いままで。
雲の果て、星空のかなた。
天の世界のお美しい女神さまは、今日もお美しくあらせられます。おまけにセクシーで、ボインであらせられます。
女神さまは午後のお散歩をなさられる途中、お庭の水鏡で地上の様子をお眺めになり。
ふうっ、とせつないため息をおつきになられます。
地上の人々は相変わらず、争い、奪い合い、憎しみあって。
環境破壊は止まらないし、物価は赤マル急上昇。
俺の借金も減りません。
<やっぱり、滅ぼした方が、いいのかしら?>
小首を傾げながら頬にお美しい人差し指をあて、女神さまはお考えになります。
<大臣や、大臣。>
女神さまがお呼びになられたので、風呂に入っていた大臣が、はだかにネクタイの姿のまま、一瞬で駆けつけました。
<ねえ大臣。滅ぼした方が、いいかしら?>
女神さまははだかネクタイの大臣の姿には気にも止めず、お訊ねになられます。
<(せめてはだかにツッコんでくれ。)>
大臣は泣きそうになりますが、ここは大臣として平静を装わなくてはなりません。
むしろこれが私のスタイルですよ?私は大臣ですよ?とばかりに胸を張り、ネクタイを締めている事実を誇示します。
<ええ、ですから。>
大臣は直立不動のまま、女神さまのいつものご質問に答え申し上げ候うはべりました、はだかで。
<私は以前から申し上げておりました。>
<地上の人間どもは馬鹿で愚かで、自分勝手で。
傷つけあい、憎しみあい、挙げ句に勝手に殺しあってばかりいる欠陥生物です。
おまけに変態で、エッチな事ばかり考えています、変態です!!>
大臣は変態です、変態です!と連呼しているうちにテンションが上がってきてしまい、あやうく、ネクタイでようやく隠れているものまで直立不動になってしまいそうです。
<(変態は、お前ではないのかしら?)>
<(どうして毎回毎回、こいつははだかネクタイなのかしら。)>
<(むしろこいつを今すぐ、滅ぼしてやろうかしら。)>
女神さまはお可愛らしいポーズのままで、ンー、とお考えになられます。
大臣は我が意を得たものとばかり。勘違いして。
<滅ぼすべきです、今すぐ滅ぼすべきです。>
と女神さまに上奏申し上げ続けます。
<そんなにお前が言うなら、じゃあ、今すぐ滅ぼそうかしら?>
女神さまがすんでのところでダークパワーを解放して目の前の変態をブチ殺しなさりかけた、その時でした。
<そうでも、ありませんよ。>
おや。いつの間にか、ひよこさんがいます。
<あら、お前は御遣いのピヨコットちゃんじゃない。>
女神さまは変態をブチ殺すためにお美しい掌にお溜めになったダークパワーを、とりあえずお納めになります。
<ピヨコット、御遣いの貴様が滅多な事を申すな。これは貴様ごときが口を出してよい問題ではないぞ。私は大臣だぞ。>
大臣は命を救われたとも知らず、ひよこさんに意地悪を言います。なんて恩知らずな変態でしょう。
<だいじんさん、だいじんさん。ちじょうにも、いいひとはいっぱい、いるとおもいます。>
ひよこさんは変態にもちゃんと、敬語を使います。
<ふーん?ピヨコットちゃんがそう言うなら、そうなのかしら?>
女神さまはお小憎らしく、首をお傾げになられました。
<女神さま!畏れながら、かようなテキトーな者の申し上げる事を真に受けてはなりません。地上の人間は、なんかもう、変態です!滅ぼすべきなのです!>
大臣が慌てて口を挟みます。
<だってー。ピヨコットちゃんかわいいんだもん、チャンスあげちゃってもー、いいかな?みたいなー。カンジー。>
女神さまは、お寝っ転がりになられて頬杖をおつきになられつつ、ひよこさんをおツッツキなさりながら、女子高生口調でテキトーにお答えになられました。
<そんなワケだからー。大臣、手配よろー。>
女神さまからテキトーに賜った御指示に、大臣は<(また始まったよ)>と泣きそうな顔になるのでした。
大臣ははだかでした。
<おう、ピヨコット。おまえもいくのか。>
いぬさんが、ひよこさんに話しかけます。
天の世界のリニア駅。一日二本の地上行き。
午後の便には、今回の女神さまのご命令で地上に行く御遣いたちが。
あちらにうまさん、こちらにうしさん。
ぽつり、ぽつりと席を埋めています。
<あ、いぬじろうさん。いぬじろうさんも、ちじょうですか。>
大きなリュックを背負ったひよこさんは、いぬさんのとなりの席に腰をおろしました。
<ひさしぶりの、ちじょうだ。>
いぬさんは、なつかしそうに目を細めます。
<ちじょうは、はじめてです。>
<よいところですか?>
ひよこさんが尋ねました。
<せまいな。あまり、はしれない。>
いぬさんが、答えます。
<テレビとか、ありますか。>
ひよこさんが、尋ねます。
<テレビは、ある。>
いぬさんが、答えます。
<よいところ、みたいですね。>
ひよこさんが、言いました。
<ああ、わるくはないところだ。>
いぬさんが、言いました。
リニアがゆっくりと、動き始めます。
リニアはとても速いので、ゆっくり動いても、速いのです。
3秒もすれば、地上でしょう。
御遣いたちは地上への僅かな旅の間、目を閉じて、暫しの眠りにつくのでした。
