79部
なかなか返ってこない返事を待ちかねて、西川は伊達に向かって、
「何も言わないんですか?」
伊達はヘラヘラと笑い、
「何を言って欲しいんだ?」
「勝手に向こうと話すなとか言いそうだと思ったんですけどね?」
「そんなの『今更』な話でしょ?
さっきから小声で、向こうの警官の動きを指示してたじゃないですか。」
「気づいていたのに向こうには教えてないんですね。なぜですか?」
「山本警部にそんな助け舟は必要ないかと思いまして。
さらに言うなら、僕は裏方であって、向こうのあなたのお仲間二人を言い負かす組が主役ですから、彼らが映える演出というのが必要かと思ってますからね。」
「うまくいかないのも『演出』ということですか?」
「一方的に敵を倒すような少年漫画って何が面白いのかなって思わないですか?
俺はどっちかって言うと主人公が一回負けて修行して再戦して勝つくらいの方が好きですけどね。」
『なんやねん、今まで黙ってたのにしゃべりだしたら、次は漫画の話か。
お前遊んでるんやないやろな伊達?」
「そんなわけないじゃないですか、竹中さん。
そっちの回答が来ないから、間を繋いでただけですよ。」
『アホか、この機械どうやって使ったらエエかわからんかったんや。
そっちの犯人グループのやつ。』
「雑な呼び方ですね。名前もすでに分かってるんなら、そう呼べばいいじゃないですか?」
『何で全国ネットでお前を有名人にしたらなあかんねん。
お前なんか『犯人C』ぐらいがちょーどエエは。』
そう言えば、向こうでどれほど熱を帯びた会話がされても、伊藤さんと谷さんの名前は呼ばれずに今まで来ている。顔は隠れたままで、こちらの会話では何度か自分の名前が出ているがそれも、向こうとは回線を繋いでいない時の話で、まだ自分達の名前は一度も放送されていない。
「そんな気を回してもらわなくてもいいんですよ。未成年じゃないんだ、名前ぐらい公表されても文句は言いませんよ。」
『犯人C さん、あんたはラベリング理論って知ってるか?』
山本警部に聞かれ、西川が答える。
「アメリカの学者たちが作った犯罪や非行がどういうものかを規定して、その行為を行った者に対して、犯罪者や非行少年のようなラベルを貼ることによって、その貼られた者がそうなっていくとかいう考え方のことでしたか?」
『そうだ、犯罪者だと決めつけられれば、そこに怒りや憎しみが生まれて、呼んだ人たちに対する反発が生まれる。あるいは、自分がそういう人なのかもしれないとアイデンティティを疑いだし、そういう人間になっていく。
刑務所の出所者が更生する上で一番はじめにぶち当たる壁でもある。『前科者はまた犯罪をするんじゃないか』という疑念が社会に戻ってくることを拒絶するからだ。
お前らが今していることは犯罪行為だが、お前らが『今』犯罪者のラベルを貼られる必要はない。
まだ、誰も傷つけてないし、ただこの場を占拠しているだけだ。
この行為だけなら不法占拠・不退去罪くらいだから、それほど重い罪にもならない。
今のうちに大人しく全員投降しろ。』
「ずるい人ですね。
僕らがしていることは他にも銃刀法違反、不法侵入等もありますし、他にも色々してることくらい知ってるんでしょう?」
『俺は過去のことを話してるんじゃなくて、『今』の話をしてるんだよ。』
「それなら少し過去のことを話しましょうか。
山本信繁さんが会計検査院の長であった時、政治家の献金や脱税などの情報を得るために作った『秘密裏に政治家を監視する会』通称『秘政会』は長い年月をかけて、『秘書が政治を行う会』へと変質した。そこに所属した秘書によって前島大臣の裏献金疑惑が起こり、日本の政治をゆがめている。それをあなたはどう思いますか?」
『そんなもん知るか!』
「いいんですか、テレビは放送中ですよ。もっとまともな返しの方がいいんじゃないですか?」
『俺が小学生とか幼稚園の時のことだ。親父がどんな人だったのかも親父の友人に聞くまで知らなかったのに、親父がどんな仕事をして何を作って、それがどうなったかなんて、興味もないよ。
お前の言った日本の政治がゆがめられたってことが犯罪なら俺は警察官として取締るだけだ。』
「かっこいいですね。何様のつもりですか?この国の救世主ですか?」
『バカか、俺はそんなたいそうなもんじゃなくてただの一警察官だよ。
それ以上でも、以下でもない。誰かがそう呼びたいなら呼ばせとけばいいと思うが、自分から名乗る気なんてまるでないよ。』
「私達の最初の行動は週刊誌に『三橋教授の悪行』という名前の記事を載せたところからでした。
その結果、三橋教授は自宅で首を吊り自殺しました。他にもいろんな政治家の悪行を週刊誌を使って暴露していきました。警察が警護をするようになって、いや、正確に言うなら山本警部達が動き出してから政治家を自殺に追い込むことができなくなりました。
だから週刊晩夏の井上編集長を拉致して、自殺に見せかけて殺し、週刊誌が利益のために不確かな情報を発信していたことを世間に知らしめました。
それはすべて、『秘政会』のSHと名乗った若い男の計画にのっとった行動でした。
SHは自分の考えた犯罪計画がどれほど成功するかの実験がしたいから、私達を利用したと言ってました。それでも私達は復讐がしたかった。権力者が情報をいじったせいで台無しになった私達の人生を、私達の家族の人生に対して何も責任を取らなかった会社にも、本当のことをしろうともしなかった国民たちに。
普通にまっすぐ歩いてきただけなのに急に落とし穴に落とされて、すべてを失った恐怖を、理不尽さを伝えることが私達の報道関係者だった我々の仕事だと思ったんですよ」
『そんな自供してしまっていいのか?
警察署で自白すれば少なくとも、お前らの家族に知られずに済んだんじゃないのか?』
「どうなんですかね。
私の家族は私を見捨てはしなかったけど、きっと私だけが安全な立場で他の人を見捨てるようなことをしていると知れば、その時に見捨てられるんじゃないかと思うんです。
私、西川はここにいる伊藤さんと谷さんと藤江さんと同じ立場に立って、この人たちと仲間のままで、私が作る最後の番組を閉めたいと思っていたんです。」
西川に名前を呼ばれた伊藤と谷は覆面を外していた。編集室では藤江も同じように覆面を取っている。西川も覆面を取って、
「これで私達は『報道ジャッカー』でもなく、『犯人A・B・C・D』でもない。
四人の犯罪者集団になりました。
さらに言うなら、三澤さんを殺したのも我々です。もしかしたら、あの時すでに三澤さんにはこうなることが見えていたから、計画の中止を進言して来たのかもしれないですね。」
「何がしたいんですか西川さん?」
伊達が聞く、西川には思い当たることがありすぎて、どれかわからずに
「何がですか?」
「あえて名前は伏せておいたのにってところが一番ですかね。」
「ああ、たくさんの人が死んで、傷ついて、苦しんだ犯罪を起こしといて、犯人C で終わりたくなかったそれだけですよ。
もっと言うなら、捕まりもしない、人を不幸にする計画を建てて、自分は全く汚れずに、それを高みの見物してる奴がいるってことが国民に伝われば、それだけでこの報道ジャックは意味がありましたからね。」
西川はそう言って、銃を置き、両手を伊達の前に出し、
「藤江さん・伊藤さん・谷さん、『報道ジャッカー』終了です。」




