Car Girl カー・ガール
時は22××年、かつては走りを楽しむという文化を持っていた自動車も自動運転が主流の時代となり、今では単なる移動手段として人々の生活道具のひとつとして扱われるようになっていた。
クルマのドライビングを楽しむという行為自体がなくなってしまった時代に、かつては「走り屋」と呼ばれた人々が後世に遺したマシンを駆る娘達がいた。
人々は彼女達のことを、「Car Girl」と呼ぶ。
エピソード1:クルマとの出会い
この春、晴れて16才になった女子高校生アカネはクルマの免許を手にした。
クルマは自動操縦が主流となって久しい現在、かつてのように免許の取得は難しくはなく、法規テストと簡単な適正検査にさえパスすれば16才から免許を手にすることができる。
お祖父さんのそのまたお祖父さんの時代には、20時間以上も実技教習なるものがあり、クルマの免許を取得するということは、それはそれは大変なコトだったのだとか。。
――金曜日、学校からの帰り道。
「きゃっほー! これでアタシもクルマに乗れるよ!」
免許を手にしたアカネが歓声を上げて大はしゃぎしている。
小躍りするたびにスカートの裾がひらりと翻る。
見るからに16才らしい、うす茶色のブレザーの制服に身を包んだ活発で明るい笑顔が印象的な女の子。
その隣には、同じ制服を着たアカネよりひとまわり背丈の小さな娘が並んで歩いていた。
一見すると姉妹にも見えなくはないのだが・・
「うちも、なんとかパスできたよ・・・・・・」
隣の妹のように見える娘が、アカネとは対照的なのんびりとしたトーンでつぶやく。
この娘は、アカネの近所に住む、同学年で幼なじみのノゾミ。
アカネはこの娘を「のん」と呼ぶ。
ノゾミの「ノ」をとって、、あとはのんびり屋さんなので「のん」と呼ぶのがなんだかしっくりとくるのだ。
「だね!のん。あっ、そーいえばうちのママがさ、免許取れたらうちらのクルマ用意してくれるとかなんとか言ってたけど・・・・・・」
人差し指を上にさしながら、思い出したようにつぶやくアカネ。
「そうだっけ・・?」
相変わらずマイペースなトーンで答えるノゾミ。
「言ってたってばぁ!もしかしてアレかな、うちらにピッタリな2シーター最新式完全自動操縦のエレクトロリックマシン!?」
「あぁ、最近出たやつね。。アカネが好きなピンクのボディカラーがある・・」
「そうそう!アタシあの色、大好きなんだぁ~!超楽しみっ!!」
「うん」
ノゾミも期待を込めてこくりと頷く。
うちら高校生が乗るのは、シティコミューターとして近距離を移動するのに便利なコンパクトなタイプが一般的。
価格もそんなには高くない。
電動スクーターもあるけど、なんといっても雨の日とか寒い季節に快適に移動できるのがうれしい。
「いやぁ、これで雨でも雪でもなんでもござれだわ!」とアカネが呟くと、
「お嬢、荷物が多くてもだいじょうぶでござるよ」とノゾミが合いの手を入れる。
「今週の日曜日には準備できるって言ってたから、日曜の朝うちに集合でよい?」
「りょーかいでっす!」
と、のんびり答えながらおどけて敬礼の仕草をするノゾミ。
「やだぁ、のんったら! じゃ、またね!バイバイ」
「うん、ばいばい」
いつもの曲がり角でノゾミと別れる。
日曜日のことを考えると胸の中のウキウキが抑えきれない。
あぁ、早く日曜日になれっっ!
