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78部

「次は、人質が一人死ぬと思え!」

 伊藤が言い、谷が

「気づいてないと思いましたか?

 山本さんが話されている間も周囲の警戒はし続けてましたよ。

『救われている人がいる』と言いましたか?

それも誤解ですよ。新たな制度を作ればそこに新たな利権が生まれる。だから、新しい制度は作られるんです。権力者が自分を潤すために弱者を利用していることに変わりはありません。

 そんなことも『知れない』世の中なんですよ。本来なら、国の動きは全て国民に知らせなければいけない。それは国民の持つ開示請求権、アクセス権に基づいて行使されるべきだが、重要な情報程、自国防衛のため等のもっともらしい理由を付けて秘匿される。

 少しでも、不正がバレそうになると情報ごと処理して、記録がない、『記憶にない』のオンパレードです。『知る権利』とは『国が公開できる』ことを前提とした権利なんですよ。

その開示請求者に権力がなければそれだけ重要なことは明らかにならずにいつの間にかなかったことにされてしまう。

 国の不正も権力者の不正も全ての情報が包み隠されずに公開される必要があるんですよ。」

 谷は銃の引き金に力を込める。伊藤が

「知りたいと思うことは別に悪い事じゃないだろ?

 人は興味を持つことによって進歩してきた動物だ。火の使い方も電気の使い方も重力の存在だって、誰かが興味を持って、試行錯誤したから今では常識的に使えるようなったんだ。

 情報だってそうだろ?最初は誰かが足を使って調べまくってたのが、機械ができて自動的に観測できるようになって、そして何の不自由もなく手に入れるだけの技術を獲得して来たんだ。

 誰かの得た情報が、媒体を通り、国民のもとに届く、この流れができていたんだ。

だが、権力者はその流れを無視して、自分達に不都合な情報だけに堤防を築き、流れをせき止めて別の流れを作って、元の流れをなかったことにしてきた。

 その積み重ねが犯罪の隠ぺい・贈収賄などの悪しき政治文化をそのままにしてしまった要因じゃないのか?

 犯罪が起こる理由がわかれば、犯罪を事前に予防することができる。なら起こる原因を知りたいとは思いわないか、山本警部?」

「そんなこと大昔から研究されてることだし、俺らみたいな現場の人間が気にすることでもないと俺は思う。そういうのは総監とか刑事部長が考えることだからな。」

「本当にそうか?

『近代犯罪学の父』と呼ばれるイタリアのロンブローゾは、『犯罪者は生まれつき犯罪者なのだ』とする『生来性犯罪人説』の概念を提唱した。

 犯罪者の身体的特徴を調べて、生まれながらに犯罪者になるだろう身体的特徴と言うやつを見つけて、普通の人と犯罪者を分別する考えだ。しかし、そんなものは後にイギリスの研究グループに完全否定された。

 ロンブローゾの考えを批判したリヨン環境学派のラカッサーニュは犯罪が起こる原因を環境にあるとした。経済的に困窮していれば窃盗や強盗などの犯罪を行うし、社会の状態によって人はいかようにも変化することが犯罪を起こす原因だと考えたわけだ。

 そして、ドイツ学派と呼ばれる研究グループによって、人的な要因だけでは犯罪は起こらず、環境的な要因だけでも犯罪は起こらない、この二つが複雑に絡み合った時に犯罪が起こるとする二元説が唱えられるようになった。

 その他にも色々と犯罪の原因を追究してきたものがあるがどれを取ってしても犯罪を事前に予防することはできていない。

 お偉いさんや学者だけが考えていたのでは、犯罪から国民を守れないんじゃないのか、警察官一人一人が考え、国民の一人一人が犯罪を行わないように心掛けていけば犯罪は無くなるんじゃないのか?どう思う、山本警部?」

「歴史の勉強をまじめにしたことがあるか?」

 山本は冷静な声で聞き返す。

「質問に質問で返すのか?答えに困った時の常とう手段だな。」

 伊藤があざけるように言うが、山本は冷静なまま

「日本だけでも長い歴史があって、勉強するのは大変だろう。

でも、しっかりと見てみれば、日本の歴史には同じようなことが多くみられる。

 例えば、幕府を作った一族が最後まで権力をずっと持っていた幕府なんてない。

鎌倉幕府は源頼朝の死後、直ぐに北条氏の執権政治に変わってるし、室的幕府も承久の乱後、戦国時代に突入して権力を失っている。

江戸幕府は、徳川家は最後まで残ったが、将軍が権力を握ったのも8代吉宗までで、老中と呼ばれる者が政治の中心になってた。

 鎌倉時代の元寇の時に御家人に褒美を与えられずに求心力がおちたのに、豊臣秀吉は朝鮮に出兵して、多くの兵士を失い、多くの金を使ったが朝鮮を得ることもできなくなり、豊臣家は力と求心力を失ったために関ヶ原で裏切りにあって負けた。

 似たようなことは過去にいくらでもあるのに人は学んでいないんだよ。

じゃあ、それはなぜか?

