62部
「警部、これは・・・・よかったんですか?」
佐々木アナの情報番組を見て上田が聞いた。黒田が
「この取引に参加した二人が伊達君だとバレなければ大丈夫だと思います。」
大谷が
「でも、二人いるってことは伊達ともう一人誰かがいたことになりますよね?
聞き覚えのなかった声なので、うちの課の人間じゃないですよ。」
山本は証拠の内容に関しては伊達に任せていたし、その証拠を放送するかの判断も相田に任せていたので、番組を見て初めて内容を知った。
その内容を思い返しながら、
「まあ、本来の目的は前島大臣の秘書が献金を受け取っていたという事実を明らかにすることだったわけだし、それによって『佐和田』側を挑発できればと思ってただけだったが、まさか『秘政会』のことにまで言及しているとはな。」
「伊達なりに挑発した結果、『秘政会』を巻き込む方が得策と考えたということでしょうか?」
上田が言うと、大谷が
「確かにバックにいる可能性が高い『秘政会』の存在を明らかにされたら、色んな意味で動きを見せざるを得ないでしょうからね。」
黒田が困ったような顔で
「問題は、この取引相手の『安藤』という人物とどうやって入れ替わったのかということでしょうね。伊達君のことだから話し合いでって感じじゃないと思うんですけど。」
「まあ、強制的に拉致って入れ替わったと見ていいと思います。」
山本がそう言うと黒田は大きくため息をついて、
「二課の方にも何か証拠を渡しているようなので、その内容だけ教えてもらってきます。」
黒田は肩を落として出て行く。その様子を見て、
「黒田さんも最近お疲れですよね?」
上田が言い、大谷が
「それはそうですよ。もともと捜査とかはしないって言ってたのに、かり出されてる上に、管理している捜査員が一癖も二癖もある人ばかりでは疲れもたまりますよ。」
山本が映像の録画を再生しながら、
「大谷、他局のこれからの動きに注意しておいてくれ。
とりあえず、この情報で他の局だけじゃなくて、放送した佐々木アナたちの局の中でも対応がわかれるはずだ。
上田、前島大臣のところに行ってる藤堂と加藤に元木秘書の身柄を抑えるように連絡してくれ。」
大谷が「はい。」と言って部屋から出て行き、上田が
「竹中さんの方はどうしますか?」
「あの人は・・・・・・・、まだ待機でいい。」
山本の態度に少し違和感を覚えながらも上田は加藤に連絡を入れた。
そこに黒田が戻ってきて、
「伊達君かなりやらかしてましたよ。安藤ともう一人の社員を無理やり監禁したみたいです。
安藤和正達の証言では、インテリヤクザ風の男と大柄のいかつい男の二人に拉致された後、大柄の男に『アニキ』と呼ばれた男が後から来て、その男が自分は『佐和田』だと名乗ったそうです。
この話から、あとから来た男が多分、伊達君でインテリヤクザ風の男か大柄な男のどちらかが一緒に取引に行った男だと思います。」
「なるほど、全部の罪を『佐和田』に着せるために、取引の時も『サワダ』を名乗ったわけか。
他に情報はありますか?」
「大柄の男のことを伊達君は『コージ』と呼んで、インテリヤクザ風の男を『カタ』と呼んでいたらしいです。
あと、わざわざ口の布を取って『何か聞きたいことはあるか?』と聞いたそうです。」
「それに安藤はなんて答えたんですか?」
「なぜこんなことをするのか、お前らは誰だ、私達をどうするつもりだ?って感じですね。」
「それを聞かせて、自分達が『佐和田』だと答えることが目的だったわけですね。
それで、二課の方は伊達のことには気がついてるんですか?」
「いえ、まだ特定はできていないみたいでしたし、わざわざこちらが不利になる情報を流す必要もないと思ったので、あちらの捜査状況だけ聞いて帰ってきました。
他の方たちは?」
「大谷は他局の反応を調べてもらいに、上田は藤堂と加藤に連絡を入れに行ってもらいました。」
「とりあえず、伊達君にはしっかりと話を聞く必要がありそうですね。」
