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Car Girl カー・ガール

――放課後


自動車部の部室兼ガレージは、学校の校舎の裏手にひっそりと建っている。

グラウンドに出る導線上からも離れているため、ふだんはあまり人通りがない場所だ。

アカネとノゾミは「白百合学院自動車部」と書かれた看板がかかった入り口の前に立っていた。

「誰かいるかな?」

少し不安そうな口調でアカネが呟く。

入り口の扉を開けると、正面には二階に上がる階段があり、左手にガレージへと通じる通路が見えた。

なんとなくガレージの方が気になったアカネは左手に進み、ガレージへ通じる扉を開ける。

すると音楽、それもクラシックが聞こえてきた。

ガレージの中は整然と整理されており、床にはオイル染みひとつない綺麗さであった。

中央に白いクルマが1台、タイヤが外されリフトアップされた状態で置かれている。

ヘッドライトがアカネのゴーハチ、ノゾミのハチロクと同じようにぴょこんと突き出ている。

リアには180SXと書かれていた。

作業台の上に置かれたカップの中にはまだコーヒーが残っており、ついさっきまで人がいた気配がする。

クルマから外されたパーツが装着されていた向きや位置がわかるようにきちんと並べられていた。

うちのママもそんな感じで作業をする。もしかしたらママと話が合うかも、なんて思っていたらふいに後ろから、

「あなた達、何か用かしら?」と声がした。

振り返ってみるとスラリと手足が長く目鼻立ちがくっきりとしたモデルのような雰囲気の女性が立っていた。

「あっ、あのわたし達、自動車部を見学させて頂きたいと思って・・・・・・」とアカネがまだ言い終わらないうちに、

「まぁ! あなた達もしかして昨日レジェンドと会ってた! まさかそっちから来てくれるなんて」と、アカネとノゾミの手を取るやギュッと握りしめる。

突然のことにあたふたする二人。

「な、なんでうちらのこと知ってるんですか?」と慌てて聞くアカネ。

「だってあたしも昨日あそこにいて見てたのよ。『わたしを失望させないでくださいね』な~んて言われてたわよねぇ~!」とレジェンドの声色を真似て言う。ちなみにアカネの物真似よりも数段上手かった。

なんだかこの人、外見と違ってやけに親しみやすい雰囲気を持っている。

「それで、今日はなんでここへ?」どうやらさっきの言葉を聞いてなかったらしい。

「あの、自動車部の見学に・・・・・・」とアカネが答える。

「見学かぁ。ん~、まぁ部員と言ってもいまはあたしひとりなの。あ、あたし二年生の北嶋エリカ。よろしくね!」と微笑みながらウィンクする。

その表情があまりにもキュート過ぎて、同性でも思わずドキッとして見とれてしまう。

「一年生の外神アカネです。こちらは友達の・・・・・・」

「藤原・・・・・・ノゾミです」いつものゆっくりした口調で答える。

「アカネちゃんとノゾミちゃんね! しかしまさか同じ学校だとは思わなかったわ」

「先輩は自動車部で公式競技とか出られているんですか?」と質問するアカネ。

「公式競技に出てまともに戦うためには最低1チーム3名が必要なの。だから出場してもなかなか結果を出すのは難しいわね」

「昔うちの自動車部は強豪と言われてたって聞いたんですけど、そんなに強かったんですか?」

「そうね、とても強かったらしいわよ。このクルマはね、代々先輩から受け継がれてきたマシンなの」とエリカはリフトアップされたマシンに肩に手をまわすようにポンと手をかける。

エリカ先輩が言うには、このマシンで優勝を飾ったこともあったのだとか。いつでも試合に出られるコンディションを保つように先輩がメンテナンスを続けているらしい。

「それはそうと、昨日は何しにあの峠に行ってたわけ?」

「昨日はその・・・・・・、ママにクルマの運転というか走らせ方を習っていました」

「そうなんだ! あ、良かったら今度あたしが練習に付き合うわよ」

「えっ、先輩が教えてくれるんですか?」

「ええ! かわいい妹達のためならお姉さんが手とり足とり教えちゃうわよ」と悪戯っぽく笑う。ママの過激な走りはもうこりごり。先輩だったら基本から優しく教えてくれそうだ。

