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83部

雨が降っていた。

傘をさして歩いていた男は、片手に携帯を持ち、会話をしていた。

「ごめん、ごめん。少し雨が強くてね。

音が聞こえにくくて、来週の授業のことなら島村君に任せるよ。」

 軽快に話しているが、雨に加えて、向かい風も出てきたので、傘を前に倒して雨を防ぐ。

前が見にくくなったが、この時間であまり人通りも多くないから、誰かにぶつかることもないだろうと思いながら歩いていた。

「先生も少しは授業の内容を考えといてくださいよ。

僕も卒論で忙しいんですから、先生の授業の面倒見てる場合じゃないんですよ。」

 島村君の呆れ声を聞くのはこれで何度目だろうか。四回生で就活も終わっているゼミ長に授業の内容と準備を任せてみたところ完璧な授業計画を建ててくれたので、それ以来、信頼して任せてしまっている。彼には今度高いお店で美味しい物でもご馳走しなければいけないなと思いながら、傘を少し上げて前を確認する。

 雨がっぱを来た人が向こうから小走りでやってくる。こんなに雨が降っていてもジョギングする人はいるのかとぼんやり思いながら、

「大丈夫だよ。

その卒論を審査するのは僕なんだから大船に乗ったつもりでいればいいよ。」

「それ、絶対に先生が言ったらダメなヤツですからね。」

「アハハ、それだけ島村君を信頼してるってことだよ。

あ、そうだ、明日の朝、僕のパソコンのデスクトップにある『KSH』っていうファイルを島村君のUSBにコピーしておいてくれる。コピーしたら、そのファイル消しておいてくれるかな?」

「良いですけど、何ですかそのファイル?」

「まあ、僕の調べた秘密に関するデータだよ。見たかったら見てもいいけど、見なければよかったと,

きっと思うよ。」

「じゃあ、何でコピーするんですか?」

「それは・・・・・・・・」

 言いかけたところで、体に衝撃が来た。よく見ると、ジョギングしていた人がぶつかったのだった。自分も前を見て歩いていたわけではないので、

「あっ、すみませ・・・・・・」

 言いかけたところで脇腹のあたりに強烈な痛みが走り、声が出なくなる。脇腹のあたりを見ると、ナイフが刺さっている。そして、その場に倒れこむ。刺した男は走り去ったしまった。

電話からは島村君の声が聞こえる。

「先生、どうかしたんですか?先生、先生、聞こえてますか?」

 答えようにも声がうまく出ない。遠のいていく意識の中で電話越しに聞いたあの言葉がまた聞こえてきた。

『詰めが甘いんだよ、お前は』

「ホントだな、勘ちゃんの言う通り、詰めが甘すぎたよ。」

 意識の遠のく中でつぶやけた。雨が強まる中で、誰も通らない道の上で、電話から聞こえる自分のことを呼ぶ声に見送られて、石田一成は静かに息を引きとった。

                                                        終

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