夜。天の世界にも、夜はやってきます。
大臣は自宅の書斎でイライラと、歩き回っていましたが。
ふいにパチンと指を鳴らそうとして、スカッ。
鳴らそうとして、カスッ。
あきらめてパンパンと手を叩くと、<メフィストフェレス!>とその名前を呼びます。
するとどうでしょう、業ッと真っ黒い、禍々しい焔の竜巻が巻き起こり。
闇のように真っ黒な、ひよこさんが現れたではありませんか。
<なにかようか、へんたい。>
黒いひよこさんは容赦がありません。
<私は大臣だ!まったく、こいつは。毎回毎回、的確に人が傷つく事を遠慮なく言いおって。>
<お前には優しさというものがないのか、悪魔か、お前は。>
大臣は既に半泣きです。
<いや、おれはあくまだし、ていうか。ふく、きろよ。>
どうやら、黒いひよこさんはクールな方のようですよ。
<ふん。まあよいわ。それより貴様、わかっているのか。このままではまた、女神さまの気まぐれで、地上の人間どもを滅ぼせなくなるのだぞ。あの、醜く穢らわしい、低俗な変態どもを!!>
大臣はヒステリックに喚き散らします。
クールな黒いひよこさんは、<(おまえにだけはいわれたくねー)>とおもいました。
<べつに。おれてきには、おまえがさんざんみせてくれる、このせかいのけんりょくあらそいでソコソコたのしませてもらってるし。>
黒いひよこさんは、なんだか怖い事をさらっと言います。
<くッ。>
大臣は、憎々しげに、返す言葉に詰まりました。しかも、はだかです。
<女神さまが、御遣いどもを地上にお遣りになられた。>
ぼそぼそと呟くように、大臣が言います。
<女神さまは、地上の人間どもに生き残るチャンスをお与えになるおつもりなのだ。12の御遣いが、地上で言う一年の期間のうちに、人間どもを美しい愛に目覚めさせ。
その際に生じるときめきラブパワーでピヨコットの持つ、『ときめきラブコンテナ』が充たされた時、女神さまは人間どもをお赦しになる。>
大臣は独り言のように、ブツブツと呟き続けます。
<そこでだ。>
大臣はバッと右手を上げ、黒いひよこさんに背後の祭壇を指し示しました。
<これは、大臣家に代々伝わる闇の神器だ。御遣いたちが持たされている天の神器と同じ、いや、それ以上の力があると言われている。12の御遣いたちはそれぞれが1つずつの神器を持たされており、人間の美しい愛の成就のために、一回奇跡を起こす事を許されている。
貴様はこの闇の神器、『黒焔のラッパ』を用いて、人間どものよこしまな願望を叶えて回るのだ。さすればこの、『ダークボックス』にその際に生じるダークパワーがちょっとずつ溜まっていき、それが充たされたその時。>
大臣は邪悪な笑みを浮かべると、演出上の溜めを作ります。
変態のくせに、細かい気くばりのできる男です。
<そのダークパワーは『ダークボックス』の中で複雑な化学反応を起こし数億倍に膨張、地上を滅ぼす程のエネルギーを生み出す。
そしてそのダークパワーは女神さまの力すらはるかに凌駕し、この私が!
新たな世界の女神さまとなる…!!>
大臣は右手を横に上げたカッコいいポーズのまま、自らの妄想にうっとりとして、目を閉じます。
<(へんたいのわりには、えらくわかりやすいせつめいだったな)。>
黒いひよこさんはテンションのすっかり上がってしまった変態を、かわいそうな人を眺めるような目でクールに見守っていましたが。
ふと、祭壇の上の格好いいゴーグルに興味を示し、とことこと近づきます。
<ああ、それは、『ラブスカウター』とかいう神器だ。それを使うと、なんか、相手の戦闘力を計ることができたりするらしい。ま、今回の任務にはあまり、関係ないオモチャだな。>
大臣は気のないテキトーな説明をしますが、黒いひよこさんはなにやら、熱心にゴーグルを眺めたり、つついたりしています。
<いいぜ、きにいった。そのハナシ、このゴーグルでノってやる。>
なんと黒いひよこさんは、大切な闇の神器である『ラブスカウター』を、畏れ気もなくさっさと装着してしまいました。
<待て、それは、大臣家に代々伝わる、大切な家宝で。
お前に、くれてやるわけには。>
大臣は焦って取り返そうとしますが、既にアフター・ザ・カーニバル。
すっかり『ラブスカウター』が気に入ってしまった黒いひよこさんは、
<ダークパワーたったの5、ゴミか。おまえ、けつあつがたかいぞ?あと、どうてい。>
ノリノリで大臣の戦闘力を計測しています。
大臣は、ぬっとか、むうっとか唸って、真っ赤になりましたが。
<よかろう、その神器は、貴様にやる。いいか、人間どものよこしまな願望を叶えるんだ。失敗は許さんからな!!>
とりあえずの威厳を保ち、黒いひよこさんに命令をします。
<しっぱい?まんにひとつも、ないな。あんしんして、おまえはその、ほうけいでもなおしておけ。>
業ッ、と黒い焔の竜巻が巻き起こり、黒いひよこさんは闇の中へと消えました。
残された大臣は<ちくしょう、そんな風に言わなくてもいいじゃん!>と、一晩中ベソをかきながら、今度こそ地上の人間を滅ぼすことを、心に誓うのでした。
ああ、なんという事なのでしょう!
