化身が、変な顔で突っ立っています。

「さすが3年4組の定家庵臼(ていけいおうす)君。なかなか見事な蹴りでしたよ、全国大会出場の経歴は伊達ではありませんね。」

動きを止めた変な悪魔の化身が、そのままの姿勢でどう、と倒れ。その陰から、パン、パン、と拍手をしながら一人のコロンとまん丸な男性が姿を現します。一瞬遅れて、定家先輩を囲んで卑劣な暴行を加えていた変な悪魔の化身たちが、どどどどどどどと一斉に倒れました。

「校長、先生…?」

起き上がった定家先輩は、信じられないような気持ちで目の前の小柄な中年男性、母校の校長先生を見下ろしています。

「(校長先生は怪しげな拳法マニアだと聴いたことはあったッスけど…。)」

定家先輩は自分達の周りでピクリとも動かなくなっている変な悪魔の化身たちを見回します。これ、全部校長先生が倒したのでしょうか。先ほどの定家先輩もかなりの強さでしたが、明らかに強さのケタが違います。

「定家君。背中がお留守ですよ。」

まん丸な顔でニコニコ笑いながら、校長先生が声をかけます。ハッと我に返った定家先輩の後ろ回し蹴り。息を潜め背後に迫っていた変な悪魔の化身が風を切って吹き飛ばされます。

「まだまだですね。戦うときは、背中(うしろ)にも目をつけなさい。」

校長先生は定家先輩の鋭い蹴りを見て、ニコニコと嬉しそうに言います。

それが合図であったかのように。二人を囲むように倒れていた変な悪魔の化身たちが、モゴモゴモゴと動き出し。一斉に、ビヨーンと跳ね起きました。

「ハー!」

まるでダメージがないように、元気よく変な悪魔の化身が叫びます。

「ほぅ…。」

感心したように、校長先生がつぶやきました。

「寸分の狂いなく経絡破孔を突いたはずですが…。なかなかタフな方たちですねえ。」

とぼけたような口をきく校長先生。その余裕ある態度に腹を立てたのか、変な悪魔の化身が奇声を発して襲いかかります。

「ハー!ハゲ!!」

校長先生のコロンとまん丸なハゲ頭に振り下ろされる、変な悪魔の化身の鉄拳。「危ないッス!」思わず叫ぶ定家先輩。しかし、校長先生のまん丸な身体は。既に二人の前からは消えていました。

「ハー!ハゲドコイッタ?ハー!」

変な悪魔の化身がキョロキョロと左右を見回します。その背後に、当たり前のような顔をして校長先生がさっきから立っています。

「てい。」

鳥のくちばしのようにすぼめた指先で、校長先生が変な悪魔の化身の首筋を突きました。変な悪魔の化身は受け身もとらずにバターンとその場に倒れます。

駝鳥真拳(だちょうしんけん)…!」

定家先輩がゴクリと息を飲みました。校長先生は鳥のくちばしのように指先をすぼめた右手を顔の前に、鳥の尻尾のように指先を広げた左手をお尻のあたりにくっつけた、独特の構えをとっています。

「(伝説の暗殺拳、駝鳥真拳。カラテの源流となった拳法の1つであると、お師匠さまから聴いたことがあるッス。実在してたッスか…!!)」

定家先輩はまじまじと、さっきからふざけた構えをとり続けているハゲに畏怖の眼差しを向けています。なんだかよくわかりませんが。ものすごく、カッコ悪い構えです。

「定家君!」

ふざけた構えとは対照的な、真面目な声で。校長先生が叫びます。

「何を呆けているのですか、君は。君には、行くべきところが。やるべきことが、あるはずでしょう!」

ハッ、と気づいた顔をする定家先輩。慌てて、足元に倒れたままのサトミさんを背負い直します。

「いきなさい!!」

校長先生が叫びます。その言葉が終わらないうちに定家先輩は、ダッと駆け出していきました。

次第に小さくなっていく、カラテ着の背中。目を細めた校長先生がそれを見送ります。

「(そう。それでいい。若者は振り返らずに、駆けるものです。定家君、いきなさい。君は、そのまま。振り返らずに、まっすぐ()きなさい。)」

校長先生は心の中で、「校長先生」としての最後の言葉を彼の教え子へと贈りました。

「ハー!フザケンナハゲ!ハー!」

「ハー!ハゲノクセニハゲ!ハー!」

いつの間にかすっかり校長先生を包囲した変な悪魔の化身たちが口々にハゲ、ハゲ、と校長先生を罵ります。ハゲに敗けたのがそんなに悔しかったのでしょうか。

「君たち、ねぇ。」

校長先生が、いつものまん丸なニコニコ笑顔ではない、牙を剥く野犬のような凶悪な微笑みに唇を歪めます。

「ハゲをあまり、甘く見ないことだ。世の中には、ねぇ。羊の皮をかぶった、アルパカだっているんですよ。」

ゾッとするような声で、校長先生はよくわからない台詞を言います。校長先生の変な構えに、殺気がみなぎっていきました。どうやら、怒りの限界を超えたようです。ハゲの人に、あまり面と向かってハゲハゲ言うのは危険です。

「ハー!」

変な悪魔の化身たちが、一斉に校長先生に襲いかかりました。

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