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Car Girl カー・ガール

週末、夜。

エリカ先輩との約束は夜の8時集合。

アカネは待ちきれなくてノゾミと一時間ほど前に到着して練習を開始していた。

シミュレーターでの特訓成果があったのか、だいぶクラッチ操作の感覚がつかめたみたいで発進もスムーズにこなせるようになっている。

ただ、ヒール&トウだけはちょっとぎこちない感じだが・・・・・・

家を出る直前に、ママが「これもっていくの忘れないでね」と例のピンポン球が入ったボウルを渡された。

助手席に固定しているのだが、ブレーキングでどうしても球がボウルの外に出てしまう。

「やっぱ難しいわねこれ・・・・・・」思わず呟くアカネ。

いっぽう、先を行くノゾミは後ろから見ていてもわかる程、とても楽しそうに走っている。

なぜ楽しそうってわかるかって?

それはすべてのコーナーをドリフトで駆け抜けているから!

左右に、ハチロクのテールを振りながら綺麗な弧を描く。

「すごいなぁ、のん・・・・・・」その走りに思わず見とれるアカネ。

「ん?」

前方を走るノゾミにしばらく気を取られていた隙に、後方からぐんぐんと迫ってくるマシンが1台。

エリカ先輩駆る180(ワンエイティ)だ。

あっと言う間にアカネの後ろにつけると、しばらくお手並み拝見とばかりに様子を窺う感じで追走する。

ノゾミはエリカ先輩に気づいているのかどうか分からないが、とにかくドリフトでコーナーを駆け上がっていく。

アカネは、ブレーキングから旋回の流れを丁寧につないでボウルの中のピンポン球が外に出ないようにマシンを走らせる。

頂上の折り返し地点でエリカ先輩は一番前に出る。ウィンドウから手を出して「ついておいで」と2台にサインを送る。

エリカ先輩に続いてアカネ、そして最後がノゾミの順番で下りのコースへと入る。

一つ目のコーナーで「ここでブレーキングして」と教えるようにエリカ先輩のワンエイティが減速を開始する。

続けてアカネも先輩が示してくれたブレーキングポイントで減速を開始。

減速しながらのヒール&トゥも今回はバッチリ決まった!

そこからスキーのパラレルターンのようにスッとコーナーへと入っていく先輩。

アカネもその動きをイメージしながらコーナーへと入る。

助手席に置いているボウルの中のピンポン球の動きもきれいな弧を描いて外には出ていない。

エリカ先輩の後ろってすごく走りやすい。

もちろん速さは加減してくれているのだろうけど、なんというかとても安心してついて行ける。

ノゾミも今度はドリフト走行は封印して、エリカ先輩の走りをトレースする。

3台のマシンがきれいに縦一列に並んで先頭のマシンのコーナーリングラインをなぞっていく。リトラクタブルのヘッドライトを突き出して並んで走っているその様は、まるで3姉妹のようだ。

