61部
「それでは本日のトップニュースです。」
佐々木アナウンサーがテレビの向こう側から毅然とした表情で語っている。
「当番組では今まで、他局・他番組が取り上げてきた大物政治家のスキャンダルに関して一切報道をしてきませんでした。それは番組を制作する上で、情報の信ぴょう性に疑問を持っていたからであります。
さらに言うのであれば、『局独自の取材』を語っていますが、実際は匿名の人物による情報提供によるもので、これは他局の番組でも同様であると思います。
真実を国民の皆様にお伝えすることが報道関係者の責務である中、誤った発言があったことをこの場をお借りして謝罪させて頂きます。
本当に申し訳ありませんでした。」
佐々木アナが深々と頭を下げた。顔を上げた佐々木アナはさらに続けた。
「このたび、『佐和田』を名乗る人物から、当番組に新たな動画が送られてきました。
この内容に関して、番組を上げて調査したところ真実であることが判明しましたので、情報の出所を含めて報道していきたいと思います。
内容は、前島財務大臣の秘書官である元木公設第一秘書と男が金銭のやり取りをしている現場の元木秘書だけが写っているものです。
『佐和田』を名乗る人物が秘書の悪行を世間に知らしめるために撮影していたものだと我々は考えています。
それでは実際にご覧ください。」
映像が切り替わり、豪華な装飾が施されたホテルのロビーの様子が映し出される。
カバンにカメラを入れているのか大人の腰のあたりの高さで揺れている映像だった。
ソファーにかける一人の男に近づき、男が声をかける。
『お待たせしました前田さん。』
振り返った男は怪しむような視線を向けて、
『あなた方は?』
『詳しくはここでは話せませんが、安藤さんの代わりの者です。
こちらがその証拠です。』
カメラが大きく揺れて、振り返った男の顔が大きく映し出される、前島大臣の公設第一秘書元木剛司だ。スーツがこすれる音がしている。胸ポケットから何かを取り出しているようだ。
取り出された名刺が床に落ち、狙ったかのようにカメラにその名刺の内容が映し出される。
【○×建設 地域開発部 部長 安藤和正】
『おっと失礼しました。こちらが安藤より身元を保証するためのものです。』
元木は名刺を受け取り裏面を見て、納得したように
『ここでは詳しく聞けない。場所を変えよう。』
そう言って、立ち上がり、エレベーターで高層階のボタンを押す。
二人の男は元木の後ろに従ってついて行き、元木が開けた部屋に入る。
『それで、何があったんですか?安藤さん達に?』
元木が声をかけると画面が横に切り替わる。どうやらカバンを横向けにして膝の上に置いたようだ。そして、
『昨今のテレビなどの報道機関で前島大臣の贈収賄疑惑が報道されたため、その窓口であった安藤さん達に警察が見張りを置くようになってしまったんです。
うかつに安藤さん達が動けなくなったので我々が代わりになりました。』
元木は特に驚くこともなく、
『やはりそうなっていたか。それでお前らみたいな若い・・・・・・』
元木が言いかけたところで、男の一人が
『元木さん、こちらとしては今後ともこの関係を継続していきたいと考えています。
たとえこちら側の安藤達が捕まったとしても大丈夫なようにしておきたいというのが上層部の考えです。
前島大臣の名前をかたって献金を受け取っているあなたが捕まらない限り、わが社とあなたの関係は切れない。そのためには我々の間でも不用意にお互いの情報を探り合うべきではない。
我々はしょせん会社のコマで、安藤さん達のように切られるかもしれないが、できるだけ芋づる式にならないためにも詮索はやめましょう。』
元木は少し考えた後で、うっすらと笑みを浮かべて
『なるほどそういうことですか。わかりました、しかし、呼び名がなければ色々と不便でしょう?』
『そうですね、私は【サワダ】です。こちらが【金田】です。』
『そうですか、わかりました。しかし、色々と引き継いで頂いているようで安心しましたよ。
あのボンクラ大臣の代わりに色んな企業と取引をしていますが、頭の悪いところは、まだ前島大臣主導で献金を受け取っていると思い込んでいるところまである。
それに比べてあなた方はわかっているから助かりますよ。前島からしてみれば寝耳に水な話ばかりでまともに対応もできていない始末ですから。』
元木は楽しそうに話している。男もどこか楽しむような声色になり、
『そうですよね、元木秘書が全ての献金を懐に入れているとも知らずにのんきに大臣室の椅子に座っているだけの飾りにはお似合いの光景なんでしょうね。』
『あまり悪く言いすぎるものでもないですよ。飾りがあるから元木さんが所属する【秘政会】はやりたいことができるわけですしね。』
そう言った男の右手が動いたのかカメラが少し揺れる。元木は驚いた顔をしている。もう一人の男が
『何ですか、その【秘政会】というのは?』
『おや、さわださんはこの話は聞いていないんですか?
