73部
テレビの画面が移り変わり、バスジャックやハイジャック事件の映像が流され、そして、
国政の影響力に関するアンケートの結果が映し出される。一位に政治家、二位に官僚、三位にマスコミと写し出される。そして男の声で
「国民主権を三大原則に置く日本において、国を動かしているのは政治家や官僚と言った一部の者だけである。そして国民の意見を代表する世論ではなく、マスコミの影響力は拡大し続けているのである。
世界で、日本で、東京で、地方で起こったことを全て国民に知らせる便利な存在であったマスコミは、多くの犠牲を伴って政治家や官僚ですら抑えられないほどの『権力』を有するようになった。
国民のプライベートを探り、人の弱みを暴き、私人を批判して、経済活動を行っている。
個人の私的な活動を世間に公表し、面白がって他人を傷つけている、社会正義・公の利益、そんな言葉を使って私人を一方的に批判し、大犯罪者であるかのような悪意を持った編集で悪いイメージを植え付け、世間の批判の対象へと誘導している。
そんなマスコミを我々は批判し、真に国民の利益を追求するための情報を発信する。
そう我々はバスでも飛行機でもない、報道をジャックするもの『報道ジャッカー』である。」
VTRはそこで終わると、拳銃を突きつけられた佐々木アナの映像に変わる。
「本日の内容は一部変更を行い、『報道ジャッカー』と名乗られている方たちからの情報をお届けします。」
佐々木アナはあからさまに原稿を手にもって読んでいる。チラチラと犯人を見ながらであることから、拳銃で脅されて原稿を読まされていることがなんとなく伝わってくる。
「それでは、最初のニュースです。
昨今の週刊誌・新聞などが他者の書いた記事をあたかも自社で製作したかのように発表して、販売していた件について、その記事を書いていたのが、今この番組を占拠している人達だということです。
その目的は、週刊誌などによる私人に対しての過激すぎる取材や報道に関して罰を与えるためであり、同時に権力を悪用し、国の政治を利用して私腹を肥やしていた政治家を批判するためのものだということです。政治家という権力に守られ、悪事を隠蔽してきた者たちがいる中で、何の対抗手段も持たない私人が一方的に攻撃されていたことに対する理不尽な現実と、何が正しい情報かもわからずに情報をうのみにしてしまう国民に対しての怒りを伝えるためのものでもあったようです。それでは、マスコミによって不幸になった方々のインタビューをお届けします。」
番組はまたVTRに移り変わる。椅子に座った男の足が映し出され、テロップで質問の内容が出る。
『Q.あなたのお仕事を教えてください』
機械で声を変えた声で
「私は元大手の新聞社に勤めていました。
政治部に所属していた私は国会審議の内容や国会議員の活動について取材していました。
ある時、私は大物政治家と薬品会社の政治献金のやり取りがあることをつかみ、大物政治家を尾行して、その決定的証拠をつかむことに成功しました。
意気揚々と新聞社に戻り、記事を書こうとしたところ、上司に呼び出され、記事を書くことを止められました。それでも、大物政治家と薬品会社の癒着をそのままにはできなかったので、記事を書きました。それを知った上司は私について身に覚えのない罪を着せて懲戒解雇に追い込んだんです。ですので、私は今無職です。」
『Q.あなたは新聞社をクビになったことが不幸だったのですか?』
「会社に入って18年間、必死に働いて、やっと自分の書きたい記事を書けるようになったところでしたので、仕事をクビになったことも不幸ではあったのですが、上司から着せられた罪が私の人生を台無しにするようなものでした。周囲からは蔑みの目で見られるようになり、子供はいじめられ、妻にもゴミを見るような目で見られるようになり、私は全てを失いました。
愛していた家族とは連絡も取れなくなり、仕事もないからまともな生活も遅れず、ホームレスになったこともありました。
私の何がいけなかったのだろうと毎日考えていますが、何がいけなかったのかも、なぜすべてを失ってしまったのかもわからないんです。
私は何か悪いことをしたのでしょうか?」
すがりつくように聞く男に対しての返答はなく、次の質問に進む
『Q.その後、上司や献金を受け取っていた政治家などはどうなりましたか?』
「上司は、出世して今も会社の上層部で幸せそうに暮らしています。
まるで何事もなかったように幸せそうに笑って・・・・・・・・」