エリカ先輩を先頭に上り下りを3往復位した頃だったか、頂上の折り返し地点の広場に1台のクルマが佇んでいた。

それは長いノーズを持ち、ボディはオレンジ色でボンネットフードは黒く塗られている。リアにはZ432Rとバッジが貼られていた。

アカネ達が折り返して下りに差し掛かった時、それも動きだした。

「ん?」

一番最初に違うクルマが後方につけたのに気付いたのはエリカだった。

「あのマシン・・・・・・もしかして・・・・・・」

エリカはアカネ達の先導モードを解いてワンエィティにムチを入れてペースを上げる。

そのペースアップに呼応するようにしんがりのZ432Rが一気にアカネとノゾミのマシンを抜き去りワンエイティの後ろに迫る。

「2台一気にとは血の気が多いわね・・・・・・」

エリカはリンクシステムでブースト加給圧を最大にセットしながら後方のマシンの情報をモニター表示させようとした。

しかし、モニターには「Unknown(データ不明)」との表示が出た。

「データがない? もしかしてリンクシステム搭載してないダイレクト(直接操縦)モード専用マシン?」

エリカのワンエイティは最大加給圧で600PSを絞り出す。シフトチェンジの際に大気解放のウエストゲートから派手な音が発せられる。

「ブースト最大の加速してんだけど・・・・・・離れない⁉」

離れないどころか、横に並んでオーバーテイクする体制に入られている。

横に並びざまにコックピットに目をやるがドライバーの顔は確認できない。

長い直線部分の後半で一気に横に並んだマシンが前へ出る。

続いての左コーナーへとマフラーから炎を吐きながらそのマシンは向きを変えていく。

「侵入スピードが段違いに速すぎる・・・・・・」

悔しいが、マシンの性能もそれを操るドライバーのテクニックも一枚上手と認めざるを得ない。

そう悟ったエリカは、それ以上深追いすることをやめた。

一方、後方で置いてきぼりをくらったアカネとノゾミは、いったい前方で何が起こったのか知る由もなかった。

ただ、一瞬でオレンジ色のマシンが自分たちを追い抜いていって、あとは点のように前に行ってしまったのだから。

でも追い抜かれざまに、少しだけコックピットの中のドライバーの横顔を見た。

表情は長い髪で隠れて見えなかったが、ちらっとのぞいた口元がかすかに微笑んでいたように見えた。


「ふぅ・・・・・・」

クルマから降りてため息をつくエリカ先輩のもとへアカネとノゾミが駆け寄ってくる。

「先輩、あのクルマいったい何者なんですか?」

アカネが訊くと、

「あたしも見たのも初めてだし、最近あんなマシンが走ってるなんて聞いたこともないわ」

「すごい速かった・・・・・・」ノゾミが呟く。

「レジェンド並、いや下手するとあっちのが速いかも・・・・・・」

エリカは全く歯が立たなかったことがよほど悔しかった様子である。

「アカネ、ドライバーの姿見えた?」

「はい、長い髪に隠れて顔ははっきりとは見えなかったんですけど、口元が少し微笑んでいたような・・・・・・」

「じゃあ、ナーブ・ギアを被ってなかったってこと? それじゃダイレクトモードで走ってたってことなのね・・・・・・」

「しかも、あれだけの重量級ハイパワーマシンをこのタイトなコースで自在に操るなんて・・・・・・」

エリカ先輩はキッと上を向いて呟いた。

「いつかはお返ししてやるわ」

この人、とっても負けず嫌いなのね・・・・・・

エリカ先輩の隣にいたノゾミも、

「いつかあたしも追い抜けるようになりたい・・・・・・」

意外! のんも実は意外と負けず嫌いだったんだぁ!

アカネは、追い抜こされざまに見た微笑みが妙に印象に残っていた。


翌日、放課後の部室に3人が集まるとエリカが急に

「遠征に行くわよ!」と言い出した。

「ドライビングの基礎はシュミレーターでみっちり練習すればOK。でも、実際に相手と絡んで走る場数を踏まないと、バトルに勝つ駆け引きは身に着けられないわ」

いつになく真剣な表情である。

「ちょうど、絡むにはいい相手がいる場所があるの。今週末は一緒に行くから予定開けといてね?」とアカネとノゾミに向かってウィンクする。

「さてその前にアカネ、あなたの走りを見ていて少し気になることがあるの」

エリカはそう言うと電子ボードにコーナーの弧を描いて説明を始めた。

「あなたの走りは、特にコーナーに入るときのブレーキのリリースとステアリングの切り始めのタイミングが絶妙にいいわ」

「でも。旋回状態に入ってから脱出までに、何か1テンポ遅れるというか、マージンを持ちすぎているような気がするの・・・・・・」

そう言われてみるとアカネは、アクセルを入れるタイミングを少し躊躇してしまうことがある。

かつてのカート時代のアクシデントの影響が残ってしまっているのかもしれない。

「先輩、ありがとうございます。ちょっとこれから意識して走ってみます」

「それからのんちゃんだけど、うーん・・・・・・」

エリカ先輩はしばらく考えた後、

「やっぱとりあえずは今のままでいいよ」と言った。

「たぶんいつか、超えなきゃいけないハードルが来ると思う」

ノゾミはきょとんとした表情でその言葉を聞いていた。

「さてさて、今日もシュミレーターでみっちり練習すっからね!」

エリカ先輩の一声で練習がスタートした。


その日の夜、アカネは一人で愛車マリナブルーのロードスターでいつもの峠に向かっていた。

ナーブギアを被っての脳波リンクによる操縦感覚は独特なものがある。

頭でイメージした操作が、ダイレクトにステリング操作やシフト操作につながるのだが、直接操縦している時と比べて、マシンの一部になった、いやマシンが本当に自分の手足になったような感覚があるのだ。