「そのかわり、これ書いてくれるかな?」と棚から書類を取り出すエリカ。書類には「自動車部入部届」と書いてある。

「あなた達が入ってくれたら念願の公式戦にも出られるし、あのレジェンドともいつか勝負できる日が来るわよ」

「まぁ、今すぐとは言わないけど帰ってから考えてみてくれるかな?」と入部届を二人に差し出すエリカ。

「先輩! ありがとうございます」

「あの、入部でしたら今日いますぐお願いします」お辞儀をするアカネとノゾミ。

「本当に!? うわぁ、うれしいっ!」とアカネとノゾミをぎゅっと抱きしめるエリカ。

こんなに喜んでもらえるなんて、逆にこっちが嬉しくなってくる。

「じゃあ、これから二階の部室で入部歓迎パーティしましょう!」早く早く!と2人を上の部室へと誘うエリカ。

ガレージをいったん出てから、入り口の正面にあった階段を上がると二階の部室になる。

ドアを開けて中に入ると、教室ほどの広いスペースの真ん中にテーブルが置かれていた。

テーブルの上にはコーヒーメーカーやいろんなお菓子が所狭しと乗っかっており、壁際には冷蔵庫まであった。冷蔵庫からジュースを取り出して紙コップに注ぐエリカ。

「さぁさ、ふたりともくつろいでちょうだいね!」

「紙コップで申し訳ないけど、ひとまず入部歓迎の乾杯~!」

とエリカが音頭をとってささやかなパーティがスタートした。

ジュースを飲み、お菓子を食べながらワイワイと3人で盛り上がる。すると突然エリカ先輩が立ち上がり、部屋の後ろのほうにあるクローゼットの扉を開けた。中にはあふれんばかりの服が掛けられている。

「はぁい、注目~!」というや、着ている作業ツナギをささっと脱いで「ん~、どれがいいっかな? お、この夏イチ押しのコレでいこう!」と1着の服を取り出し着る先輩。

淡い色調のサマーニットカーディガンにホットパンツという組み合わせ。上のサマーニットは胸元がV字に開いており、形のいいバストが強調され豊かな谷間がのぞく。ホットパンツからはスラリと長い脚が伸び、その姿たるやセクシーなことこの上ない。おなじ女子ながら目のやり場に困ってしまう。

「先輩っ! クローゼットの服、こんなにたくさんどうしたんですか?」とアカネが聞く。

「えっへ~、これはモデルの仕事でもらった衣装なんだぁ♪」笑って答えるエリカ先輩。

先輩ったらモデルの仕事もやってるんだ・・・・・・。どうりで常人離れしたスタイルをしているワケだ・・・・・・と独り言ちる。それにしても自動車部所属のモデルなんて、なんだかミスマッチも甚だしい。

「先輩はなんで自動車部に入ったんですか?」とちょっと興味があって質問してみた。

すると先輩は急に真剣な表情になり、

「自動車は、あたしの全てなんだ。モデルの仕事もクルマを維持するお金を稼ぐためにやっているの」と答えた。

エリカ先輩をそんなに夢中にさせるクルマの魅力っていったい何なのだろう?

わたしも・・・・・・、クルマを自分で自由に走らせることができるようになったら、その気持ちがわかるようになるのかな・・・・・・?

アカネはさっきとは打って変わって明るい表情でノゾミとはしゃぐエリカ先輩の横顔を眺めながら、ふとそんなことを考えていた。

なんだかんだ盛り上がって、気が付けばもう日が暮れていた。アカネ達はエリカ先輩と今度クルマの練習を一緒にする約束をして別れた。空にはきれいな月が満ちていてアカネ達の足元を優しい光で照らしていた。


家に帰ってからアカネはママに自動車部に入部したことやエリカ先輩のことを話した。

ママはいきなり入部したことに少し驚いた様子だったが、遅かれ早かれいつかはそうなると思っていたようだ。

エリカ先輩のことも興味を持ったらしく「今度うちへ連れておいでよ」とママにしては珍しいことを言った。

「それにしてもさぁ・・・・・・」とママが切り出す。

「あんたとゴーハチちゃんのシンクロ率、いくらチューニングしても80%以上行かないのはなんでなんだろうね?」

「まぁ、80%レベルのシンクロ率なら動かせなくはないんだけど、マシンのポテンシャルを最大限引き出すという意味では課題ありね」

確かにママの言う通り、アカネとゴーハチのシンクロ率は伸び悩んでいる。ノゾミとハチロクコンビは一発で100%出たのに・・・・・・

試しにハチロクとのシンクロを試してみたが、アカネだと10%もシンクロせず、またノゾミがゴーハチでシンクロしてみると同様に10%くらいの結果となった。どうやらクルマごとに相性の良い波長というものがあるようだ。