――日曜日の朝
いつも休みの朝はゆっくり起きるのだけど、今日はすごく早く目が覚めた。
というよりか、昨夜は興奮してよく眠れなかったのだ。
アカネの家は、クルマの販売、そして修理や整備全般をおこなう店を営んでいる。
昨日も夜遅くまで、今は営業では使っていない離れのガレージでママがごそごそと作業をしていたみたいだけど・・
そう、うちの店は私が幼いころに他界したパパからママが引き継いだものだ。
ママは若い頃からクルマが好きで、パパと知り合ったのもクルマを通じてだったとか。
アタシの幼い頃の記憶にも、忙しそうにでもとても楽しそうにふたりでお店を切り盛りしていた光景が刻まれている。
待ちきれなくて昨日、「早くアタシのクルマ見せてよ!」とママに迫ったのだけど、「まぁ、もうちょっと待ちなさいな」ともったいぶった言い方で逃げられた。
さぁ、今日こそは約束の日!
アカネはパパッと手早く着替えてリビングルームへ。
あれ?ママがどこにもいない。
もしかしたら離れのガレージに籠って・・
まぁママは趣味でクルマいじったりするのが好きだから、ガレージの中で寝てしまうなんて全然珍しいこいとではないのだけれど。
でも新しいクルマなのに、そんなに整備とかしなきゃいけないのかしら?? などと、ちょっと不思議に思いつつ、離れのガレージに向けて歩いてく。
離れのガレージは自宅の庭を挟んですぐ向かい側に建っている。
パパのお父さん、つまりアカネのお祖父さんの時代から使われてきた建物で、かつてここから今のお店がスタートした、うちら家族にとってはいわばルーツともいえる場所。
広さはクルマ4台が入ると目いっぱいって感じで、いまお店の営業で使っている20台は収容できるガレージに比べたらホントちっちゃい。
いまは、ママの趣味のスペースになっている。
パパとママがごそごそと作業している傍ら、アカネも小さな時は幼なじみのノゾミと一緒に「秘密基地」ごっこをこのガレージの中でよくやったものだ・・・・・・
アカネにとっても懐かしい場所だが、「ある出来事」があってからは距離を置いてきた場所。。
離れのガレージのシャッターはおりたまま。
通常、クルマの出し入れをする以外、この離れのガレージのシャツターが開いていることは滅多にない。
人間は建物横の扉から出入りするのだ。
アカネが近づくと、「ギシッ」とふいに扉が開いた。
「わわっ!!」
ちょうど扉に手をかけたタイミングで開いたものだからさすがにあたふたと動揺するアカネ。
開いた扉の向こうには、作業用の白いツナギを着て眠そうに立っているママの姿が。
年齢は30後半だけど、ママは実際の年齢よりも若く見られることが多くて、自分と並んでいると姉妹に間違えられることもある。(アタシは大いに不満なんだけど!)
身長が高くて175cmもある。髪はロングで、作業をするときには飛行機の客室乗務員ばりの夜会巻きで髪をまとめ上げる。
ママいわくこのヘアスタイルが一番作業がしやすいらしい。
でも夜会巻きにツナギ姿ってなんだかおかしい組み合わせよねぇ・・・・・・
ママが「ふあぁ!」と大きなアクビをして、
「ああ、もう朝になったのね」と独り言のようにつぶやく。
「ちょっと、ビックリするじゃない!もうっっ!」とご立腹の様子のアカネ。
別に故意に驚かせたワケではないのだけれど・・・・・・
まぁ、いつものことかと軽く受け流しながら
「あなた達のクルマ、やっと準備できたわよ」
とママが告げると即座に、
「やったぁ!あ、コーヒードリップしといたからリビングで飲んでねっ!」
と言うや否や、アカネは家の外に向けて駆け出して行く。
「ちょっと!あなたどこに行くの?」
「のん呼んですぐ戻るから!」
と引き返す素振りもない。
まるで鉄砲玉だな、、と駆け出していく背中を見ながら思わず苦笑いが出るアカネのママ。
まぁ自分も人のことは言えないか、と大きく伸びをしながら朝日が降り注ぐ清々しい空気の中、庭の芝生を踏みしめながらリビングへと足を向けた。
全速力でノゾミの家へ向かうアカネ。