 俺はどこかで誰かがボタンを掛け違えたからだと思ってる。

ひとりが掛け違えても不細工になるだけだが、長い歴史の中で誰かが掛け違えて、そのままボタンをかけ続けていったなら、ズレたままで、どこがおかしくて、どこが正しかったのかわからなくなるんだと俺は思う。

 犯罪だって同じだ。誰かが間違ったことを教えて、『普通』とズレた人間が、また誰かにズレたことを教えて、さらにどこかでまた間違えた方向に進んだことによって、小さなズレは大きくなり、いつの間にか『普通』から大きく離れた人間ができてしまう。

 その大きく『ズレた人間』の中から『法律からズレた人間』が出ることによって、犯罪は起こるんだと思う。

 だから、事前に予測して犯罪を抑制することなんてできないと俺は思ってる。

そのために警察が日夜パトロールしてるし、税金使ってそれに対処する装備を用意してるんだ。

 犯罪の起こる原因を研究することに文句を言う気はないが、いかに素早く対処して被害を減らすかが俺達みたいな現場にいる警察官の仕事なんだよ。」

「ふざけるな!お前のそれは逃げてるだけだろう!

誰かがきっと何とかしてくれる、そう思って考えることをやめてしまうんだ。それは真実を無視して、情報をそのまま受け取ってしまう国民と何も変わらない。

 自分で考えたとしてもその答えがあっているとは限らないが、それでも『どういうことなのか』を自分なりに考えることによって、情報というものの不安定さに気付いて、疑うようになる。

 疑えば騙されることは少なくなり、誤った方向に導かれることも無くなる。

重要なのは『考えること』なんだよ。自分が考え、理解するためにした努力が次に活かされる。」

「だから、何でも報道すればいいってことか?」

 山本の問いに、伊藤は一瞬止まり、そして山本に銃を向けて、

「何を聞いていた?

 報道していい内容は精査するべきだと言ってるだろ!」

「間違った情報かそうでないかを判断するためには、多くの情報と接しなければいけない。

でも、その情報の中に精査した正しい情報ばかりでは、お前が言った『疑う』余地はないんじゃないのか?

 大体、精査すると言っても、それを誰がどの基準に従ってするかによって情報は大きく変わるんじゃないのか?私欲にまみれた情報の中から正しい情報なんて見つけられるのか?

 お前らがさっき流そうとしていたVTRにはお前らの私欲が絶対に混ざっていないと言い切れるのか?」

 伊藤が強く銃を握って、山本に向かって構える。谷がそれを見て

「ま、待て!

 山本警部、確かにあなたの言う通りかもしれない。

俺達が不幸になった元凶である政治家や権力者を非難する内容が含まれていたことには違いがない。でも、それは俺達をモデルケースとして、『情報』によって人は幸にも不幸にもなるということを知って欲しい。

 知っているということは対処できるということなんだ。」

「じゃあ、逆に聞くが、情報があったら不幸にはならないのか?

特殊詐欺なんて、良いように呼ばれてるけど高齢者を狙った『オレオレ詐欺』は今も減るどころかやり方を変えて、被害額は増え続けてるんだぞ。

 そう言う詐欺があるという情報があっても、騙されてしまう人はいるんだ。

情報だけでは、犯罪を抑制することも予防することもできないのが現実だろ。」

「お前ら勘違いしてるで。

 情報は生きていくための道具であって、使わんくても生きていけるんや。

使った方が便利やし、得することだって山ほどある。

でも、それが必ず必要なんかって言われてもそうやないやろ。

天気予報で雨が降るって言ってたのを知らんかった人が死ぬなんてことあると思うか?

あるわけないやろ、雨宿りすればエエし、傘買えばエエし、友達に恋人に家族に傘に入れてもらえばエエねん。

生きていくための道具を必需品やと考えるから、なかった時に悩むし、立ち尽くすねん。

あった方が良くても、なくてもエエくらいに考えろや。

 今から考えればあって当たり前なもんも昔はなかったんやから、スマホ使えんくても生きていけるし、オシャレな服が何か知らんくても服は着れるし、雨が降ってるからって傘ささなあかんわけやない。雨に濡れてみるのも、それはそれで気持ちええもんやで。」

 竹中が言うと、伊藤が

「それは情報がなかった時に生きてきた人の意見だ。

今もこれからも『情報社会』は続くし、さらに科学の発展によって、情報が全てを動かす社会になっていくだろう。それでも情報が必要でないと言い切れるのか?」

 竹中は頭を掻きながら、

「そんなもん知らんよ。

俺は今を生きとるからな。未来がどんなになってても、そん時にどうすればエエかを考えればエエやないか。携帯が普及して、一気に広がったと思ったら知らんうちにスマホが出てきて、皆スマホ持ってる時代になった。知らんうちに適応するんが人間の凄いとこなんちゃうんか?」

『それでは、知らないうちに国民が不利益を被る社会になっていても、あなたは国民はそれに適応するからいいと仰るんですか?』

 スピーカーから聞こえる声に、その場にいた全員が編集室の方を見上げた。


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