64部
「こんなにおいしい紅茶を飲んだのは初めてです。」
松前が心の底から思ったことを言っている感じがする。紅茶をいれた本人である黒田が照れてしまうほどの賛辞の言葉だった。
「茶葉にはこだわりを持っているんですけど、まだまだ淹れ方は精進が必要だと思ってます。」
黒田が謙遜して言うと、松前が
「そうなんですか。十分においしいと思います。」
そう言ってまた一口紅茶を飲んだ。山本は紅茶の話よりも気になっていることがあったので
「失礼ですが、松前さんは伊達とどのようなご関係ですか?」
松前は紅茶の余韻を楽しみながら
「アニ・・・、伊達巡査部長とは北海道警で一緒でした。
『独断龍』なんてあだ名をつけられてましたけど、あの人は法律を絶対の『正義』とする人ですから、犯罪者を許せない気持ちの方が強くて、犯罪者を取締るためならどんな手段もいとわないから、上層部からの指示に従わなかったんです。
おれもあまり頭が良くないので言われたことをそのまましていたんですけど、ある時巡査部長がおれに言ったんです。『上が正義じゃないのにお前の行動が正義のはずがない、自分の正義を持て』と。それからおれは自分の正義は『伊達巡査部長』になったんです。」
「なるほど。それで、今日はなんで伊達と一緒にいたんですか?」
「それは・・・、え~と、北海道警で調べていた事件の関係者が東京にいるということで、伊達巡査部長に案内をお願いしようと思っていたところ、こうなってしまったんです。」
松前が明らかに誰かが用意した言い訳を必死に思い出しながら言っているような印象を山本は受けた。
「それはどのような事件ですか?」
山本が聞いたところで、
「申し訳ありませんが、その質問にお答えすることはできません。」
山本が声の方を見ると、黒のスーツに黒のシャツを着たツリ目のメガネの男が立っていた。
その男を見て松前が
「あれ、カ・・・・、クラさん、どうしたんですか?」
「お前の質問は後で答ます。
はじめまして、北海道警の片倉誠司と申します。北海道で起きた事件の被疑者が以前東京で生活していた際にできた人間関係が今回の事件につながった可能性を捜査しています。
これ以上の情報は捜査に影響を及ぼす可能性があるのでいくらあなた方でもお教えすることはできません。」
片倉はメガネを右手の薬指でなおし、メガネの奥の鋭い目で山本を睨みつけた。
「すみません、こちらとしても松前さんをどのようにお相手すればいいのかわからなかったので、色々と話を繋げるために聞いただけだったんですよ。他意はありません。」
山本は笑顔で返したが内心はこの片倉というと男を探るように見ていた。片倉もそのことに気付いているのか「フッ」と小さく笑い、
「このバカから情報を得たかったのかもしれませんが無駄ですよ。バカはバカですからね、何もわかってはいません。捜査に戻りますので、松前は連れて行かせて頂きます。
いくぞ、松前。」
片倉は松前の反論を抑えて連れて出て行ってしまった。
「インテリヤクザ風の男じゃないですか?」
黒田の問いに、無言でうなずき山本が
「松前が『コージ』であるなら、先ほどの片倉という男が『カタ』でしょうね。
実際、松前は一度『カタ』と呼びかけて、言い直して『クラさん』と呼んだ気がしました。」
「松前刑事と比べて、数段頭のキレる男でしたね。こちらからが探ろうとしていたことを察知したのか松前刑事を連れ戻しに来た感じでしたから。」
「やっかいですよ、伊達は伊達で頭が良いうえで、自分の行為を正当化させる手段に長けてますし、それに加えて、片倉の冷静な頭脳があれば横暴な捜査も正当化できるのではないかと思わせるだけの雰囲気がありましたからね。」
山本が一息入れたところで上田が戻ってきて、
「警部、あの社長なんですけど・・・・・。あれ、あの松前って刑事は?」
「お連れの方が来られて連れていかれました。」
黒田が答え、山本が
「社長がなんだ?」
「ああ、そうでした。どうも佐々木アナの番組を途中でやめさせようとして、相田さんと口論の末に、放送機器に触れたところで伊達に腕をつかまれたらしく、それを振り払ったところ公務執行妨害で手錠をはめられたみたいです。」
「いちゃもん逮捕か?」
「まあ、公務執行妨害は職務中の公務員に有形力の行使がされれば成立しますから、そういう意味では成立するんですけど、違法逮捕になりかねない案件ではありますね。」
「社長は今どこに?」
山本が聞き、上田が肩をすくめて、
「いや、一応あの社長も有形力の行使をしてしまった以上、逮捕は正当ではあるので、直ぐに釈放してしまうと逆にこちらの非を認めることになってやばいかと思って、指示を貰いに来た感じですね。」
「そうか。黒田さん、俺も聞きたいことがあるから取調室に行きます。
情報の整理などが終わったら、俺の机に置いておいてください。あと、道警にあの二人のことを問い合わせといてください。よろしくお願いします。
行くぞ、上田。」
山本の指示を整理しながら黒田はまた仕事が増えたことに対してため息をついた。




