69部
「前島が自分達で動きましたね。
どうですか、小谷さん。前島和夫のこの会見を見てご感想は?」
『SH』は面白がっているような調子で、小谷に聞いた。小谷は憮然とした表情で、
「別に何もありませんよ。それよりも北条総理の動きが気がかりです。
わざわざ、黒木議員の法案に乗っかってくる必要が総理にはありません。もしかしたら、黒木と総理の間で何かしら関係性に変化が起きたのではないでしょうか?」
「黒木さんが僕を裏切ったということでしょうか?」
小谷はまっすぐに『SH』を見つめ、
「最初から、黒木があなたの味方ではないことくらい気付いておられるのだと思っていましたが?」
『SH』は肩をすくめて、
「何を言ってるのかわかりませんね。
僕達はずっと仲良しですよ、そうはじめて会ったあの会合からずっとね。」
ニヤリと笑っている男の本音は小谷にはわからない。ただ、この男がどこで黒木と出会ったのかもわからない自分では彼の言葉の本質を見抜くことはできないと思い、話題を変える。
「彼らも独自に動き出しているようですよ。危ない物を手に入れているとの情報もありますし、先に何か手を打っておいた方がいいんじゃないですか?」
「大丈夫ですよ、彼らには手の込んだ何かをするほどの頭はありません。
しょせんは優秀な沢田貴史氏の崇高な理想に感化されて同じようなことを言っているだけに過ぎない。本物には遠く及ばない幼稚なサルまねでしか無い。
ネットの情報でいとも簡単に自分の意見を変えてしまうような惰性な人間と何も変わらないんですよ。彼らはね。」
「それでも、彼らはあなたのことを知っているんですよ?もし、あなたの存在に関しての情報をマスコミに流されると面倒では済まない事態になりかねません。」
「大丈夫ですって。
それに僕の『SH』、つまり『SHADOW』の時間はもうすぐ終わりを告げます。
影の存在ではなく、表に立てる日もそう遠くない未来ということですよ。」
「ですが、表に立つお膳立てをしてきた黒木が裏切っているなら、その未来も危ういと思いますが?」
「黒木さんが裏切っていたとして、僕の計画は変わらない。僕が何者で何がしたいのかは結局のところ僕しか知らないのだから。
せいぜいあがいてもらいますよ、影山秀二が作る日本のために。」
そう言って、影山秀二はニヤリと笑う。小谷はついに自身の名前を持ち出した24歳の若者に向けて、軽蔑のまなざしを向ける。
「お兄様の計画を実行しているだけのあなたが作る日本に希望が持てたらいいのですけどね。」
小谷はそう言い残して、部屋から出て行った。小谷はおそらく最大の皮肉を言って出て行ったつもりなのだろうが、そんなことは関係ない。そんなことを思いながら影山秀二は先ほどのニヤリ顔からさらに口角を上げて笑い、
「思慮が足りてませんよ小谷さん。『SHADOW』の終わりは『SHUJI』の終わりでもあるんですよ。」
影山は鏡に映る自分を見て、先ほどの笑顔とは違う厳しい目つきで自分の姿を睨みつけた。




