77部
「警視庁特別犯罪捜査課だ。銃を捨てて投降しろ!」
山本が言いながらセットに上がると、上田・竹中・今川も拳銃を出して続いた。
谷も伊藤も慌てるそぶりさえ見せずに、拳銃を出演者に向ける。補佐役の男性アナウンサーが小さく『ヒィッ』と悲鳴を上げる。伊藤が
「特別犯罪捜査課か、ということはあんたが山本警部か?」
「俺のことを知っているのか?」
山本は特別驚いたから聞いたわけではなく、少しでも自分に興味を持たせて隙を作らせるために伊藤の話に乗った。
「知っているとも、三澤さんはあんたが信用できる人間かを探ってた。
そしてUSBを渡したんだ。そんなあんたのことを俺らが知らないと思ってるのか?」
「焼死体にしたのはお前らだろ?」
山本の問いに伊藤は鼻で笑い、
「そんなわけないだろう。三澤さんは仲間だったんだからな。」
「そうですね、例えそうだったとしてテレビで自白するわけないでしょう。」
谷も会話に加わる。意識がだいぶ山本に集中し始めていることを感じて、竹中が静かに距離を詰めようとしたところで、伊藤が竹中に銃を向け、
「動くな!あんたを打ち抜くことはできなくても、ここに座ってる奴らなら撃てるんだぞ!」
竹中は仕方なく、後ろに下がり様子見の状態に戻った。それを確認して、伊藤が
「それから山本勘二警部、30代後半で警部になり、武田警視総監や上杉刑事部長とも親交が深く、何なら特別犯罪捜査課は山本警部のために作られた課だともいわれてる。
実際、最近世間を賑わせていた事件のほとんどはあんたによって解決されてる。
優秀な刑事だ。警察なんて全く信用しなかった三澤さんが信用するくらいのな。」
「お褒め頂きありがたいが、世間話なら警察署で聞いてやるよ。
人質を解放しろ。」
「まだ駄目だ、目的はまだなせてない。
思い上がった報道関係者共に伝えるんだよ。いかに自分達が傲慢で人を不幸にする力を持ってるのかということをな。」
谷が語気を強めて言う。伊藤が
「山本警部、あなたは前島恒和によって殺された山本信繁の一人息子らしいな。
どんな気分なんだ、30年近く経って、真犯人がわかったのに捕まえることもできない、責任を追及したくてもその矛先がもう存在しない。
あんたはどんな気分であの会見を見ていたんだ?この事実をいつ知ったんだ?」
山本は一息ついてから
「ハァ、それをお前らに聞かれるとは思ってなかったよ。」
「どういう意味だ?」
伊藤が怪訝そうに聞く、山本は肩をすくめて
「国民の個人的なことは取材してはいけないんじゃなかったのか?
お前の今の質問はお前らの言う『報道関係者』とやってることが何も変わらないんじゃないのか?」
「ふざけるな!俺らは権利や自由をはき違えて、何でもかんでも報道するようなことはしない。」
「じゃあ、お前らの言う『権利』だとか『自由』って何だよ?
自分がしてることはよくて、他人がしてることが許せないなんて都合の良い事ばかり言う気じゃないだろうな?」
「俺らはあんなクズじゃない。俺らの目的は『平等』だ。」
伊藤が勢いよく言いきり、谷が補足するかのように
「『権利』も『自由』も、しょせんは地位や名誉、財力といった権力を持つ者から与えられるものであり、それを持たぬ弱者には無関係のものなのです。
いくら真実を述べても権力者が『違う』と言えば、真実は変わってしまう。
弱者は常にだれからも守られず、都合の良い様に扱われるだけなんです。
あなたのお父様とお母さまを殺した風間太郎という人物も結局はお金がないから見ず知らずの人を殺して、そして死刑の宣告を受けている。確かに人を二人殺している事実は変わらないでしょうがそれだけで死刑になることも珍しい。そう考えると大きな『力』が裏で動いていたからそうなったのではないかと思いませんか?
前島恒和が裏から手を回して自分の邪魔な風間氏を死刑にしようとしたとは考えられませんか?
金を持たない弱者の風間氏は、地位も財力もある前島恒和に良いように使われ、消耗品のように要らなくなれば消されてしまう。
法律も平等に適用されるわけではない。それはあなた方もよくわかっているんじゃないですか?
我々の求めるのは名前や職業や財力なんてものも関係ない、常に平等に権利が与えられる社会なんですよ。」
山本は『坊ちゃん狩り』の時のことを思い出す。確かに権力者が金を使って犯罪をもみ消すことは実際にあったし、その被害者の怒りの声も直接聞いた。しかし山本はあえて
「そんなのはお前らの思い込みかもしれないだろ。
憲法には弱者を救済する条文もあるし、憲法だけで補いきれない部分を補正するための法律も作られてるだろうが。」
「違うな!
あんなものは全て誤魔化しなんだよ。不満が溜まらないために弱者を救済するように見せて、不満を本来の問題からそらしてるだけなんだよ。
『自由権』と『社会権』がなぜ整備されているか知っているか?
あれは外国が作った国際条約の『市民的及び政治的権利に関する国際規約』通称『A規約』と『経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約』通称『B規約』に国家として批准したから整備されたんだよ。
それも国民のためじゃなくて、先進国の中でこれらの条約に批准していなければ、国際的な非難を受けることを避けるために結ばれたんだよ。
公にはならないが国際的な人権思想を受け入れる理由は、基本的には先進国の諸外国と対等になり続けるためだ。明治政府の負の遺産なんだよ、他国から遅れたらいい様に外国に利用されるという教訓はな。
国のために整備した内容が、国民のために作られたものではないという証明だ。」
山本は冷静に伊藤と谷の行動を観察していた。話に熱が入り、今川と上田の接近に二人は気づいていない。ここはさらに相手を挑発する必要性を感じ、
「きっかけは何だったとしても、国が条文を作り、その制度を充実させることによって救われている人がいるのも真実だろう?
確かに受け取り方を間違えた一部の人の暴走はあっても救われてる人はいる。何もなかったら生きていけない人だっていたはずだ。お前らの言うように外国に見栄を張るためだったとしても、制度ができれば人は救われるんだよ。
間違っているのは本当はお前らなんじゃないのか?」
反論が来るかと待っていると伊藤と谷は大きく息を吸い、今川と上田の方に銃を向ける。
今川と上田はその場で止まり、少し後ずさる。そんな二人に向かって山本が
「上田・今川、下がれ。人質第一だ。」
「了解しました。」
二人はそう言って大きく後退した。