ノゾミの家は徒歩10分位の距離だ。
一応、「これから向かうよっ!」とメールを入れてOKの返事はもらった。
単純に「これから来て」と連絡すれば良いものだが、なにせのんびり屋さんなので「すぐ行くよ!」と連絡があってもすぐに来た試しがない。
急ぎの時には、こっちから出張って連れて来るのが一番早いことをアカネは知っている。
曲がり角をまがるとノゾミの家が見えた。
予想に反してもう家の前に出てノゾミが待っている。
「のん、おっはよー! 今日はやけに早いじゃない!」
「うん!」
ノゾミの弾んだ返事が返って来る。
「やっとうちらのクルマ準備できたってさ。」
「昨日はドキドキしてなかなか眠れなかった。」
やはりのんも相当楽しみにしていたみたいだ。
今日はわざわざ迎えに来なくても良かったかも。
「今日クルマ受け取ったら、うちらふたりでどっか行ってみようよ。」
アカネの声も思わず弾む。
「そだね。とりあえず道の駅めぐりとか・・・・・・」
「うちらが道の駅めぐり?? やだ、のんったら!」
とケラケラ笑うアカネ。
ふつーうちらの年代だと街中へショッピングとかだと思うのだけど、のんはいつもこんな調子で意表をついたこと言って笑わせてくれる。
「まっいっか! まったり道の駅めぐりもよいかもね。あとはさぁ・・・・・・」
などと、のんと行きたいとこをあーでもないこーでもないと話しながら歩いてたらうちへ到着。
のんも朝食はまだだったらしく、ママにお願いしてリビングでふたり朝食を食べた。
さて、準備完了!
あとはうちらのニューマシン(笑)とご対面の時間だ。
ブレイン・マシン・インターフェイス技術の飛躍的な発展により、ごく小型のユニット構成でヒトの意思によってダイレクトに機械を操れる時代となっていた。
クルマも例外ではなく、この技術により手足を動かさなくともバイ・ワイヤで走る・曲がる・止まるが意図通りに行える、つまりある一定の条件を保って走行するだけの単純自動操縦世代を超える第2世代へと進化を遂げていた。
もちろん、安全に対するフェイルセーフ機能はセットで付加されており、走行環境から見て危険な状況であるとシステムが判断すると、自動的に危険回避モードが割り込み操縦する仕組みである。
つまり、あくまでもヒトよりもマシンの判断が優先されるということ。
そのおかげで、事故の発生件数は飛躍的に低下した。
――離れのガレージの中。
何やら紅いカバーがかけられたクルマと思われるものが2台置いてあった。
ガレージの天井は太陽の光が差し込むように設計されていてことのほか明るい。
ちょうど2つのカバーを天井からの光がスポットライトみたいに照らしている。
ママがアタシとノゾミでカバーを取ってみてくれと言う。
ワタシは向かって左側を、のんは右側のカバーを引っ張った。
「えっ!?」
そこから現れたのは、イメージしていたピンク色の最新エレクトロニックカーではなく、すごく昔の、、そう家にあった旧い写真で見たことのあるお祖父さんの時代に使われていたクルマだった・・・・・・
アタシがめくったカバーからは、まるでポリバケツのような青い色の丸っこいカタチをしたクルマが出てきた。
ヘッドランプがカエルの目のようにぴょこんと突き出していて、バンパーの下に設けられた楕円の空気吸入口は、まるで笑っている口のようにも見える。
リアのバッジには、Roadster と刻まれていた。
ノゾミの方は、まるでパンダのような白と黒のツートンカラー。
同じくヘッドランプがぴょこんと突き出ている。
このクルマには、TORENOとフロントのバッジに刻まれていた。
「ちょっとママ! これが本当にうちらの乗るクルマなの!?」
「そう。これがあなた達のクルマよ」
予想外のものが出てきた驚きを隠せず呆然と立ちつくすアタシとノゾミを前に、ママは平然と答える。
最新型のエレクトロリックカーなんてとんでもない、いったい全体これって何年前のクルマなのだろう・・・・・・
「じゃ、これかぶってクルマに乗ってちょうだい」