ステアリングから手放し状態でも走行は可能だが、直接操縦する時のように、ステアリングに手をそえて、ペダルに足を置いて実際に動かしながら操作する方が、身体感覚としてより一体感を感じることができ「しっくり」くるのだ。

いくら自動操縦と言っても、「しっくり」くる感じというのは、クルマを走らせて楽しむという側面においてはとても大切な要素になる。

また、身体の動きと連動して脳のパフォーマンスが引き出されるということもある。

その引き出された脳のパフォーマンスを、リンクシステムが余すことなくマシンの操作へ反映してくれるのだ。

アカネはナーブギアのシンクロ率を確認した。

依然、80パーセントのシンクロ率で止まっている。

もしこれが100パーセントリンクしたら、もっとマシンとの一体感も高まるはずなのに・・・・・・

そんなことを考えながら、いつもの峠を何往復かしていた時、後ろから迫ってくるマシンの姿があった。

それはつい先日、エリカ先輩を抜き去ったオレンジ色のマシンだった。

アカネのロードスターの前に出ると、ついておいでと言うようにコースを先導し始めた。

アカネはオレンジ色のマシンについていくよう必死に追いかけた。

コーナーに入るとき、ブレーキングはここでするんだよというように教えてくれている感じがした。

それは、アカネがブレーキングしていた所よりも少し奥のポイントでそこからマシンが旋回を始めるまで少しブレーキを残すような感じで車速をキープしたまま旋回へ移る動作だ。

そしてマシンの向きを一瞬で変えてコーナー出口へと間髪を入れずに加速していく。

ここでアカネは離されてしまう。

エリカ先輩が昼に話していたのは、このことだったんだ・・・・・・とアカネは思った。

一瞬、マシンは離れるが、次のコーナーに入るまでスピードダウンして待ってくれている。

明らかに、走り方を教えてあげるというメッセージが伝わってきた。

先行するオレンジのマシンの動きは、例えるならばチーターが獲物を狙って右に左にしなやかに向きを変えながら走るその姿に似ていた。

とにかく、あまり離れないよう必死でそのマシンの後をついて行く。

かれこれ、峠を4~5往復した所だっただろうか、オレンジ色のマシンは峠広場にマシンを停めた。

アカネもその後ろにロードスターを停めてクルマを降りた。

すると、そのオレンジ色のマシンから降りてきたのは・・・・・・

「ママ?」

思わずアカネは声を上げてしまった。

オレンジ色のマシンのドライバーは、アカネのママだった。

「いやぁ、最近熱心に練習してるって聞いてたからいても立ってもいられなくて来ちゃった」

てへっ、と笑いながら話すママ。

「それにしてもあなたの先輩、エリカちゃんはなかなか冷静な判断をする娘だって感心しちゃったわ。あれ以上深追いしてこないなんて、何も考えないで走ってるやつだったら判断できないもの」