女神さまが地上に御遣いたちをお遣りになられたその一方で、悪い大臣はくそったれの悪魔のやろうと結託し、地上を、人間を、滅ぼしてしまおうとしているのです。
はたして、ピヨコットたち12の御遣いは、一年のうちに人間たちを美しい愛に目覚めさせ、地上を救うことができるのでしょう、か。
はたまた、メフィストフェレスが人々を堕落させ、ダークパワーで地上を滅ぼしてしまうのでしょう、か。
この日、20XX年4月末。人間の、まったく預り知らないところで。
地上の存亡をかけた、天使と悪魔のファイナル☆ウォーズが勃発してしまったのでありました。
地上に降り注ぐ流星のように。
天のリニアは光の速さで地上に突き刺さり、御遣いたちは次々と地上に降り立ちます。
<しっかりやれよ、ピヨコット。>
いぬさんが、ひよこさんに言葉をかけます。
<いぬじろうさんも、おげんきで。>
ひよこさんが、いぬさんにハネを振って挨拶をします。
さて。
<とうきょうは、どっちですか。>
いぬさんが風のように走り去ったあと、ひよこさんはひとり。
「さいたま」と書いてある矢印の方へ、大きなリュックを背負って歩いてゆくのでした。
業ッ、と、黒い焔の竜巻が巻き起こり。
魔界から地上にワープした黒いひよこさんは、あたりをキョロキョロと珍しげに見回します。
<だいぶ、かわったようだな。>
まわりにはビルや信号機、街灯、電柱など、黒いひよこさんが以前訪れた時には見なかったもので、いっぱいです。
<にんげんがおおいな。きょうは、まつりか。どうやらここが、とうきょうで、まちがいないようだ。>
黒いひよこさんの頭上には、「さいたま」と書いてある看板がかかっています。
黒いひよこさんは、さっそく『ラブスカウター』で、人間たちの戦闘力を計測し始めました。
<0.03ダークパワー。0.06ダークパワー。ふうそく4メートル。みなみかぜ。はぁ。>
<どいつもこいつも、ろくなダークパワーをもってないじゃねーか。こんなれんちゅうから、ちょこちょこダークパワーをあつめて。ちじょうをほろぼすなんて、まったく、きのながいハナシだ。>
<ダリぃ。かえるかな。>
黒いひよこさんはさっそく、イヤになってしまったようですが。
せっかくきたので、もうすこしばかり『ラブスカウター』であそんでいくか、と、いろいろと計測値を切り替えては人間のデータを閲覧し続けます。
<あいつは、ちょうじんきょうど0.76まんパワー。あいつは、こうすいかくりつ38パーセント。あいつは、ふりんしてる。あいつは、ヅラ。で、あいつのときめきラブパワーは53まん。>
<53まんだとぅ!?>
クールな黒いひよこさんが、おもわず驚きの声をあげそうになりました。
<なんだ?『ラブスカウター』のこしょうか?>
黒いひよこさんは『ラブスカウター』を分解してよく調べますが、故障箇所はみあたりません。
<あいつ、ガチで53まんだ。>
ああ、黒いひよこさんは悪そうな笑みをうかべて。
なんだか、怖い事を考えたようですよ。
どうやらこのさいたまの地で、空前絶後のファイナル☆ウォーズの幕が上がるようです。
皆さましばし、お付き合い。
次回、予告。
「でねでね!すっごいイケメンだったの!もうね、すっごい、イケメン!!」
主人公/高木里美
<きさま、こいに、なやんでいるのか>
悪魔/鳥・メフィストフェレス
次回、第1話☆突発愛~girl,meets boy~
「お願い…、意地悪言わないで、これ、外してよぉ。こんな眼じゃ私、あの人のこと、もう二度と見られないよぉ…。」
coming☆soon!