秘書が政治を行う会と呼ばれる政界の裏組織ですよ。無能な政治家に変わって、選ばれたごく一部のスーパーエリート秘書だけが政治家に変わって政治を行い、政治家に指示を出しているんですよ。ですよね、元木さん?』
元木は開いた口がふさがらないかのような顔で、
『驚きましたよ。そんなことまでご存知だとは。
どうやって調べたんですか?』
『わが社もそれなりの規模の会社ですから、情報を仕入れておくのには何重にも手を尽くしています。それに取引相手の情報は正確に把握するのがビジネスの基本ですからね。』
『なるほど、さすがは一流企業ですね。それではあまり時間をかけるのもなんですから、例のものをお願いします。』
元木が言うと、カメラの入っている方のカバンではないカバンの開く音が聞こえ、元木の座っている椅子の前のテーブルにアタッシュケースが置かれ、開かれる。
その中にはたくさんの札束がぎっしりと入っていて、カメラの映像に手が写りこみ、札束を元木の方に向けて、
『それではお約束の3千万です。ここでご確認されますか?』
『いや、いや、あなた方からの取引で金額に不備があったことはありませんからね。
このまま頂戴しますよ。』
元木がアタッシュケースを閉めて、自分の方に手繰り寄せると、また男の声が楽しそうに
『元木さんはそのお金を何に使うんですか?
自分が政治家になるための支度金ですか?それとも・・・・・・遊び・・・ですか?』
『アハハ、政治家なんてなるわけないでしょう。そんなものにならなくても政治はできるし、顔が出てしまえば面倒なことばかりですからね。
このお金は・・・・・・そうですね、クラブの女の子にせがまれてる物を買って、残った金で車でも買いますかね。』
元木も上機嫌で返している。
そこで、映像は終わり、佐々木アナが
「以上が送られてきた映像の全部です。送られてきたものをそのまま加工せずに放送したので時間を使いましたが、これが真実なようです。
実際に取引に使われたホテルに元木秘書が入っていく様子と二人組の男と合流しているところがホテルの従業員の証言で判明しておりますし、警察にも確認したところ既に取引相手の安藤と呼ばれる男ともう一人が贈賄容疑で逮捕されているということです。
しかし、実際に映像上で取引している『サワダ』と『金田』という男に関してはまだ身元が判明しておりません。
しかし、これは前述している大物政治家のスキャンダルである前島財務大臣の贈収賄事件に関する情報と大きく違い、前島大臣は贈収賄に関与していないことが明言されています。
『佐和田』を名乗る人物の情報に踊らされていたことがこのことからわかっています。
さらに日本の政界における裏組織『秘政会』が、民意を反映させるための国会議員を操り人形にして悪徳な行為を行っていることも明言されています。
当番組では今後もこの件について追及していきたいと思っています。
それでは、映像に関して振り返っていきましょう。」
そういって、画面に大きなパネルが登場して、こと細かに発言や場所などの情報が告げられていく。
「これでよかったんですか?」
相田の問いに伊達は満面の笑みで返す。
「この『サワダ』と名乗っている男、あなたですよね、刑事さん?」
相田の問いに伊達は答えずに満面の笑みで返す。
その伊達を見て、相田は心の中で『だめだ。この人はこういうことに慣れているから何を聞いても返事は来ない』と思っていると、編集室のドアが思いっきり開き、社長が物凄い剣幕で詰め寄ってくる。
「どういうつもりだ相田。こんな情報を俺達は知らないぞ。
しかも、今までの情報についてもばらしやがって、何を考えてるんだ。
とりあえず、放送を止めろ。いつまでこんなことを続けるつもりだ。」
社長は放送機器に近づき、放送を止めようとする。
「ま、待ってください。今、止めては逆に視聴者に不信感を与えますよ?」
相田の言葉に逆上したのか
「ふざけるな!こんなことしやがって、お前はクビだからな。」
そう言って、放送を止める機械に手をかけようとしたところで、伊達がその手を止める。
「なんだ、お前は私を誰だと思ってるんだ、若造ごときが私の邪魔をするな!」
そう言って、思いっきり伊達の手を振りほどいた。その瞬間、相田は寒気を感じた。伊達の笑みが悪意に満ちたものに変わっていたからだ。伊達は時計を確認して、
「14時26分、公務執行妨害の現行犯で逮捕する。」
そう言って、伊達は手錠を取り出し、社長の両手にはめた。社長は何が起こっているのかわからずに、「えっ、えっ?」と繰り返して、手錠を見ることしかできずにいた。その社長に向かって伊達が
「悪いけど、俺はここの社員じゃないからあんたの言うことを聞く義理はないんだよ。
まあ、真実を捻じ曲げて視聴率ばっかり気にしてるあんたみたいな人間がいるから、今回の事件は起こったのかもしれないけどな。」
「あ、あの、刑事さん、社長もやりすぎたところはありますが逮捕はやりすぎでは?」
相田が言うと伊達はさっきまで見せていた満面の笑みで
「捜査の邪魔は立派な公務執行妨害ですから。
コージ、こいつ連れてうちの課に行っといてくれ。」
伊達の言葉に反応して、大柄の男が入ってきて、社長を連れて行く。社長はいまだに状況が把握できずになされるままに連れていかれた。
相田は再度、伊達に社長のことを頼もうとしたが伊達はモニターを悪意のある笑みで眺めながら、
「さあ、どう出る?佐和田~」
相田は言葉が出ずに伊達とは逆に心配そうにモニターを見つめるしかなかった。