アカネ自身にも何故シンクロ率が伸びないのか理解ができない。ただ・・・・・・、ひとつ原因があるとしたら幼い頃の体験が影響しているのかもしれない。

クルマ好きの両親は、アカネが小学生にあがると同時にカートをはじめさせた。するとアカネはカートの走らせ方をまたたく間にモノにして、キッズレースの世界でメキメキと頭角を現したのだ。

デビュー間もない新人が幾多のレースでトップを総舐めにしたものだから、「キッズレース界に天才少女あらわる」なんて騒がれたこともあった。しかし、順調かと思われたアカネのカートデビューも、あるアクシデントを境に一変してしまう。

それは、あるレースでの出来事だった。

1位2位のポイントが拮抗し、この最終レースの順位でシリーズチャンピオンが決まるという状況で、まさにアカネと2位のライバルは両者一歩も譲らずのサイド・バイ・サイドのレースを繰り広げていた。毎週回トップが入れ替わるという、まさにガチ対決の様相を呈した激しい展開であった。

いよいよ最終ラップ、2台は並んで最終コーナへ突入。アウト側にいるアカネは不利な状況だったがギリギリまでブレーキを遅らせ、イン側ライバルよりもクルマ半分前に出てクリッピングポイントに差しかかった。

そのままアウトからブロックラインを取られてしまうとレースの勝敗が決してしまう。

イン側のライバルもアカネにブロックラインを取らせないよう、アウトから被せてくるアカネのマシンとコースイン側の縁石の隙間にマシンをねじ込んで阻止しようと抵抗を見せる。

その直後、二人のマシンのタイヤが接触し、アカネのマシンは大きく宙を跳ねてコースのアウト側にへと弾き飛ばされた。

エスケープゾーンにはタイヤバリアがあったが、運悪くその隙間にマシンが入り込み、衝突のショックをもろに受けたアカネは左腕を複雑骨折する大けがを負ってしまったのだ。

それ以来、カートからは遠ざかってしまった。そしていまでも時々、宙に弾き飛ばされてタイヤバリアに激突する夢を見てハッと目が覚めることがある。

自分ではもう過去のことで忘れたつもりでいても、潜在意識には深くアクシデントのトラウマが刻まれているのかもしれない・・・・・・

「やっぱりあのアクシデントの影響があるのかしら・・・・・・」とママが呟く。

「やだそんな昔のコト、もうとっくに忘れてるわよ!」心配かけまいと誤魔化すアカネ。

「ん~、でもママはやっぱり心配だな。別に無理して乗ることなんてないんだからね」とアカネの目を見ながら話す。

「あたし、本当はあんまり自動車部に入って競技するとか興味がなかったの。普通に便利な道具ツールとして乗るつもりだった・・・・・・」

「でもねママ、自由にクルマを操れるようになりたいっていうノゾミとか、クルマの競技をするためにモデルやってるエリカ先輩のことを見て、何か自分も見つけられるんじゃないかって思ったの」アカネは正直ないまの自分の気持ちを伝えた。

「ならいいわよ。何か見つけられるといいわね。ってか、見つけられるわよきっとね!」ママは優しく微笑みながら言った。


次の日の放課後、アカネとノゾミは早速自動車部の部室へと向かった。昨日の歓迎パーティで広げたお菓子の袋や飲み物がそのまま置かれていた。帰り際にエリカ先輩が「あとは片づけとくから!」と言ってくれたのでお言葉に甘えたのだが・・・・・・

エリカ先輩はまだ部室には来ていないようなのでアカネとノゾミはとりあえず部室の掃除に取り掛かることにした。部室の片づけをしていると一冊のノートが出てきた。表紙には「マル秘セッティングノート」と書かれている。

おそらくエリカ先輩のものだろう。マル秘とは書かれているが少し中身を見せてもらうことにした。するとそこには、天候や気温の違いによるエンジンのセッティングや、走行コースごとにサスペンションの減衰やバネレート、車高アジャストのデータがこと細かく書き込まれていた。アカネにはほとんどの内容がちんぷんかんぷんだったが、これだけのデータを集める熱意は十分に伝わってくる。アカネの隣で見ていたノゾミも「すごいね・・・・・・」と感心していた。