「アカネ、いい先輩に会えたね」とママ。

アカネはまだあのオレンジ色のマシンのドライバーが自分のママだと信じられない気持ちだった。

「ママ、そのクルマって?」

「ああ、このマシンはママが学生の頃に現役で乗ってたやつ。長い間ガレージの隅っこに置いてたんけど、ひさし振りに引っ張り出したくなっちゃってね」

そういえば、ずっとカバーがかけられたクルマが離れのガレージの隅に置いてあったことを思い出した。

「これで公式線とか出てたの?」

「ううん。公式戦とか自分の性になんか合わなくて。夜な夜ないろんな峠を走りに行ってたっけ」

昔のことを思い出すように話し始めるママ。

「この前レジェンドが言ってたでしょ。彼女のママは公式戦ではチャンピオンを獲ったのよ。

でね、たまたまあたしが非公式に同じコースでアタックしてそれよりいいタイムを出しちゃったったの」

うわー、なんかひねくれてるわ、とアカネは思った。

「公式戦の同じステージに上がって勝負してこない自分に対して、敵意を抱くのもよくわかるの」

「でも、ママはあんまりタイムの優劣とか興味がないのよね。楽しく走れたらそれでいいっていうか、あえて競争する相手がいるとしたら、それは昨日の自分だと思うの」

「だから、昨日の自分より楽しく、速く走れたらそれでオッケーなのよ」

ふーん、とアカネは思った。

でも実力があるなら公式戦でタイトル総なめにもできたかもしれないのに・・・・・・

「納得してないでしょ? まっ、考え方は人それぞれってことよ」

「今日はもう遅いから帰りましょう」

アカネはコクリと頷いて、ママと2台で家路についた。

離れのガレージにママのオレンジ色のz432Rとアカネのマリナブルーのロードスターが並んだ。

アカネはその2台のマシンが並んだ姿を見て、何か特別な感情が自分の心の中に生まれてくるのを感じた。

それは、ママが歩んで経験して来たことを、今度は自分がこの相棒のロードスターで受け継いで、今度は自分なりのストーリを仲間と一緒につくってみたい、というような感情だった。

エリカ先輩とのんとなら、それができそうな気がする。

「ママ、あたし今は実力的にもまだどうしようもない状態だけど仲間と一緒にチャレンジしてみたい気持ちになったよ」

アカネはママに対してそう告げると、

「わかったわ。アカネ、ママのやり方とか考え方にとらわれることなく、自分の納得のいくようにやってみなさい」と優しく返事をしてくれた。


次の日、放課後の部室ではエリカ先輩がシュミレーターにオレンジ色マシンが持つポテンシャルを推測して入れたシュミレーターを使って先日のバトルの再現をしていた。

「あーもう、このマシンのポテンシャルの高さもあるけど、やっぱ悔しいけれどマシンを操るドライバーのテクニックがずば抜けてるわ・・・・・・」

エリカ先輩は、かなりこのマシンのことが、特にドライバーが気になっているようだ。

この様子を見てアカネは、オレンジ色マシンの張本人が自分のママだと言うことは、しばらくの間秘密にしておこうと思った。

「先輩、遠征に行くってこの前言ってましたよね?」

アカネは話題を変えるような口ぶりで切り出す。

「おっと、そうだったわね。今週末に隣町の峠に行きましょう。きっと何か得るものがあると思うわ」先輩はそう言うと再びシュミレーターに座って、オレンジ色マシンとのバトルシュミレーションに余念がなかった。

そばでエリカ先輩のシュミレーションの様子を見ていたノゾミが、

「このオレンジ色、走り方が似てる・・・・・・」

アカネは、

「えっ⁈」と思わず声が出た。

「アカネママの走り方と似てる」

「やだ、のんったら! あたしのママと似てるだなんて・・・・・・気のせいよ!」

ノゾミはさすがに鋭い。

「そっかな・・・・・・でも、クルマが楽しそうに走ってる」

クルマが楽しそうにはしってる、、か。

ママが言ってた言葉だ。

クルマの走りに、ドライバーの考えてることって、でるものなのかな?

アカネはふとそんなことを考えた。


学校から帰ってからママにエリカ先輩があの日の走りについて何回もシュミレーターで解析していることや、ノゾミがママの走りに似ていると言ったことなどを話した。

「エリカちゃんって、ほんとクルマが好きなのね。 将来うちで一緒に働きたいな」

「のんの感性の鋭さは生まれつきね。 あの子は特別なものを持っているけど、それ故にこの先もしかしたらそれが障害になるかもしれないわ」

確かエリカ先輩も同じような事を言ってたような気がする。

アカネから見て、ノゾミの才能は正直羨ましい。

高度なテクニックも、たった一度見ただけで自分のものにしてしまえるその才能が。

自分にはとても真似できないし、なんだか置いてきぼりを食らっているようで焦ってしまう。

そんなことを考えていると

「アカネ、あなたはなぜ走りたいの?」

ふいにママが訊いた。

アカネは、

「エリカ先輩やのんと一緒に何かにチャレンジしたいってこの前話したよね」

「うん、そうだったわね」

「のんがね、ママが走らせるクルマの動きを見て、楽しそうって言ったの。あたしもそんな走りができたら素敵だなって思った」

「そっか! じゃあ、楽しく走るためのコツを教えてあげよっか」

「それはね、他人と比べないことよ。自分を信じて、自分の精一杯をいつも出すようにしてごらんなさい」

ノゾミと比べている自分の心の中を見透かされたようなようでなんだか恥ずかしかった。

でも、少し心の中のモヤモヤが吹っ切れたような気がした。

「ママ、ありがとう・・・・・・」

アカネは、自分は自分のままでいいんだ! と心からそう思うことができた。


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