男が言葉に詰まると、映像にハンカチが登場して男に渡される。男はハンカチを受け取り
「すみません。
政治家の方は、最近の週刊誌報道で批判されて、自殺したようです。
でも、その時の癒着していた薬品会社は国の政策で薬品販売の規制緩和がされたために多くの利益を得て今も・・・・・・」
『Q.最後にあなたが不幸になったのはなぜだと思いますか?』
「先ほども言いましたが、私にもなぜこうなったのかわかりません。
でも、わかっていることはあります。それは、政治家という権力に負けた会社が私を切り捨て、
その切り捨てを行った上司を厚遇しているという不条理がこの社会には存在しているということ、そして報道をする側が正義ではなく権力にこびへつらうクズの集まりだということです。」
VTRがいったん途切れて、政治家と薬品会社の癒着に関する情報が実名で報道される。
そして大きな字幕で
『あなたはなぜ彼が不幸になったと思いますか?』
の文字が大きく出た後で、つぎのVTRに進む。先ほどと同じように椅子に座った足が写され、
『Q.あなたのお仕事を教えてください。』
「わ、私は週刊誌の記者をしておりました。
芸能人のスキャンダルや政治家の不倫、公共事業の裏入札など様々な情報を取材して、週刊誌を作っていたんです。私はある時、有名人の不倫スキャンダルをキャッチして、その取材を行っていました。その有名人はテレビへの露出も多く、かなりたくさんのファンがいて、そういう人達との握手会や写真集の売り上げだけで収入を得ているような人でした。
テレビで話すことも面白くないし、ただ、ただ外見がいいだけの有名人でした。
私は彼を『芸能人』とは呼ぶつもりはありません。何一つ芸と呼べるものがない、そんな顔が良いだけの空っぽの男だからです。
そんな有名人のスキャンダルを記事にしようとしたところ、事前に察知されたのか、その有名人の事務所から抗議が来ました。今までも何度かそういう抗議は会社にあったのですが、会社は一切相手にせず、私を守ってくれていました。
でも、その時は違ったんです。記事のさし止めの指示と自宅謹慎をさせられました。
そして、悪夢が起こったんです。
その有名人が私の家の写真を位置が特定できる形でSNSにアップして、ファンにこう呼びかけたんです、『俺のストーカーの家だから誰か何とかしてくれないか』と。
私は仕事でファンの方たちにも利益をもたらす情報であると信じて取材をしていました。
確かに個人の知られたくないような情報を公開することはいけないことだと思っていますが、
私の家には連日のように石が投げ込まれ、イタズラ電話が鳴り続け、窓ガラスの破片で子供が怪我をして、妻もその状況に耐え切れなくなって子供を連れて離婚届を置いて出て行ってしまいました。
他にも同じような記事を書いている記者はたくさんいるのに私だけがそんなことになる理由もわかりませんでしたし、その有名人が私の自宅の場所をどうやって突き止めたのかもその時はわかりませんでした。』
『Q.その理由はわかったんですか?』
「はい、会社も辞めた後で色んな知人を介して知ったことなんですが、その有名人はとある大物政治家の隠し子で、今までもたくさんスキャンダルがある中、その大物政治家の手によって握りつぶされていたようなんです。
私もそんなこととは知らずに会社を信用して記事を書いていたんですけど、会社が私の住所や電話番号などをその有名人に渡していたようなんです。」
『Q.信頼していた会社に裏切られたということですか?』
「その通りです。会社の利益を上げるために一所懸命働いて、危ない取材もしてきました。でも、会社は私を切り捨てたんです。大物政治家に睨まれたくなかったんでしょうね。
バカ息子を守るために何でもするようなくずが『大物政治家』とか呼ばれてしまうこの国っていったい何なんですかね?
一生懸命働いてくれてた社員を簡単に見捨てる会社っていったい・・・・・・」
男の悲痛な叫びは途中で途切れて、
『大物政治家の隠し子!!あの有名人はファンからの献金を受け取って、ファンに手を出す最低下種野郎だった‼‼』の見出しが出てきて、有名人の実名と親である大物政治家、そして、ファンをホテルに連れ込んでいる写真や連れ込まれた女性の証言が多数紹介され、
『信じた会社に裏切られ、良い人の仮面をかぶった誰かにはめられた彼をあなたはどう思いますか?』
の文字が大きく出てくる。
それを小さな画面で確認しながら山本が小さくつぶやいた。
「『どう』思って欲しいんだよ、お前らは?」