すると背後から「お待たせ~!」と明るくエリカ先輩が入ってきた。「ちょっと補習受けてて遅れちゃった」ばつが悪そうにテヘっと笑う。

「お、片づけしてくれたんだ!ありがと。昨日はあれから片づけようと思ったんだけど急なバイトが入ってできなかったのよ」

「いえいえ、部室の掃除は後輩の役目ですから!」とアカネは答えた。

「頼もしい後輩ちゃん達が入ってくれてとっても助かるわ」

「今日はシミュレーターを使った練習をしてみよっか」とエリカ先輩は二人をガレージへと連れていく。

ガレージの少し奥まった場所にシミュレーターとおぼしき設備が置かれていた。ステアリングとシートの前面に大きな画面が設置されている。

「さて、じゃ見本を見せるわよ」とエリカ先輩がステアリングを握る。このシュミレーターは脳波リンク状態ではなく、直接操縦の感覚を会得するためのものらしい。直接操縦のコツを掴めれば、脳波リンクでの操縦にそれが活かせるというワケだ。

なぜわざわざ脳波リンクでクルマを動かすのか?という疑問があるが、ヒトの反射時間つまり頭で考えてから手足を動かすまでには約0.3秒かかると言われている。脳波リンクだとそのタイムラグがないので、タイムを競う競技では有利となる。加えて、クルマの走行状態が危険な領域に入らないよう、脳波リンクシステムには安全を確保するフェイルセーフ機能が備えられている。単純に言うと、速度が出すぎて曲がり切れないとシステムが判断するとブレーキが自動的にかかり適切な回避操作が取られる仕組みである。ハイウェイなど速度領域が高い場所については、脳波リンクでの運転が義務付けられている。

さらに自動車競技では最新のエレクトロリックカーが用いられることはない。最新式はあくまでも「移動の道具」として作られているため競技用には向かないのだ。「クルマの運転を楽しむ」という文化があった頃に作られた、いまではレトロカーと呼ばれる年代のマシン達が競技には使用される。

ガレージに置かれているシミュレーターも、レトロマシンのコックピットを模した仕様となっていた。つまり、アクセル、ブレーキ、クラッチの3ペダルマニュアルミッション仕様である。

エリカ先輩はシミュレーターのシートに滑り込むと、起動スイッチを押した。画面にはコース選択の表示が出ている。あるサーキットコースを選択すると、気温から天候まで条件が表示される。それを見ながらクルマのセッティングも変更できるというかなり凝ったつくりとなっている。そのデータを眺めていたノゾミが

「先輩、この天候と気温なら燃料の噴射は濃い目に、あとコースレイアウトから考えるとサスペンションはバネレートを少し下げて車高を基準よりも10ミリ上げる、ですね」と言った。

「なんでそんなことわかったの?」と驚くエリカ先輩。

「さっきのマル秘ノートに書いてあったから・・・・・・」と答えるノゾミ。

ノゾミの記憶力はズバ抜けていて、20桁くらいのランダムな数字も一目見ただけで覚えてしまうという常人離れした能力スキルを持っている。

「さてと。じゃ操作してみるからちょっと見ていてね」

エリカ先輩はギアを1速に入れて滑らせるようにマシンを発進させた。

2速、3速とギアチェンジを行っていくが、操作がとても丁寧でマシンを労わるかのような印象を受ける。

とはいっても単にゆっくりとした動きではなく、ムダのない的確なと表現した方が良いかも知れない。

ストレートからヒール&トゥをしながら回転を合わせてブレーキング、そしてターンインと流れるような動き。アカネもノゾミも思わず見とれてしまう・・・・・・

「まずはこんな感じかな。とにかく無理やりこじるような操作はだめよ。丁寧な操作を心掛けてみてね」

続いてアカネがやってみる。シミュレーターのバケットシートに乗り込むのに丈の短いスカートだとちょっと困るが、女子しかいないし、まぁ良しとしようか・・・・・・

クラッチを踏み込んでギアを1速に入れてスタート。

しかし、どうも発進がギクシャクしてしまう。クラッチの繋ぎ方が難しい・・・・・・

一度発進すれば、2速、3速へのシフトアップはなんとかうまくできるが、シフトダウンがやっかいだ。

ヒール&トゥを使って、つま先でブレーキを踏みながら踵でアクセルを操作してエンジンの回転を合わせてやらないとシミュレーターのマシンの挙動が乱れてしまう。

しかし、ブレーキ踏んで、お次はクラッチ切って、シフトチェンジしながら踵でアクセル蹴って、またクラッチつないで、、と頭で考えながらだとどうもタイミングがうまく合わないのだ・・・・・・

