65部
「お待たせして申し訳ありせん。」
取調室に入り、山本がN局の社長である鈴木氏の前に座り言った。
「おい、私をどうするつもりなんだ?つかまれた手を振り払っただけで逮捕なんてやりすぎじゃないのか?」
鈴木は怒りを押し殺しているようで語気こそ荒げてはいないものの言葉遣いの端々が雑になっている。山本が
「申し訳ありません、逮捕した刑事がまだ戻ってこないので詳細がわからない以上、直ぐに釈放にはできないんです。それに公務執行妨害の構成要件は満たしてしまっているので鈴木社長がどのような認識で彼の腕を振り払ったのか、あるいはその腕をつかまれるまでに社長が何か捜査を行う上で不都合なことをされていないか等の判断も必要になってくるんです。」
「そ、そんなことは知らない。私はただ、局にとって不都合な番組を中断させるために向かった先で巻き込まれた・・・・、そうだ私は被害者だ。」
「その点に関しても、その刑事が戻ってくるまでは何とも言えないのでもう少しお待ちください。」
「そ、それまでここにいろと言うのか?」
「留置場に行ってもらってもいいのですが、居心地はこちらの方がいいかと思います。」
鈴木社長は「グウッ」とうなり声をあげ、
「弁護士を呼んでくれ。これ以上付き合う気はない。」
「そうですか?例えば相田ディレクターに不当な解雇を申し付けたりなどの行為をされたりしてませんでしたか?そういう行為があると労働基準法違反の件で社長のことを追求せざるを得ないことになりかねませんが?」
「えっ、あっ、それは・・・・・・・・・・・」
鈴木社長が言いよどんだことを見て、山本は確信をもって、
「ここは事を荒立てずにおいた方がいいと思われないですか?
弁護士を呼べば、きっと事件化して訴訟に発展させようとしますよ。
そうなれば、あなたのしようとしていたことが世間に知られて、最悪あなたは辞職せざるを得ない状況になるかも知れません。
そうなるより、ここでお待ちいただいている方がいいと思いますが?」
「わかった。じゃあせめて会社に連絡をさせてくれ。急に私がこんなことになって混乱しているだろうから。」
「ええ、いいですよ。でも、その前にいくつか確認しておきたいことがあります。」
「なんだ?」
鈴木社長は怒りが収まらなくなってきたのか、語気も強めになってきていた。山本が
「それでは、まずは・・・・、佐和田の提供した情報を自局のスクープとして報道した経緯について教えて頂けますか?」
「それはあの番組が勝手に言っていることだ。我々のスクープだ。」
「ここは取調室です。ここでの発言は証拠能力を持ったものになることをお忘れにならないでください。」
上田の表情が少し曇ったが山本が気にせずに、
「もし、あなたがこうしている間に局の方で自分達のスクープじゃないと認めれば、あなたは偽証したことになりますよ?」
明らかに冷静さを欠いていた鈴木社長は
「あれは、視聴率の低迷が進んで、スポンサー契約の打ち切りが相次いでいたから仕方なくやったんだ。他局より視聴率を上げられるネタを手にする能力があることを示して、スポンサー離れを回避したかっただけなんだ。」
「なるほど。それではこの四人の中に知っている人はいますか?」
山本はそう言って、『佐和田』を構成していると思われる四人の写真を見せた。
鈴木社長は写真をじっくりと見たうえで
「この伊藤と西川は知っている。あとの二人は知らない。」
「なぜその二人を知っているんですか?」
山本の問いに鈴木は明らかに答えたくなさそうな顔をしてから、諦めたようにため息をつき、
「この伊藤という男は新聞の記者をしていたが、ブラックジャーナリストになり、その時にいくつかネタを買ったことがある。ただ、情報の仕入れ方が乱暴すぎて、報道したネタのせいで訴訟沙汰になったから面倒になって全責任を押し付けたこともある。
西川は元うちの局の職員で、表向きは奥さんの実家の家業を継ぐから退社となっているが、実はブラックジャーナリストから買った危ないネタを報道することに反発して、局の上層部にたてついたから閑職に追い込まれて、それで辞めただけだ。
事実上のクビに等しい辞めさせられ方をされた男だ。」
「西川と鈴木社長の間に関係があったのですか?」
「私が西川にネタを報道するように指示していた。私は視聴率さえ取れればそれで良いと番組を作っていたが、西川はいつも私に報道される側の損失について意見していた。
閑職に追いやったのが私だ。」
「なるほど、そういうことですか。」
山本が考え込むと鈴木社長は
「この四人が何なんだ?あの『佐和田』ってやつと関係しているのか?」
「それは・・・・・・」
山本が答えようとしたところで、ドアがノックされ、黒田が「警部。」と呼んだ。山本は立ち上がって近づき、話を聞いて、
「社長、残念ながらあなたの局の他の取締役が弁護士に相談してしまったようですね。
あと、佐々木アナの番組ではないですけど、あなたの局の番組があなたが公務執行妨害で逮捕されたことを報道したようです。
残念ですね、これであなたは辞職せざるを得ない状況になったと思いますよ。」
鈴木は勢いよく立ち上がったが、力尽きたようにまた椅子にぐったりと座って小さくつぶやいた。
「そんな・・・・・・・」
その様子を見て、上田に向かって山本が「後は頼んだ。」と言って、取調室を後にした。
上田はぐったりと椅子に座る鈴木社長を見て、社長であっても、どんだけ今まで局に貢献した人物でもこの状況になってしまえば関係なくなるのかと思うと社会というのは少し冷たすぎるような気がして、哀れに思えて仕方なかった。