黒田が厳しい顔で言ったところで、上田が戻ってきた。何やら様子がおかしかったので
「どうした上田?藤堂達に何かあったのか?」
山本の問いに上田は首を横に振り、
「いえ、藤堂達は予定通りの行動をしました。でも・・・・・・」
「だからどうしたんだ?」
山本が聞いたところで、上田の後ろから大きな影が現れて
「はじめまして、おれは松前小十郎と言います。アニ・・・・・じゃなかった、伊達巡査部長よりこの方をこちらに連行するように言われてきました。」
大柄の男は敬礼しながらそう言った。山本達は連れてこられた人が誰かわからず、
「その人はどちら様ですか?」
黒田の問いに、松前と名乗った大柄の男は、
「こちらはN局の社長さんです。伊達巡査部長が14時26分に公務執行妨害で逮捕されました。」
「それで、何でこの課に連れてきたんだ?」
山本が聞くと、松前は困った顔になり、
「えっ、それは・・・・その~、伊達巡査部長が連れて行けと言ったからです。」
山本は『なるほど、こいつは伊達の言うことを全てうのみにするタイプなのだ』ということがわかり、黒田に指示を貰おうと思うと、黒田も同じことを考えていたのか、山本に向かって
「警部、少しこちらに。」と言って手招きして、小声で
「彼が拉致の実行犯の大柄の男だと思いますがいかがですか?
というか、あの社長をどうしますか?」
山本は拉致の実行犯に関しては考えていなかったが言われてみればその可能性は高そうだとも思った。
「とりあえず、事情だけ聴いて、何で伊達が公務執行妨害で逮捕したかの確認が必要ですから、取調室に連れて行って、上田に聞いてもらいましょう。」
「そ、そうですね。上田さんなら失礼もなさそうですし、その間に彼と話して情報を探ることにしましょう。」
山本と黒田が離れて、黒田が
「それでは、上田警部補、そちらの方を取調室にご案内して、事情を聴いてください。」
「なんで俺がですか?」
反論しようとした上田を引き寄せて山本が
「バカか、この状況であの社長を雑に扱えばどんなことを後で言われるかわからないし、あの松前という奴のことも気になるから、おまえはとりあえず、あの社長が何で捕まったのかいきさつを探れ。もし伊達の言いがかりなら即釈放でも構わないから、少しでも情報を集めといてくれ。
その間に俺と黒田さんであいつを探る。」
「わかりました。」
上田はそう答えると、松前に向かって
「申し訳ありません、その方は僕がお相手しますから、あなたは警部達とゆっくり休憩してください。見たこともない方ですから、所属がこの地域ではないのではないですか?お疲れでしょう?」
そんなことを言いながら、上田は社長の身柄を緩やかに奪う。松前が
「いえ、そんなに大変なこともしてませんし、こいつが暴れてもいい様におれも同行しますよ?」
「いえ、大丈夫です。上田警部補は柔道5段・空手3段の強者ですから、これくらいのお年の方なら片手で制圧できますから。あなたはお茶でも飲んでゆっくりしてください。」
黒田がそう言って、椅子を勧める松前は上田の全身を見回して
「凄いですね、人は見かけによらないというのはよく言ったものです。
悪いですけど、この人は全然そんなふうに見えませんからね。今度ぜひお手合わせ願いたいです。」
そう言って、黒田の勧める椅子に近づき座った。その隙に上田は恨めしそうに黒田を見た後で社長を連れて行った。
「悪いことしましたか?」
小声で黒田が聞き、苦笑まじりに山本が
「あいつ、いつまでたっても柔道どころか空手も2段になれないんですよ。剣道は4段なんですけど、それも小学生からやってるからで特別強いわけではないですから。」
「お二人は仲がいいんですね。伊達さんから聞いた通りだ~。」
聞かれないように密着して会話していたのがどうやら仲がいいからと勘違いしているような松前の言葉に恥ずかしさを覚えたが、この時、黒田と山本は悟った。
『こいつはきっと頭が緩い』と。