シフト操作はまだまだ慣れが必要だが、ブレーキングから向きを変えるステアリングの切り方についてはエリカ先輩から褒められた。かつてカートを経験していたからだろうか、なんとなくブレーキとステアリングの操作については感覚が身体に染みついているようだ。

「ふぅ・・・・・・クラッチがよくわかんないや~」とため息をつくアカネ。

お次はノゾミの番だが、さっきから何やらひとりでブツブツとつぶやいている。ノゾミがこんな様子の時は、何かに集中していることが多い。

「のん!」と声をかけるアカネ。

「あ、つぎわたし・・・・・・」ノゾミがゆっくりとシミュレーターのシートに乗り込む。

着座してしばらく目をつぶったかと思うとおもむろにギアを1速に入れる。

スッと絶妙なタイミングでクラッチをつなぎ、エリカ先輩に劣らないスムーズさで発進させ2速、3速へとシフトをつなぐ。

この動き・・・・・・さっきのエリカ先輩の動きをそのままコピーしているような・・・・・・

「ノゾミちゃん上手い!」とエリカ先輩が言おうとしたその時、ストレートからコーナー入り口への減速でノゾミは鮮やかなヒール&トゥをやってのけた。

これにはさすがにエリカ先輩も「えっ⁉」と目が点、といった感じで驚くばかり。

「ノゾミちゃん、初めてよね? シミュレーター操作するの・・・・・・」

「うん・・・・・・」と答えるノゾミ。

「先輩の操作を見て覚えた・・・・・・」

「って、一回やって見せただけよ⁉ それで完璧に動きをコピーしてしまうなんて・・・・・・」

「でも、やっぱりわたしこれが好き・・・・・・」

というや即座にノゾミはサイドブレーキを引くと同時にカウンターステアリングを当て、コーナーをきれいなドリフト状態で旋回させた。

この動き・・・・・・この前アカネママが峠で見せた動きそのものだ。

アカネは改めてノゾミの能力スキルの凄さを感じた。

「なになに⁉ なんなのいったい⁉」

「初めてシミュレーター操作してドリフト決めた子なんて初めて見たわよ・・・・・・」

エリカ先輩は半ば呆れたように言った。


シミユレーターでの走りが上手ければ実際の走りが上手いか、というと必ずしもそうとは限らないが、運転操作を身に染みさせる練習には効果がありそうだ。

アカネはノゾミのように一回で動作をコピーする能力スキルはないので、回数をこなして身に着けていくほかはない。

「エリカ先輩! もう一回お願いします」

アカネはもう一度、クラッチ&シフト操作を中心に練習してみることにした。

「おっ、やる気あるわね。そういう子、あたし好きよ!」とエリカ先輩がウィンクしながら微笑む。

結局、その日は夜までビッチリとシミュレーターで練習をした。

エリカ先輩はアカネの足を手でおさえながらペダル操作のコツを教えてくれた。

まさしく手とり足とり教えてくれたおかげで、なんとなく掴めてきたような気がする。

「よし、だいぶ形になってきたわね。あとは実車でも感覚を掴んでおけばバッチリかな」

「じゃ、今週末あの峠で走ってみよっか」

エリカ先輩の提案で、今週末の夜に峠に集合することになった。

家に帰ったアカネは、早速シミュレーターでの練習のことや今週末の先輩との約束についてママに話した。

それを聞いていたママが、

「ふふっ」と笑う。

「なにがおかしいの?」

「だってあんたが本当に楽しそうに話すんだもの」

そう、まだまだ練習しないと上手く走らせられることはできないが、なんだかとってもワクワクするのだ。

今までできなかったことが出来るようになっていく嬉しさと言ったらいいのだろうか。

そしてそのことを共有できる仲間がいることも。

クルマを通じて、なにかとても楽しい時間が過ごせそう、そんな予感がした。


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