と間髪入れずにフルフェイス型のヘルメットをアタシとノゾミに渡すママ。
あくまでも強引に乗せるつもりらしい。
「ママったら、うちらにほんとにこんな古いのに乗れっていうの?」
「そうよ」
「やだやだ、ありえないでしょ! うちは絶対イヤ!!」
と語気を強めるアカネ。
「あんた達、ほんとのクルマに乗れるなんてこんな幸せなことないのよ」
「幸せって・・・・・・」
「まぁ、それは動かしたら分かるから。とにかく早くこれ被って運転席に座りなさい」
半ば強制的にヘルメットを被らせられ、運転席へと押し込められるアカネとノゾミ。
「じゃあシールドを下してみて」
ママに言われるままにヘルメットのシールドを下すと、カメラのファインダーを覗いた時のように、端っこにいろんな数字とかグラフのバーが表示されている。
「シンクロ率の数字を確認してちょうだい」
このフルフェイスタイプのヘルメットは脳波リンクをコントロールする為のナーブギアと呼ばれている。
最新式のマシンではカチューシャみたいな小型のナーブギアを装着するだけでOKなのだが、これはなんだか仰々しい。
「50パーセント」
青いロードスターに乗り込んだアカネはシンクロ率の数字を読み上げる。
「う~ん、やっぱ最新のエレキマシンじゃないレトロフィットのシンクロはシビアだわ・・・・・・やはり、乗り手を選ぶということかな」とママが呟く。
続いて白黒トレノに乗り込んだノゾミが
「シンクロ率・・・・・・100パーセント・・・・・・」
と答える。
「えっ!?」と驚くママ。
「チューニングしないでシンクロ100パーセントだなんて・・・・・・。のんはハチロクちゃんによほど気に入られたようね」
「さてと、のんはバッチリみたいだから、あとはアカネのチューニングね。夜には間に合わせるようにしなくちゃ」
「アカネ、ちょっとしばらくそのままね!」と軽くウィンクしながらママは言った。
「もう・・・・・・」
だいたいリンク50パーセントだなんて、この子アタシと相性がよくないんじゃない?
なんだかテンションが下がるアカネ。
そんなアカネをよそに、ママはシステムに接続したラップトップ端末に向かってチューニング作業に余念がない。
結局作業は、昼食をはさんで夕方まで続いた。
――夜、離れのガレージ
「さぁ、行くわよ!」
ママが「ハチロクちゃん」と呼ぶ白黒のトレノにノゾミと3人乗り込む。
運転席にママ、横にノゾミ、そして後席にアタシが座った。
ママが「ゴーハチちゃん」と呼ぶアタシの青いロードスターには二人しか乗れないので、ハチロクちゃんの出番となったのだ。
「じゃあ脳波リンクシステムは使わずに、直接操縦で走らせるからよく操作を見て覚えるのよ」
最近のエレクトロリックカーを脳波リンクで走らせる場合、クルマ側のシステムに直接脳波がアクセスする構造となっている為、特に難しい操作を覚える必要はない。
だが今回、アカネ達に用意した脳波リンクを前提としないレトロカーは、ハンドル操作やシフト&ペダル操作を脳波の命令を受けたアクチュエーターによって実際に動かす必要があるので、どのようにシフト操作やペダル操作を行うのかイメージをつかむ必要があるのだ。
「まずはエンジンの始動からね。このキーを捻ってエンジンに火を入れるイメージをするの」
ママがハンドル近くにあるキーを捻ると、
「キュルキュルキュル、ブオン!」
ハチロクちゃんのエンジンが元気に目覚める。
「さてと、お次は発進ね」
「一番左側のクラッチペダルを踏み込んでから、シフトレバーを倒してローギアに・・・・・・」
「で、左足のペダルをゆっくりともどしながら、右足でアクセルペダルを踏み込む」
ママが説明しながらレバーとペダルを操作すると、その動作にシンクロして滑るようにマシンが走り出す。
「おぉ~・・・・・・」
ママの隣でノゾミが感心したような声をあげる。
「とにかく操作はやさしくていねいにするの。それに応えてマシンも動いてくれるから」
「じゃあ、アカネママの夜のドライビングレッスン1、レッツゴー!」